1-19 助からない奴は助からない
黄昏前。今日はこれで終わりだという時間になって新しい患者が運び込まれてきた。10歳くらいの少女で松葉杖を突いていた。座らされた少女の名前はシャリア。連れてきたのは彼女の父親。まだ30歳くらいの若々しく精悍なイケメンお父さんだ。
シャリアの左膝には大きな古傷がある。傷口は塞がっているが、実は靭帯が切れており、そのまま数年が過ぎて癒着、異常成形を起こし今はほとんど力が入らない。
「無理だ。回復魔法で治るもんじゃないんじゃよ、古傷は」間に入った村長が説明したが父親は引かない。
「頼む。一度で良い。一度で良いから魔法をかけてくれ」
ルシールはシフの後ろでシャリアの様子を観察する。確かに左膝廻りの肉付きが歪だ。これはヒール(回復魔法)では治らない。再生魔法が必要だが、ルシールには使えない。
シャリアが気まずそうに父親に言う「お父さん、もういいよ」
「馬鹿野郎! 少しは良くなるかもしれんだろうが! 諦めるな!」
父親がルシールに向き直る「頼む! 少しでも治してやりたいんだ、回復魔法を掛けてみてくれないか! 金は無いが、できることならなんでもする! だから頼む!」
シャリアは泣きそうな顔だ。
お父さんの剣幕に皆が沈黙。村長が困った顔でルシールを見る。
しばらく黙っていたルシールは応えた「……多分無理だけど、全力のライトヒール重ね掛け……それがアタシにできる目一杯だけど。それで良い?」
「ありがとう! 頼む!」
「良いのか?」シフは問う。
ルシールが悲しそうに頷いた。レモングラスの特濃ハーブ茶の臭いを一度嗅ぐ。先程よりは強めに魔力を練る。瞳が赤く光る。今日一番の赤さだ。
結局、スィラージは歩いて池を周回してきた。アニメソングを口ずさみながら帰ってきた。
「あ~腹減った」
スィラージは村長家の居間にシャリアを見つけてぎょっとする。見ていると、彼女は治療用の長椅子に仰向けに寝かされ、その傍らでルシールが魔法の準備を進めていた。シフを見ると彼はわずかに首を振った。何も言うなということか。
シャリアの膝の下に魔法陣が敷かれ発動の儀式が進む。膝下の魔法陣も、両手袋の魔法陣も淡く光り始める。
ルシールがシャリアの左膝に手を当て、感情を抑えて詠唱する「……ライト、ヒール」魔法の淡い光が左膝を包んだ。
シャリアは怯えを含む複雑な表情だ。悲しそうな顔で魔法を使うルシールを見て、それから祈るような姿勢で座り込む父親を見て、最後にスィラージを見た。
スィラージには何もできないがじっと見返した。
全員黙っていると、風の音に乗って、広場の喧騒が少し聞こえる。まだ宴会をやっているのか、結構遠いのに。
およそ15分後、魔法の光が消えた。
「終わったけど」ほう、とルシールが息をつく。
「そうか、ありがとう、ホントにありがとう。それで、シャリア……どうだ?」
シャリアは体を起こして膝を曲げ伸ばし「……痛みはほとんど無くなったみたい、かな」けっこう嬉しそう。ライトヒールの効果のひとつ、血行促進は古傷にもある程度は効くらしい。膝の外観の歪さは変わっていないが。
「おお!」お父さんが小さくガッツポーズ「じゃあ、じゃあ、立ってみるか」
「……うん」松葉杖無しで、シャリアはゆっくり腰を浮かす。
「よし、もう少しだ頑張れ! 立つんだシャリア!」
しかし、次の瞬間、糸が切れるように、彼女の膝がすとんと落ちた。父親が反射的に支える。
「……ごめん、お父さん……やっぱ無理みたい」
お父さんが娘を抱き寄せる「……そうか」今にも泣きだしそうな顔。娘よりも父親の方がずっと悲しそうだ「そうか」もう一度言った。
「ごめんなさい」シャリアが詫びる。
