10~11月の小話(1) ~ある日のハクとりこ~
「ハクちゃん!?」
お風呂から出て、髪をふきながら寝室に戻ると。
先にお風呂から出ていた竜体のハクちゃんが、寝室にある大きな鏡の前に立っていた。
彼が鏡……初めてのことだった。
しかも。
ただ立っているだけじゃなく、いろんなポーズをとっているのだ。
片足をあげたり、万歳したり。
しっぽをふりふりしたり。
かわゆい。
すごく、かわゆ~い!
私は後ろからぎゅぎゅーって抱きしめ、頬擦りしたい衝動を押さえた。
どんなにかわゆくても、この超ラブリーおちび竜は旦那様なのだ。
我慢……我慢よ、りこっ!
こないだ、竜帝さんに言われてしまった。
竜体のハクちゃんを見る眼が、なんか怪しいって!
私はとうとう他人からも変態疑惑をかけられるまでに、レベルアップ(?)してるってことで……ま・まずいよね!?
<監視者>の奥さんが変態なんて、世間に知られたらハクちゃんが恥かいちゃうよぉ~。
ただでさえ不釣合いな私なのに……。
鏡の前にぺたんと座ったハクちゃんの隣に腰を下ろし、訊いてみた。
ハクちゃんには鏡を使う習慣が無い。
その彼が、鏡を見てる……使うなんて、とても気になる。
「ハクちゃん、どうしたの?」
鏡越しに視線を合わせ、ハクちゃんは答えてくれた。
「りこ。りこは竜体の我をかわゆいと言ってくれる。抱っこをして撫でてくれるし、風呂も一緒に入って体を洗ってくれる。それは我が‘かわゆい‘からなのだろう?」
「え? うん、まあ……」
ハクちゃんは短い両手で自分のお腹を撫で撫でしながら言った。
「前々から思っていたのだが。……もしや、人型の我には‘かわゆい‘要素が皆無なのではないか?」
はい?
え~っと……。
「人型だとりこの好んでいる鱗も無いし、‘ぽっこりしてとっても素敵!‘と言ってくれた腹も‘ぽっこり感‘が失われている。りこの好きな‘かわゆさ‘が見当たらん。……どうしたら人型の腹をこのように‘ぽっこり‘にできるのだろうか?」
ぽっこりお腹?
人型のハクちゃんのお腹がぽっこり出てたら……メタボなハクちゃん?
あの外見でお腹がぽっこりなんて、想像……うわあぁ~(汗)!
「な……な、なに言ってるの!? お腹がぽっこりしてなくたって、ハクちゃんはかわゆいよ!」
私は非常に焦った。
これは、久々のいじけモードだ。
なんで、急に……。
あ。
今日のお茶の時間は竜帝さんの執務室にお呼ばれして……カイユさんとダルフェさんが留守中は竜帝さんと1日1回、お茶をすることになったのだ。
で。
竜帝さんが私に、ハクちゃんのどこが好きなのかって質問した。
だから、答えた。
熱く語りましたとも!
ハクちゃんがどんなに可愛いか!!
そうしたら。
竜帝さんが「お、おちび! わかった、もういい。訊いた俺様が悪かったっ!」って、ハクちゃんの可愛い所を次々に言う私を止めたのだ。
私はもっと言いたかったのに。
あれ?
今、思うと。
私は人型については、特に何も言ってな……っ!?
