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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
76/212

第70話

 竜帝さんは<電鏡の間>に徒歩で戻った。

 私と一緒に術式で、ハクちゃんに連れて行ってもらったほうがと提案したけれど。


 -歩きながら頭ん中を整理すんから、いい。……<黄>の野郎、調子に乗りやがって!  


 真っ青な髪を結い直しながらぶつぶつと何か言い、大股歩きで去っていった。

 お顔以外は全身包帯という状態なのに、あんなに動いて大丈夫なのかな~。

 食欲もすごくあるし、ダルフェさんよりも丈夫な身体らしいから……仕事しても、平気なのかな?

 とりあえず。

 他の竜帝さん達へご挨拶に<伝鏡の間>に行くことは、決定したんだし。

 よし、軽くお化粧直しをしようっと……一応ね。

 こっちの世界に来てから、私は中学生以来の薄化粧なのだ。

 以前は化粧下地にコンシーラー2種、ファンデに仕上げのパウダー等々。

 アイメイクも気合を入れていたけれど。 

 今は軽~くお粉をつけ、チークをちょっと入れて……口紅を塗ってぱぱーっと、終了。

 3分もかからない。

 最初は、物足りない気もした。

 でも、すっかり慣れてしまった……とっても、楽だし。

 私の周りには綺麗な人ばかりだったから、かえってメイクへの情熱(?)が失せた。

 カイユさん、セシーさん、ミー・メイちゃん……侍女さん達だって美人さんばかり(採用基準に容姿が入ってるとしか思えない)だった。

 天然美人さん達に囲まれてたら、もうすっぴんでもいいやとさえ思えてくる。

 私なんかお化粧しても、しなくてもたいして変わらないんだって……。

 そうは言っても、お化粧を捨てきれないのが女心よね~。

 あ、カイユさんがくれた口紅をしていこう。

 ハクちゃんが、似合うって言ってくれた色……。

「ハクちゃん、いったん下ろして。ちょっと準備をし……きゃっ!?」

 一瞬で景色が変わった。

 視線の高さも……ハクちゃんが座ったここは、寝室のベッドじゃありませんか?

「りこは、したいのか?」

 はっ!?

「りこは移動したいか? 確かに我は大陸を移るつもりだったが……。りこが此処を気に入っておるなら、無理に移動せずとも良い」

 あ、お引越しの話ですね……。

 つい、そのっ。

 昨夜の食事中にカイユさんから竜族の結婚について、少々お話があったので……一瞬、勘違いをしちゃいました。

 だって、そのっ。

 竜族のハクちゃんは、蜜月期とかいう特別な期間真っ最中らしいのだ。

 蜜月期は、竜の繁殖期間。

 奥さんが妊娠するまでその状態が続くって、カイユさんが言っていた。

 妊娠したら、出産までは生殖機能が止まる。

 その代わり、蜜月期は……帝都への道中でも簡単な説明を受けてたけれど。

 私、そのことについてはあんまり考えてなかった。


 ハクちゃんは一言も、私に不満を言わない。 

 私が、人間だから。

 私は人間だから、竜族の女性と同じような蜜月期を要求したら。

 身体が壊れちゃう……支店の時みたいになってしまう可能性があるから、ハクちゃんは絶対にそうはしない。

 だから安心していいって、カイユさんは教えてくれた。


 私は安心・安全。

 爪を気にして自分からは私に触れられなかったあの頃と……貴方が竜体だけで暮らしていた時と同じ。

 ハクちゃんは<蜜月期の雄竜>である自分自身から、人間の私を護ってくれてる……。

 優しい貴方は何も言わない……言ってくれないけれど。

 

 ねぇ、ハクちゃんは?

 ハクちゃんは、本当は……どう思ってるの?


