1-24 俺はスィラージ・コルテストゥーン。アレクサンドリアの誇るアニメエリートだ! 何度でも言ってやる! 設定じゃないし能力じゃない! キャラとストーリーで勝負だ! それが創作の本質だと!
暗くなる前にスィラージはシャリアの家を訪ねた。今日の彼のシャツには『一期一会』と大書。この日もシャリアは家の前庭で漫画を描いていた。
「明日行くよ」
「うん」顔を上げない。
「元気でやれよ」
「うん」顔を上げてくれない。
「行くまでに漫画読ませてほしかったんだけどな」
「うん」読ませてくれる気配は無い。まだ顔を上げてくれない。
「もしも良いのができたら送ってくれ。厨二館に持ち込んでみるから」
「うん」
「……歯磨けよ」
「うん」
「たまには風呂入れよ」
「うん」
「同じ服は続けて着ても4日までだぞ」
「うん」
「拾い喰いしても良いけど、蝉とかバッタはやめておけ」
「うん」
「あんまり男同士のカップリングにはまるんじゃないぞ」
「うん」
「あ、でも少しくらいなら良いと思うぞ。少しくらいならな」
「うん」
「エロ本拾うんじゃないぞ」
「うん」まだ顔を上げないがプルプルと震え始めた。
「ノグソしたらちゃんと隠しておくんだぞ」
シャリアが大口開けて空を仰いで笑い出した「あっはっはっはっはっはっは、そんなことするわけないでしょ馬鹿!」
「ふ、無理するなよ? 身体は正直だぜ? ……まあ、元気でやるんだぞ」シャリアの頭を撫でる。
「うん」シャリアがまっすぐスィラージの顔を見て頷いた。
「せっかくイイ男なんだからあんまり下劣なこと言わない方が良いよ」ませたことを言いやがる。
「そうだな、少しは気をつけるとしよう」
「少しじゃ駄目だよ、全力で気をつけないと。物凄い変態なんだから。そうだ良い物あげる。せ、煎餅? 鑑別?」
「餞別だろ」
「そう餞別」彼女はそう言ってひょこひょこと足を引きずり屋内に戻ってしばらくガサゴソ、何かを持ってきた「はいコレ」黒い、何かの衣服を畳んだものだ。
「? 何だかわからんが、ありがとうよ。シャツか」スィラージは広げてみる。シンプルな黒いシャツだ。
「だけど、あっはっはっはっは、何だコレ」大きく『変質者』と大書してある「ちょっとこれはひどいんじゃないのか」
「似合うかなと思って」もじもじ。
「おい君ちょっといい加減にしろよ」
「うふ」
これは余談だが後年、アレクサンドリアのベルドゥラルタ商会本店に、スィラージ宛の漫画がシャリアから送付されてくる。技術的には拙いが面白かった。厨二館に持ち込んでまた新しい話が始まるが、それはまた別の話。
ゲレゲレが現れてスィラージのズボンに噛み付いた。尻尾を振って嬉しそう。離してくれないので暫く引き摺った。最後だからとそのままにしていたら少し破れた。帰ったら縫おう。
スィラージ・コルテストゥーンは生まれも育ちもエジプトのアレクサンドリアである。
多様な職歴と趣味を経たスィラージは多様な技能を誇る。本職には及ばないものの有用なものが多く、ギルド内では有能なサポーター(支援者)として知られる。
ギルド認定されたところでは洗濯D級、料理D級、裁縫D級、石工B級、木工D、鍛冶E級、薬草鑑定D級、暗算D級、変装術C級、似顔絵作成B級。
それ以外のところでは、自己流タコ焼き、子供の世話、漫画作成、アニメ評論、漫画評論、パチスロ旧機種の攻略、ASD47(※1)の振り付け、などができる。最後のは自分で言うのもなんだがマスタークラスの腕前だと思う。得意な振り付けは『エレクトリカル・パレード・エッセンシャル(※2)』。
昔シフは言った「何でもできるが何もできないのが勇者って奴だ」
「勇者ねえ?」
「そりゃ勇者だろう、あんなアレなアニメを堂々見るのは、勇者にしかできんからな」
「カス野郎が」
繰り返しになるがエジプトは豊かな土地だ。
