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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
73/212

番外編 ~ハロウィン~

 私は毎日、お城の食堂に行っている。

 食堂は西棟にあり、お城で働いている人達の社員食堂的な施設で24時間開いていた。

 しかも食べ放題で、無料……社長、ありがとう!


 ここのお城は<王様の家>では無かった。

 竜帝さんの経営する会社の本社兼、社員寮。

 竜族の役所も兼ねていた。

 見た目はお城だけど、実際はずいぶんと現実的な場所だった。

 まあ、その方が馴染みやすい気も……晩餐会とか舞踏会とかあったら、かえってひいたと思うしね。


 昼食・夕食は食堂からテイクアウトし、居住区で食べている。

 夕食後に食器を返却に行った時に、翌日の朝食用のパン他をいただいていくのだ。

 前触れも無く転移で現れる私とハクちゃんに、少々おっかなびっくりしていた厨房の人達も最近はすっかり慣れてくれていた。

 竜帝さんが厨房の責任者の方と話し合って、私が食事を取りに行く時間をきちんと決めて。

 指定された時間に、ハクちゃんが術式で連れて行ってくれている。

 ハクちゃんが現れる時間が分かっているので、厨房の男陣はさりげな~く下がってくれているのだ。

 そして、昨日。

 厨房の隅にごろごろと置かれた‘あれ‘を発見したのだ。

 

 オレンジ色の大きなかぼちゃ。

 

 スイカ程の大きさの、鮮やかなオレンジ色をしたかぼちゃだった。

 帝都は秋。

 秋といえば。

 近年、お菓子メーカーも力を入れてきたからすっかり日本でも定着しつつあるイベント。

 そう、ハロウィンです!

 このかぼちゃはハロウィンのジャック・オー・ランタンに、ぴったりだと思った。

 かぼちゃを凝視する私の視線に気づいた厨房職員の方が、1個あげるわよと言って下さり……。

 私はお礼を言って、ずうずうしくも1番大きなかぼちゃをいただいてきた。

 私が選んだ大きなかぼちゃをハクちゃんが抱え……かぼちゃを抱っこするハクちゃんから、厨房の皆様がささっと目を逸らしたのはなんでだろうか?

 

 私がかぼちゃをルンルンで貰っていったことは竜帝さんにすぐに報告されたようで、私1人では食べきれない大きなかぼちゃをどうするんだと、女神様は南棟に現れた。

 竜帝さんの怪我はすっかり治ったようで、5日前には包帯も全部とれていた。

 露わになった指を飾る爪は、髪と同じ綺麗な青色だった。

 ハクちゃんも爪と髪は同じ色だけど、カイユさん達の爪は私と変わらなかった。

 四竜帝とハクちゃんが特別なのかな?

 

 かぼちゃでランタンを作るつもりなのだと話をしたら、彼も参加することになった。

 カイユさんとダルフェさんがお城を出て今日で11日目。

 あと数日で帰ってくるだろうと、ハクちゃんは興味なさそうに言っていた。

 カイユさん達がいない間、私とハクちゃんは竜帝さんと過ごす時間がぐんと増えていた。

 表情豊かな彼は、笑ったり怒ったり……どんな顔も美しい。

 でも。

 ふと、寂しげな眼でハクちゃんを見ている時がある。

 ハクちゃんは春になったら、黒の竜帝さんの大陸に引っ越さなくてはならない。

 ハクちゃんと四竜帝の間には、いろいろな決まりがあるみたいなのだ。

 拠点を移すだけでハクちゃん自身の移動は自由だから、全く会えなくなるわけじゃないけれど。

 今までのように、いつでも会うことは出来なくなる。

 竜帝さんは自分の大陸から、出てはいけないから。

 彼が赤ちゃんの頃から、ハクちゃんはこの大陸に居た。

 そのハクちゃんが、彼の側からいなくなる。

 口では「これで鬼畜じじいの面倒みなくて済んで、せいせいするなぁ~」なんて言ってたけれど。

 サファイアのような青い眼からは、彼の本当の気持ちが溢れていた。

 