 今回のカイユさんのことで……個体数の少ない竜族にとって【一族の子供】は、とても重要視される問題だって知った。

 ハクちゃんが子供について私に何も言わないのは、人間の私に気を使ってくれてるのかもしれない。

 子供……ハクちゃんと、私の赤ちゃん。

 竜族のハクちゃんとの子供ならきっと、人間の私より長生きしてくれるはずだ。

 妻の私がいなくなっても、ハクちゃんに【家族】を残してあげられる。

 何も持っていない私が、唯一……貴方にしてあげられること。


 ハクちゃん。

 私、欲しい。

 このお腹に、貴方の赤ちゃんが。


 私、早く貴方の子供が産みたい。

 貴方と家族を作って、家庭を持って……。

 

 貴方に【家族】を。

 人間の私は、貴方とずっと一緒にいられないから。

 私は貴方と、私達の子供と過ごせる時間が……少しでも長く【家族】で過ごしたい。


 あっ……私。

 この世界に来てから、生理が止まってるんだった。

 このままじゃ、ちゃんと妊娠できないかもしれない。

 婦人科のお医者様に看てもらうべきなのかな?

 でも。

 まだ生理不順ってレベルだよね?

 う~ん。

 あと2ヶ月こなかったら、カイユさんに相談してみよう。

 

 



 

「りこ?」

 おっと、いけない!

 今は他に考えなきゃならない事が。

 黒の大陸にお引越しする……ん?

 今、移動しなくてもいいとか言ってた?

 あれ? 

「でも、<約束>なんでしょう?」

 ハクちゃんは私を抱いたまま、ぽすんとそのまま後ろに倒れた。

 真珠の色の長い髪が、寝具にふわりと広がる……。

 ハクちゃんの髪の毛って、本当に綺麗だと思うけれど。

 あんなに長いんじゃ、洗うのは大変そう……人型でお風呂に入ったら、湯船に髪が入らないようにタオルを巻くか結んでアップにしないと邪魔かもね。

 ふと、脳内に浮かんだのは。

 ○×温泉旅館とプリントされたタオルを頭にまいて、某アヒル隊長と露天風呂に入るハクちゃんの姿だった。

「<約束>……まあ、そうとも言えるか。どちらかというと、<取り引き>が近い気がするのだが。遥か昔、我は竜の始祖と<取り引き>をした。それが盟約……<約束>となり今日まで続いているが、厳守する必要は無い。<約束>の履行を必要としているのは我ではなく、四竜帝なのだ」

 私と竜帝さんの会話、ちゃんと聞いてたんだ。

「我は考えもしなかった……りこの気持ちを。りこが何処に居たいのか、どうしたいのか。そして黒の大陸がりこに合うかなど、そのような事を思いつきもしなった」

 ハクちゃんの手が、私の顔にそっと添えられた。

 ひんやりとした、大きな手。

「我はランズゲルグのように、りこの事を考えることが……出来なかった」

 私の大好きな、優しい手。

「<青>が言ったように、黒の大陸は四大陸の中で最も争いが多い。人間共は絶えず戦をし、それがあの大陸の科学技術を発展させ経済を潤している。りこが産まれ、育った世界は平和で穏やかな世界なのだろう? りこを見れば、我にも想像がつく」

 戦争と経済。

 こっちの世界も私の世界も、そこは同じなんだ……。

「りこは嫌なものを目にするかもしれない、悲しい思いをするかもしれない。人間同士の殺し合いはどの大陸だろうとある。だが、あそこは……りこ?」

 私はハクちゃんの目元に触れた。

 金の眼。

 この綺麗な眼には、私はどう見えているんだろう?

