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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
86/212

第75話

 ハクの手は、動きを止めたままだった。

 




 ハクの膝から降りるべきだ、私はそう思った。

 降ろされる前に、自分から降りた方がいいと思った。

 思ったけれど……思っただけで、降りる気にはなれなかった。


 ハクに、触れていたかった。

 少しでも長く、この人の側にいたかった。

「驚いた? ……騙されたって、思ったんじゃない?」

 私は、目を瞑った。

 今のハクがどんな表情をしているか、見たくなかった。


 怖い。

 

 見れない。

 貴方の顔を、眼を見ることができない。


 怖くて、見れないの。


 さっき、知ったから。

 貴方があんな眼で私を見ることができるんだって、知ってしまったから。

「ハク。私は……」

 ハクは私に触れたくないから、自分の手で払いのけないでいるのかもしれない。

 さっさと降りろって、ここから出て行けって思っているのかもしれない。

 こんな女、もう触りたくないよね?

 でも。

 あと少しだけ、我慢してほしい。

「私……ハクが……貴方が欲しかった」


 とうとう、言ってしまった。

 汚い本心。


「こんな世界、私は来たくなかったんだもの。……無くしたものの変わりに欲しいものを手に入れたって、いいじゃない? 勝手に連れて来られて、帰れなくて……家族も何もかも、全部捨てなきゃならなかったのよ?」 


 ばれてしまった。

 醜い心。


「幸せになりたいって思って、なにが悪いの? 帰れないんだから、ここで幸せになるしかないのにっ……私がここで見つけた‘幸せ‘は貴方だった」

 ハクといられるなら。

 ハクが私を必要としてくれるなら。

 貴方が愛してくれるなら、帰れなくてもいい。


 失ったもの全てより、無くしたもの全部より……貴方が欲しいから。


「私が死んだ後だって、他の人に渡したくないっ。ハクが他の誰かを愛するなんて、嫌なの……許せないっ」

 心の隅っこに溜まって……日々増していった真っ黒な想いは、一度流れ出したら止められなかった。

「ハクは私になんでもくれるって、世界だってくれるって言ったよね……あれは嘘なの? 誰にでも……今までの恋人にも言ってたの?」 

 こんな言い方、したくないのに。 

「なによ、なによ……貴方のあの言葉はなんなのよ…嘘吐きっ、ハクの嘘吐き!」

 貴方を責めるような、こんな……っ!

「嘘じゃないならなら……貴方を私に、全部ちょうだいよっ!」


 ああ、私って。

 最悪。

 最低。 

 

 ハク。

 ごめんなさい。

 私。

 綺麗に別れてあげるには、貴方が好き過ぎた。 


「りこ」

 

 貴方の声。

 初めて聞いた時、とってもびっくりしたっけ。

 可愛いちび竜の貴方の姿からは、全く想像できない‘声‘だったから。


 まだ。

 名前、呼んでくれるの?

 りこって名前、あんまり好きじゃなかったけれど。


 貴方のおかげで、好きになった。

 大好きになれた。


「子が欲しかったのは、必要だったのは」


 大好きで、愛してるのに。

 愛していたから。


 私は。

 子供という鎖で貴方を繋いで。


「我を捕らえるためか?」


 貴方を永遠に……<りこ>という檻に閉じ込めようとしていたの。


「……そうよ」


 私の愛し方、間違ってるんでしょう?

 愛ってもっと、綺麗なものなんでしょう?


 どうして私の愛は、こんななのかな?

 想像してた……憧れてた‘愛‘と、ぜんぜん違う。

「そうよっ! わ……私は、貴方の子供を利用しようとしてたのよ!」 

 私は。

 貴方が欲しかったの。

「最低でしょう?」

 今の貴方も、私のいない未来の貴方も。

「……軽蔑したよね?」


 貴方を、独り占めしたかった。


「は……あはははっ。私って、嫌な女でしょう?」

 ばれちゃった。

「つがい……もう、くび決定だね」

 もう誤魔化せない。

「私から貴方の竜珠……取り返したいよね?」

 酷い女だって、貴方にばれちゃった。

 