 今日の勉強会は午前中で終わり(シスリアさんは午後から学習院で講義が入っていた)だったので、昼食後に温室で作業に取り掛かった。

 竜帝さんは自分の分だけじゃなく、ハクちゃんの分も厨房からもらってきてくれた。

 私とハクちゃん、そして竜帝さんの三人でそれぞれかぼちゃのランタン……ジャック・オー・ランタンを作ることになった。

 ハクちゃんと竜帝さんにハロウィンやジャック・オー・ランタンについて、一応ざっとは話したけれど。

 私自身が詳しくは知らなかったのでハロウィンの説明は、非常に適当なものになってしまった。

 私の住んでいた国に最近入ってきた外国の秋の行事で、かぼちゃで怖い顔のランタンを作り悪い霊やお化けをびっくりさせて追い払うお祭りである……と、あまりに大雑把な説明をした私に竜帝さんが言った。

「つまり魔除けの祭りか? ははっ……おちびにはおっかねぇじじいがくっついてるから、どんな魔物だって怖がって近寄らねぇと思うぞ」

 あまりに美しい女神様の笑顔は、まるで後光がさしているかのように眩しくて。

 思わず拝んでしまいそうになり。

 ハクちゃんとの決まりで、竜帝さんと私は2ミテ離れてて良かったとつくづく思った。

   

 

 ハロウィンのランタン作りは、私自身も初めてだった。

 家で飾ってるのはプラスチック製で乾電池式だったし……第一、アメリカのハロウィンで使うようなかぼちゃはめったに売っていない。

 売ってても高くて手がでなかった。

 かぼちゃに数千円出す気には、とてもなれないしね。

 でも、いつかはジャック・オー・ランタンに挑戦したいと考えていた。

 だから今日の私は、うっきうき~なのだ。

 底を切り取って中身をかき出し、かぼちゃに目と口を書いて切り取れば良し……楽勝だって考えていた。


 なめてました、ごめんなさい。


 こんなに大変だと思わなかったんです!

「うう~。な、何よこれ……岩石かぼちゃ?」

 硬い。

 とてつもなく、皮が硬かった。

 私の知ってるかぼちゃと全く違った。

 ナイフを刺すことすら出来なかった。

 野菜の硬さじゃないよ、これ。

 無理したら、ぺティナイフの刃が折れそう。

 でも、このかぼちゃは食堂のメニューにも良く使われてる。

 つまり、調理が出来てるってことだから……。

 むむ~、コツの問題なんだろうか?

 胡坐をかいた竜帝さんは足の間にかぼちゃを置き、難なく作業を進めてるし。

 私が不器用なだけ?

 でも、でもね!?

 かぼちゃの煮物は得意なのよ~!

「煮物……まあ、あんまり関係無いけど」

 床に置いたかぼちゃの前に座り、ちょっとだけいじけモードになった私だった。



「りこ。無理はするな、怪我をするぞ?」

「え……うん。思ってたより硬くて。どうしようかな」

 竜体のハクちゃんが私の手からナイフをとり、ぽいっと放り投げた。

 投げたナイフが竜帝さんのかぼちゃにサクッと刺さった。

 竜帝さんが文句を言ったけれど、ハクちゃんは知らん振りしていた。

 あれれ?

 ずいぶん簡単に刺さったね、やっぱりコツ?

「どれ、我が‘お手伝い‘をしてやろう」

 ふと見ると。

 ハクちゃんは自分のかぼちゃの底だけでなく、目・鼻・口も綺麗にくり抜き終わっていた。

 私がかぼちゃと格闘している間に……なんて仕事が早い!

