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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
74/212

番外編 ~カイユ~

「お断りします」


 私はきっぱりと言った。

 

 セイフォンに行き、皇太子の誕生祝賀会へ出席しろ?

 冗談じゃない。

 人間の餓鬼のくせに、私の陛下を‘義父上‘などと呼ぶあいつ。

 あの甘ったるい顔など、二度と見たくない。


 嫌い。


 人間など、大嫌い。


 陛下が許して下されば、この大陸中の人間を駆除できるのに……。

 父様と私はずっと、我慢している。

 竜騎士である私達には、その力がある。


 でも。

 竜騎士ゆえに、竜帝に……<主>に逆らえない。


「バイロイトが行けばいいのでは? あれはそういった事が得意ですし。……私は愛想笑いなどできませんから。そうね……ついでにセイフォンを滅ぼしてこいと仰るなら、喜んで行きますわ」


 セイフォン。


 母様を殺したあいつの生まれた国。


「バイロイトは動かせねぇ。あそこはあの親父以外、幼竜ばっかだし奴には他に……とにかく、メリルーシェからは出せねぇ! おい、ダルフェ~、てめえからもカイユに言ってくれよ。騎士団の頭であるカイユは俺様の側近だって、各国上層部は認識してるんだ。そのカイユが顔を出せばダルドにも箔がつくっていうか、セイフォンを狙ってる奴等への牽制に……」


 陛下は数年間、あの皇太子を手元に置いていた。

 だから奴を贔屓している。


 皇太子というより、あの古い国自体を。


 理由は知らない。

 知りたくない。


「陛下。クロムウェル風に言うなら、俺はハニーの<愛の奴隷>ですからねぇ~。ハニーが嫌だって言ってんなら俺も嫌です」

 

 私と同じ騎士服を着た赤い髪の竜族。

 赤の大陸から来た<色持ち>の竜……私のつがい。

 私はダルフェの子を宿している。

 竜の雄にとって妊娠中の妻は、絶対的な存在。

 蜜月期とこの期間は、竜騎士の性質よりも雄の本能が勝る。

 竜帝の<命令>と妻の私の<お願い>ならば、ダルフェは私の<お願い>を優先してくれる。


「クロムウェルの話はやめてくれ、鳥肌が立つ! カイユ~、頼むから引き受けてくれよ」


 執務室の机の上で、小さな青い竜が地団太を踏んだ。

 私達とは全く違う竜体。

 小さいけれど……とても、とても強い竜。

 四竜帝とあの方は、私達とは‘違う‘のだ。

 

「産休前に一仕事してく……ぎょわあっ!?」


 絶妙なバランスで積み上げてあった本と書類の山が崩れ、陛下が埋まった。


「……相変わらず、お馬鹿さんね。竜体で鳥肌が立つわけないでしょう? 鱗なんですから」


 竜騎士である私がこうして竜帝に歯向かえるのは、彼が私に‘お願い‘をしてるからだ。


「う、うっせー! お馬鹿な俺様を助けるのがカイユの仕事だろうがっ! よし、これならどうだ? 竜騎士団の予算は誰かさんのせいで、もう残り少ないよな!? カイユがセイフォンから帰ってきたら、追加予算を出す!」


 優しいこの子は私に‘命令‘するのを好まない。

 小さい時から、私に優しかった。

 私だけじゃなく、皆に優しい。


 優しいからこそ苦しみ続ける、青の竜帝。


 雪よりも白く、氷のように冷たいあの方のようになれたなら。

 もっと楽になれるのに。


「予算……わかりました。引き受けますわ、陛下」 


 私はもう、名前で呼んであげられない。


 ランズゲルグ。

 

 その名を口にできるのは、貴方を殺せるあの方だけ。

 

 

 




 セイフォンに行くことを父様に報告するため、騎士団本部のある北棟に向かった。

 団長である私が留守の間、他の竜騎士を野放しにはできない。

 ダルフェなら彼等を押えられるけれど、あれは妊娠中の私からは離れられない。


 特に。

 パスとオフは、まだ幼い。

 幼いからこそ陛下の優しさを……甘さを敏感に感じ取り、好き勝手に行動する恐れがある。


 父様にお願いしよう。

 父様は幼竜だろうと容赦はしない。

 留守を任せるのには適任だ。


 ヒンは駄目。

 あの子達に甘いから。


 予算。

 増えたから……父様は喜んでくれるだろうか?

 それとも。

 私がセイフォンに行くことに、反対するだろうか?






