番外編 ~花鎖~ 後編
<花鎖>は、夕食前に出来上がった。
特殊な溶液を薄めていれた盥の中に、くるくるっと巻いて保管してある。
この液にこうして浸しておけば、数日間はベストな状態がキープできちゃうらしいのだ。
<花鎖>はできた。
なんとか自力で編めた。
ハクちゃんは私の両手を手の平に乗せ、撫でながら……良いできだって褒めてくれた。
ドレスはダルフェさんが娘さんの為に作っていたものを、私に着せてくれることになっていた。
2日前にサイズ合わせの為に試着したそのドレスは、優しいピンク色の可愛らしいドレスだった。
娘さんの為のドレス……私なんかが着てしまうなんて、申し訳なかったけれど。
とても楽しそうに袖や肩幅をチェックしていくカイユさんの顔を見たら、それを口にしてはいけないと思った。
準備万端……私自身以外は。
お祭り(舞踏会?)は明日の夜だというのに、私はワルツのような優雅なダンスが踊れるようにはなっていなかった。
「カイユ。……やっぱり、ここでハクちゃんとお留守番してようかな」
夕食時に、私はカイユさんに言った。
<花鎖>を作るときは夢中だったけれど、よくよく考えたら無謀というか……。
弱気になった私に、カイユさんが首を振った。
「大丈夫です。ヴェルヴァイド様がフォローして下さいますから。雄が巧ければなんとかなってしまうものですわ。ねえ、そうよねダルフェ? 心配ないわよね?」
「まあ、そうだなぁ。旦那にひっぱってもらって、まかせてりゃぁ‘それなり‘には見えると思うよ?」
ダルフェさんは食卓の上にちょこんと座っているジリギエ君の口に、鯰の切り身を入れてあげながら答えた。
私用に小さくカットされたものと違い、大きくて骨がついたままの鯰をジリ君はもごもごと美味しそうに食べていた。
5人で囲む賑やかな食卓の上には、大きな土鍋が中央に置かれていた。
今夜の献立は、ダルフェさん特製洋風鯰鍋(私が勝手に言っている……)と食堂からいただいてきた酸味のあるパン、黄色と桃色の小菊の花サラダ。
それと食堂のチーフさんの超お勧めの一品である、若鶏の唐揚げを少々……これは竜帝さんの大好物で、彼は3食中2食は食堂の唐揚げ定食を食べているのだ。
鯰鍋はトマトベースで、数種のきのことかぶのような根野菜がたっぷり入っていた。
ナマリーナを飼っている私だけど、鯰を食べることに抵抗はほとんどなかった。
でも、ナマリーナは食べれない……とても、無理。
小学生の時に学校で飼われていた真っ白な鶏と、スーパーの精肉コーナーで【肉】になって並んでいる鶏とがまったく別物に感じていたあの感覚と似ているかもしれない。
ナマリーナが食用になる種類の鯰だと分かっているのに、鍋の鯰さんとは私の中では‘違う‘のだ。
「第一これは祭りであって、競技会じゃねぇんだから。遊びっつうか、楽しむもんだからねぇ。心の狭い旦那にしちゃ珍しくその気になってんだから、姫さんも思いっきり楽しむべきだと‘父ちゃん‘は思います。な、ジリもそう思うだろう?」
ダルフェさんがそう言ってウインクすると、それを見たジリ君も緑の眼をぱちぱちと瞬かせた。
最近のジリ君はこうして大人のまねを一生懸命することが多くなり、とってもかわゆいのです。
「お祭り……うん! そ、そうだね」
そ、そうよ。
ハクちゃんが一緒なんだもの。
ハクちゃんはとっても長く生きてるんだから……亀の甲より年の功!
きっと、なんとかなるに違いない。
カイユさんとダルフェさんの言葉に、ちょっと……かなり安心した私だったけれど。
私を安心させる一因となった旦那様から、爆弾が投下された。
「おい。皆、誰も我に確認せぬので自分から言うがな。我は踊れんぞ?」
え?
私の隣の椅子に座っているハクちゃんに、全員の眼が集中した。
大人達のまねをして、ジリ君も数秒遅れでハクちゃんを見た。
「えーっ!? ハ・ハ……ハクちゃん、踊れないのぉおお!?」
サラダに入っていた小菊をフォークに刺して、ドレッシングの容器にずぼっと突っ込みながらハクちゃんは言った。
「ああ、踊れん。見たことはあるが、記憶しようと思ったことが無いのでな。まあ、なんとかなるのではないか? そんな事より……ほら、りこよ。あ~んだ、あ~ん」
と、自信満々で暢気君な発言をして下さった。
ハクちゃん。
ドレッシングはかけるものであって、チーズフォンデュみたいにしちゃ駄目だよ。
いや、重要なのはドレッシングの使用方法じゃなくてっ。
踊れないのに、なに余裕ぶっこいてんの!?
なんとかなるはずないでしょうがっ!
