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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
88/212

番外編 ~花鎖~ 前編

「りこ?」


 隣に座った我に寄りかかったりこからは、規則正しい呼吸音……寝たのか。

 寝ているのに。

 りこの手は、膝に乗せた作りかけの<花鎖>を大事そうに持っていた。

 この<花鎖>は、明日の夜に使う。

 春告げの花と呼ばれるクラックの黄色い蕾が、解け始めた雪の間から姿を見せたと観察官から知らせが入った4日後に城で、舞踏会が行われる。

 それに参加するために、必要なものなのだ。


 気に入りの場所である温室の長椅子で作業を開始し、休憩もせず夢中で手を動かしていた。

 昼食後にはじめた<花鎖>を編む作業は、すでに2時間。

 りこが寝入ってしまうのも、無理はない。

 今日の午前に行われた書き取りの試験に備え、昨夜は常より遅い時間まで机に向かっていた。

 朝も早めに起床し[お勉強]をしていたのだから。

 このまま寝かせてやろう。

 カイユが茶を持って現れたら、起こしてやればよい。


 試験勉強……それをしている時のりこは、我の相手をしてくれない。

 試験勉強は、我からりこを奪う。


 我は試験勉強なるものが、嫌いになった。


 帝都に移り、3ヶ月。

 りこの強い希望により文字の習得に重点をおいた授業が行われ、当初の予定と違い月4回の頻度で試験が行われるようになっていた。

 つまり。

 試験勉強の時間は、我の想像以上に増えてしまったのだ。


 我は試験勉強なるものが、大嫌いになった。


 本人には言っておらぬが、言葉は苦労して学ぶ必要性が(我の所為で)あまり無くなっていた。

 文字や知識は確かに[お勉強]しなければ身につかぬが……それらが必要な時は、我を頼れば良いのだ。

 まあ、我とて世情には疎いが……<青>が言うには我はある意味‘箱入り‘なのだそうだ。

 箱入り?

 我は鍋に入ったことはあるが、まだ箱に入った経験は無いのだ。

  

 それはさておき。

 りこがそのように苦労し、学ばなくとも常に我が側にいるのだ。

 我を使えば良い。

 だから試験を失くせ、もしくは減らせ。

 我はダルフェに先日、そう言った。

 返ってきた答えは、我の望んだものではなかった。


 -ああっ!? 餓鬼か! あんたねぇ……あの子が必死こいて勉強してる理由、分からねぇんですか?

 

 日常生活において、文字が読めぬと不便だからだろう?

 先日も調味料を間違えて、慌てておったしな。 

 それに、魔女に出した手紙が赤字で添削されて帰ってきたのだ……魔女めっ! 夫である我は1通もりこからの[お手紙]を、もらったことなどないというのにっ!

 

 そう答えた我に、ダルフェは緑の目玉を天へ向けて言った。


 -かぁああっ! こんな男の嫁さんになって、ほんと苦労すんなぁ~姫さんは。


 ダルフェはりこにやる衣装を縫っていた手を止め、絹糸のついた針の先を我に向けて言った。


 -俺らがジリを連れて帰ってきて、何日後でしたかねぇ。姫さんがカイユに紙切れ渡して、初めての試験で6点なんて点数とっちまって、あんたに申し訳ないって言ったそうですよ。こんな自分じゃこれからもあんたに恥かかせる、どうしようって……あの子の気持ち、旦那は分かります? 


 恥?

 りこは我の自慢の妻で、宝物だ。

 だいたい我は恥などという感覚を持ち合わせておらんので、恥はかかん……かけんぞ?

 

 -あのねぇ~、いっちゃってるあんたと普通のあの子は違うんすよ。異界人だって、こっちの女と同じです……ほんの少しでも、あんたに手が届くように。あの子なりに必死でもがいてんですよ? 


 手が届く?

 出会った時から届いておるぞ?

 竜体だとりこのほうが背が高く、腕も長いしな。

 もがく必要性皆無だと思うが。


 -ふう。まったくっ、困ったちゃんだねぇ……ブランジェーヌがあんたは女にとって最悪な男だって、よくぼやいてたっけなぁ。そのあんたが<俺の娘>の男になるなんてねぇ。カイユに会えたし子供もできて……しかも、旦那とこんな会話するようになるなんてなぁ~。運命って面白いっすねぇ? 生まれてきて……産んでもらってブランジェーヌには感謝っすよ、はははははっ!


 溜息をついたと思ったら、大笑い……我には理解不能だった。

 我が理解したいのはりこだけなので、晴れやかに笑うダルフェは放置してりこの眠る寝台へと転移して戻った。

 りこを起こさぬように慎重に枕の下に腕を入れ、ぱじゃまを取り出した。

 竜体は腕が少々短いので、結局は肩どころか頭部まで入れることになってしまったが……ふむ、奥に入れすぎたな。

 我は独力で、ぱじゃまが脱ぎ着出来るようになったのだ。

 ぱじゃまで人前に出てはいけない……どんなに自慢したくともな。

 我はちゃんと、りこの言いつけを守っておるのだ。

 偉いぞ、我よ!