この時代、砂漠は21世紀の現代よりもずっと内陸にあり沿岸は緑が濃い。ローマ帝国の皇帝直属領であり、肥沃な穀倉地帯を抱える。地中海東端、ナイル河、紅海、シルクロードに接して交易の中継点でもある。長年の王政で溜まった澱やこびりついた錆は、数十年前ローマ帝国に組み込まれたことで一掃された。人と物の往来の活性化、内外の治安の向上は、更なる繁栄をもたらした。その都がナイルの河口にも近いアレクサンドリア。近くのニコポリスにはローマ軍の基地があり、一個軍団が駐屯する。
スィラージは石工を家業とする、ローマ市民権を持たない中流家庭に生まれた。祖先はずっと北の方から流れてきたのだという。金髪碧眼というのはそういう血筋によるらしい。あと他と違ったのは兄妹が多いことぐらいだが、そこまで珍しい話でもない。9人兄弟の5番目で、上にも下にも兄弟や姉妹がいる。常に騒がしい一家だった。彼は兄弟で一番のイケメンで、あまり手のかからない子供で、大きな事件を起こしたことも無く、特筆すべき才能も無かった。
ただし少年期から漫画やアニメやライトノベルに傾倒したことが人生の方向を決めた。直接的には地下出版漫画『カエサル。その純愛(笑)と野望(涙)の間』で感動したのが大きいか。偉いだけではない、人間らしく生き生きとして魅力的な人物像がそこにはあった。
ガイウス・ユリウス・カエサル(BC100~BC44)は70年ほど昔に活躍したローマの将軍であり、ローマが共和制から帝政へ移行する国家成長戦略を打ち出した政治家でもあり、一言でいうと英雄だ。アレクサンドリアにおいてもその足跡が残されている。ポンペイウス、クレオパトラといった有名人たちと繰り広げられた一大スペクタクルは、様々に書き残され、口伝され、スィラージの内にも大きな心象風景を築かせている。ただし公式に流通する書物は偉大で荘重な男として描かれたものばかりである。
スィラージは本気で漫画家になろうと思ったが、13歳から外で働くよう父に言われた。兄弟が多いから仕方ない。昔から手伝ってきたので「このままでも良いけど」と申し出たが、「儲けに繋がらん、外で稼げ」と断られた。
とりあえず最初に就職したのはパチンコ屋のホールスタッフである。戦場のようなけたたましさだった。そこでスィラージは、もうパチンコなんか打ちたくないのにやめられない、哀れな男たちをたくさん見た。
「取り戻すまで頑張る」
などと嘯く意地っ張りで優しい、破滅と戯れる男たちだ。
はまり客に「そろそろ噴いて(大当たり)も良い頃なんですけどねー」と言ったら殴られた。
やがて店に出入りするパチプロと仲良くなり、店を辞めてパチプロになった。
「センターに入れてスイッチ、センターに入れてスイッチ」
気でも狂ったようにパチスロを打ち続ける日々。それなりに稼いだが、対立グループとの抗争に巻き込まれ、その頃作られた新しい治安組織『警察(※3)』に早速投獄されて悪目立ち。
牢獄で知り合ったタコ焼き屋の兄ちゃんと意気投合し、出獄後は一緒にたこ焼き屋を頑張った。ここでタコ焼きの作り方だけはマスターした。やがて兄ちゃんと喧嘩してこれもやめる。
最後の捨てセリフは「食べ物屋やってんだから、たまには水浴びしろよ!」
もう仕方ないので実家に帰って家業の石工を手伝うが、好きになれずこれもやめる。
「やっぱ俺、冷たい石を撫でまわすより、女のケツを撫でまわす方が好きだよ」正直に生きてきた。
それから初めてハローワーク(口入屋)のお世話になり、華麗なる職歴は続く。
新聞配達をやった「やっぱ朝がきついよね。夜はアニメ見ないといけないから無理かな」
居酒屋店員をやった。あまり客がいなくて暇だったので漫画を描いていたらクビになった「時間を有効活用しただけなのに」