 彼のかぼちゃは、中身をかき出せば出来上がりですね。

 ナイフ、持ってなかったのに。

「ハクちゃん、どうやったの……わっ!?」

 ハクちゃんの4本の指のうち1本の爪がシャキーンと伸びた。

「わあっ……ハクちゃん! すごい、すご~い!」

 伸びた爪でまるで柔らかなゼリーように、難なくかぼちゃの底の皮を切ってくれた。

 な、なるほど。

 こんなに切れ味抜群、伸縮自由自在の爪だったなんて。

 ハクちゃんが自分の爪を気にして、にぎにぎするはずだ。

「すごい? そうか。うむ、この爪がりこの役に立ったうえに褒めてもらえて、我は良い気分だ」

 オレンジのかぼちゃにちょこんと腰掛けて、短い足をぷらぷらさせたハクちゃんが。

 嬉しそうに、そう言った。


 爪。


 ハクちゃんは、いつも爪を気にしてた。

 鋭い竜の爪だからって……。

 なんか、こう……胸がじ~んとしてしまう。

「ハクちゃんの爪、とっても綺麗で素敵だと思う。私は好きよ……ありがとう、ハク」

 かぼちゃに座った可愛い旦那様に、思わずキスしてしまった。


「俺様、ここにいんだけど?」

 

 あ、そうでした。

 つい、その……うわあ、いつもの習慣でついついしてしまったあぁー!

 呆れたように言う竜帝さんに、ハクちゃんは切り取ったかぼちゃの底を投げつけた。

「いって~、このくそじじい! なにしやがるっ」

「無粋だぞ。お前には‘デリカシー‘が無いのか? さっさと作業を終えて、帰れ」


 デリカシー?

 ハクちゃん、貴方……デリカシーって言葉知ってたんだ。


「……お前さえいなければ。我は即、りこにお手伝いのご褒美をおねだりし、閨に直行しておるのだぞ!?」

 

 閨?


 閨……まさかっ!?

 ぎゃあああ~、なに言ってんのよぉ。

 今の貴方は念話で会話してるから、閨なんて難しい言葉使ったって私にも意味が分かるんですからね!

 閨って、つまり……べ、ベットってことでしょうがっ!

「ハ……ハ、ハクちゃんっ! 何言ってんのよ!?」

 一昨日、ちゃんと2人で話し合いをしたじゃないですか!

 人間の私には竜族のつがいみたいな、濃密でハードな蜜月期をハクちゃんと過ごすのは無理でして。

 私もそれに関しては、ハクちゃんに申し訳ないと思っていたから……かなり恥ずかしかったけど、和解案(?)を提案したのにぃ~。

「もお~っ……デリカシーが無いのは、ハクちゃんだよ!」

 真っ赤になっているであろう顔を隠して叫ぶ私に、竜帝さんは嫌そうに言った。

「おちび。誤解されるのが嫌だから言うが。良識ある俺ら竜族と、このじじいを一緒にすんのは勘弁してくれよ? このじじいははっきり言って、変人……別の生き物だと思ってくれ」

 うう、竜帝さん。

 了解です。

 私も薄々、そう感じてます。

 今まで会った竜族の人達と比べて、あきらかに……。

 ハクちゃんって、ちょっとへ……じゃなくて、個性的ですよね?




 竜帝さんは自分の作品を満足気に眺めながら、言った。

「今まで皮は捨ててたが、これなら皮も利用できて良い考えだな。切り込みの模様を工夫すれば、民芸品としても売れそうだ。かぼちゃの菓子とセット販売……季節商品としていけるな。南街の直営店で試験販売してみっか。製造部と打ち合わせして……でかしたぞ、おちび。褒めてやろう!」

 貿易会社だけじゃなく、鯰の養殖から何から……すごいですね、社長!

 あっぱれな商魂です。

「え、はい、女神様……じゃなくて、竜帝さん。今日はハクちゃんの分のかぼちゃを、ありがとうございました」

 にっこり笑顔の可愛らしいジャック・オー・ランタンを抱えた女神様は、そろそろ仕事に戻らなくてはと立ち上がった。

「気にすんな、ついでだったからな。あ、中身でパイを焼こう! これだけありゃ、学習院の餓鬼んちょ達に配れるくらい出来るな……生地は今夜仕込んで、明日に仕上げをすっかなぁ」

 かぼちゃのパイ。

 ダルフェさんのお菓子作りの師匠である、竜帝さんのパイ……うわぁ、美味しそう!

 ん?