「ハクちゃん。私の世界にも戦争はあったよ? 惨い犯罪だって、いっぱいあるし」

 貴方の眼に、私は……。

「戦争の映像を見ながら、家族でご飯を食べることだって……」

 私の住んでいた国は平和だった。

 でも、【世界】が平和だったわけじゃない。

「戦争の映像はしょっちゅうだから、見慣れてしまってた。自動的に流れるそれを真面目に見るなんてしたことなくて、自分には関係無いって……」

 同じ世界の中で起こっていたのに。

 あんまり実感が無かった。

 戦争映画みたいに残酷な場面は、ニュースではやらない。

 画面に映るのは戦車や戦闘機、銃を肩に下げた迷彩服の大柄な兵士。

 壊れた建物。

 真っ黒に焼けた乗用車。

 私にとって、それは全く現実感が無くて……。

「ひどいでしょ、私って」

 テレビの中のそれは、同じ地球であったこと。

 同じ世界であったこと……続いてることなのに。

 保健所で処分を待つ捨て犬達のニュースは食い入る様に見て、可哀相だと泣いたけど。

 遠い砂漠の国の軍事施設が、爆破される瞬間をとらえた人工衛星からの映像を見ても。

 今の科学ってすごいんだってことくらいしか、考えなかった。

 そこにだって、人が居たはずなのに。

 大勢、亡くなったかもしれないのに。

「私は貴方が思ってるような、綺麗で優しい人間じゃない。ずるくて、自分勝手で……嫌な女なの」

 貴方を好きになって、自分の命のことを……死を考えるようになった。

 命。

 大切だって、尊いものだって知ってるつもりだったけれど。

 今までの私は‘知ってるつもり‘なだけで、ちゃんと考えたことなんかなかったんだと気がついた。


 優しいのは、貴方。

 綺麗なのは、貴方。

 

「なぜ、そのような事を言うのだ? 我のりこは、綺麗で優しく温かい。……<化け物>の我などとは、違う」

 化け物?

 貴方のどこが化け物だっていうの?


 誰かにそう言われたの?

 言われ続けてきたの?


 泥棒のおじさんは、私がハクちゃんのつがいだと分かると。


 眼が、私を見る眼が変わった。

 眼……私を見たあの眼は。


 セイフォンの侍女さん達が、先生候補の人達が。

 隠そうとして、隠し切れずに滲み出ていた……あの眼と同じ。


 泥棒のおじさんは、私を怖がったんじゃない。

 ハクを……<ヴェルヴァイド>を恐れたんだ。


 ハクの‘つがい‘になった私は。

 この世界の人達からすれば、怖い存在で。

 もう、同じ人間としては見てもらえないのかもしれない。

 私は異世界人だから。

 この世界の人達から冷たい眼で見られても、珍獣扱いされたって当然だと思う。


 でも。

 ハクちゃんは、この世界の住人で。

 <監視者>っていうお仕事だって、誰かがやらなきゃならないんでしょう?

 <処分>なんて、ハクちゃんが好きでやってるはずないのに。

 この人にそんな‘役‘を押し付けてるのは、この世界の【人間】なの?

 竜族は術式を使えない。

 術式で私の居た異世界から好奇心で何かを出して、後始末を押し付けてるのは……【人間】だ。


 嫌。

 貴方をあんな眼で見る人達は、嫌。

 

「ハクちゃんが<化け物>なら、私だって同じだよ? なんたって、異世界人だしね」

 竜帝さん……竜族と人間は、なんでこんなにハクちゃん対して違うの?

