1-18 甘えた声で「ゴロゴロタイムしよ?」「気持ち悪いぞスィラージ」
昼食はキノコパスタだYEAH! 奥さんありがとう。愛しています。(駄目よ駄目駄目、あたしには夫と息子が。(何故か脳裏に流れる昼ドラ『奥さん米屋です』))
それにしてもスィラージは少し遠慮というものを覚えた方が良い。3度もおかわりしやがって、これほどの料理に対する敬意が足りん。使われたキノコは舞茸と椎茸。まさか舞茸まであるとは思わなかった。底知れぬ村だ。具は豚肉と玉葱。香辛料は大蒜、オレガノ、レモングラスといったところか。他にはオリーブ油と塩があればいいか。シンプル・イズ・ベスト。アレクサンドリアに帰ったら挑戦しよう。そうだ、この気持ち、まさしく愛だ!
ちなみに香辛料と香草の違いについて。香辛料は全て食用だが、香草には食用以外にも用途(薬用、美容、魔法、工作、園芸)がある。さらに香辛料は数百種類が存在するが、香草は1万種類を超えるという。つまり香草の中の食用群が香辛料になるということか。ただし区分けについては諸説ありこの限りではない。
昼休み。4人は裏庭のテーブルで茶を飲んでくつろぐ。ガボルアは速攻で飲み干してお昼寝。まだ酒が抜けていないようだ。ルシールの茶だけレモングラスの細切れをかけてあり、爽やかな香気が立ち上る。
「ところでルシールってお姉さん?」シフは尋ねた。
「どうして?」
「昨日、子供の扱いが上手かったから。というか慣れていたみたいだからな」
スィラージも言う「そういえば慣れていたような」朝の患者にも子供がいたが上手に言うことを聞かせていた。
シフは頷く「あれがなければ、俺はワガママ上等一人娘だぜベイビー! 舐めんなよ! って感じだったんだがな」
「なにそれ……確かにあたしはお姉さんだけど。妹と弟がいるよ」
「やっぱり。弟はよくわからんが、妹はきっとしっかり者な感じがするね。スィラージのところと同じだ。困り者の姉を支えるよくできた妹」
ルシールは眉を顰める「誰が困り者の姉」
スィラージが食い気味に被せる「兄より優れた弟など存在しない」
「あっはっは、誰もそこまで言ってないだろ」
「スィラージもお兄さんなんだ」
シフは楽しそうに教える「半分正解で半分外れ。こいつのところは9人兄弟で、こいつはちょうど真ん中。上にも下にも兄と姉、弟と妹がいるんだぜ」
「それはなんだかすごいね」
「それで弟も妹も素晴らしくしっかり者なんだよ。他の兄や姉が独立したり嫁入りしたりで、家にいる中ではスィラージが一番上になってしまったから尚更」
「想像できる気がするよ。これだけ兄が手を焼かせる変人だとね」
「……むぅ、想像できなくていいのに。やれやれ、俺も家を出ようかな」
「そしたらアイシャあたりが付いてくるんじゃないのか?『お兄さんが一人暮らし? 自活する? 起きている時まで寝言言わないでよ』とか言って」
「く、なかなか似てるのがムカつく」
「実は相談されたことがあるんだよ」
思い出話開始。
アイシャ「シフさん、どうしてうちの兄はあんなに馬鹿なんでしょうか?」
シフ「なんか変なものでも食べたんじゃないのか」
アイシャ「あたしは本気で相談しているんですけど」
シフ「すまん。でも今度の仕事は長続きしているだろう? 充分役割を果たしてくれてる。頑張っていると思うぜ」
アイシャ「はい、シフさんにはとっても感謝しています。あのフラフラとあっち行ったりこっち行ったり、何を考えているのかわからない極楽とんぼのような兄が、いや、人生を200年くらいにでも考えているみたいに遊び暮らしていた兄が、あの兄が、まともに働いているなんて、もうそれだけであたしは涙が……いけませんね年を取ると。涙もろくなっちゃって」
シフ「アイシャはまだ17だろ」
アイシャ「仕方ないじゃないですか。姉さんたちは皆お嫁さんに行っちゃったから、あたしが最後の砦。それを思えばまさにこいつは感無量(ヨヨヨとおどけた泣き真似)」
シフ「やっぱ兄妹だな。なんだかスィラージみたいだぞ」
アイシャ「(涙を拭いて頷く仕草)あんな兄でも良いところはあるんですよ。毎期おすすめアニメを教えてくれたりタコヤキライス作ってくれたり。あとはお嫁さんさえ、お嫁さんさえ来てくれれば。はあ、それが最大の難問で。もう来てくれるだけで良いんですよ、あたしは。来てくれさえすれば、それ以上何も言いませんよ。だけどこのままじゃ、このままじゃ無理なんですよ。今も家に帰ってくると部屋にこもってアニメ見て漫画描いてビール飲んでゴロゴロして。外に出てくると奇声を上げてシャドーボクシング。口を開けば子供みたいにアニメのことばかり。シフさん、どこかその辺に落ちていませんかね、お嫁さん」
