10~11月の小話(4) ~パスハリス~
「僕達からって渡すの?」
緋色のリボンと花柄の包装紙で飾られた贈答用の菓子箱。
これは、僕とオフもお気に入りの菓子屋のだ。
陛下の両親が始めた小さな菓子屋。
今は弟子が継いでいて……帝都で人気の菓子屋だ。
「うん、そうして。成竜の雄である僕からより、君達からだってことにしたほうがいいんだよ。 ……パス達にもお駄賃として、同じものを買ってきてあげたじゃないか。何かご不満でも?」
昨日の【狩り】は午前中に終わった。
制服を返り血で汚してしまった僕たちを先に帰して、セレスティスさんは買い物に行った。
食堂で昼飯を食べてたら、おみやげだよって同じのをくれた……こんな洒落た包装はされてなかったけどさ。
「あの方には……あのお二人には近寄りたくないんです」
オフランが差し出されたそれを見ながら言った。
よし、いいいぞ!
受け取ったら、終わりだからな!
「ふ~ん、そう。僕の頼みを断るのかい?」
「ぶぐっ!?」
「げぐっ!?」
僕とオフは、背中の真ん中を蹴られた。
手加減してくれたから、骨まではいってない。
「さあ、いってらっしゃい。渡したらすぐに帰っておいでね? 今日は西街に【狩り】に行くんだから」
整った顔に、年中無休で穏やかな笑みを浮かべる前団長。
肩のラインで切り揃えられたまっすぐな銀の髪に、水色の瞳。
セレスティスさんは、城内好感度NO1の竜騎士だ。
城の雌竜の間では[つがいに出会う前に抱いて欲しい雄・第一位]に10年連続で輝いてるらしい。
頭も良いし、腕もたつ。
穏やかな口調に、優しい微笑み……理想の王子様なんだってさ。
阿呆くさっ。
見た目にだまされてんだよ、みんなは。
ほんと、そっくりな親子なんだよ?
カイユさんとセレスティスさんは。
見た目も中身も……蹴りの角度まで同じだし。
まあ、どっちがより怖いかっていえばカイユさんだけどね。
ほんと、物騒でおっかない親子。
でも。
この方よりはまし、ずっとまし。
「こんにちは。ヴェルヴァイド様、奥方様」
南棟の庭園に置かれたベンチに腰掛け、色づいた木々から落ちる葉を眺めている2人に3ミテ手前まで近づいた。
そんでもって、とりあえず挨拶をしてみた。
奥方様は返事を返してくれたけれど。
膝の上に座っている白い竜は、特に美人でもない奥方様を見上げたまま動かない。
細められた金の瞳。
なんだって、あんな恐ろしい目付きで奥方様を睨んでるのかな?
ああ、睨んでるわけじゃないのか。
奥方様はにこにこしてるもんね。
「これ、あげる。南街にある菓子屋ので、僕達もお気に入りなんだ」
奥方様が立ち上がる前にささっと、ベンチの空いている部分にすばやく置いた。
「ありがとう。パスハリス君、オフラン君」
名前。
覚えてたんだ。
しっかし、地味な女だよね~。
昨日の帰り道で見かけた人間の女のほうが、ヴェルヴァイド様に似合いそうだったな。
なかなかお目にかかれないような美女だった。
美女もどきの陛下と違って、本物の美女ってやつだね!
胸のでっかさを強調したドレスが、嫌味にならず似合ってた。
あれは観光に来た貴族のお嬢様だ……かなりの上位貴族。
術士と武人の護衛が付いてたし。
今……頭の中、視られてないよね?
必要な場合以外は、他人の思考をよんだりしないって陛下が言ってたし。
「これからお茶の時間だから、お部屋に来ない? 竜帝さんも来るし」
「あ~、うん。ごめんなさい。僕達、仕事中だから無理」
「じゃあ、また今度。お休みの時にでも……」
「そうさせてもらうね。奥方様、誘ってくれてありがと!」
行くわけないじゃん。
阿呆だな、この女。
あの人のテリトリーに入るのは、遠慮したいんだよ。
はっきり言って、今だって限界に近い。
オフなんか、喋る余裕すらない。
こうして耐えていられるのは、あんたの膝にいる白い竜が僕達を無視してくれてるから。
透明感の無い金の眼が、僕たちには全く向けられていないからなんだ。
「あ! 私ね、温室の池で鯰を飼い始めたの。ナマリーナって名前で、とっても不細工で可愛いのよ? 興味があったら、いつでも見に来てね」
なんだよ、突然。
ああ、話題が無いからか。
鯰?
ああ、こないだ陛下と取りに行ったっけ。
不細工で可愛い?
あの鯰をペットにしたの?
僕は鯰なんか見たくない、食べるの専門だ。
やっぱ変な女だなぁ、しかも異世界人だしさ。
異界人。
なんか、気持ち悪いんだよね。
人間の皮を被った謎の生物って感じだ。
必要以上に関わりたくない。
ヴェルヴァイド様は純粋に‘怖い‘だけ。
だけど、この女は。
この異界人は‘怖い‘だけじゃない。
嫌悪感?
なんだろうこれは。
まあ、でも。
この女のおかげで【狩り】が楽しめてるんだよな。
最近は、毎日とっても面白い。
「じゃあ、またね。ほら、帰るよオフラン!」
さあ【狩り】に行こう。
このお祭りは期限付き。
だから、今のうちにいっぱい楽しまなきゃね!