「ねえ、ハク。黒の竜帝さんが亡くなってしまう前に、黒の大陸に着けるようにしなきゃね!」

 さっきの竜帝さんの話だと。

 老衰でもうすぐ亡くなる黒の竜帝さんも、赤ちゃんの頃から……長い期間をハクちゃんと過ごしたはず。

 青の竜帝さんと同じように、ハクちゃんには特別な想いがあるはずだから。

 会わせてあげたい、ハクと黒の竜帝さんを。

 伝鏡越しじゃなくて。

「お引越しかぁ~。他の大陸も通っていくなんて、まるで世界一周旅行みたいですごいねっ」

 帝都で与えられた部屋は、すごく素敵で。

 大きな温室まで併設されて。

 衣装室にはハクちゃんのものだけじゃなく、私の衣類までたくさん用意されていた。

 全てが、準備されていた。

 ハクちゃんの事を大事に思ってる彼は。

 ハクちゃんの為に。

 私を【満足】させようと、仕事まで‘用意‘してくれようとした。

 竜帝さんが私に良くしてくれるのは、ハクを想っての事で。

 人間は……<監視者>のハクが怖いから。

 術式を使わずに、小骨を一生懸命に取ってくれた貴方。

 味覚が無い貴方は味見が出来ない。

 だから美味しそうなだけじゃなく、綺麗で面白いクッキーを選んでくれた。


 外見以上に、真っ白な心を持つ貴方。


「ハクちゃんって、時々すごく綺麗過ぎて。……私なんかが触ったら、雪みたいに融けて消えてしまいそう」

 貴方の心に触れるたび。

 自分が汚い人間だって、思い知らされる。 

「……おかしなことを。りこが触れても、我は消えはしない」

 目元に触れていた私の手を取り。

 指先にキスをして。

「我の鱗は白いが、雪ではない」

 眩しそうに眼を細め、言う貴方。

「だが。温かなりこを抱いて、こうして接吻をすると」

 ハクちゃんは手も唇も、体温が低くてひんやりしているけれど。

「ハ……ふっ……んぁっ……」

 唇を深く、深く合わせて。

 貴方とこうして触れ合っていると。 

 私の心も身体も。

 全てがあたたかいもので満たされる。

「……りこ。我は雪ではないのだが」

 キスしてもらえて嬉しいのに、同時にとっても恥ずかしくて。

 両目をぎゅっと閉じた私の瞼に、ひんやりとした唇の感触……瞼の内側から、じんわりと熱が生まれる。

 なんだろう、これ……この感じ。

 うわぁ、ぽかぽかして気持ち良い。

 ホットタオルをのせてるみたいな心地良さ……。

「舌先から、融けてしまいそうだぞ?」

 ゆっくりと開けた眼に見えたのは。

 目元を微かに染めた……大好きな貴方。

「ハクちゃん……ハク」

 汚い私と、綺麗な貴方。

 どこまでも……底の底まで混じり合ってしまいたい。


 貴方が私を置いて。

 その白い翼で、飛んでいってしまわないように。


 私は汚い、嫌な女。


 心のどこかで。

「うん。私も……」

 貴方の翼を、この手で折ってしまいたいと願う……嫌な女。


 





「そうであった! 我は寝台に用があったので、ここに転移したのだった」

 ハクちゃんは自分の上から私をベットに下ろし、ごそごそと枕の下に右手をいれた。

「これだ、これ!」

 医務室でもそうだったけれど。

 ハクちゃんはなぜか、私の枕の下にパジャマセットをしまうのだ。

 やっぱり変……というより、不思議君かも。

 取り出したパジャマを手に、ハクちゃんはベッドの上で正座をした。

「うむ、これが我の‘勝負服‘なのだ。りこがくれたこの、我への愛の結晶であるぱじゃまを着て行く。そして奴等に、我のかわゆさを思い知らせてやろうではないかっ」

 パジャマが勝負服!?

 ちょ……何を言ってるんですか!

「りこよ。申し訳ないのだが、ぱじゃまを着るのを手伝ってくれるか? 我は、そのっ……まだ1人ではだなっ……りこ?」

 びっくり仰天状態の私に、旦那様はパジャマを握ったまま首をかしげ。

「りこ、口が開いておるぞ? どうし……ああ、そうであったな! すまぬっ、りこ。今すぐするので、怒らんでくれっ」

 そう言って。

 私の足と自分の足(改めて見ると、かなり大きい。これって何センチ?)からあたふたと靴をもぎ取り、ぽんぽーんと放った。

 こらこら、ハクちゃん。

 あんな遠くにぽんぽーんてしたら、履くときに困っちゃいますよ?




 靴をそろえるのを伝授した後、私とハクちゃんは揉めた。

 ベッドの上で揉めてるのに、内容は色気ゼロだ。

 パジャマを着て勝負(かわゆいコンテスト?)に出ると言うハクちゃんに、それは寝巻きだから公の場には着ていかないでと私は言った。

 だいたい勝負に行くんじゃない、竜帝さん達の会議に行くんだよ!?

 私の作ったベスト風パジャマが自分の一張羅だと言い張るハクちゃんを、思い止まらせるのは想像以上に大変だった。

 パジャマを取り上げようとすると、ささっと後ろに隠してしまうし。

 私があげたパジャマをそんなに気に入ってくれてたのは、とっても嬉しい。

 でも、それとこれとは別問題。

 どこの世界に、パジャマ姿の夫を喜んで会議に送り出す妻がいるかぁ~!

