番外編 ~バレンタイン~
帝都のチョコレートは美味いと、りこが言った。
茶とともにカイユが用意したのは数種のチョコレート。
寒さの厳しい帝都ではこの時期、竜族はこの菓子を特に好んで食べるのだ。
「街にチョコレートを扱うお菓子やさんが何件もあるし。帝都ってすごく栄えてて……竜族って、とっても豊かなんだね」
銀のトレーに並べられた菓子を、摘もうとしていたダルフェの手が止まった。
「……姫さんは、なんでそう思うの?」
膝にのせた我の頭を撫でながら、りこは答えた。
「え? お菓子の中でも、チョコは特別高価なもののはずでしょう? 竜族の皆さんは頻繁に買って、たくさん食べるんだってカイユが言ってたもの」
「姫さんはこれの原材料を他大陸から輸入し、加工してるってことが分かるんだなぁ。そのチョコを大量に消費する竜族は経済的に‘特別‘豊かだってことも……。なるほどねぇ……姫さんの国は教育制度が整ってるんだな。つまり金持ちな大国だってことだ」
我がチョコレートという菓子の存在を知ったのは、りこと暮らすようになってからだった。
これが高価なものであるなど、我は知らなかった。
りこは「帝都のチョコレートは美味しい」と、言った。
この事からも、高価な菓子の味が分かる食生活を送っていた……りこは庶民であったと言うが、この大陸の【庶民】とは大きな隔たりがある。
この黒い小石のような菓子を口にできる【庶民】が、この大陸に如何ほどいるだろうか?
「ううん、小さい国です。……島国なんです」
りこは我の咽喉を撫でながら答えた。
りこの‘お膝‘はとても居心地が良い。
人型では‘お膝‘に乗れぬので、我は竜体で過ごす時間の方が多い。
竜体だと抱っこもしてもらえ、その上‘ちゅう‘も……良いことずくめなのだ。
人型の我には、あまりちゅうをしてくれんのでな。
ちゅう頻度は、竜体>人型。
うむ……何故であろう?
身長差で顔に届かんからか?
「竜族と同じで、義務教育が……あ! 私の国では、チョコレートを渡して好きな人に告白する日があるんですよ? 異性への告白だけじゃなくて、お世話になってる人や友人にも……大切な人達にあげるんです」
むっ!?
チョコレートを渡しつつ告白とな?
告白。
我はりこに、告白すべき事があるな。
2日後。
我はりこにチョコレートを渡しつつ、告白をした。
「りこよ。実は、そのっ……セイフォンに居た時から、我はりこにおやすみの接吻をしていたのだ。我はりこが大好きであったので、触れてみたくてだなっ! 求婚しておらぬ身でそのような行為に及びっ……す、すまなかった!」
我の差し出したチョコレートの塊を食い入るように見つめたまま、りこは黙ってしまった。
も、もしや怒ったのであろうか!?
「旦那、それは告白じゃなくて、懺悔っていうんすよ。姫さん、後生ですから……それ、もらってやってください。けっこう大変だったんですよ、それ作るの」
「は、はい」
ダルフェに促され、りこは我の手からチョコレートを受け取ってくれた。
「うわ、……けっこう重い。ありがとう、ハクちゃん!」
りこが両手で持ったそれは。
我をかたどったチョコレートの塊。
りこが寝ている深夜に我自身が石膏に埋まり型をとり、それを元にダルフェがチョコレートで製作した『等身大チョコ』なのだ!
「うわ~! 良く出来てる……ハクちゃんチョコ、すごく可愛い! 食べるのもったいないよ!? 飾っておきたぁ~い!!」
りこの顔に笑みが浮かんだ。
怒っておらぬようだ。
「飾るのではなく、食べてくれ。本物の我の肉は硬く不味そうで、りこに食わせられんのでな。……さあ、りこ。この我を味わってくれ!」
ああ、その口で。
我を舐め。
齧って、含み……咀嚼し、喰らってくれっ!