 貴方とあたたかい家庭を作りたかった。

 ハクに寂しい思いをさせたくなかった。

 大好きな貴方の赤ちゃんが産みたかった。

 本当に……この気持ちは、嘘なんかじゃないの。


 好きな人の赤ちゃん、産みたかったな……。


「あはっ……さっきの、無しね。こんな私なんか食べたら、ハクちゃんが食中毒になっちゃう」

 ごめんね、お母さん。

 お母さんが望んだようには、なれなかったみたい。

 りこ、幸せになるのよって……結納の日に、涙を浮かべて言ってたのに。

 ハクがいない未来に、私の‘幸せ‘は無いの。


 ここには……この世界にはもう、私の居場所なんか無い。


「と、とりあえず……私、ここを出てセイフォンでお世話になろうと思う。生活はダルド殿下が保障してくれ……んひゃっ!?」

 ハクが私の両方の耳たぶを無言でつまんで、軽く下にひっぱった。

 感情が昂ぶっていたせいか、体温が上がっていたらしく……今の私には、そこに触れたハクの指先がいつもより冷たく感じた。

「……はぁ」

 同時に溜め息が……えっ!?

「貴女のこの可愛らしい耳は、飾り物なのか?」

 ハク? 

 耳が何……?

「この耳に我の言葉は、我の声が聞こえていなかったのか? 今まで何度も言ったと思うのだが」

 指先で耳の内側をなぞるようにしながら……ハクは自分の額をこつんと、私の額と合わせた。

「ハ……ク?」

 冷たい指先と、触れ合った額から伝わるひんやりとした温度。

 それはじわりとじわりと皮膚から染み入って……荒れ狂う私の心をそっと、包み込んでくれた。

「ずっと、願っていた……貴女に強く求められたいと。我だけを望んでもらいたいと」


 ハクの、願い?


「なに……言って……」


 私に……求められること? 


「う、そでしょう? 嘘でしょう? だって私……こんな私、嫌じゃないの?」

 私は眼を開けて、ハクを見た。

「嫌? 何故だ? りこの言う‘こんな‘という言葉が、りこのどの部分のことをさしとるのかが我にはよくわからん」

 彼の顔を、眼を見たかった。

「ふむ。我のりこは少々記憶力が悪く、そして意外に疑い深い。これでは我はいろいろ心配で、りこを置いて男を根絶やしに‘お出かけ‘などできぬ。……困ったものだな」

 怖い。

 とても、怖いけれど。

「この我に溜め息をつかせ、さらに困らせるとは……やはり、りこは凄いな。さすが我の選んだ女だ」

 しっかりと見なきゃいけない、そう思った。

「何度でも。何百回でも、何千回でも我は言おう」

 ハクの顔を見たいのに。

 やっとの思いで眼を開けたのに。

 ハクとの距離が近すぎて、金の眼に焦点をうまく合わせられなかった。

「この小さな脳がしっかりと覚えるまで。きちんと理解し、信じてくれるまで」

 だから、私は何度も瞬きをしてみた。

 そうすれば焦点が合うと思ったから。

 なのに。

 瞬きするたびに、視界はどんどん歪んでいった。

「我には」

 ハクの金の眼は、すっかりぼやけてしまった。

 それは……池に映ったお月様のようだった。


「ハクには、りこだけでいいのだと」


 昨夜、温室の池を2人で覗いた。

 夜行性のナマリーナは、昼間より夜に動くから。

 夜のナマリーナを観察することが、すっかり日課になっていた。

 心配性の貴方は私が池に落ちたら大変だからと、ずっと私の服を握ってた。


 水面をゆったりと泳ぐナマリーナの大きな身体が、池に映っていた月を揺らしていたっけ……。


「う、そ。うそ……嘘」

 都合の良い、幻聴?

 私、とうとうおかしくなっちゃったの?

「りこ。我のりこ」

 ねえ、ハク。

 今夜もまた、2人でナマリーナを見に行ける?


 明日も明後日も。

 

「りこだけだ。貴女がいてくれれば……他はいらない」

 私は貴方と過ごせるの?

「でも、でもハク……竜族にとって、子供はとても大切な……。貴方の赤ちゃ……産めなっ……それなのに、私っ」

 伝えたいこと、言いたいことが一気に押し寄せてきて、きちんと喋る事ができなかった。

 たくさんの言葉が我先にと咽喉に向かったせいで、胸が詰まってしまい息苦しかった。

 ひゅうひゅうと……聞きなれない音が、咽喉から出た。

 焦れば焦るほど、呼吸がうまくできなかった。 

 もっとちゃんと喋らなきゃなのに、この大事な時になんで!?