私がカイユさんに教わってる時に、なんで言わなかったのよぉ~。
「そ、そんなぁ~。ど、どうしようっカイ……ぶごっ!?」
衝撃の事実に思わずぱかっと開けてしまった口に、ハクちゃんはドレッシングがしたたる小菊をさっと投入した。
ビネガーが強めのドレッシングのせいで、私は少しむせてしまった。
そんな私の背中を、カイユさんが素早く背後に来てさすってくれた。
「りりりりこっ、すまぬっ! 大丈夫か!?」
ハクちゃんがあたふたと差し出したグラスを、私が受け取ったのを確認したカイユさんは……。
「ヴェルヴァイド様! まったく貴方って人は、何故いつまでたってもこうなんですか!? いい加減になさって! ああ……なんてことっ。くっ……私としたことが! こんな方をあてにするなんて、私が間違ってたわっ! さっさと陛下に相談してこい、役立たずっ!」
カイユさんはすらりとした長い足で、ダルフェさんの後頭部に一発入れた。
「へぐっ!? 了解!!」
ダルフェさんは頭を揺らしながら、竜帝さんの執務室に駆けていった。
ふと、視線を食卓へ移すと……。
「ジ……ジリ君!?」
むぎゅむぎゅごっくん、むぎゅむぎゅっ。
食卓の上のジリ君はちょっと固めのライ麦パンと唐揚げを、なんと両手に2個ずつ持って食べていた。
席に戻ったカイユさんは、パンと唐揚げをがつがつとむさぼるジリ君を見て、 ため息をつきながら言った。
「お行儀が悪いわよ、ジリ。姉様の為にも、貴方は立派な紳士にならなくては……。ヴェルヴァイド様みたいな大人には、なりたくないでしょう?」
そう言われたジリ君は、さっとパンと唐揚げから手を離した。
その様子に、私は軽いショックを受けた。
まっ……まずいよ、ハクちゃん!
ジリ君の中で‘あんな大人には、なりたくない‘って思われてるのかもよ!?
「トリィ様。今夜は早く休んで、明日に備えましょう。……カイユにおまかせ下さい。必ずこのしょうもない男を、使えるように仕込んでみせますわっ! 覚悟なさって、ヴェルヴァイド様」
カイユさんの水色の瞳が、ハクちゃんを睨んだ。
睨まれた本人は、銀のスプーンでスープをぐるぐるかき回しながら宣戦布告(?)したカイユさんに言った。
「覚悟とな? したことが無いので、覚悟の仕方がよく分からん」
ハクちゃんの言葉を聞いたカイユさんの口元が、ひきつったようにぴくぴくと動いた。
こうしてハクちゃんに、カイユさんから地獄の猛特訓が宣告された。
幸いにもお祭りのためにシスリアさんの授業は、お祭り当日と翌日の2日間は休講が決まっていた。
だから朝食を1時間早くとって、ダンスを練習することになった。
南棟にいると分かりづらいけれど、この数日はお城中が大変なことになっているらしかった。
つがい持ちの竜族が各地から帝都に里帰りして、お城に集まってくる。
シスリアさんも、この為に支店から返ってきたバイロイトさんと参加する。
皆さん、竜体で飛んで帰って来る。
年に1度の帰省ラッシュで、お城の発着所勤務の人は大忙し。
よっぽどの緊急事態でない限り、決められた発着所以外に竜体で降りてはいけない。
帝都で発着所があるのは、お城だけ。
だから大混雑。
上空待機の竜達が帝都の空を旋回する様子は、季節の風物詩となっているらしい。
なんか、お盆みたい……盆踊りにしては、舞踏会なんて華やかすぎるけれど。
う~ん、盆踊りかぁ。
浴衣と金魚すくい。
そしてカキ氷。
私はやっぱり、定番のイチゴ味が好きかなぁ~。
でも、帝都は寒いからカキ氷は……。
「トリィ様。どうしました?」
あ、いけない!
逃避している場合じゃな~い!
「ううん、なんでもないですカイユ!」
朝食後に温室で開始された練習は強力な助っ人を得て、順調に進行していた。
ワルツ……3拍子だよね?
ゆったりとした、3拍子のリズム。
ずんちゃっちゃ~。
ずんちゃっちゃ~。
ずんちゃっちゃ。
ずんずん……ちゃっちゃ。
ずんちゃ、ずん。
ずんずん、ずんどこ、ずんずんずん。
ずん、ずん、ずんずんぱっぱ……あれ?
「トリィ様、声が出てます。しかもそれ、かなり違いますよ?」
カイユさんがてんぱる私を宥めるように、優しく頭を撫でてくれた。
「あ、はいっ! ううっ、ごめんなさい」
私の目の前にはダルフェさんの手拍子で踊る、美男美女。
ハクちゃんと女神様……美女な竜帝さんだ。
温室に射し込む柔らかな陽を浴びて、ひらりひらりと蝶のように舞っていた。
ハクちゃんにダンスを叩き込むべく、竜帝さんが参戦(?)してくれたのだ。
竜族の慣習により、つがい持ちのカイユさんは他の男性と踊るわけにはいかない。
つがい持ちのハクちゃんが、妻である私以外の女性と踊るのももちろんNG。
だから竜帝さんが女性役を押し付けられたのだ……ダルフェさんに。
ダンスセンスゼロっぽい私に時間をかけるより、ハクちゃんに教えたほうが手っ取り早いという‘ダルフェ作戦‘なのだ。
あぁ女神様ぁ~忙しいのに、本当に申し訳ありませーん!