「ハクちゃん、それは駄目だよ! 今、着てるのだって素敵だし…もっとおしゃれしたいなら、衣装室に竜帝さんがくれたのがいっぱいあるからっ、ね?」

 服だけじゃない。

 アクセサリーだって、いろいろあった。

「嫌だ。我は‘おしゃれ‘などに興味は無い。ぱじゃまが良いのだ」

 両手でパジャマを握って放さないハクちゃんに、とうとう私は言った。

「もおぉ~うっ! 分かったわよ、ハクがそれを着て会議に行くなら私もパジャマを着ていく!」

 駄々っ子のようなハクちゃんに、私もさすがにかっち~んときてしまい。

 私は少々やけになり、勢いよく服を脱ぎだした。

 ダルフェさん作のふりふりエプロンをとり、ハクちゃんのまねをして次々と脱いだものを放り投げた。

 それにはハクちゃんも、かなりびっくりしたようで。

「なっ!? や……やめてくれ! りこの足を堪能して良いのは我だけだー! 悪かった。我が悪かった、りこ! 服を着てくれ、頼むっ」

 私が脱いだものを慌てて拾い集めたハクちゃんは、残ったスリップドレスを脱ごうとしていた私を毛布でくるんで……むぎゅぎゅ~っと抱きしめて、言った。 

「すまなかった、りこ! さっき、抱っこをして連れて行ってやると約束したのに、我が竜体で行くと言ったので拗ねてしまったのだな? 竜体では、りこを抱っこをしてやれぬものな。そんなに我に抱っこされたかったとは! このように遠まわしにおねだりせずとも……さきほども言ったように、夫の我に遠慮は無用なのだぞ?」

 抱っこ……おねだり?

 は?

 それ、違います。

 しかも……堪能って何ですか!?

 当分、あのぼろパジャマを着るのはやめよう。

 

 




「遅っせーぞ、ヴェル! おちびが来るって言ったら、<黄>達はもっとお洒落するとか阿呆なことほざいて引っ込んじまった。すぐ呼び直すから、ちょっと待ててくれ」

 ハクちゃんが術式で<伝鏡の間>に連れて行ってくれた。

 恥ずかしながら、もちろん抱っこで。

 私はセイフォンではちび竜のハクちゃんを、抱っこしまくっていた。

 常に抱っこしているか、お膝にのせてるかだった。

 他の人が居ようがいまいが、関係なしだった。 

 彼に間違った抱っこのTPO(?)を教えてしまったのは、私なわけで……くっすん。

 腰に手を当て、鼻息荒く言う女神様はもちろん人型だった。

 あ、そうか。

 他の竜帝さんだって人型かもしれない。

「はい。竜帝さん、遅くなってごめんなさい」

 ハクちゃんだって、人型だし。

 かわゆいちび竜さん達が勢揃いは、夢のまた夢……うう、残念。

「いいって。どーせ、そのじじいがなんかごねたんだろう?」

 じろりと青い眼が、ハクちゃんを睨んだけれど。

 ハクちゃんは全く気にする様子が無く。

「ランズゲルグ。今夜のりこの夕飯には、脂身の少ない肉を使ったものを用意しろ。あと、カカエの卵を使ったものが1品欲しいのだが……我は料理の種類に疎く、よく分からんのだ。ふむ。ダルフェがおらんと、いろいろ不便だな」

 と、相変わらずマイペースだった。

 ごめんね、ハクちゃん。

 晩御飯の話を今、ここでする必要性が私にもちょっと……。

「おちび、ダルフェってすげえなぁ。……あのカイユのつがいになった時も、すげぇ勇気だと思ったけどよ。一ヶ月以上この謎感性の凶悪じじいの面倒みて、五体満足で生き残ってんだもんな~。臨時賞与もんだぜ」

 そう言って、女神様はこきこきと首を左右に動かした。



 明かりの無い暗い場所だとハクちゃんは言ってたけれど、真っ暗って程じゃなかった。

 <伝鏡の間>は想像していたよりもずっと狭く……12畳あるかないかだった。

 壁には大きな鏡3つ……ほほ~、これが超お高いという大型伝鏡ですか!