シフ「可能性0とは言わないが」
スィラージ「ふっふっふっふっふ、あっはっはっはっはっはっは、このハゲーー! 違うだろ! 違うだろうーー!」強制割り込みで思い出話終了。
「うふふ」ルシールが笑う。
「あまり心配させたら駄目だぞ? アイシャの愚痴が長くなる」シフは言ってやる。
「ぺっ! 今更だよ。この仕事やってりゃ事故とか犯罪とか、珍しくないっていうのに。まったく、うちの家族はどいつもこいつも心配性なんだよ」
シフは真似を続ける「『そうだ、お兄さん。今日はあたしの友達が来るの。だから部屋に隠れて絶対に出てこないでね! 絶対よ! 出てきたら晩ご飯無いからね!』『なんでそんなこと言うんだよ~。悲しいじゃないか~』」口をとがらせてテーブルをカリカリと掻く。
「それこそ嘘だハゲ野郎!」
「あっはっはっはっはっはっはっは」ルシールは可笑しくて仕方ない。
「……ちょっとうるさいぞ」昼寝していたガボルアが苦情を言う。
「おっと悪い」シフは謝る。
ここから小声。
「良い声の張りだった。なかなか魂の力がこもっていたぞ」シフは褒めた。
「本当にまったく、人を怒らせる才能は天才的だよ」
「うふ。良い妹さんね」
「だから嘘なのに」
「……妹か、もう随分会ってないなあ」
全員お茶をすする。
ルシールが話題を振る「シフこそ一人っ子? もしくはお兄さん、かな」
「俺は3人兄弟の末っ子だ」
「え、そうなの? ……見えないね」
「そうだな、8歳で母さんが死んで親父の船に乗ったから、だろうな。船に乗らなかった兄貴たちとはそこで道が別れたから」
「そう」
昼休みを終えて、シフはルシールの付き添いだ。
ルシールの魔法は発動と効果に安定感がある。手慣れた所作は澱みなく、詠唱は自信に満ちている。まだ若いのに大した魔法使いだ。才能だけではない研鑽が窺える。
その過去と生い立ちに関心が無いと言えば嘘になるが、余計な詮索をしないのは旅暮らしで身に付けたマナーだ。まだ30日ほどの付き合いで、キャラバン勧誘の返事もまだだが、何か大切なことを隠していることもわかっているが、それでも大切に思える旅の仲間だ。悲しませることはしたくない。
シフは改善点を指摘する「おい、もっと力を入れた方が良いんじゃないのか? それと患部から遠いような……」
うつ伏せになっている中年男性は股関節脱臼を起こしたという。外れた関節は何とか戻ったが、それでも超痛いらしい。
ルシールの両手のライトヒールは腰に当てられているが股間からは遠い。
「あの、ルシールさん?」
ルシールが頬を染める。
「うるさい黙れ」可憐だ。
シフは届けられたレモングラスをザクザクと刻む。見てるだけで退屈なので特濃ハーブ茶に挑戦だ。
スィラージがガボルアと広場に行くと宴会をやっていた。100人ほども集まっているか。魔法使い(ルシール)がやって来た記念らしい。
この世界では医者も魔法使いも貴重だ。治してもらった患者たちが合流する度に全員で乾杯が交わされる。もう少し健康に気を配れ。テーブルでは将棋大会が開催されており大勢が一喜一憂大騒ぎ。既に飲み過ぎたおっさんが片隅でお昼寝中。
乗り遅れたスィラージは混ざるきっかけを掴めない。ガボルアは何をするかというと、あまりの騒がしさに閉口したのか池の方へ歩いていく。
「どこいくんだい?」スィラージは何となくついていく。
「池を見に」
「そう」
レモングラスを集めた子供たちが駆けていくのとすれ違う。
「急げ! なくなっちゃうぞ!」宴の御馳走のことだろう。
ガボルアが子供を見送り言う「魚釣りをするのも良いかと思ってな」さすがに一日中酒を飲むのは咎めるらしい。
「それも飽きたら槍の稽古でもするか」
「そうか」スィラージはどちらも趣味じゃない。仕方ないのでひとり散歩する。テレビでも見たいけどこの村にはテレビが数台しかない。村長の家の居間にはあったが、ルシールが治療する傍でテレビを見てゴロゴロするのはさすがに気が引ける。この村の住人はどうしてもっとテレビを買わないのか。謎だ。何が楽しみで生きているんだ? 世界ふしぎ発見。
とある民家の軒先に置かれたテーブル。
昨日の女の子がまた漫画を描いていた。スィラージに気付いて警戒する。