ダルフェさんは「俺と旦那じゃ、組み手にしかみえないからねぇ」と、女性役を女神様に丸投げしたわけでして……。
さすが女神様。
女性役を完璧にこなしている。
そして‘我は踊れんぞ宣言‘を堂々したハクちゃんも、ちゃんと踊れていた。
「……ねぇ、カイユ。ハクちゃん、ちゃんとできてるよね? だから昨夜、なんとかなるって言ったんだ……」
さっき、ダルフェさんとカイユさんがお手本で1曲踊ってくれた。
音楽は女神様の美しい御手による手拍子だった。
終わると同時に、私は拍手喝采!
2人は息もぴったりで、とっても素敵だった。
私の横に立って一緒に見ていたハクちゃんは、顎に右手を添えて。
ー覚えた。
と、一言。
それを聞いた私は、思わずハクちゃんの顔を見上げてしまった。
白皙の美貌が私を見返し、言った。
ーふむ……これは、ぱじゃまを着るより簡単だな。
そして。
ダルフェさんがカイユさんにしたのと同じように、優雅な仕草で竜帝さんに一礼した。
竜帝さんがハクちゃんに手を差し出し……2人は踊り始めたのだ。
結果はこの通り。
完璧だった。
昨夜、2人でお風呂に入ってる時。
ハクちゃん、明日はいっぱい練習しようね。
2人で頑張ろう!
励まそうと思い、ハクちゃんの小さな手をぎゅっと握ってそう言った私ですが……。
ひえぇぇ~っ、頑張らなきゃいけないのは、私だけだぁああ!
ハクちゃん、貴方いったいどんな脳みそしてんのよ?
まあ、確かに賢そうな顔してるけどさっ。
踊り終わったハクちゃんは、竜帝さんをぽいっと投げて私に訊いて来た。
「りこ、我は覚えた。偉いか?」
金のお目々がきらきらしているような……。
これは、ほめてほめてモードですね。
「う、うん偉い。すごく上手だったよ! すごいねハクちゃんって、カイ……あれ?」
カイユさんとダルフェさんは次の段取りの話をしていた。
竜帝さんは肩をぐるぐる回して、眠み~っと呟いて大きなあくびをしていた。
誰もハクちゃんが1度見ただけで踊れてしまう事に、驚かない。
「りゅ、竜帝さんっ。ハクちゃんて、まさか……」
もしかして、ハクちゃんはめちゃくちゃ頭良いの?
それを皆は知ってたってこと?
見た目はともかく、中身は奇天烈&頓珍漢で超天然なこの人がぁああっ!?
「ん? ああ、じじいの記憶力の良さは異常だぜ? ヴェルは基本的には、すげぇ頭してんだよ。普段は生かされてねぇっていうか、覚える気が無いってだけで……短時間で済むと分かってたから、俺様は引き受けたんだ。おい、ダルフェ。俺は仕事に戻るぜ?」
女神様はあくびをしたために少し潤んだ青い瞳を、乱暴に手でこすった。
「お疲れ様っす、助かりましたよ。陛下の案で、問題無しでしたねぇ」
カイユさんと話していたダルフェさんが、感心したように言った。
ハクちゃんが記憶力がすごく良い事を知っていたのは、竜帝さんだったんだ……。
あれ?
記憶力がそんなに良いのに、パジャマの脱ぎ着をマスターするのにあんなに時間がかかるの?
なんか、変……おかしい。
矛盾に気がついてしまい、少し不安を感じた。
私の表情から竜帝さんは、ダンスが上手くできない事にまた落ち込んでいるのだろうと思ったようだった。
「おちび、気楽にやれ。単なる祭りなんだしよ? 主催者の俺様としては、楽しんで参加して欲しいしな!」
微笑む竜帝さんのお顔は美しすぎて……クロムウェルさんがお嫁さんにしたいと熱望するのも、無理ないなぁ~って、思ってしまった。
「よし! じゃ、次は姫さんと踊ってくださいよ、旦那。そんで細かいとこ確認しましょうや」
竜帝さんを廊下まで見送ったダルフェさんは、戻ってくるとすぐにハクちゃんにそう言った。
ダルフェさんはベンチに歩み寄り、ジリギエ君を抱き上げて自分の頭に乗せた。
「姫さん。ぱっぱと終わらせて、早めの昼飯にしよう。午後は姫さん達の身支度の時間もとらなきゃだから、けっこう時間がねぇからね」
「はいっ! ハクちゃん。よろしくお願いしますっ」
私はびしっと背筋を伸ばし、深々と一礼してから両手をハクちゃんへ突き出した。
「……そこからすでに違うし。雌は堂々としてなきゃ。頭下げんのは雄だけ、姫さんは後から片手を差し出すだけね?」
「は、はいっ!」
しまった、ついついっやる気が先走ったというかっ……恥ずかし~い!