 そんな自分が情けなくて……酸素が足りなくて苦しくて、自分の胸を叩こうとした時だった。

「駄目だ、りこ。ゆっくり、息をしてごらん……大丈夫」

 ハクの手が私の髪をなで、背中を優しくさすってくれた。

 いつもみたいに、いつものように。

 私に、触れてくれた。

「う……うん」

 貴方に触れてもらえるということ。

 それがどんなに幸せなことなのか、私は知った。





 私の呼吸が元に戻ったのを確認してから、ハクは話し始めた。

「りこ。異界人であるりこが知らぬのも当然だが、竜族と人間の交配が不可能だという事は周知のことなのだ」

「あ……」

 私以外は皆、知っていたんだ。

 もちろん、カイユさんも。

 誰も私に教えてくれなかったんじゃなく、誰もが私はそのことを知っていると……ハクから説明されてると思ってたのかもしれない。

 そうよ……。

 貴方は最初から、知っていたんだよね?


 人間と竜族の間に子供が出来ないと知っていたのに、私を妻にした。


「人間の寿命は竜族に比べ短い。その分、繁殖への欲求が強いからな……次代へ繋げなければ、種は滅びる。人間の女であるりこが子を産みたいと考えるのは、生物として当たり前のことだ」

 知っていて……私をつがいにしてくれたんだ。

 私をつがいに選んでくれた、あの時から。

 セイフォンで竜珠を私に食べさせたあの瞬間から、彼は子供をあきらめなきゃならなかったんだ。

「つがいになってくれたりこの望みは、なんであろうと叶えてやる。我は貴女にそう言ったのに」

 知っていて。

 分かっていて。

 私を‘つがい‘にしてくれたんだ。

「我はりこに、我の子を与えることはできぬ」

 竜珠をくれたあの瞬間から。

「りこが先ほど言ったように、我は‘嘘吐き‘なのだ」

 貴方は、私を選んでくれてたんだ。

「あ……わた……」

 私だけを、選んでくれてた。


 私だけを!


 なのに。

 私は……!


「ご……ごめんなさっ……ごめんなさい! 私、私が……!」

 私がこの世界に来なければ、貴方は他の女性と……竜族の女性をつがいにしてたのかもしれない。

 私をつがいにしたから、ハクは竜族としての‘普通の幸せ‘が……全部無くなっちゃったんだ。

 そんな貴方の前で私は赤ちゃんを……ジリギエ君を抱いて、はしゃいで。

 子供が欲しいと泣き喚いて。

 ずっと子供が出来ないことを言い出せなかった貴方を、貴方の心をまた傷つけた。

 酷いことしてしまった。

 私はなんて酷いことを、貴方にしていたんだろう。

「ハク、ハク! わた……ハ?」

 ハクの指が、私の唇をそっと押さえて言葉を封じた。

「りこ。我は我が竜で良かったと……りこを孕ませられぬことに、安堵していた」

 指はそっと……肌の上を滑るように移動して、私の左の目元からこぼれる寸前の涙を拭った。

「ハク……?」

 安……堵!?

「我は、子など要らぬのだ」

 ハクは私を囲い込むように抱きしめた。

「こ……子など要らぬって……ハク!?」

 私との間に隙間ができないように……まるで私達の間に何も、何者も入り込めないように。

「子が欲しいとは思うことが、我にはできぬ」

 縋るように、強く……強く。

「りこは我の……我だけのりこだ」


 我だけの りこ


 貴方のその言葉は。

 その言葉の持つ意味は……。


 ハク、貴方は。


 貴方は子供を望んでなかったの?

 子供達に囲まれた家庭を夢見たのは、私だけ?


 子供が居れば貴方を独りにしなくてすむなんて、私の思い違い?

 私に自分の子供を産ませたいなんて考えは……貴方の中には、ほんの少しも無かったの!?

「……ハク。あ…なたは」


 貴方は子供を諦めたんじゃない。


「子になんの意味がある? そのよう存在は、我には邪魔なだけだ」


 じゃ……邪魔?