 ぱじゃまを身につけ、帽子を被ってから枕に顎をのせた。

 その夜2回目のおやすみの接吻をし、我はりこの寝顔に魅入った。

 






 今日の午前中。

 我は試験を受けているりこの正面に座り、書き取りをする姿を……真剣な顔を堪能していた。

 当初は竜体で同行していた我だが、最近は人型の日も多い。 

 20分程すると、ヒンデリンが現れた。

 シスリアとりこに侘びをいれ、<青>が我を呼んでいることを伝えてすぐに退室した。

 <青>は観察官からの知らせを受け、舞踏会の準備で忙しいようだった。

 南棟にはこの数日、顔を出していない。

 我はりこを堪能中なので行きたくはなかった。


 だが。


「いってらっしゃい、ハクちゃん。竜帝さんによろしくね」


 と、りこが笑んで言うので……思わず頷いてしまった。

 離れたくない、共に行って欲しいという我の‘お願い‘は即、りこに却下された。

 書き取り試験の最中で‘とっても忙しい‘ので、りこは我と同行してくれなかった。

 そういえば。

 暇なのは我だけだと、ダルフェが言っておったな……我はりこと出会ってから、暇だと感じたことはないのだが。

 まあ、確かにダルフェは忙しそうだが……いろいろと。


 他人から見て暇人である我は、執務室に転移した。

 <青>は我に、<赤>と決めた移動日程を提示してきた。


「これでは遅い。ラパンの花が咲いたらこの大陸を出る」

 

 我は<青>にそう言った。

 

 <青>の決めたこれでは、間に合わん可能性が高かった。

 りこはベルトジェンガが死ぬ前に、我と会わせたいらしいのだ。

 我は会わんでもよいのだが、りこが会った方が良いと言うので会う事にした。

 渡された数枚の書類を<青>の手に戻しつつ、その顔を見ると。


 <青>はまた、唇を噛んでいた。


 我を見上げる顔に右手を伸ばし、指で唇を食む歯をはずした。


「噛むな。出血しようが、我はもう舐めてやれん」

 

 口は無闇に使ってはいかんのだ。

 うむ、我の‘お口‘はりこ専用なのだ。


 そう言うと<青>は我の手を払い、その場にしゃがみこんだ。

 青い髪が床に広がる様は、生まれたての小さな海のようだった。


 他の者の眼が無いとはいえ、<青の竜帝>が床に丸くなるなど。

 <黒>が見れば竜帝にあるまじき姿だと怒ったかもしれぬが、これは幼い頃から過去の竜帝達と少々違っておったので我は全く気にならなかった。

 我は<青>の唇の傷のほうが気になった。

 竜帝は自分自身でつけた傷は治りが遅い。

 これはりこが気に入っている個体だ。

 りこにとっては‘女神のように美しく、綺麗で優しい竜帝さん‘なのだ。

 顔に傷をつけたくない。


 ふと、脳裏に<青>が幼い頃の情景が浮かんだ。

 こやつはよく我の背に登り、張り付いておった。

 特に不便も感じなかったので好きにさせていたが。

 最近はせんな。

 ちびのままのランズゲルグだが……一応、成竜になったからか?


「ランズゲルグ。その癖は春までに治せ」


 背にくっつく癖同様、この癖も放っておけば自然と無くなるのかもしれんが。

 我が去るまでに、治させた方が良い気がした。

 頭を抱えるようにして顔を隠していたランズゲルグが頷いたのを確認し、我は南棟へと戻った。

 

 シスリアの試験を終えたりこが、転移して戻った我を微笑んで迎えてくれた。






 

 眠るりこの顔を楽しんでいた我は、その手元へと視線を移した。

 花。

 りこは花が好きだ。

 <青>が衣装室に用意しておいた宝飾品を見ても困ったような笑みを浮かべ、自ら進んで身に付けようとする事はなかった。

 我のりこは花が好きなのだ。

 花を髪に挿してやると、嬉しそうに微笑んでくれる。

 色のついた石は見た目は良いが香りが無い、だから花のほうが好きなのだろうか?