ダルフェさんの注意を受け、慌てて手を引っ込めた私だった。
これで問題解決。
誰もがそう思ったのに……。
踊り始めて数秒で問題が発生し、ダルフェさんが頭を抱えた。
「なんでっすかぁ!?」
その声に赤い髪の中で寝ていたジリ君が、ぱっと顔を上げて私達を見た。
ハクちゃんが、うまく踊れなくなってしまったのだ。
動き的にはあってるけれど動きが変、というか硬い。
まさに、かっちんこっちん。
私を見下ろす眼が、徐々に剣呑なものに変わっていく。
眉間に縦線が発生した。
かなり怖い顔になっていた。
私は怖くないけれど、ジリ君はささっとダルフェさんの髪に潜ってしまった。
全身隠れるなんて無理だから、お顔をダルフェさんの頭に押し付けてるって感じだった。
ハクちゃんは踊るのを止め、私と……ダルフェさんの隣で仁王立ちしているカイユさんを、じーっと睨んだ……じゃなくて、見た。
「やはりな。……模倣はできるが、応用は難しい。カイユと踊るダルフェの動きを我は記憶した。だがりことカイユでは身長……体躯が大きく異なるために我の中でずれが生じ、修正がうまくできん」
応用……ずれって何?
私にはよくわかんないけれど、つまり……ハクちゃんを当てにする作戦は、駄目だってこと!?
ううっ、不安的中。
見ただけでなんでもできるなら、パジャマにあんなに手間取るわけないものっ!
おかしいと思ったんだよぉおお~。
漫画や小説なんかだと……。
①女の子が「私、踊れないわっ! どうしましょう!?」とか可愛く言う。
②恋人役(まあ、王子様とか騎士とか御曹司とか)が「僕がリードするから平気さ!」と、たいした練習も無く一発オッケーで周囲を魅了する華麗なダンスをしてしまう。
ああ、やっぱりこんなの嘘なんだぁああ~!
そんなうまい話は有り得ないのだ。
円舞曲……ワルツなんて、今までやったことなんか無い。
リズム感なんて素敵なものは、お母さんのお腹に忘れてきてしまった気がするし。
ああ、嫌な記憶が蘇る……。
体育教師の趣味なのか、中1の時にマイムマイムという謎めいた踊りをやらされた。
足の動きが覚えられなくて、ロボットみたいだと先生に失笑されたのは悲しい思い出だ。
さらに遡ること数年。
小学4年の運動会では、よさこいをやった。
26になった今でもよさこいの記憶が残っているのは、本番より練習が苦痛だったためだ。
普段の練習はクラス単位でやっていた。
その為に私は悪い意味で目立ってしまい、新任の若い女性教師に放課後もしごかれた。
私は運動会が来るのが嫌というより、怖くなってしまった。
結果的には。
4・5・6年合同で大人数だったのでごまかしがきいて、本番で間違えても怒られなかったけど。
これが私のダンスの歴史なのだ。
できるなら闇に葬りたい、暗黒史です。
「りこ? 疲れたのか? 立ち通しだったしな、休憩を……」
黙ってしまった私を心配したのか、ハクちゃんが顔を寄せてきた。
「……大丈夫」
私はハクちゃんの手を、ぎゅっと握った。
私もハクちゃんも、ダンスは初めて。
それなのに、私はハクちゃんを当てにして……ずるかった。
「練習しよう、ハクちゃん。基本的な動作はハクちゃんが覚えてくれたんだから、後は私が頑張る!」
過去にダンスを見たことがあるハクちゃんが踊れなかったのは、今まで覚える気が無かったから。
ハクちゃんはダンスに、興味が全く無かったってことだよね?
「ハクちゃんも言ってたじゃない? なんとかなるって。うん、そうだよ! なんとかなるよっ」
なのに、記憶してくれた。
私のために……私と踊りたいって、思ってくれたからだ。
「私、ハクと<花鎖>を付けて踊りたいの」
私は踊りなんて、嫌いだった。
下手くそで、そんな自分が惨めで……。
でも、貴方となら。
「ハクと踊りたい」
私も。
貴方となら、踊ってみたいって思ったの。
「ああ、我もだ」
表情を柔らかいものに変えたハクちゃんとの‘かっちんこっちんダンス‘は、温室から見る空が紅く染まり始めるまで続いた。
カイユさんは姿見の前に私を立たせ、ドレスを当ててくれた。
竜族の式典用ドレスは私の知るダンス衣装とは全く違って、肌の露出が一切ないデザインだった。
普段も既婚の竜族の女性は、肌を出さない衣装しか着ないからこれは納得だった。
指は出てるけど、手袋は男女ともしない。
つがいと触れ合い、繋がる場所だから……。
男性の衣装は意外なものだった。
カイユさんが好んで着ているアオザイ風の衣装が、竜族男性の正装だったのだ。
TPOに合わせて無地だったり柄物だったり、派手な刺繍や細工物が付いたりする。
ある意味、竜族にとってはスーツ的伝統衣装ってことなのかな?
