異世界の森の中で ~一日目~
「さあ、元気出して行こうぜ!?」
生い茂る森の中。
手付かずの大森林の中で、セイルは異世界に来たという高揚感に駆られ、意気揚々と言った。
「本当に、ありがとうございます!……この五年。本当に、本当に長かったから……」
ルーシュは、目尻に涙を浮かべてセイルを見つめる。
「ようやく、お嬢の願いが叶う時が来たな。俺もついていきたい所だが、俺の分もお嬢の助けになる事を、若に託すとしよう」
低く唸る様な渋い声は、クーガと名付けられた魔物だ。
若というのは、クーガ達が勝手につけたセイルの呼び名だった。
(ルーの家ではああ言ったものの、……改めて思うと……お、重いな……)などと、トホホな気分で肩を落とすセイル。
何であんな大口を叩いたのか。
今更ながらに自分の行き当たりばったりな言動を悔いるのだった。
そんな折。
「ボクがついていくから大丈夫さ!」
セイルへ向けたクーガの言葉に、カルと名付けられたウサギとも鳥とも違う、羽の生えた不思議な生き物が応えた。
彼は風の精霊で、人間を越える凄い力があるらしい。
カルもクーガも、家に残ったベアルやペーターという魔物達も、みんなルーシュの母親に助けられ、呪文で人の言葉を喋れる様になったという。
そんな、ルーにとっては家族の様な彼等だが、セイルもルーの家であれだけの事を言った手前、『やはり自分が頼られなくては』という気概だけはあった。
「……ま、まあ、俺に任せとけ!」
普通の人間である自分に、何ができるかわからないが、クーガの言葉に応えて自分の胸を叩く。
「はい!頼りにしてます!」
ルーシュが期待を込めて、そう返してくれた時だった。
ガサガサと木々が擦れる音がしたのだ。
「……な、なんだ!?」
セイルが音のした木の上を見上げた。
刹那!
ガサッ!!と大きく揺れる枝葉!
「キキーッ!!」
突然、木の上から何者かが声をあげて襲いかかる!
「……ひっ!?サ、サルだぁぁぁっ!!」
上から襲いかかるものを見たセイルは、咄嗟に叫びながら両手をクロスして頭を庇った!
ヤバい!ヤられる!!
反射的にそう感じたセイルは、恐怖で目を閉じた!
ドカッ!!
「グギャーッ!!」
その瞬間、激しい折衝音と、サルの雄叫びとも断末魔ともとれる声!
間もなく、ザザッ!という着地音と共に辺りは静まり返った。
その静けさに、そっと両手のクロスを解くと、ゆっくり腕を下ろしながら目を開ける。
「……え?」
下を見ると、セイルの右側に倒れているサルが。
その向こうには、左側に居たはずのクーガの姿が。
「さっすがクーガ!頼りになる~!」
「ありがとう、クーガ!」
カルとルーシュから、称賛の声が上がった。
「フッ。ハイランドモンキーなど相手にならん」
二人の称賛に、何事もなかった様に歩き出すクーガ。
「まあ、ボクが倒しても良かったんだけど、ボクが術を使うと木も一緒に切っちゃうからなぁ」
などと楽しそうに話すカル。
どうやら、突然襲ってきたハイランドモンキーという魔物を、あの一瞬でクーガが仕留めたらしい。
「……だけど、若様!『ひっ!?』だって~!アハハハ!」
悲鳴をあげたセイルを、笑ってバカにするカル。
ついさっきも、『俺に任せとけ!』とか言った癖に、ビビって悲鳴をあげてしまった事を、さらにトホホな気分で肩を落とすセイルだった。