鍛冶屋の手伝いをやった「熱いの苦手」この辺りからワガママ王子と呼ばれ始める。
薬草採取をやった「腰が痛い」
宝くじ売り場の売り子をやった。お前から買うと当たらん、と苦情を言われた。大丈夫だ安心しろ、俺も当たってないから。
帝立スタジアムの係員をやった。しかし当世の皇帝ティベリウスは剣闘に関心が無く、帝国が剣闘競技会のスポンサーになってくれないので仕事があまり無くて解雇。
クレオパトラ劇場の係員に応募した。その劇場で定期公演をしている流行りのアイドルグループ『ASD47』とお近づきになりたかったからだが、倍率高過ぎて駄目だった。
最後のは違うが、結局どれも長続きしなかった。
スィラージはこれら多様な仕事を転々としながらも漫画を描き続けた。
しかし、どれだけ描いても気に入るものができなかった。
アレクサンドリアには厨二館など有名な出版社が幾つかあり、ここに持ち込んで認められれば漫画家としてデビューできるのだが、持ち込みに値するものがどうしてもできない。所詮、その程度の男でしかないのかと軽く絶望したりもした。
迷いはあった。
だらだらとアニメを見たりギャンブルをしたり友人と酒を飲み歩いたりもした。金は無いけど楽しい日々。女には大抵フラれた。将来の展望も無く口を開けばアニメと漫画とギャンブルの話ばかりだから仕方ないと言えば仕方ない。フラれた時は「このドブスが!」と罵った。
漫画というものが本当に好きなのか今ではもうわからない。
だけど何かに行き詰まったり嫌なことがあると漫画を描いた。ストレスのはけ口にしている部分は確かにあった。自覚して自己嫌悪に陥ったりもしたが、それでも描いた。
漫画を描くにあたって何が不足しているのかもわかってきた。
技術的にはそこそこだと思うが技術じゃない。漫画を描くには、物語を描くには、それより遥かに大切なものがある。うまく言葉では言い表せないが、もっと世界と人間というものを経験しなければならない。そう思った。少し自分を理解できた。
そして大人は稼がなければ生きていけない。
スィラージは気を取り直して知人の伝をたどり、ベルドゥラルタ商会に事務方として入ったのが20歳の晩夏。アレクサンドリアでもそれと知られた交易ギルドの雄である。
事務所はいつも活気に満ち溢れていた。
一癖も二癖もある契約商人や契約冒険者が楽しそうに仕事の話をしていた。人種民族的にも黒人からガリア人まで入り混じり正しく多国籍。言葉が違おうが身振り手振りに筆談と喧々諤々、毎日がお祭り騒ぎ。
スィラージは何だか彼らが眩しくて、やがて憧れを自覚した。
彼はその内ギルドを辞めるつもりだった。漫画家になるのも半ば諦めた。自分の将来とか進路とかは未だ漠然としたまま。ただし漫画の傑作を描きたいとは思っていた。何か一つで良い。自分が納得できるものを完成させたいと。全てはそれからだ、と。
だからだろうか。一歩踏み込めない自分を感じていた。
その煩悶を、ギルドオーナーのマリーダには見抜かれていたのだろう。ギルドで漫画の話をしたことは無いが、特に秘密でもない。少し調べればわかることだ。事務方から現場方に異動させられた。そして初めての請負仕事には珍しくも厨二館の仕事を割り当てられ、漫画の世界を垣間見た。結果、やはり無理だと痛感させられた。少しどころではない、大量に足りないものがある。自分の未熟さを思い知った。
シフの顔は知っていたが、その現場で仲良くなった。
彼がいると毎日大騒ぎで退屈しない。これほど楽しい男は他にいない。そんな彼についていくといろんなものを見聞できて漫画の役に立つ。やがてギルドを退職。正式にシフの部下になった。
ギルドオーナーは「まあ、しっかりやるんだよ」と言って、気持ち良く送り出してくれた。実はあの厨二館の仕事は、オーナーがわざわざ厨二館に出向いて取ってきたらしい。感謝の気持ちしかない。その後、年に数回は厨二館から仕事が入るようになったという。