 花は食えるものもあるが、石は食えんしな。


 カイユがりこにと持ってきた、藤籠に溢れんばかりの色とりどりの花々。

 これは出荷できぬ規格外のもので、昨夜のうちに城内へと大量に運び込まれ<花鎖>用に無料配布されているのだとカイユが言っていた。

 温泉の熱を利用して栽培をしているので真冬だろうと、帝都では花の出荷が行われている。

 自然界で花々が姿を消す時期に出荷すると、数倍の値になるのだと<青>が言っていた。

 先代の<青>は繁殖実験にのめり込み、散財した。

 そのために、後を継いだランズゲルグは幼い頃より金の工面に明け暮れた。

 今では金儲け自体が菓子作りと同様に、趣味になっているようだが……。

 趣味。

 菓子作りを趣味にしとるのは、ダルフェも同様か。 

 りこに<花鎖>の編み方を教えながら、ダルフェが息子を連れジャムと砂糖漬けを作るために雌共に混じって花を貰いに並んでいるのだと、カイユが苦笑していた。

 <花鎖>は雌が作るものなので、普通の雄は遠巻きに花の配布を眺めることはあっても自らは並ばんからな。

 趣味……我の趣味はなんであろう?

 ころころか?


「むっ……落ち葉よ、何故我のりこに落ちてくるのだ。りこは我の妻だぞ、勝手に触れるな」

 

 りこの艶やかな黒髪に、温室に植えられたカヤの葉が1枚。

 我はりこを起こさぬように細心の注意をはらい……そっと手を伸ばし、葉を取り除いた。

 りこの髪を飾るべきは、作りかけの<花鎖>だ。

 カヤではない。


 雌の編んだ<花鎖>でつがいの竜が互いの頭上を飾り、繋がったそれが切れぬように1曲踊る。

 切れなければこの1年間、無病息災。

 丈夫な種である竜は、めったに病気になどならんのに無病息災とは。

 だいたい年1回のダンスに、健康を維持出来るほどの運動量など無い。

 つまり、踊る必要性皆無ではないか?

 そんなに踊りたいのなら、普段も踊っておればいいのだ。

 我のりこを見習え。

 りこは健康で長生きするという目標をたて、毎日きちんと体操をしとるのだ。

 この我も背を押し、お手伝いをしておる。

 

 胡散臭い<花鎖>の舞踏会など、我は全く興味がなかった。

 だが、りこは違った。

 城の大広間で<花鎖>の舞踏会が行われると聞き、自分も<花鎖>を作りたいと願い出た。

 当初は舞踏会に参加する気は無かったようだが、カイユの勧めでりこは参加を決めた。

 通常、蜜月期のつがいは参加せぬのだがな……。


 1時間ほどで我の頭に乗る分を、四苦八苦しながら編んだ。

 だが我との身長差の為に、通常のものより長く作らねばならず本人の想像以上に苦労することになった。

 茎から染みでた成分が肌にあわず、手先が荒れてきても。

 祈りを込めるかのように、何度もやり直しながら丁寧に編んでいた。

 小さな手で、一生懸命編んでいた。


 我はカイユが作業の手本を見せた時、りこと共にそれを眼にしていた。

 我の頭の中にあるカイユの手の動きを術式で[まね]すれば、簡単に仕上がる。

 りこが苦労する必要も、この可愛らしい手を痛ませることなど無い。

 だが。

 言ってはいけないと、思った。

 りこがこうして<花鎖>を作るのは何故なのか……誰の為なのか。

 感情に疎い愚かな我だとて、分かる。


 ダルフェよ。

 これは、我にも分かったのだ。

 だから我は言った。


 りこの作ってくれた<花鎖>で踊るのが楽しみだ、と。


 我の言葉に、りこは嬉しそうに頷いた。

 照れたような笑みと、染まった耳がとても愛らしかった。


 りこ曰く、りこは『激不器』……とても不器用らしく。

 カイユが30分ほどで出来るだろうと言っていた作業に、カイユの想像したよりも数倍の時間が掛かっていた。

 ん?

 未完なので、さらに掛かるのか。

 我はこうしてりこと2人で居られるならば、1日どころか10年、いや100年だろうと……。

 まあ、ずっと寝たままの状態では困るが。

 りこの眼が我を見て、この唇が我の名を呼び……この手が我に触れてくれねば、我はもたんな。

 困るどころではない、気が狂う。


 舞踏会は明晩だ。

 急くことはない。

 カイユが来たら茶を飲んで、菓子を食べ。

 その後、再開すれば良い。


 それに。

 我に寄り添い、うたた寝をするりこの寝顔はとても愛らしい。

 すぐに起こすのは、もったいないのだ。



 さて。

 一番の問題は。

 何故か誰も我に訊かぬので、言っておらなかったのだが。



「我はダンスなど、全く出来んという事だな」







 貴女とならば、踊ってみたい。






挿絵(By みてみん)

*イラストの著作権はイラストの作者様である『やえ様』にあります。


このお話は『やえ様』が描いてくださった ~うたたね~ から林が妄想し、やえ様にもらっていただいた小話(非公開)に大幅に加筆・修正したものです。

やえ様の「四竜帝の大陸」のイラストは提携サイト「みてみん」で見ることができます。

カイユやダルフェにも会えます♪

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