 幅は2メートル位で、高さは……4メートルはありそう。

 不思議なことに、眼をこらして見てもそこには何も映ってはいない。

 見た目は鏡なのに……何も映っていないのだ。

 ハクちゃんの髪を軽くひっぱりつつ、私は言った。

「ハクちゃん。あの伝鏡に他の竜帝さん達が現れるの? ねえ、これなら私の眼にもなんとか見える暗さだよ? またまた大げさに言ったんでしょう!?」

「否、ここは夜より暗い闇の中だ。ふむ、どうやら少しは効いているようだな」

「え?」

 嘘、だって見えてる。

 お月様の出てる夜みたいに、見えているのに。

「先ほど、りこの中にある我の気を少々いじった。……長くは持たぬだろうが、我は長居するつもりは無いのでかまわん」

 いじるって、何?

 さっきって……あ、瞼にキスしてくれた。

 そうしたら、瞼や眼がぽわ~んて温かくなって……。

「ハク、あの……あれ?」

 確認したかったけれど、先に部屋に居た竜帝さんの動きが気になってしまい。

 ハクちゃんへの質問は後回しになってしまった。

 何も映ってない不思議な鏡を、竜帝さんは包帯で包まれた右手で1枚1枚ノックして歩いていた。

 温室でも手の平サイズの伝鏡をこんこんってして、カイユさんと喋ってた。

 ああやって、相手を呼び出すのかな……あれ?

 最後の1枚はノックしなかったよ?

 私の視線に気づいた竜帝さんが、なんとも言えない微妙な顔で言った。

「ああ、これは<黒>のなんだ。爺さん、寝込んじまってて会議には出られないんだってよ。補佐官の話じゃ、なんか強い精神的ショックを受けて寝言で‘ぶ、ぶぶっうぶぶう~‘とか魘されてるんだと。ヴェルは爺さんに昨日、会ったんだろう? どんな様子だった?」

 そうでした。

 ハクちゃんは黒の竜帝さんから話があるって言われて……何のお話だったのかな?

「ベルトジェンガか? 老いのせいか、呂律が回っていなかったな。仕方あるまい、あれはもう次代に変わるほどの歳だ。体調が悪くて当然だろう」

 呂律がおかしかったなんて、脳梗塞でも起こしかけてたとか!?

 かなりの高齢らしいから、容態が気になる……大丈夫かなぁ、黒のお爺さん。

「ま、そうだけどよ~。ぶぶなんとかって、何なんだろうな?」

 竜帝さんが首を傾げていった。

「さあな」

 ハクちゃんも、少し首を傾げた。

 ハクちゃんと竜帝さん。

 2人の動作が似ていて、なんだかとっても微笑ましかった。





「お待たせ~! へえ~貴女がイドイドのつがい!? 異界人って、見た目はまるっきり人間なんだ~、つまんな~い。どう? 私って可愛いでしょう!? 私のお城に遊びに来てくれるなら、特別に抱っこさせてあげてもいいわっ! きゃはははっ、私って最高にかっわい~いっ! 光栄に思いなさいよ、異界人」

 黄色…レモンのように、鮮やかなビタミンカラー。

 頭部に淡いピンクのリボン。

 小さな身体は白いレースで飾られたリボンと同じピンクのドレス。

 まず最初に伝鏡に現れたのは、黄色い竜だった。

 ハクちゃんや女神様と同じ、小さな竜。

 予想通り、私の目は釘付けだ。

 が!

 それは可愛いからじゃなく。

「きゃはははっ! イドイドなんて、しょぼしょぼしおしおなお爺ちゃんでしょう? 私は若いからピチピチで抱き心地も最高よ?」

 確かに見た目も凄かった。

 でも、それ以上に強烈な発言が炸裂したからだった。

 イ……イドイド。

 イドイドって誰?

 しょぼしょぼしおしおなおじ……お爺ちゃん……この場にいるお爺ちゃんっていったら、まさかっ!?

 イドイドって、ハクちゃんのこと!?

 しょぼっ……失礼なっ、ハクちゃんだってピチピチパンパンです!

「リィリィちゃんは、きっとかわゆ~い私の虜になるわね。きゃははっ、そうなったらイドイドは……きゃあはははぁ~っ! 想像するだけで、笑えるー! きゃはははははぁ! うける~! きゃーはっははははぁ」

 なっ……なんなの、このド派手衣装のレモン竜帝は!?

 ハクちゃんに喧嘩売ってるの?

 しかも、この妙に甲高くてイラッとしてしまう笑い方……あんたは○家ぱー○か!?