「やあ」スィラージは優しく呼び掛ける。
「暇なんだ。邪魔しないから横で見させてくれないか」
「嫌」女の子が原稿を手で隠す。
「えー、そんなこと言わないで頼むよ」本当に悲しそうな顔をする。
「嫌」
「そこをなんとか!」
「じゃあ、あそこの切り株からなら見てても良いよ」10メートルは離れている。
「了解。俺、視力8.0だから大丈夫」
女の子がスィラージを見直す「嘘、すごい」
「まあ嘘だけど」スィラージはニヤリ。シフ直伝の技は、実に汎用性の高い冗談である。
「はあ? あんた馬鹿にしてんの?」
「あっはっは、ようやくこっちを見てくれたな」
「もう、あっちに行ってよ」
「君はあっちに行かなくていいのか?」
「この足だからね」
「魔法でも治らないのか」
女の子は黙って頷き、俯いた。先天性なのか古傷なのか、回復魔法で治る類ではないらしい。
「そうか。残念だな……君の名前を聞いても良いか」
「シャリア」女の子が顔を上げる。
「俺はスィラージ」
「昨日聞いたよ」少し笑ってくれた。
しばらく話してスィラージは違和感を覚えた。外見が幼くて10歳くらいにみえるのだが、それにしては言葉と表情が大人びている。
それまでイケてるアニメのラストについて話していたが「ところで今幾つ?」スィラージは素直に訊いた。
「女に年を訊くもんじゃないと思うけど、14」
「そうか」
池の魚影を確認したガボルアは、村長の家から釣りの道具を借りたいと頼んだが、針が無い。仕方ないので槍を持ちだして池の傍で準備体操。それから型稽古を始めた。十数分もすると汗がにじみ、体内のアルコールが排出されていく。必殺の16連撃技、スターバーストストリームを練習する。これを受けて斃れなかった相手はいない。変幻自在に相手を追い詰める複雑な連続技だ。ギルド・ベルドゥラルタ商会で一番のガード(護衛)になる原動力となった技でもあり、今は滅ぼされた彼の一族に伝えられた奥義でもある。ひたすら無言で練習を繰り返す。
「なんというか、すごいのができたよ」
シフはマグカップをルシールに差し出す。子供たちが持ってきた大量のレモングラスを全て刻んで擂粉木でこねまくった。時折水を加えてこね続けると、やがてドロリとしたものが現れた。それを熱湯に入れてかき混ぜ、出来上がったのがこれだ。
「こいつは効くぜ?」と得意顔。
「うっ、臭い」
小休止中のルシール顔を背けた。眼に染みる。これ飲むの? 確かに効きそうではあるけれど。加減てものを知らないの?
「ささ、遠慮無く。子供たちが頑張って集めてくれたレモングラスだぜ」シフは良い笑顔で促す。
窓から子供たちが様子を見ている。
ルシールは恐る恐るひと口含む。
「……ぐうっ! syhをpdこwこsfzpんsq!」心身を衝撃が突き抜ける。ツーンと来た! 心が叫びたがっている! だがしかし!
「く、ぐぬ」根性で飲み込んで見せる。女の意地をなめるな!
「どうだい? 効くだろう」
シフはわざとらしい顔を作って聞く「ね?」
『ね?』じゃないよ! この男は全く。しかしそこで、ルシールは既に魔力の回復が始まっていることに気付いた。飲んだものが効果を発揮するのは普通数十分後。だから臭いを嗅いだだけでも効果があるということになるが、これは新しい発見かも。
とても飲めたものではないけれど。
汗を拭いて一息ついてルシール平静を装う。
「た、確かにこれは効くね。実はこれ素人が飲んでも魔力に目覚める可能性があるの。あんたもひと口どう?」もちろん嘘だ。
「あっはっは、そんなもん飲めるわけないだろ、このたわけ!」
「こっ! このハゲ野郎! どうしてあんたはいつもいつも!」
外見イメージにそぐわない感情の爆発に、村長も患者のおばさんも面食らってそれから全員揃って大笑い「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
おばさんが目を細める「あんた、何だか可愛いねえ。魔法使いなのに」
「う」ルシールは赤面して俯いた。
タイトルの内容出てこなかった……書こうと思ったのに。
仕方ないので後書きに使用。
スィラージ「お疲れ様♪ゴロゴロタイムしよ?」
シフ「気持ち悪いぞスィラージ。まったく、ゴロゴロする前に感想を書こうぜ」
勝手な想像ですが濃縮レモングラスはワサビみたいなもんですかね。
20191202。レモングラスの精油を入手。ワサビのようにツーンと来るレモン、概ね間違ってなさそうです。