 帝都の短かい夏が終わり、城の木々は秋の準備を始めていた。

 一ヶ月ほどで紅葉は盛りを迎えるだろう。

 そして冬が来る。

 帝都の冬は長く、厳しい。


 でも。

 私は好き。

 冬は。

 母様が好きだった季節。



 ー私、冬が1番好きなの。だって、カイユが産まれた季節だもん。カイユの眼は、晴れた冬の空みたい、私の大好きな色! カイユ、カイユ……私の可愛いお姫様!


 

 竜族にしては珍しいく小柄で、折れそうなほど華奢で。

 幼竜である私の方が、背が高かった。


 雪の玉を作り、待ち合わせに遅刻した父様に投げつけて。

 中に石を仕込むのがポイントなのよ、と言い。

 大きな声で、笑った。


 無邪気で……まるで、幼い少女のような人。


 竜騎士である私や父様と違い、穏やか優しい普通の竜族だった。

 私のように刀を振るう事もなく、拳で他者を殴り飛ばす事も出来ない人だった。

 だから。

 人間などに、狩られてしまった。


 珠狩り。


 ここ数年、また発生しはじめた。


 今度こそ、奴等を仕留めてみせる。


 母様を殺したあいつは、つがいである父様の獲物。

 この手でずたずたに引き裂きたいけれど。

 殺さぬ程度で、我慢しなければ。







「ダルフェ、見て。真夏の花なのに……遅れて咲いたせいか、色が薄いわね」

「あぁ、今の時期に咲くなんて珍しいなぁ~」


 木の根元に隠れるように咲く青い花。

 私の小指の先ほどしかない、小さな小さな花。


 求婚する時。

 ダルフェはセランで作った小さな花束を、私に差し出した。


 小刻みに震える手で。


 あの時は、ばらばらだった体がまだ安定していなくて。

 1日の大半は溶液の中にいなくてはならないような、酷い状態だった。


 継ぎはぎだらけの。

 歩くことさえ困難な、あの身体で。


 地面に生えた小さなセランを摘み。

 花束を作った。

 

 

 私のために。


 

 セランを受け取ると同時に泣き出した私に驚いたのは、目の前の雄以上に……私自身だった。


 涙。


 母様が死んだときに、一生分使い切ったと思っていたから。


 これと出会った時。

 頭部以外はまともな形をしていなかった。


 死体だと思った。

 でも、緑の瞳が私を見たから。

 燃え立つような、鮮やかな緑色。

  

 その眼を見て。


 これは私の‘つがい‘だと。

 あの眼を見て、すぐに分かった。


 赤の大陸から来た、私の雄竜。


 私のつがい。


「ハニー。親父殿に報告したら宿舎に帰って飯食って、昼寝をしような? 子供達のためにも栄養たっぷりとんなきゃ。デザートにハニーの好きなカカエのプリン、作ったんだぁ~」


 腹の子の父親。


「昼寝はしない。午後は鍛錬場で過ごすわ。セイフォンの事を考えるとイライラして、しょうがないの。体を動かして気分転換したい……」


 ダルフェ。

 私のお腹には。


 子供達は、この子は……。


 駄目。

 言えない。

 

 言えない。

 口にしたら、きっと……私、泣いてしまうから。


 私は強くなきゃ駄目。


 強く。


 貴方を笑って送り出せるほど、強くならなくては。

 貴方の前では、強い私でいなくちゃ駄目。



 先に逝く、貴方の為に。



 強い妻であり続け、強い母になってみせる。


「そっかぁ、分かったよハニー。今日は全員そろってるし、久々に団長のしごきも刺激的でいいかもなぁ」

 

 ねえ、ダルフェ。 

 私のお腹にいるはずの娘は、何処に行ってしまったの?


 私と貴方の娘は、迷子になっちゃったのかしら?


 早く見つけてあげないと。

 きっと、どこかで泣いている。


 早く、見つけないと。

 間に合わなくなってしまう。



 私……私はっ!



「けどな、騎士連中を壊すなよ? 前回はやりすぎだった。溶液にぶち込まなきゃなんないとこまで、やっちまったからなぁ。手足をもぐのは禁止、特に頭部損壊は絶対駄目だからな、さすがに死んじまうぜ。了解? アリーリア」


 片目を瞑って言う夫に私は言った。



「善処するわ、テオ」



 

 早く、戻ってきて。


 母様のお腹に、帰ってきてちょうだい。


 ねぇ。

 どこにいるの?



 私の可愛いお姫様むすめ









 もうすぐ、帝都に冬が来る。


 私が生まれ。


 母様が死んだ、冬がくる。



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