 大き目のお鍋に満タン状態の、大量のかぼちゃの中身。

 1個1個が大きかったから、3個分の中身はかなりの量になった。

 パイもかなりの量になるんじゃ……。

「竜帝さん! 私も今夜の仕込みを手伝います」

 竜帝さんはぎょっとした顔で即答した。

「駄目だ。おちびを夜に連れ出すなんて……そこでかぼちゃを素手でほじってる、凶悪じじいに蹴り殺されるだろうが! おい、ヴェル。作業が終わったら、その鍋は厨房に持ってっといてくれ」

 ハクちゃんは黙々とかぼちゃに手を突っ込んでかき出し、せっせと横に置いたお鍋に中身を移してくれていた。

 オレンジ色の大きなかぼちゃと、小さな白い竜……まるで童話のワンシーンみたいで、とても微笑ましい。

 ビデオに撮って、永久保存版にしたいくらいだった。

 メルヘン、そう……まさにメルヘンの世界!

 こんなに可愛いハクちゃんの奥さんにしてもらえてたなんて……うう~、貴方はやっぱり世界一可愛い旦那様だよ。

「そんな大げさな。ハクちゃんも一緒に……」

「おっお前、こないだの悪夢を忘れたのか!? じじいにを厨房に入れるなんて、俺様は二度と嫌だあぁ~!」

 あ!

 シフォンケーキの試作の時……。

 確かに、想像以上のことが起こりましたが。

 私は、楽しかった。

 ハクちゃんのすごく一生懸命な姿に、私は感動したんだけど……確かに、竜帝さんは大変だったかもしれない。

「あの時の地獄絵図は思い出したくも……ぶぎょっ!?」 

 ひっ!?

 女神様の麗しいお顔がっ!

「我のりこを夜に連れ出すだと? <青>よ、貴様……よほど早死にしたいようだな」

 ハクちゃんのしっぽびんたを顔面にくらって、竜帝さんがよろめいた。

「ちょっ……こら、ハクちゃん!」

 ふわふわ飛びながら短い足をあげたハクちゃんを、私は慌てて捕獲した。

 さすが竜帝さん。

 ハクちゃんと赤ちゃんの頃からお付き合いしてるだけあって、お見通しですね。

 しっぽびんたをして、さらに蹴ろうとするなんてぇ~!

 あぁ、私のメルヘン世界が台無しだよ。

 メルヘンからバイオレンス!?

「行かない、行かないから! ほら。かぼちゃランタンを仕上げよう! 晩御飯を食べ終わったら、かぼちゃランタンに火をつけようね? ランタンの明かりで、ゆっくりとお茶するの……素敵でしょう?」

 私に抱っこされたハクちゃんは、金の眼をぱちぱちと瞬かせ。

「なるほど。それは……‘素敵‘だな」

 かぼちゃの付いた両手をにぎにぎさせて、言った。





 夕食後。

 ハーブティーとお菓子を準備して、温室に厚手のマットを敷いて……。

 こうして床に座ると、なんか落ち着く。

 ソファーよりこっちの方が、私的にはまったり出来るんだよね~。

 ハクちゃんと並んで座り、ジャック・オー・ランタンの鑑賞会を開催した。

 今夜は満月。

 月明かりで、ランタンをつけなくても結構明るかった。

 かぼちゃの中に立てた蝋燭に、竜帝さんが用意してくれたマッチで火をつけてみる。

 マッチは万国共通(?)なのか、私の知ってるものと変わらなかった。

「わあっ、いい感じだね」

 お店で売ってるような完璧なジャック・オー・ランタンは、ハクちゃん作。

 左右の目が離れてる上に、いびつで……涎流してるみたいな口をしてるのが私の作品。

 かぼちゃへの下書きの段階で、変な顔になっていたんだけど。

 切り取る時に微調整してなんて考えていたら、ハクちゃんはあっという間に下書き通りに綺麗に切ってくれて……。

 でも。

 こうして蝋燭のやわらかな炎を灯すと、私のかぼちゃさんだってなかなか素敵だと思う。

 まあ、ちょっと不気味だけど。

 ハロウィンなんだから、不気味さも必要よ!

「……ハロウィンかぁ」

 ハロウィンはお盆に近いものなんだと、妹が言っていた。

 日本では先祖や亡くなった家族が迷わないで帰ってこれるように迎え火をするのに、西洋では霊を追い払うためにランタンを用意するんだって言っていたような……。


 死んだ人の魂、霊。

 私……死んだら、どうなるのかな?

