10~11月の小話(3) ~ハク~
鯰給餌用の備品が届いた。
我のりこが鯰の餌にまみれるという惨劇から、既に3日が経っていた。
<青>の指示でそれらを持参したヒンデリンが、見慣れぬ衣装に戸惑うりこに手際良く装着し。
「特注で作らせましたので、時間がかかり申し訳ありませんでした」
そう言うと一礼し、足早に去っていった。
我がりこに向けた視線を見て、長居は無用と判断したのだろう。
「ハクちゃん、やっぱり変? ううっ、それにちょっと重い……鏡を見てくる。ハクちゃんは、ちょっと待っててね」
温室には鏡がない。
りこは不出来な自動人形のような動きで居間へと向かった。
我は池の淵に座り、りこを待つことにした。
全てはりこの反応次第なのだから。
我の足元にある鯰の餌が入ったバケツは、特注の蓋でしっかりと封がされているので悪臭はしない。
悪臭。
最初にこの物体が運ばれた時、我とて臭うとは思っていた。
だが、その臭いが悪臭かどうかという判断が出来なかったのだ。
初めて経験した異様な臭いだったために、どう反応するのが‘正しい‘のか分からなかった。
数分でりこは戻ってきた。
普通のものより柄が3倍程長い柄杓を右手に持ち、弾んだ声で言った。
「ハクちゃん! すごいね、これ……ダース○ーダーみたいっ!」
どうやら気に入ったようなので、我は<青>に仕置きをするのを止めることにした。
<青>が用意したものは。
赤の大陸にあるドラーデビュンデベルグ帝国の特殊部隊が使用する、軍事用マスクだった。
シュノンセルの城にある竜宮に滞在していた折に、我は同じ物を見たことがあった。
これを装着した人間共がやってきて、我に化学兵器を使ったのだ。
どうやらシュノンセルの夫が指示したことらしかったが……。
残念ながら。
我は特に、どうということも無かったな。
効果があれば面白いと、少々期待しておったのに。
まあ……つまり。
飼料の悪臭どころか有毒ガスや細菌兵器に対処するものであり……黒光りするそれはりこの頭部をすっぽりと覆っていた。
<青>よ、お前は何故このような物を持っているのだ?
ああ、なるほど……伝鏡石か。
鉱山で性能の良い防毒マスクが必要なのだな。
青の大陸は遥か昔、行き過ぎた科学力が原因で文明が滅びかけた。
そのため、代々の<青>はどの大陸よりも科学力に細かな【規制】をかけて……裏側から慎重にコントロールしてきた。
危険極まりない大海に四方を囲われた青の大陸は、他の大陸へ渡る事が人間の力では不可能だ。
空を飛ぶ竜族のみが、海を越えられる。
異大陸の文化・物品は<青>が慎重に選別したものだけが……大陸の未来に害なす物ではない【安全】な物のみが、この大陸に輸入されているのだ。
人間共は自分達が思っている以上に、竜帝に支配され……守られている。
それが双方にとって良いことなのか……正しいことなのか、我には分からんが。
我の前に立ったりこは、軍事用マスクに蜥蜴蝶を素材に用いた指先から足首まで覆う黒い‘特注割烹着‘なるものを身につけていた。
「このマスクね、深く息をすると……」
シュゴ~。
シュゴゴ~ン。
「この呼吸音! ぶふふっ……完璧だよ、おもしろ~い!」
小さな体躯に大きすぎるそれは、りこの頭部を2倍以上大きくしてしまい。
首から下との釣り合いがとれておらず、我から見ると面白いというより異様だった。
どこがそんなに面白いのか、全く理解不能だ。
「……そうだな。面白いな」
我にはよくわからんが、りこにとってこれは‘面白い‘ことなのだな。
楽しそうに柄杓をふるりこ……りこが楽しいなら、我は満足だ。
しかし、笑んでいるはずの可愛らしい表情が見えんのは如何なものか……損した気分だぞ。
ん?
ダース○ーダーとは、なんなのだろうか?
活動報告・11月10日掲載