1-17 アビゴタイム(アニメ見てビール飲んでゴロゴロする時間)
山村ダシル二日目。
しかし昨夜の晩飯に出たキノコステーキは美味だった。大きな椎茸。あれほど立派な椎茸ならステーキにするのは正解だろう。薫り高く美しく官能的。キノコの女王様と言うにふさわしい。王様は松茸。こんなアフリカの山中で椎茸が取れるとは、まさしく驚きだ。
昨日の患者は1人だったが今日は朝から50人ほども押し寄せた。全員は無理だと言って村長が患者を選ぶ。午前5人、午後5人。
シフは仲間と相談して半日交代で1人ルシールに付き添うことにした。御前の付き添いはジャンケンでスィラージとなった。午後の付き添いはシフだ。
シフとガボルアは割り当てられた4人部屋で寝ていたが、折角晴れたので裏庭のベンチでちびりちびりと酒を舐めてまた寝そべる。明るい内から酒を飲んでゴロゴロするのは最高である。ナイスゴロゴロタイム(※1)。酒は村長秘蔵のエール・ティグリス・トラピスト。
シフは長椅子に寝転がりスィラージに借りたライトノベルを読みふける。タイトルは『こちら怪盗テツヤの浮気現場』。怪盗テツヤシリーズの第47巻だ。アニメ化もされた人気シリーズで、ローマ帝国一円で読まれている。この中でテツヤが叫ぶ『それ(貧乳)がどうしたッ! 気にするな! そんなものは脂肪の塊に過ぎん!』なんだか最近聞いたセリフの元ネタはこれか。小冊子版で300ページ以上、これでもかと作者の情熱が濃密に込められた本だ。
ガボルアは燻製肉のツマミを貰ってきて嬉しそう。エールが進む。
シフは酒が入ってしばらくすると眠気が来た。自覚は無かったが疲れていたのだろう。
シフは1時間ほどで目を覚ました。身体を起こして大欠伸。
「しかし暇だな」
「たまにはこういうのも良いだろ」ガボルアがぐびり「船が出ないんだからよ」もぐもぐ。
「仕方ないと言えば仕方ない」シフもひと口舐める「当座の金を稼がないとな」もぐもぐ。
「明日はキノコ採取か狩りに行くんだろ」
「仕事がもらえるかまだわからんけど、流石にあいつ(ルシール)ばかり働かせるのもカッコ悪いからなー」
「……狩りにしないか」
「戦闘民族の血がうずくとか?」
「そんなところだ」
「良いよ。みんなで行くか。魔力が枯渇したとか言えばあいつ(ルシール)も連れ出せるだろう」
「キノコは良いのか」ぐびり。もぐもぐ。
「キノコは逃げないからな」嬉しそうに読書を再開する。
ルシールは居間で患者を診ていた。使う魔法はライトヒール(回復魔法)だ。実はプリフィティカーオ(浄化魔法)も使えるが伏せておく。魔法陣とハーブを整えて準備は万全だ。
「この村は意外に子供が多いんだよな」
やってきた患者は老人と子供ばかりだった。
「そう?」ルシールの眼前の長椅子で婆がうつぶせになっている。腰が痛くて仕方ないとのこと。患部に添えられた両手袋の魔法陣にライトヒールの光が灯る。最初はルシールに怯えていた婆だが、今は気持ち良さそうにされるがままだ。
「他の二人は何やってんのかな」ルシールは尋ねた。
「裏庭のベンチでゴロゴロしているよ。良い天気だし」
「ふうん、良い身分ねえ」
村長の孫が今日も至近で眺めている。ルシールと目が合う。穏やかに、赤い瞳で少年の心の奥底を見通すように見る。その目に怯えが浮かぶも目を逸らさない。赤い瞳を怖がる者は多いが、さすが村長の孫は勇気がある。
順番待ちの患者が裏庭で待ち始めたのでゴロゴロタイムを満喫するには居心地が悪い。
シフとガボルアは酒とツマミと小説を手に安住の地を求めて歩き始めた。とりあえず広場に向かう。
昨日の傷だらけの爺が日向ぼっこをしていた。子供たちが何やら遊んでいる。ルシールが昨日治した子供もいる。見渡すと他にも仕事ではなさそうな人影がちらほら見える。
「暇そうだっぺ」爺が言った。
「こんにちわ。まあ実際暇なので」シフは手にした酒やらツマミを見せる。
ガボルアは会釈。
「今日は休日か何かなのかい」
「あの娘さんが来だがらだっぺ。ヒールを使える魔法使いなんぞ、ごの辺りには滅多に来ん」
「なるほど」シフはテーブルの対面に座る。酒を爺にも勧める。
爺がひと口含んで言う「アレクス将棋(※2)でぎるか?」
シフは頷いた。
「よし、おいラゴニアの坊主! 将棋持っで来い。あと、そうだの、何が手伝えるごどがあっだら言っどくれ」
「それなら……レモングラスあるかな。魔力回復を早める効果があるんだ」
「そうが、レモングラスが。池の周りで見たごどがあっだの。坊主共に集めさせるっぺ」子供が近くの家から将棋盤と駒箱を持ってきた。
「言っておぐが、ワシは強い」