だから竜帝さんが、いつもアオザイ風衣装を着ていたわけで……。
ちなみに。
近年、竜族男性の間では普段着には、シャツにパンツといったラフなものが好まれている。
アオザイ風の衣装は冠婚葬祭のみって人も、多いらしい。
カイユさんは動きやすい(蹴りやすいから?)という理由で、以前から好んで着ているのだと教えてくれた。
「大丈夫ですよ、トリィ様。昨日より踊れるようになりましたし、ドレスで足捌きなど見えないのですから……ああ、貴女にこのドレスを着せることができるなんて……」
水色の目をゆっくりとカイユさんは閉じた。
何かに耐えるように、銀色の睫毛が揺れた。
「ダルフェが……父様は貴女が生まれる前から、<花鎖>の舞踏用衣装を準備していたのよ? とっても似合う……私達の自慢の娘だわ。ジリが大きくなったら着るのも、もちろんあるの。ジリギエ、ヴェルヴァイド様は姉様を妻に出来て、幸せ者よね? 貴方も姉様みたいな、可愛いお嬢さんを見つけなさいね」
父様……母様。
カイユさんは多分、もう元には戻れないだろうと……竜帝さんが言っていた。
ハクちゃんはカイユさんを私の【母親】として、黒の大陸に同行させると四竜帝に宣言した。
カイユさんは自他共に、この世界での私……トリィの‘母様‘になったのだ。
それは本当に正しいことなんだろうか、きちんと専門治療を受けさせてあげるべきなんじゃ……。
「かかっ……ねね、キキュゥィイ!」
高く響く楽器のような明るい声が、私のそれた思考を引き戻してくれた。
カイユさんの右肩にいたジリギエ君が、ダルフェさん譲りの緑の目をくるりと回しながら弾んだ声で鳴いた。
【かか】……これは‘かかさま‘のこと。
ダルフェさんは【とと】で、私は【ねね】。
ハクちゃんは……悲しいことに、いまだに無し。
ハクちゃんもジリ君を幼生って呼んで、名前を使わないからお互い様なのかなぁ~。
2人の仲って、未だに微妙なんだよねぇ。
「さあ、着替えましょうね? 私もここで、着替えさせていただきます。あぁ、髪も結わなくては……どれにしようかしら? ああ、私としたことが! もう、時間ぎりぎりですっ」
カイユさんはいくつかの髪留めを見比べ、さっと1つを選んだ。
「これにしましょう! さあ、急ぎますよ!?」
「はい、カイユ! 着付け、よろしくお願いします」
ダルフェさんは、このドレスを私にくれた。
-娘の為に作ったんだから、これは姫さんのモノなんだよ。
そう言って、このドレスをくれたのだ。
春に咲くプレリの花をイメージして作ったのだと、試着をした時にダルフェさんが照れたような笑顔を浮かべて教えてくれた。
プレリは、この大陸では見ることはできない。
赤の竜帝さんの大陸だけにある植物だから。
ダルフェさんの、故郷の花……。
来年も再来年も……その先も。
このドレスを着て、ハクちゃんと踊りたいと思った。
この世界での宝物が、また1つ増えた。
「とりあえず、今着てる服を脱い……うわっ!?」
見ていた鏡に、釣り目をさらに吊り上げたハクちゃんがいた。
慌てて振り返ると、ハクちゃんがカイユさんの肩からジリ君を鷲掴みにするところだった。
「ちょっ……ハクちゃん!?」
「我としたことが、うっかりしておった! こ、この痴れ者めがっ。りこの‘お着替え‘を目にして良い雄は夫である我だけだっ! 我の妻の肌を見たら、貴様をトランの火口にぶち込むぞっ!!」
「ゲギギギュッ!? かか、ねね……キキュウィ!」
そしてジリギエ君は。
微妙な発言をしたハクちゃんに拉致された。
お……‘お着替え‘ってなにぃい~!?