あの時隣に座っていた人型のハクちゃんは、クッキーを右手で摘んで私に差し出した格好で……止まっていた。
私が喋ってるから、あ~んを待っててくれてたのかと思ってたんだけど。
「ハ、ハクちゃん! えっとね、私……」
鏡の中のハクちゃんは金の眼を、ぎゅっと閉じ。
「すまぬ、りこ。我にはわからぬ……人型の腹を‘ぽっこり‘させる方法が」
そう言った。
言葉だけなら、笑えるような内容だけど。
ハクちゃんは、冗談を言えるような人じゃない。
鏡の前で短い手足を丸めてうずくまってしまったハクちゃんを抱き上げ、ベットにあがった。
広いベットの真ん中に座り、膝に乗せた小さな旦那様に話しかけた。
「ハクちゃん、ごめんね。話が途中になっちゃったから、人型のハクちゃんのとこまで進められなかったけど」
真珠色の鱗を、流れに沿って撫でながら……。
「人型のハクちゃんだって、かわゆいところがいっぱいあるよ? 例えばね……うきゃっ!?」
瞬きひとつの間に、竜体から人型になったハクちゃんは。
私の膝に白い頭を押し付けながら言った。
「りこ、りこ。この我のどこが、良いのだ? 言ってくれ、我に教えてくれ」
ハクちゃんは頭をすりすり……ぐりぐりと押し付けてくる。
小竜と違って、見た目は大人の男性だけど。
おちびじゃなくて、2メートル越えの長身だけど。
竜体でも、人型でも動作は基本的には同じというか。
手をにぎにぎしたり、涙を舌で舐めたり。
そして、この仕種も。
竜体の時と、全く同じ。
セイフォンの離宮に居た時とは違って。
帝都では……こうして2人の夜を過ごす彼が纏うのは、全身を覆う硬い鱗じゃなく。
綺麗な真珠色はそのままに、艶やかで柔らかな長い髪になり。
私の掌にすっぽりおさまっていた4本指の小さな手は、私の手を包みこんでくれる大きな手に変わった。
「私ね、人型のハクちゃんの可愛いところ……好きなところ、いっぱいあるの」
真珠色の髪を撫でながら。
思いつくままに、たくさん言った。
考えなくても言葉がどんどん湧き出てきて……自分でも、びっくりした。
かわいいとこ・好きなとこがいっぱいで……。
デリカシーの無い所さえも、実はちょっと可愛いかもと思っている自分を再発見したりして。
「そうか。この我も、かなり‘かわゆい‘ということか……ふむ」
ハクちゃんは私の膝から顔を上げ、私を見上げながら言った。
「つまり……我はりこにとって‘かわゆい‘と‘好き‘の塊ということか? 我は竜体も人型も‘かわゆい‘のだな? 鱗も髪も指先まで、外見も内面も全部……全てりこの好みに合うということだな?」
う~ん。
間違ってはないけれど。
まあ、そう言われればそうなのかなぁ~。
嫌いなところって、特にないし。
奇天烈で謎の思考回路も困ることはあるけれど、嫌いっていうのとは違うしな~。
「我は竜体も人型もかわゆい。うむ、それならば良いのだ。腹が‘ぽっこり‘しとらん我でも、りこはかわゆいと思ってくれているのが分かり、安心した」
そう言って。
またまた膝にぺたりと顔をつけるハクちゃんに、私は言った。
「で、でもねハクちゃん! さすがに……奥さんの前とはいえ、いきなりの素っ裸はどうかと思うよ? ちょっと、まだ、その……困っちゃうよ」
やっぱり、親しき仲にも礼儀あり。
て、いうか。
眼のやり場に困るというか、まだ免疫がちょっと足りてないというかですねっ!
せめて、一言いってくださいませ。
「何故だ? りこは‘何も着てなくたって、ハクちゃんはかわゆい‘と医務室で言っておったぞ?……くっ」
「なっ!?」
うじうじモードから脱した旦那様は金の眼を細め、微かに笑いながら言った。
最近、こうして少し笑ってくれるのは嬉しい変化だけれど。
「くっ、くく……顔、真っ赤だな」
完全復活した魔王様は仰った。
「とても……とても‘かわゆい‘な、我のりこは」
ぶはっ!?
またまたそんなことを~!
「私はかわゆくなんかないもんっ! どうせアダの実みたいなアダモちゃんです! 笑わないでよ、ハクちゃんの馬鹿」
私の言葉に、魔王様の片眉が微かに動いた。
「アダモちゃん?……りこ、少々確認したい事があるのだが」
その後。
なんとか誤魔化そうと頑張る私に、魔王様による誘導尋問が行われ。
がっくりとうなだれる私と対照的に。
なんか妙~に、ご機嫌になったハクちゃんだった。
活動報告・10月14日掲載