 リィリィ……トリィのリィ?

 じゃあ、イドイドはヴェルヴァイドのイド!?

「おい! <黄>、うるせぇ黙れ!」

 女神様がレモン竜の映っている伝鏡を、バンって右手で叩いた。

 怒ってる……竜帝さん、怒ってる。

 ハクちゃんにぷりぷりしてる時とは、ぜんぜん違うもの。

 竜帝さんは、怒ってる。

 竜の生態を熟知しているはずの<竜帝>が、蜜月期の雄竜であるハクちゃんにあんなこと言うべきじゃない。

 私だって、そう思う。

「なによ<青>! あんたはいっつもそうやって、良い子ちゃんぶってイドイドとべったりで……。だいたい、あんたは生まれるのが早すぎなのよ! あんたが私のとこからイドイドを、あっと言う間に持っていっちゃったんじゃない! ……私だってまだ、幼竜だったのに! あんたなんか、あんたなんかっ」

 え?

 このレモン色の竜帝さんは……。


「もうお止め、<黄>」


 凛とした女性の声。

 強い口調で言ったわけじゃないのに、黄の竜帝さんはびくりとして……ぱっと、レモン色の歯を持つ口を小さな両手で押さえた。

「見苦しいまねは、止めてちょうだい」

 いつの間にか、もう1つの伝鏡に赤い竜が映って……現れていた。

 部屋は薄暗くても。

 竜帝さん達が現れたら伝鏡自体がぽうっと明るくなって、その姿をはっきりと見ることができた。

「初めまして、トリィさん。私は<赤の竜帝>……お会いできて、嬉しいわ」

 真っ赤な竜は光沢がある緋色の生地に金糸の刺繍が施されたクッションを小さな手で引き寄せて、ふわりと座った。

「ごめんなさい、トリィさん。あの子も悪気があったんじゃないの……ヴェル、<黄>を怒らないでちょうだい。……まあ、貴方が‘怒る‘なんてこと、今まで一度も無かったけれど」

 上品に両足をそろえて座る姿は気品があり、かわいいというよりも……上品で綺麗。

 真紅の鱗に、真紅の瞳。

 赤……この鮮やかな真紅は。


 この色は。


 <色持ち>のダルフェさんと同じ赤だ。

 この赤が、竜帝の赤であり<色持ち>の赤なんだ……。


 ギリッ


「いえ、あの。私こそ、こうしてお会いできて……ハクちゃんっ?」

 今の音、何?

 ギリッって……ハクちゃんから聞こえたような。


 まさか、歯軋り!?


 赤の竜帝さんは存在そのものが、宝石の様な美しい竜だった。

 でも、見蕩れている余裕が私には無かった。

「ブランジェーヌ、リンエルチィル」

 ハクちゃん、お顔がちょっと……お目々が少々怖くなってます。

 お口元もちょびっと引きつってるというかっ……。

 そのお顔では貴方の言っていた<世界一かわゆい>から、どんどん遠ざかってますって!

 うわわぁ~、かわゆいとは反対方向に向かっていますよ!?

「貴様等……なぜ、竜体なのだ。<赤>と<黄>は、人型で過ごすのを好んでおったではないかっ!……ランズゲルグ、お前かっ」

 室内の温度が急に下がり。

 部屋中に、きらきらした白い光が雪のように舞い始めた。

 わあ……綺麗!

 テレビで視たダイヤモンドダストみたい……なんて言ってる場合じゃな~い!

 ひいい~!?

 これは離宮での展開とちょっと似てる気が……。

「お、俺様はっ! ヴェルがなかなか来ないから世間話っていうか、おちびの話をしてて。そんで、ついぽろっと、おちびは鱗が……竜体が好きだって言っちまっただけでっ! そしたら、<黄>が<赤>にもっとお洒落しようとか言ってよ! まさか人型から竜体に変えてくるなんて、俺様も考えなくてだなっ」

 あぁ、女神様。

 貴方はなんて、正直なんでしょうか。

「……言い訳はそれだけか? ランズゲルグよ」

 女神様。

 自分で自分の首を絞めていますよ?




挿絵(By みてみん)

*イラストの著作権はイラスト作者である「やえ様」にあります。

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