 貴方は【家族】を必要としていなかった。 

 望んでいないんだ。

「りこが我の子を産み、母になったら……りこは子を愛してしまうのだろう? そうなったら我はどうなるのだ……どうしたらいいのだ? 我はりこしか愛せぬのに、りこは他の者も愛するのか? それとも子だけを愛し、我を捨てるのか!?」

 他の者。

 自分の子供を‘他の者‘と言う貴方。

「幸いにも、人間のりこに我の子は産めぬ。……我はそれがとても、とても嬉しい。貴女が竜でなくて、本当に良かった……我のつがいが人間で良かった。りこも我がおれば子などいらぬのだろう? ああ、もっと早く言ってくれれば良かったのだ」

 貴方の心。

 私の想い。 

「我はいらぬ心配をしてしまったな。りこもこの世界の女と同じかと思っておったが、違うのだな……りこが異界人で良かった。りこの望みは、我と同じなのだな? あぁ、カイユの言った通りだ。我とりこは‘似ている‘のだ」

 ハク。

 私と貴方は確かに、似ているのかもしれない。

 でも、でもね。

 私は貴方の子供を愛せる……愛したかった。

「りこの愛は、我だけに……」

 あぁ……この人は。

 この人は子供を愛さない。


 愛せないんだ。


 もし、竜族と人間に子供ができたとしたら。

 私とハクの子供を、貴方は排除したかもしれない。

 <処分>してしまうのかもしれない。

 躊躇うことなど、一切無く。


 自分の血を引く子供を。

 私達の子供を。

 私の前で、小さな命を踏み潰す。

「ハ……ク。あな……たは」

 竜帝さんも言っていた。

 貴方は‘違う‘んだって。


 竜族とも、四竜帝とも‘違う‘小さな白い竜。


 貴方は独り。

 今までも、これからも。

 ずっと、独りきり。


「りこ……りこ。我は何でもする、何でも手に入れてみせる。我の子を産ませてやること以外なら」


 私が側に居ても、どんなに愛しても。

 貴方の心が完全に満たされることは、ないのかもしれない。


 永遠に孤独なまま。

 自分が孤独だということにさえ、気がつけない……寂しく悲しい貴方。 

  

 それは、なんて悲しい事実。


「りこ、りこよ。貴女が望むなら月に咲くという月雫花を採ってこよう、夜空の星を全て落して貴女に捧げよう」

 永い時を生きる貴方の中には、子供を受け入れる【場所】が存在しないのかもしれない。

「りこにこの手を拒まれた時、我は……」

 隠していた想いを引き摺りだされるほど、貴方に追い詰められたのは……私。

 貴方にあんな事を言わせるほど、追い詰めてしまったたのは……私?

「我を欲してくれるなら……先ほどの言葉が真なら、子が出来ぬことを嘆かないでくれ。子の為に……我以外の為にそのように泣かれると、我はっ……先ほどよりもっと酷い言葉を吐き、惨い仕打ちをしてしまうだろう」

 違うの。

 私が泣いたのは子供のためじゃない。

 貴方には、それが分からないの?

「我はりこを泣かせた。傷つける言葉を、わざと選んだのだ」


 何かが床へと落ちて、小さな音をたてた。


 支店でも耳にした、不思議な響き。

 どこか懐かしいそれは……小学生の時に聞いた、鉄琴の音色のようだった。

「我がりこを、泣かせてしまった。壊れてしまえと、我を拒むなら壊してしまえと……。我は、我が怖い……」

 ハクが泣いているのだと分かった。


 真珠の涙。

「……泣かないで」


 それは貴方自身。


「そんなに泣いたら、ハクの中身が無くなっちゃう」


 貴方のかけら。


「ハク……泣かないで」

 広い胸に抱きしめられた私からは、ハクの顔が見えなかったけれど。

 絶え間なく聞こえてくるかけらの音色が、私に貴方が泣いているのだと教えてくれる。


 今、泣くなんて。


 私を傷つけることが自分にできることを知り、怖いと泣くなんて。


 なんて、ずるい人。

 なんて、酷い人。


 狂おしいほど、愛しい貴方。


「ねえ、ハク。私も自分が怖いって思うようになった……貴方を好きになってから」

 強いのに、とても脆くて。

 優しいのに……切ないほどに、残酷な貴方。

「愛って、なんなんだろうね……。この気持ちは、心は……どうなっていくのかな?」

 私が死んでも。

 貴方は、私を忘れたりしない。


 できない。


 きっと、貴方の心には<りこ>が残る。


 そう、思えるようになったのは。

 綺麗で真っ白な貴方の中に……真っ黒な何かを垣間見たから。


 深い闇のような、貴方の心。


「ハク。さっきの言葉、そのまま返すよ? 私の言葉、ちゃんと訊いてたの? すごく長生きしてるみたいだけれど……耳が聞こえないほど、おじいちゃんじゃないんでしょう?」

 それは私と同じ。

 ううん。

 私より深く、暗い……。

「ハク、私は言ったわ。貴方が欲しいって。私は子供より世界より、ハクが欲しかった」

 もう逃がさない、逃がしてあげない。

 きっと、さっきが最後のチャンスだったのに。

「私には……りこは、ハクだけでいい」


 私は貴方を離さない。


「貴方の顔が、見たい。貴方の眼が……私と同じ金の眼が見たいの」

 離さなくていいんだって、貴方が教えてくれたのよ?