 元の世界にある死後の世界に、強制連行?

 元の世界。

 ここじゃない世界。


 ハクのいない世界。


 嫌。

 絶対に、嫌だよ。

 離れたくない、この世界から……ハクちゃんから離れたくない!

 こんなに貴方への未練たらたらな、焼きもちやきの私が死んだら。

 きっと、お化けになってしまう。

 もしも。

 お化けになった私を追い払うために、貴方が他の誰かと作ったジャック・オー・ランタンを用意したら……。

 ううっ、凹むどころじゃない。

 号泣ものだよぉ!


 妹のりえは、疑問を感じたらとことん調べるほうだったから話がちょっとマニアックというか、難しかった。

 私はハロウィンの飾りは可愛くて、大好きだったんだけど。

 由来にはあんまり興味が無かったから、ほとんど聞き流してしまっていた。

 真面目に聞いておけば良かったな。

 霊を追い払うためのかぼちゃ……それって、私の聞き間違えかも知れないし。

 ごめんね、りえちゃん。

 せっかく教えてくれたのに……。

 ごめんね。

 いなくなって、ごめんなさい。

 私はりえちゃん達より、ハクを選んでしまったの。

 許してなんて、言えない。

 家族を捨てた私には、許してなんて言う資格は……。

「うふふっ……ナスときゅうりのお馬さんより、ここにはかぼちゃが似合うね」

 泣くな、りこ!

 顔に出しちゃ、駄目。

 ハクの前では……。

「ねえ、ハクちゃん。来年はカイユさんとダルフェさんと……ジリギエ君も一緒に皆でランタンを作ろうね。黒の竜帝さんの大陸にも、オレンジ色のかぼちゃがあるといいな」

 笑おう。

 私は、笑える。

 貴方の隣にこうしていられることが、私の幸せだと気づいたの。

 私は、幸せ。

 とても、幸せ。

 貴方が私の‘幸せ‘なのだから。

 だから、笑える。


 私は、笑える。



 

「ハクちゃん……『Trick or Treat?』……ふふっ!」

 ハロウィンといえば。

 かぼちゃ……そして、これよね。

「異界の呪文か?」

 ハクちゃんがほんの少しだけ首を傾げた。

 呪文……彼の耳には、そんな風に聞こえたのかな?

 そっか、今は人型だから言葉の意味が通じないものね。

「トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃ、いたずらするぞって意味なんだって」

 多分、これはあってると思う。

 以前買い物をしたハロウィン用のお菓子コーナーに、そう書いてあったしね。

「いたずらと菓子か。異界は変わっているな、人間とは菓子より金品を好むと我は思っていたのだが。ふむ、菓子……甘味か。りこ」

 ハクちゃんはまるでマジシャンのように、一瞬でどこからか出した真珠色のかけらを1粒摘み。

「りこ。あ~ん」

 私の口に、ころんと入れた。

「むふ、甘~いっ」

 右手を私の顎に添え。

 甘いかけらを味わう私の唇を、ハクちゃんは親指でゆっくりとなぞった。

「ハクちゃん? ……っ」

 見下ろす金の眼に、間抜けな顔をした私が映っていた。

 眼を見開き、半開きの口……。

 そうなっちゃうのも無理は無い、と思います。

 だって、そのっ!


「……りこ」


 蝋燭の明かりは女性を綺麗に見せるんだって、前に聞いた気がするけれど。

 男の人だって、綺麗になるんだと知った。

 オレンジの明かりに照らされて、真珠色の髪も白い肌も色を持ち……黄金の眼が、いつも以上に妖しく輝いて。

 綺麗というより幻想的で。

 眼が、離せない。

 目の前にいるのに、私から貴方に触れたら……消えてしまいそう。

 全ては夢だったと……この世界も、貴方も。

 貴方が、消え……っ。

「ハクちゃ……ん。私っ……!」

 なんだかとても怖くなって、ハクちゃんをしっかりとこの手に掴んでおきたくて。

 夢なんかじゃないって確かめたくて。

 ハクちゃんに両手を伸ばし……あれ?