「そお? じゃあ、さっそくいただいちゃおうかな~。カイユ、今日のお茶菓子はこのハクちゃんチョコにしよう!」
「はい、そうしましょうね」
りこは我の分身チョコレートを居間のテーブルに置くと、キッチンへいそいそと入っていった。
その後を、カイユと幼生がついて行った。
居間には我とダルフェが残った。
ソファーに腰を下ろした我に、ダルフェが言った。
「……やっぱ、あんた本物の変態だな。さっきのあんた……姫さんを見る眼が、妖しいを通り越して怖かったっす。変なこと考えてたでしょう?」
我が変態?
違うと思うぞ……多分。
「ハクちゃん。テーブルの上の読みかけの本、片付けてね。カイユ、真ん中にまな板を……」
りこが戻ってきた。
その右手には、刃物……包丁。
包丁?
「トリィ様、カイユが押さえておりますから。さあ、どうぞ」
カイユが我のチョコレートを持ってきたまな板に横たえ、両手で押さえた。
「はい! こうしないと食べられないから……もったいないけど、仕方ないですよね?」
りこの言葉に、カイユは満面の笑みで答えた。
「そうです。仕方のない事ですわ」
りこは包丁の刃をあて、押した。
「そうですよね!? ちょっと可哀相だけど……えいっ!」
ごろりと。
まな板の上を転がったのは。
我の頭部。
「私の力じゃ、胴は無理かな? ここと、ここなら……よいしょっと!」
手足が根元から切り落とされた。
続いて、尾が……。
「はい、ダルフェ! 右足をどうぞ」
りこが微笑んでダルフェの手に、我の足をのせた。
「…………」
ダルフェの緑の目玉が、我を見た。
緑の眼は、人型の我の下半身……足に向けられていた。
その眼に憐れみの色があるのは、気のせいだろうか?
「カイユには左足、ジリ君には尻尾ね。両手は後で、竜帝さんにあげようっと!」
りこに我の尾を手渡された幼生が、ダルフェの赤い髪の上に移動して尾を喰らい始めた。
「私は頭を…可愛いのになぁ~、食べるのがもったいない。胴は……あ、そっか! 後でハクちゃんに一口サイズに、細かくしてもらおう。よろしくね、ハクちゃん」
我の隣に腰掛けたりこの右手には刃物。
左手には我の頭部。
「り……り、りこ。そのっ、我の予定していた食い方と少々、いや、かなり違うというかだな……」
我の言葉に、りこは首をかしげた。
「だって、大きいからそのまま齧るなんてできないよ? それに、こんなに可愛いハクちゃんチョコに、そんな残酷なことっ……私には無理! こうすれば皆で食べられるしね」
ダルフェは無言でチョコレートでできた我の右足を見つめ続け。
その息子はすでに我の尾を平らげ。
カイユは左足を手で折り始め、それを皿に並べていた。
我はりこだけに、我を喰らって欲しかったのだが……。
「ハクちゃん。私……あ、あのね! おやすみのキスの事は、嬉しかったよ? だって、私……好きだったから。ずっと、竜の貴方が好きだったから」
りこはほんのり頬を染め、恥らうように小さな声でそう言うと。
我の頭部をまな板に置き、さらに細かく切断した。
「そうか。我もずっと、りこが好きだった。今も、これからも……」
我はそのうちの1つを摘み、りこに差し出した。
「りこ。あ~ん」
我はりこの口に、我の成れの果てを入れた。
チョコレートの我は、りこの温かな咥内でゆっくりと溶けるだろう。
「……うん、とっても美味しい。ありがとう、ハクちゃん」
内緒にしていたおやすみの接吻の件は、許された。
嬉しかったと言ってもらえ、ずっと好きだったという‘告白‘まで得られた。
我のチョコレートを微笑みながら食すりこを見れたので、これはこれで良しとすることにした。
「美味いか……。ならば、それで良い。我は満足だ」
貴女の腕の中では。
我は無力なチョコレート。
貴女の熱で溶かされて。
貴女の中に、消えてゆく。
「りこ、我のりこ。……もう1つ‘告白‘してよいか?」
愛しい貴女を捕らえるために。
極上の、甘い罠を仕掛けよう。