ちょっといろんな意味で心配になって、着替える前にジリ君とハクちゃんの様子を確認しに温室へ戻ろうした私をカイユさんが止めた。
「トリィ様、ジリは大丈夫です。さあ、脱いで!」
自分で脱げますと言う前に、カイユさんがぱっぱと私の服を脱がし始めた。
なんだかとっても、楽しそうだった。
着替えが終わった私とカイユさんが居間に行くと、アオザイ風の衣装を着たダルフェさんとハクちゃんが私達を待っていた。
ダルフェさんはドレスに着替えて美しさ倍増のカイユさんの手をとり、キスをした。
「ああ、俺はなんて幸せ者なんだろう……とても綺麗だよ、カイユ」
緑の眼をさらに垂らして、うっとりと自分に見蕩れるダルフェさんにカイユさんは……。
「綺麗? ふっ……当然よ。私はミルミラとセレスティスの娘、美しくて当たり前だわ。不細工な要素なんて、私には無いのよ」
超上から目線なセリフも、ダルフェさんの前ではいつも女王様なカイユさんらしかった。
実際、ドレスを着たカイユさんは物語に出てくる精霊の女王様みたいで……本当に綺麗だった。
思わずうんうんと頷く私のドレスを、くいくいと何かが引っ張り……ハクちゃんだ。
「どうしたの? あ、ハクちゃんの服も素敵! く、黒だけど……とっても似合う。うん、すごく格好良いね」
ダルフェさんは紫系で、割とシンプル。
ハクちゃんはいつもと同じように黒。
でも、華やかな金糸の刺繍が豪華な雰囲気で……この美麗な(悪役顔だけど)人が私の旦那様なんて、鳥居家の面々が知ったら卒倒するに違いない。
「そうか? ランズゲルグが、これを着ろと持ってきたのだ。……格好良い? 我は格好良いのか!? かわゆくて、格好良いのだな!? りこにそう言ってもらえて……うむ、とても良い気分だ」
私のドレスを両手で握ってご機嫌なハクちゃんの姿に、ダルフェさんが呆れたように言った。
「あのねぇ~、普通は雄が着飾った雌を褒めるもんなんです。旦那が褒められてて、どうすんですかぁ!? 姫さんになんか言ってやんなさいなっ!」
ダルフェさんの言葉に、ハクちゃんは軽く首を傾げた。
細めていた両眼を一度ぎゅっと瞑ってからしっかりと開き、長身を屈めて私の顔をのぞきこんだ。
「りこ」
ドレスを握っていた手が離れ、私の頬を包み込んだ。
「我は眼が潰れるかと思ったぞ?」
私が反応する前に、ダルフェさんとカイユさんが突っ込みを入れてくれた。
「潰れって……それ、微妙。あ~あ、15点っすね」
「いいえ。マイナス60点よ」
2人は厳しい‘採点‘をしたけれど。
私は、そうは思わなかった。
「……ううん、120点! ありがとう、ハクちゃん」
私にはちゃんと伝わった。
これは、直球すぎて分かりにくい……ハクちゃんなりの褒め言葉。
だから120点。
眩しいくらい綺麗だって、ハクは言いたかったんだよね?
特別に美人の私じゃなくても、貴方は‘綺麗‘だって感じてくれた、思ってくれた。
お世辞なんか言えるほど器用な人じゃないって、私は知っている。
「はははっ! あんたらって、なんかこう……不思議だねぇ」
嬉しくて思わずハクに抱きついちゃった私に、ダルフェさんが笑い……カイユさんにぺしっと頭を叩かれた。
私達はそれぞれお互いの‘つがい‘の頭に<花鎖>の冠をのせた。
手が届くようにしゃがんでくれたハクちゃんの頭に、私の作った<花鎖>をそっと置いた。
ハクちゃんも私の頭に<花鎖>の冠を慎重にのせてくれた。
なんだか……指輪の交換みたいで、甘くて幸せな気持ちになった。
昨日も感じたけれど、ハクちゃんはお花の飾りもけっこう似合うのだ。
真珠色の長い髪の上では、色とりどりの花が鮮やかさを増すような気がした。
仕上げは<花鎖>の冠を、カイユさんが数本の隠しピンで固定してくれた。
なるほど、そうしないと踊ったら落っこちちゃうもんね。
「さあ、行こうぜぇ。……あ、旦那達は先に転移で移動してください。俺等はジリを舅殿に預けてから行くんで。あっちでは陛下の指示に……っておいっ!?」
ハクちゃんはダルフェさんの話の途中で転移してしまい、私には最後まで彼の言葉が聞こえなかった。
陛下がなんとかって、言っていたような……おわわっつ!?
「ハクちゃ……あ。竜帝さんっ!」
目の前には、腕組をした竜帝さんが立っていた。
彼も普段とは装いが、少し違った。
さらさらの青い髪を高い位置で結い、金細工の髪留めで飾っていた。
瞳と同じ色のアオザイ風の衣装は、上半身を中心にさまざまな濃さの青で細かな刺繍が施されていた。
まさに、女神さま!
この世界で私のミス・ユニバースは……現在の所は竜帝さん、貴方ですっ。
「よう、おちび。ん? なに呆けた顔してんだよ、雰囲気にのまれちまったか?」
「え、う、まあ……っははは?」
女性のような美貌がコンプレックスの彼に、本当のことは言えず。
笑ってごまかした。
初めて来た大広間は、音楽と多くの竜族で溢れていた。
ずっと見上げ続けると確実に首が痛くなりそうなほど高い天井、薄い青色をした石造りの床。
巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられ、輝いていた。
広さは……市民体育館何個分だろう?
ひえ~、お掃除が大変そうっ。
舞踏会は四時頃から始まっていて、好きな時に踊りに加わって良かった。
だから踊っている人だけじゃなく、踊りを見学する人や立食ブース(?)で歓談しながら食事をする人も大勢いた。
<花鎖>を付けているペア以外は、つがいのいない竜族さんってことだよね?
若い男女が集まってますなぁ~……うんうん、なんか合コンみたいだ。
このお祭りは、つがいとの出会いの場でもあるのかもしれない。
ハクちゃんが転移したのは大広間の奥の方で……最奥の壁際だった。
つがいのいない竜族がいっぱいいるのを知っていたから、隅っこに転移したのかな?