スィラージは初めて仕事が長続きしている。旅を続ける日々は確かなものとして自分の中に蓄積されている。今ではこの仕事をずっと続けるのも悪くない、そんな気持ちも生まれている。持て余した情熱をこの仕事に入れ込むのも悪くない。最終的に自分が何を選択するのか、今はわからない。
シフは多分、自分の気持ちに気付いているが何も言わない。無駄口軽口出まかせが8割以上のとんでもない男だが、その奥底には澄んだ顔で真実の月を見上げる、もう一人のシフがいる。信頼に足る男だ。
しかし好きなアイドルグループは『ASD47』だと言ったら「はいロリコン確定。このハゲ野郎が」と言われ、好きな漫画は『かぐや姫の強制告白』でアニメも見たし演劇も見に行ったと言ったら「メディアミックスの策略に踊らされたアニメエリートが」と言われた。本当にあいつは口が悪い。もう少し直した方が良いと思います。
「君、知ってる? みんなに嫌われているということを」と言ったらあいつは大笑いしていた。
その帰り道。村長の家へ続く近道、藪間の小道で、スィラージは呼び止められた。
「もし」若い女の声だ。
スィラージは振り向いて心拍がピコンと撥ねた。
「……シスター」
件のシスターが立っていた。今日もトゥニカ(濃紺のワンピース)を纏っているが、ウィンプル(裾の長い頭巾)を脱いで銀色の長髪をサラサラと薫風に靡かせている。しっとりと艶があり輝きが強い。スィラージはそれを間近で見ただけでドキリとした。
「こんにちわ」潤いのある声だ。
「こんにちわ」スィラージは挨拶を返す。
清楚で洗練されて美しくとても田舎の女には見えない。こんな女が山奥の村で一人教会堂にいる。それだけで充分怪しい。
「明日、発たれるそうですね」シャリアから聞いたにしては早すぎる。村長か。
「その予定だけど」
「レグスの港から北へ向かわれるのでしたよね」
「うん、そうだけど、よく知ってるね」
「それはもう、貴方たちのことは村の皆が噂していますから」
「こういう村ならよくある話かな」
「まあ、そうですね、よくある話ですよ。スィラージさん」名前も知られている。
「そうかい」
「レグスの前はアスマラでしたか?」
「そうだけど(嘘情報)……ところで、何の用かな」
「そうですね。少し街の話を聞かせていただきたいと思いまして。お邪魔でなければ、ですが」数秒スィラージを見詰めてからふわりと微笑んだ「私の教会堂でどうですか。おいしい紅茶があるんですよ」
多分やばい女だと予感があるのにスィラージは目を逸らせない。受難の予感。これも俺がイケメン過ぎるせいだ。金髪をかきあげた。そろそろ散髪したい。
彼女が起居する教会堂は墓地の隣、村の外れにある。彼女が開催する私塾の日以外ではあまり人の気配が無い。
「教会堂、で?」
「そう、教会堂で」
「ところで君の名前を聞いても良いかな」
「……メッサリーナと申します」
【※1 ASD47】47人の清楚系(?)美少女で構成されるアレクサンドリアの御当地アイドル。クレオパトラ劇場で定期公演する。煽情的な歌と踊りが人気を博する。毎年のメンバー入れ替えや人気投票はお祭り騒ぎ。
【※2 エレクトリカル・パレード・エッセンシャル】ASD47でも人気の持ち歌『痺れるようなときめきが人生には必要だ』の振り付け。あまりに煽情的なので有名な振り付け。途中から何故か洗濯が始まる。最初は真似だったが近頃では洗濯板と衣服を持ち込んでマジに洗濯をする。ゴシゴシした衣服を観客に投げると激しい奪い合いが始まるのはもはや風物詩。時に流血騒ぎに発展し警士の介入を招くこともある。
【※3 警察】初代皇帝アウグストゥスによって公式に作られた警察組織。構成員を警士と呼ぶ。




