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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
83/212

番外編 ~クリスマス~

 雪が降った。

 

 初雪。


 この世界に来て、初めての雪だった。






「あ、あの! ハクちゃん、お散歩に行かない?」


 私はずっと考えていた。

 この4日間、ずっと迷っていた。

 でも、とうとう決心した。


 昨日、雪が降ったから。

 初雪だったから。


「散歩? こんな時間にか? 駄目だ」

 居間のソファーで本を読んでいたハクちゃんに、私は衣装室から持ってきた外套を差し出した。

 それは黒に近いほど濃い紫で、襟にあたたかそうな銀色の毛皮があしらわれていた。

 豪華だけれど品の良いそれは、ハクちゃんによく似合うのだ。

 難点はちょっと重いことだけど、ハクちゃんにとっては気にならない程度の重さらしい……これ何キロ!? ってくらい、私には重たいんだけどね。

 私は上着だけじゃなく手袋もして、靴を防寒ブーツに変えた完全装備でハクちゃんに‘お願い‘した。

「お願い、ハクちゃん。こんなに着たから、私は風邪をひいたりしない。 ね、少しで良いから夜のお散歩に行こう?」

「……」

 ハクちゃんは本を閉じ、脇へ置いて立ち上がった。

 私の差し出した外套を受け取り、長身をかがめて私の顔を覗き込むようにして言った。

「今夜はまた‘七夕‘なのか? 今宵は満月なので、星はあまり見えんぞ?」



 

 昨夜。

 夕食に使ったお皿を洗っている時。

 木製の窓枠にちょこんと置かれたユニの実に目をやった。

 私の宝物。

 洗物をしていると、ついつい視線がそこへいってしまうのだ。

 ユニを見てにやける私の視界に、ふわりと揺らぐ何かの影。

 窓の外で、ゆっくりと上から下に……。


 雪。

 それは雪だった。

 

 心が弾んだ。

 初雪を見ると、何歳になっても少しだけうきうきしてしまう。

 

 私は‘お手伝い‘をしてくれてたハクちゃんに、外は雪だよって言った。


 -そうか。では、帝都は今夜から‘冬‘だな。


 雪に興味は無いようで、ハクちゃんは外を全く見なかった。

 彼の視線は、洗いかけのカップを握る私の手に注がれていた。


 冬。

 引越してきた時、帝都は秋だった。

 相手は安岡さんじゃないけれど、私は予定通り秋に結婚した。

 都心のホテルでの披露宴は、お母さんの希望で11月1日だった。


 この世界に来て、2ヶ月位経っていた。

 私はこちらの世界に来てからの日にちを数えるのを止めたので、日本が何月何日なのか正確には解らない。

 ハクちゃんが薬草園を真っ白な空間に変えてしまった……私とハクちゃんの‘時間の違い‘を強く意識するようになったあの日から、数えるのを止めた。


 セイフォンは初夏のような気温だった。

 引っ越してきた帝都は秋だった。

 そして雪が……短い秋が終わり、冬に変わる。


 ハクちゃんと過ごす、初めての冬が始まったんだ……そう思った。





 手を繋ぎ、私は早足でハクちゃんを目的の場所へと連れて行った。

 毛皮で飾られた外套を着たハクちゃんの真珠色の髪が、お月様に照らされてほんの少し青みがかった金色に見えた。

「もうちょっと、先なの。すぐよ、すぐなのっ」

 私の吐く息は白い。

 ちらりと見上げたハクちゃんの口元に、白いそれは無かった。

 ハクちゃんは寒さも気にならないらしい。

 でも、私と同じように気温にあった冬服を着てくれている。

 黙ってそうしてくれるハクちゃんは、やっぱりとても優しい人だと思う。

 寒くないからって、ハクちゃんが真夏みたいにタンクトップ&ハーフパンツだったら……それを見てる私が寒くなっちゃう。

 ハクちゃんは、それをちゃんと分かってるんだよね?