「じじい、今夜は大人しくしといてくれよ? 独身の雄共には死にたくなかったら、ヴェルの半径5ミテに入るなって言ってあるからよ。おちび! ダンスに参加中も、お前の側にはカイユ達が常にいるから安心しろ……おっ? バイロイトじゃねえか、あいつ報告書がまだ出てねぇんだ! ちょっくら話してくるか。おちび……そのドレス、よく似合ってるぜ、じゃあなっ!」
一瞬、恥ずかしそうにうつむいてから、竜帝さんは人ごみを避けるために壁際を選んで、早足で去っていった。
カイユさん達が来るまで、とりあえずこのままここで待つことにした私は、つがいの先輩方の踊りを見学することにした。
弦楽器の演奏に合わせて、<花鎖>の冠をつけた竜族さん達が……誰もがにこやかに微笑みながら踊ってた。
いろんな年齢の人達が……若い人達もいるし、シルバー世代も。
食堂で見かけるなじみのある顔も、ちらほらと。
私の視線に気づいたチーフさん……ステイラさんが、手を振ってくれた。
私のお母さんと同世代(実際の年齢は数倍だろうけど)の彼女は、葡萄色のドレスがとても似合っていた。
彼女をエスコートしている旦那様は恰幅の良い紳士で、ステイラさんとピンクの花を多めに使った<花鎖>で繋がっていた。
彼女の隣にいるのは、娘さんかな?
目元と鼻がそっくりで、くりっとした大きな眼。
体のラインがはっきり分かる、セクシーなホルダーネックのドレスを着ていた。
肌が見えるドレスを着ているから、彼女はフリーってことで……うん、ここで良い人に巡り会えるといいね。
15分程、きょろきょろと周りを見回していると。
竜帝さんの避けた人ごみの中から、ダルフェさんの腕をひっぱるようにしてカイユさんが現れた。
「トリィ様! ああ、やっと見つかったわ。さっさとしろ、役立たず。……さあ、私達も踊りましょう。去年はどうしても抜けられない‘仕事‘があって、出られなかったんです」
カイユさんが浮かべた笑みは、どこまでも澄んでいて……綺麗過ぎて。
「ねえ、ダルフェ……今年は娘と一緒ね……私、夢を見てるみたいだわ。貴方と私の赤ちゃん……帰ってきてくれたんだもの」
ダルフェさんがカイユさんを抱きしめ、額にキスをした。
「そうだね、ハニー。セイフォンに‘迎え‘に行って、ちゃんと‘連れて帰って‘これて、良かった……良かったね、アリーリア」
ダルフェさんはカイユさんをそっと離し、数歩下がった。
片腕を胸にあて、もう片方の腕を斜め横に優雅な動きではらうようにしてから一礼し、カイユさんに手を差し出した。
カイユさんは初めて見る……少女のようなはにかんだ笑顔で、ダルフェさんの手に自分の手を乗せた。
私はそんな2人の姿に釘付けだった。
踊り始めたダルフェさんが、ぼーっと見蕩れている私にウインクをして‘あんたらも踊りなさいな‘と合図をしてくれたので、あわててハクちゃんから数歩離れた。
私達も、踊らねば!
うん、参加することに意義がある。
オリンピック精神でGOなのだ!
さあ、練習通りに私を踊りに誘ってくださいなハクちゃん……あれ?
「ど、どうしたの……ハクちゃん?」
周りの人達が踊り始めたのに、ハクちゃんは私を見下ろしたまま動かなかった。
側にいたカイユさんとダルフェがさすがに異変に気づき、こちらを気にしながら踊っている……。
彫像のようだったハクちゃんが突然、動いた。
床に両膝を着き、ゆっくりと頭をたれて……私の手を取って両方の甲に、それぞれ1回づつキスをした。
「ハハ……ハクちゃん!?」
練習と全く違うことをするハクちゃんに、私は少し焦ってしまった。
これもありなの?
これは別パターンだとか!?
こっ、こういう場合はどうしたらいいのっー!?
「りこ。我がぱじゃまを独力で身に付けられるようになったのは、りこのおかげだ」
プチパニックの私にお構いなしに、私を見る眼を細めてハクちゃんは言った。
えっ…… ぱじゃま?
なんで今ここで、ぱじゃまの話なの?