「……分かった。これでいいか?」

 ハクちゃんは私の腰と背中に腕をまわして、少しかがむようにして私から顔がよく見えるようにしてくれた。

「うん、ありがとう。あ……かけら、止まったね。良かった」

 ハクは少し眉を寄せ、切れ長の目を細めた。

「りこの白目が、真っ赤だ。目元も腫れてしまったな。我の所為だな」

 この表情は他の人から見れば、かなり怖い顔かもしれない。

「その通りです。まあ、私の自業自得が大部分ですけど、ハクちゃんの所為も少しはあるんだからね!? 反省して下さい」

 でも、私には‘心配‘している時の表情だとちゃんとわかっている。

「ふむ……そうだな、我が悪い。こんなに泣かせるつもりは無かったのだ……少々意地の悪い事を言ってしまったようだ。すまなかった、りこ」

「しょ……少々!?」

 あれが貴方には少々ってレベルなの!?

 ううっ……少々なんかじゃないよ、私にとっては理性崩壊レベルの破壊力だったんだよ~!

「こっ……今回だけは許してあげる! 私も悪かったと思うから。手を引っかいちゃったし、貴方に酷いこと言ったもの。もう二度とあんな悲しいこと、ハクも言わないでね。全部殺すとか……次は、怒るよ?」

 とりあえず、そう言ってみた。

 うん、次はすご~く怒りますよ、私は。

 今回は衝撃的すぎて、悲しさの方が強かったけど。

「お、怒るなりこ! 我はりこに本気で怒られたら、ショックで仮死状態になってしまうやもしれんっ! 我は日々忙しく、仮死状態になっとる暇は無いのだ」

 なによ、それ?

 どんだけ怖がりなのよ!

 あたしゃ、鬼嫁かっ。

「大丈夫よ、もしそうなったらとっておきの‘お呪い‘でハクちゃんを、起こしてあげるわ。私の世界では有名で、とっても強力な‘お呪い‘なの」

 私は真珠色の髪を掴んで、ちょっと強引に引き寄せた。

「お呪い? りこはまじないに詳しいな。どうやるのだ?」

 首をちょっと傾げるハクちゃんの仕草は、私にとってはかわゆさ満載の大好きな姿だけど。

「内緒。秘密です」

 ついさっきまで真珠の涙を流していたのに、もうけろっとしている旦那様には教えてあげない。

「ふむ。では、そうなったら‘お呪い‘を 頼む。直ぐにしてくれ、絶対だぞ?」


 王子様のキスで、お姫様は目覚める。

 私はお姫様じゃないし、貴方は王子様なんかじゃない。


「はい。任せてください、旦那様。ハクちゃん、なにがそんなに忙しいの? 私と会ってからお仕事も特にしてないようだし……暇に見えるんだけど」

 仕事かぁ。

 大陸移動が決まったから、私の就職の件は保留になってしまった。

 ハクちゃんの‘お仕事‘か……。

 <監視者>だから世界中に別荘(?)を建ててもらって、おまけに貢がれて……いろんな意味でウハウハ独身ライフを満喫してたわけで。

 ん?

 そう言えば……おんな、女。

 この泣き虫君は、とんでもないこと暴露してなかったかぁああ!?

「<監視者>として‘お仕事‘はめったに無いのでな。り、りこ。口元が少々おかしな角度に曲がっておるぞ!? むむっ、そのだなっ! 我はりこをか……いかん、内緒なのだ。まだ内緒だ。うむ、我も‘秘密‘なのだ」

 挙動不審な動きをする金の眼が、なんかとっても可愛く思えてしまう私は貴方以上に‘変‘なのかもしれない。

「ふ~ん、秘密なの? ま、いいけどね」

 秘密。

 私も、まだあるから。

 貴方の秘密も、そのままでいいの。

 

 貴方が私のために、多くの人を殺めると言ったとき。

 私の中の悪魔が、歓声を上げた。


 私、嬉しいと思ってしまった。




 お願い。



 もう、これ以上出てこないで……私の中の悪魔。




 悪魔(わたし)のキスが、魔王(あなた)を起こす。

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