 だから外へ行くときも、厚く重い外套を黙って着てくれる。

 ハクちゃんは変わってるし、すぐ手足がでちゃう暴力的な部分もあるけれど……デリカシーに縁遠い奇天烈な人だけど。

 本当は繊細で、深い優しさを持っている……私はそんなハクちゃんをどんどん、ますます好きになっちゃうばっかりで。

 なんか、もう……うう~っどうしようもなく好きって、こういう気持ちのことだよね?

 


 急いだから考えていたよりも、早く到着した。

 早足で歩いたせいで、体がとてもあたたかくなった。

「ふ~っ! 着込みすぎちゃったかな~、あつっ」  

 目的の場所はこの木。

 この木というより、この木にくっついているモノというか。

 ハクちゃんは私に引っ張られるようにこの木の下に連れてこられて、さすがに疑問を感じたらしかった。

 そりゃそうだよね、一直線に競歩状態でここへ来たもの。

「りこ、これは散歩ではないな。ここに我を連れてくる必要があったのではないか?」

 顔は私を見下ろしたまま、金の眼だけを動かして周囲を確認するように眺めながら言った。

「え~っとですね、その……」

 私は緊張した。

 でも、言わなくちゃ。

「今ここでっ、私……わ、わわ私にキ……キ、キキッ! キスして下さいませんかぁあ!?」

 自分でもぎょっとするような、変な声が出た。

 キスどころか、それ以上のことをいたしている間柄なのに。


 ‘私にキスして下さい‘


 それを素面で口にするのは、想像以上にパワーが必要で……。 

 すごく。

 ものすごく緊張してしまった。

 周りを見ていた金の眼が、ぴたりと私に固定された。

「何故、ここで接吻する必要があるのだ?」

 うわっ!?

 こんなときに限って、なんでそう切り返してくるんですかぁ~!

「何故だ?」

 いつもは突然無言でぶちゅーっ、としてきたりするくせに。

 なんで今ここで、こんな時に限ってまともで普通なこと言っちゃうのですかぁあああ! 

 うわあぁ、それだけ私が不自然で挙動不審だったってこと!?

 は、恥ずかしい~!

「う……う、上に。この木に宿り木を見つけて、だからキス……」

「宿り木?」

 4日前。

 お散歩中に見つけた。

 木の幹と枝の間にぽこんとくっついた、丸い緑色の物体。

 葉の落ちた木々の中で、緑の茎で編まれたボールのようなそれはとても目立っていた。


 宿り木。

 宿り木といえば、クリスマス。


 そのことが頭から離れなくなった。

 

 あれは中学生の時。

 期末テスト後のHRでのことだった。

 担任の先生が留学中の写真を見せつつ話してくれた、ヨーロッパのお洒落なクリスマスの話。

 宿り木の下で恋人にキスしてもらうと、2人は結ばれて幸せになれる……まあ、諸説あるみたいだけれど。

(宿り木の下でなら、誰にでもキスしていいとか等)

 先生のちょっと自慢も入った異国での過去形恋愛話は、らぶらぶクリスマスを夢見る中学2年の女子(もちろん彼氏無し)だった私にある野望を植えつけた。

 将来結婚したいと思えるほど好きな人が出来たら、クリスマスに宿り木の下でキスをする。

 そして、その人と結婚して末永く幸せに暮らします的な……なんて単純だったんだろう。

 今思うと、自分でも幼稚園児みたいだと感じてしまうけれど。

 当時は本気も本気、大真面目だった。


 大人になり、憧れは残ったけれど野望は消えた。

 就職すると恋愛の一大イベントだったクリスマスは、売り上げアップの好機に変わった。

 特別な日のために新しい口紅や香水を熱心に選ぶお客様と接していると、自分までわくわくした幸せな気持ちになれたな……。

 ある意味、20代未婚女性としてかなり寂しい域に達していた気も……。

 ま、それは置いといて。

 大事なのは……大切なのは今、この瞬間なのだ!

 がんばれ、私!

 野望復活だ!

「こっこれはクリス……冬のおまじないでしてっ! 宿り木の下で好きな人にキスしてもらうと、その人と結婚できてずっと一緒にいられるの。私、ハクちゃんが好きでっ、すごくすごく好きだから。もう結婚してるけど、でもっ! ずっと側に……だ、だから……キ」


 ちゅっ。


「……へ?」

 ハクちゃんがキスしてくれた。

 ほっぺに、ちゅって。

 一瞬の出来事で、前ふりも余韻も無かった。

 あまりに意外で、リアクションできなかった。

 うん、嬉しいんだけど……あれ?