「りこは我が出来ぬことを、いつも手助けしてくれる。我もりこを手助けしてみたい。りこが苦手な事……出来ない事があって、我は良かったと思う。6点で良かったと思う。りこが全てにおいて完璧であったなら、我はちと……困る。我が手助けする余地がないと、かなり困るのだ」
「……あ……ハクちゃ……」
私だけを映す、金の眼に囚われて。
ハクちゃんの言葉に心臓をぎゅうっと、掴まれて。
「りこが我にしてくれるように。りこの不足は、我が補う。それができる、我になる……なってみせる」
ああ、私。
貴方以外、見えなくなってしまう。
「我と踊って欲しい、鳥居りこ」
音楽が止んだ。
ううん、違う。
聞こえないだけ。
貴方の声しか、私には聞こえない。
この世界には。
私達だけになる。
私の望んだ。
貴方との【世界】になる。
「……言い忘れてたけど。私の国では、結婚したら苗字が変わるの。竜族のハクちゃんは苗字が無いから、私はもうただの‘りこ‘。貴方の‘りこ‘なの」
色素の薄い唇が動く前に、そっと口付けた。
子供の事を私が知ってから。
貴方はこの冷たい唇も艶めく髪も、輝く鱗も……‘ハク‘は全部私だけのものだって、毎日言ってくれるようになった。
世界をくれると、言わなくなった。
「私と踊って下さい、ハク。来年も再来年も……ずっと、ずっと。私だけと」
私だけと。
永遠に。
ちょっと……だいぶ遅れて踊りだした私とハクちゃんだったけれど、数分で皆の動きにうまく混ざれた。
ハクの大きな手が、私をしっかりと導いてくれていた。
温室での練習とこうも違うのは、お互いの気持ちのせいかな?
かっちんこっちんは半分の‘かっちん‘程度か、それ以下になったと思う。
私達はカイユさんとダルフェさんのような、優雅なダンスは踊れていない。
でも。
上手に踊れなくても、間違っても。
こうして貴方と踊れることが、嬉しくて……幸せで。
上手に踊れなくても、こんなに心が弾んでる。
ダンスが、好きになった。
ハクちゃんもきっと、踊ることが好きになったはずだ。
私に向けられる彼の金の眼は、穏やかで優しい色をしている……2人きりでいる時みたいに。
私達は無事に1曲を踊りきった。
あっという間だった。
<花鎖>は切れなかった。
調子にのって、それから3曲も踊ったのに切れなかった。
私にも周囲を少し見る余裕が出てきた。
さっき竜帝さんがバイロイトさんを発見したってことは、シスリアさん……彼女も居るはず。
シスリアさん達、どこにいるのかな?
ちらちらと周りを見てみたものの。
2メートル級の竜族のつがいの皆さんが視界を遮る壁になり、私にはわからなかった。
「残念、見えないや……きゃ!」
ふわりと抱えられて、視界が高くなった。
「どうだ、見えるか?」
ハクちゃんのこういう所、すごいと思う。
私の顔の……眼の動きで、察して行動してくれる。
つまり。
彼はいつも私を見ていてくれるって証拠で……。
「うん! ありがとう、ハクちゃん。あっ、シスリアさん発見! わぁ、妖精さんが踊ってるみたい~可愛い……わわっ! ハクちゃん!?」
私を腕に座らせたまま、ハクちゃんはゆっくりと踊り始めた。
周りの人達はそんな私達を全く気にする様子は無く、それぞれのパートナーとの時間を楽しんでいるようなので私もこれはこれでいいかな~って思った。
少々恥ずかしいけれど。
履きなれていない靴せいか、靴擦れをおこしかけていたのでちょっと助かったかもと……正直、ほっとしてしまった。
カイユさんとダルフェさんは、にこにこしてこちらを見ていた。
良かった。
これ、怒られるようなマナー違反じゃないってことだよね?
まあ、カイユさん達以外は私とハクちゃんを気にする人達はいないし……。
「<花鎖>切れなかったね、ハクちゃん」
自称とっても丈夫なハクちゃんだけど。
「ああ。りこのおかげで、我は今後も無病で長生きできそうだな」
内臓を吐きそうだとかって言ったり、かけらの涙が出しちゃうし……高齢者な旦那様なんだから、やっぱり病気とか心配だった。
私自身も、元気でいなきゃと強く思う。
心配性で怖がりなハクの前で、病気になったりしたらいけない……元気な‘りこ‘でいなきゃって。
ハクのために、自分自身のために……。
「ふふっ。私もこれから1年間、元気でハクちゃんと暮らせるね!」
ハクちゃんは私の髪に手を伸ばし、<花鎖>の冠に触れた。
少しずれかかっていたらしいそれを、もとの位置に戻しながら言った。
「もちろんだ。これでりこも、無病息災決定だ」
竜族は生涯ただ一人の‘つがい‘しか愛さない。
愛せない。
「来年も再来年も、りこは息災だ。……世界が終わろうともな」
愛しい人への想いを込めて<花鎖>は毎年、編まれる。
「ふふっ。世界が終わるなんて、私は嫌よ? これから貴方といっぱいいろんな所に行って、いろんなものを見て……たくさんの素敵な思い出を、私達は作るんだからっ!」
それは、まるで。
年に1回だけ見ることができる<赤い糸>のよう。
「では、【世界】を遺そう。……我は貴女の望みのままに」
<花鎖>、それは華やかで甘い。
‘想い‘の鎖。
*やえ様が挿絵を描いてくださいました。いつも素敵なイラストをありがとうございます!
提携サイト『みてみん』でやえ様のオリジナル作品も見ることができます♪
(注)このページのイラストの著作権は作者である『やえ様』にあります。