「ちょっ!?」

 仄かなオレンジ色に染まった長い髪が、私にふわりと降り注ぎ。

 正面には、ランタンの明かりが眩しいのか……細められた切れ長の眼を持つ、怜悧な顔が。

 か、顔が近っ……!

 いつの間にか左腕を、私の腰に絡めるように回し。

 顎に添えられた右手で、私の顔をゆっくりと撫で上げ。

 ハ、ハクちゃん!

 これは……お茶を飲む体勢じゃないと思います!


「りこ、『Trick or Treat?』だ」


 はい?  


「お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ……だったな?」  

「ハ……クちゃ!?」


 い、い……たずらですか!?


「りこよ。くくっ……さあ甘味をくれ。それとも我に悪戯されるか?」

 ハクちゃんが悪戯なんて、想像できない。

 でも。

 ハクちゃんが、甘いものを欲しがるなんて初めてだ。

 食べる必要とその気が無いだけで、食べることが出来ない身体ではないって……こないだ言ってた。

 シフォンケーキを試作したり、かぼちゃと触れ合ったから……食べ物に興味を持ったのかな?

 甘味……お菓子!

「え~っと、クッキーとチョコがあるけど。どっちが欲しいの? 両方?」

 ナッツのクッキーはパスハリス君、ドライフルーツが入ったチョコレートはオフラン君がくれたのだ。

 彼らがよく行く、市街にある小さなお菓子屋さんの人気商品なんだと言っていた。

 甘さ控えめで男の人にも食べやすい味だったから、ハクちゃんにも受けるかも……。

「どちらもいらぬ。我は菓子は食わぬ。……我の味覚は、りこ専用なのだから」

 ハクちゃんは私の左の耳に微かに触れさせた唇で、囁くように言った。

「ちょっ……んっ!」

 ひいぃ~っ、絶対にわざとだぁ!

「りこ……『Trick or Treat?』」

 うぎゃああ!

 くわっ、くわっわわぁ……咥えたまま喋るのは、やめてって昨日も言ったでしょうがぁ~。

 これはちょっと苦手というか、困るというか弱いというかっ……そのですねっ!

 どわわぁ~!

 な……ななな舐めっ!?

「ハ、ハクちゃん! やめっ……」

 ハクちゃんの腕から逃げようとしたけれど。


「菓子などいらぬ。我が欲しいのは、りこだけだ」


 貴方の声に、言葉に……捕らわれてしまった。






 りこ だけ


 




「……私、だけ?」


 それは魔法の言葉。



「そうだ。我にはりこだけだ」


 貴方の事しか考えられなくなってしまう、秘密の呪文。



「わ……私もっ」


 夢中で縋り。

 引き寄せた。



 頭の中が、真っ白になる。



「ハクだけっ……貴方だけで、いい!」



 貴方の色に、満たされる。




 あなた だけ


 ハク だけでいい 










「なるほど。ハロウィンとはなかなか‘素敵‘だな。……年1回ではなく、我は毎日でも良い」


 ん……ハクちゃんの声だ。

 何?

 なんて言ったの……ふわぁ。

 身体がふわふわして、手足の先までほかほかして……とっても眠いの。

 ハクちゃん、私……寝ても良い?


「ああ。安心して休むが良い……ランタンなど無くとも、りこには我がいる。我が全てをかけて、貴女を護る」


 うん。

 じゃあ、ずっとこうしていてね。

 私が眠っても……離さないでね?


「……我はりこの望むままに」


 うん、ありがとうハクちゃん。

 おやすみなさい。


「おやすみ。我のりこ」



 その夜の夢は。

 ハクちゃんに一番似合いそうなドラキュラの衣装を注文すべく、ネットで探しまくるというものだった。

 来年は。

 仮装も提案してみようかな?





挿絵(By みてみん)

<~HalloweenNight~>

吸血鬼ハクと魔女りこの素敵なイラストを「やえ様」が描いてくださいました!


注:このイラストの著作権はイラスト作者である「やえ様」にあります。

(いくつかの注意事項を厳守すれば小説家になろう運営様から第三者のイラスト使用許可が出ます。詳しくは活動報告に記入しておきますので、そちらをご覧下さい)

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