 私は口にしてもらう気満々だったというか。

 予定ではもっとこう、いつもみたいにお口に……あれれ?

「ハクちゃ……?」

 ハクちゃんは、私を見ていなかった。

 金の眼は頭上の木に……宿り木に向けられていた。

「持って帰ろう」

 は?

「重要なのはこれの下ということであって、この場所ではないのだろう?」

 掲げた左手には、木にくっついていたはずの宿り木が……。

「りこ、帰るぞ」

 ばさりと外套の前を広げ、ハクちゃんは私を仕舞い込むように包み込んだ。

 月明かりさえ届かないそこは。

 甘い香りに満たされた、私だけの場所。

 痛いほど冷たかった空気が、やわらかなあたたかいものへと変わった。

「んっ! まぶしっ……」

 ハクちゃんの懐から出て見たのは、すっかり見慣れた部屋だった。

 月明かりになれた眼に、天井の照明は少し眩しかった。 

「これは寝室ここに吊るすことにする」

 ハクちゃんは、ぽいっと宿り木を床へ投げた。

 吊るすって、今言ってませんでしたか?

 続いて外套を脱いで、それも無造作に放った。

 ハクちゃんの‘ぽいぽい癖‘は、私のお父さんにちょっと似ているかも……。

「我は野外だろうと構わん。だが、りこに風邪をひかせるわけにはいかんからな」

 私の手から手袋を外し、またまたぽいぽいっとして。

「お呪いの接吻は、ここで仕切り直しだ」

 そう言って、ハクちゃんがしてくれたキスは。

 またまた私の予定とは違った。


 く……く、唇にしてくれるだけで良かったんだけど?

 




 翌朝、目覚めた私が見たものは。

 ハクちゃんが寝室に吊るすと言った宿り木が、ベットの天蓋にピンクのリボンで結んで……うわっ!?

 大きいの、小さいの……さまざまな大きさの緑色のボールがこれでもかと言うほどぶら下がっていた。

 1個ならかわいい宿り木だけど……。

 これだけの数が隙間無くぶら下がっていると、ちょっと不気味だ。 

 枕元に座った竜体のハクちゃんは右手にリボン、左手に西瓜サイズの宿り木を持っていた。

「な、なんで数が増えてるの? 3・6・8……16・17……だめ、多すぎて数えられないよ」

 ハクちゃん、まさか。

 私が寝てる間に……。

「冬のお呪いなのだろう? 春になるまで毎日必要なのかと思ってな」

 毎日?

 春まで毎日1個…!?

 ち、違~うっ!

 クリスマスだけだから、1シーズン1個で充分なんです。

 あ、クリスマスの事は全く言ってなかったぁああ~!

「おはよう、りこ」

 ハクちゃんは金の眼を細め。

 呆然と宿り木を見上げる私にちゅっと、小さなお口でキスしてくれた。

「お、おはよ……」

 私の為にたくさんの宿り木を……。

 苦手なリボン結び……立て結びになってるけれど。

 こんなにリボンがしわしわになるくらい、何度もやり直して結んでくれたんだね?

「おはよう。……宿り木をありがとう、ハク」


 貴方の想いがつまった、このたくさんの宿り木にお願いしよう。

 愛しい人と、貴方とずっと一緒にいられますようにって。


「りこ。質問があるのだが」

「ん、なあに?」


 明日も明後日も、宿り木の下でキスしよう。

 願いを込めて。

 愛しい貴方と。

 たくさん、たくさんキスしよう。 


「寝言で言っていた<ケンタタベタイ>とは、どういった意味の呪文なのだ?」

「ね、寝言っ!? ケン……そ、それはそのっ!」

 ロマンチックな甘い雰囲気が続かないのは、ハクちゃんの謎思考回路の所為だけじゃなく。

 私自身にも問題があるのだと痛感した。   

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