「ふっ、その言葉、そのまま返してやりますよ。勝ったら……酒をひと口飲めるということで」
「乗っだ」爺が不敵に笑った。
ガボルアは少し離れたベンチでもぐもぐぐびり、ごっくんプリーズ。うい~。要するに良い気分。
ルシールは4人目の治療中。準備を念入りにしたので魔力消費は少なく疲労も少ない。今度の患者は腹痛を訴える30代の痩せた女性。長椅子で仰向け。顔色が悪い。やつれている。汗だく。熱もあるようだ。多分しばらくすると一度治るがまた発作的に悪くなるという。彼女の夫が心配そうに見ている。とりあえずライトヒールをかけてみる。少しは効果があるようだが、まだ足りない。他の角度から攻めてみるのもありか。何気ない仕草で左手の手袋を変える。異なる魔法の重ね掛けだ。微妙に異なる魔法の光が灯る。周囲をちらと確認するが誰も分かっていない。患部に添えた両手。その右手からライトヒール、左手からプリフィティカーオ(浄化魔法)を発動させる。
手応えあり。女性の体内から、気の巡りを妨げる、何かの引っ掛かりが除去されるのを感じた。
腹を抑えていた女性の表情が柔らかくなる。
どう?」
女性がルシールを見上げる「ふう、なんか楽になりました」
「うん、アタシも手応えあったよ」
「ああ、良かった。ありがとうございます、ありがとうございます」
夫が妻の手を握る「いやあ助かった。本当にありがとうございます! 良かったな、お前」
「まあ、多分大丈夫だと思うけどしばらく安静にして様子を見た方が良いかな」ルシールは一応の注意を促す。
「お疲れ様」スィラージが肩を揉もうとする。
「間に合ってます」ルシールは手を払う。
スィラージが残念そうな顔をする。しかし手つきがいやらしいし、顔もいやらしい。もう少し格好を付けられないものか。ほんと残念なイケメンだ。
優しい眼差しの村長がスィラージをポンと叩く「それならワシの肩を頼む」
「なんだそりゃ」
「がはは」
「これでもくらえ!」スィラージが村長の肩を猛烈な勢いで揉む。
「お、そこ、う、ぬう」村長は気持ち良さそう。
見ている方は気持ち悪い。
スィラージが歌い始める「揉んで揉んでこの世界で♪ 愛することもできぬまま(平成歌謡の替え歌)♪」もみくちゃ変幻自在。
「う、うお、うおおおわおわわ」
「ぐむ……」シフは将棋盤を睨み苦悩していた。
「惜しがっだっぺよ」爺が余裕を見せる。
農夫が二人やってきて、盤を覗き込む「兄ちゃん、じっくり。まだ大丈夫だ、まだ諦めるような時間じゃない」
「そうだ、まだだ、まだ終わってない。諦めたらそこで試合終了だよ」シフはパチリ。
「そう来だが。では」パチリ。
シフはぎくり「……」十数秒考え「くっそーー! 俺の負けだ!」
「がっはっはっはっはっはっはっは、じゃあ一口貰うっぺ」ぐびりぐびりと、爺のくせによく飲みやがる。
「うめえ」
「キー悔しい」
「さあ次やるが」爺の戦意は旺盛だ。
「うー、結構、本気で悔しい。ちょっと休ませてくれ」
酒とツマミが無くなったのでガボルアがお代わりを貰ってきた。
「なら次は俺だ。爺さん久しぶりの勝負だな」農夫が手を挙げシフと交代する。
「がっはっはっは、言っておぐが、ワシは手加減でぎない男だっぺ」
「抜かせ、昔とは違うってところを見せてやるぜ」
シフは農夫の肩を叩く「おっちゃん頼むぜ、仇をとってくれ」
「ああ、まかせとけ。お前の魂は受け取った」
ガボルアは人が増えたので移動。草原に寝そべって酒をちびちびゴロゴロタイム。気付いたら近くに白猫が無防備にひっくり返って昼寝している。
嬉しそうな若い夫婦が「みんなでどうぞ」とシフの前に酒を数本持ってきた。ルシールに治療してもらった夫婦だ。
「良かったなあ、うん、めでたい」将棋を指す農夫も莞爾と笑う。将棋も多分優勢。パチリ。
「これが若さが」爺がパチリ。
「今貰っだこれも賞品だっぺ。勝っだら一口ではなく一杯だっぺよ」爺には勝ち筋が見えるらしい。
【※1ゴロゴロタイム】ゴロゴロする憩いの時間のこと。上位語句としてニートタイム、派生語句としてアビゴ(アニメ見てビール飲んでゴロゴロする)タイムがある。
【※2アレクス将棋】チェスでも日本将棋でもない。各国で類似した盤上遊技が古代から派生した。これはマケドニア王国でアレクサンダー大王の頃に起こり、大王の制覇行と共に各地へ普及したもの。王と王子があり、それ以外の駒は取ると使える。後年、王子は女王に変わり、チェスの原型になったという説がある。
スィラージ「あーだるい、疲れた、もう寝たい。おっといけない寝る前にポイントを入れないとな」