「別にお前が謝る話じゃない」
「それでも痛みはかなり減ったから。前よりは良くなったんだから」
「そうか、良かった。良かったな」
「だから」一度笑う「早く帰ってご飯にしよう。まだ何も用意してないんだから手伝ってもらわないと」
「そうだな腹減ったな、すぐ作ろう。今日はお前の好きな玉子焼きでも作るか」
「お父さんすぐ焦がすから心配だなあ」
「ばかもん、少し焦げたくらいが旨いんじゃないか」
お父さんは何度も礼を言い、娘を背負い、帰っていった。
それを見送った村長が教えてくれる。
「あそこの嫁は、娘を庇ってワニにやられての。あの膝はその時の傷じゃ。あいつもイイ男で働き者だし後妻を勧めとるんじゃが……これがどうしようもなく頑なでのお」
ルシールは沈黙を守る。エリクサーアレイズの魔法式を応用すれば、少女の膝を治すことは充分に可能だ。ただしそのための対価をどうするのか。知れば『自分の命を使え』と、あの父親なら言うだろう。もしくは全財産注ぎ込んででも可哀想な奴隷を買ってくるかもしれない。
だけど。誰もがそれを望むとしても、誰かの命を犠牲のはもう嫌だ。もう二度としたくない。
あたしは死ぬまで嘘をつく。
昨日、村長は言った「助からない奴は助からない」違う。あたしなら、対価さえあれば誰であろうと助けることができる。
村長がルシールを労う「あんたが気にすることじゃない。あんたは良くやってくれたよ、本当にありがとよ」
シフも優しい言葉をかける「お疲れ様だったな。実は、なんと風呂を用意してもらってあるんだぜ。このあとどうする? メシ? 風呂? それともアタシ?」
「あのコ、昨日見た漫画描いてた子だよ」とはスィラージ。
ルシールは弱々しく笑う。
「……えーと、とりあえず風呂をお願いします」魔力枯渇するほどではないが、なんだか疲れた。
この村の風呂は蒸し風呂だ。場所は小さな小屋で、焼いた岩に水を掛け蒸気で室内を満たした簡素なものだ。結構手間なので毎日できるものではない。彼女の後にも多くの村人が入るだろう。
ルシールは丸椅子に座って一息つく。しばらくすると全身から汗が噴き出してくる。久しぶりに家族を思った。顔を伏せた。
晩飯後、ルシールは「なんだか疲れたから」とすぐに与えられた個室に引っ込んだ。
男たち3人は大部屋を与えられている。寝具はハンモック。昼間働いてないので眠くならない。
天井から無限灯を吊るしてそれぞれの時を過ごす。
スィラージは新聞やライトノベルを読みふけり、ガボルアは寝酒をちびちび、シフは天井を見ながら物思いにふける。夜の民家は声が響くから、あまり騒げない。蚊取り線香の煙がゆらりとあてもなく漂い、天井に溜まる。ガボルアと話して明日の仕事はキノコ採取にしてもらった。狩りは保留。ルシールを連れ出すためでもある。よく考えたら体力的には普通の女を狩りに連れていくのは無理がある。朝になったら村長に話そう。
「でかいヤモリ発見」シフは、大きなヤモリが天井に張り付いているのを見つけた。30cmはあるか。
「マジだ。大きいな」スィラージが嫌そうな顔で見上げた「どこでも入ってくるなあ」都会育ちの彼はトカゲとか苦手。
シフは平坦な口調で言う「ヤモリは暗くて暖かくて湿り気のあるところが大好きだからな。つまりお前のパンティーの中だ。明日起きたら入り込んでいる確率80%。いや、既に入り込んでいると言っても過言ではないな。大丈夫かい?」
「カス野郎」
やがて就寝した。
未明、シフは1度起きて裏庭のトイレに行く時、かすかに女の笑い声を聞いた。寝ぼけていたのか空耳か。部屋に戻るとすぐに寝た。スィラージのハンモックが空になっていることには気付いたが、この時は気にならなかった。




