閑話
「ハクちゃん、狩りに行ったんだよね? 竜帝さんにあげるお肉を捕りにいったんでしょう?」
温室の金魚にパンをあげていたら、ふと、気になったので……。
あの時は頭がぽわ~ん状態だったけど、狩りに行くって言ってたのは聞こえていた。
狩り→お肉→竜帝さんにあげる
そう思ってた。
私はお肉より、お魚が好きだし。
「肉? まあ、あれも肉ではあるな。りこの元に帰る前に、贈り物として渡してきた」
ハクちゃんは私の指先から視線を離さず、言った。
パンをちぎって、指の腹でくるくるして丸める作業を彼は見ているのだ。
金魚の食べやすい玉を作るのを、興味深そうに見ている。
これのどこら辺がそんなに凝視するほど面白いのか、私には分からないけれど。
なんたって謎感性の持ち主だしね。
そして本日も黒い服。
いろいろあったあの日、白を着てくれたけど。
何故か魔王様パーセントがアップしちゃってた。
なんか、もう。
黒でもいいかなぁ~って、思うようになってきてしまった。
う~ん、重要なのは色じゃなくてデザインなのだろうか?
「ふ~ん。じゃあ、晩御飯に間に合ったね! ねぇ、狩りで獲ってきたのは何のお肉?」
狩り。
狩り……う~ん。
私のイメージとしては鹿とか、鴨とかなんだけどな。
あ、あと猪……。
「豚」
豚?
豚。
野生の豚がいるの?
野良豚?
「狩りで豚……そうなんだ。ハクちゃんが豚さんを……むふふっ」
なぜか。
大きなピンクの豚をおんぶする、怜悧な美貌の魔王様を想像してしまった。
「豚の頭部をやったのだが、喜ばなかった。……りこ、我もパンを丸めてみたい」
差し出された手のひらに、ちぎったパンをのせてあげた。
「はい、これを丸めてみてね。……豚の頭だけなの? 喜んでもらえなかったのは、頭は食べるところがあんまり無いからだと思うの。1頭丸ごとプレゼントすれば良かったのに……あれ? ほかの部分はどうしちゃったの?」
大理石でできた池の枠縁に2人で並んで腰掛けて、せっせとパンをちぎって丸めた。
真珠のような爪を持つハクちゃんの指が金魚用のパンを丸め、出来上がると私の膝に広げたハンカチに置いてくれる。
なかなか上手だね、うん。
「他の部分? うむ、まあ……手違いで、潰してしまったのだ」
潰した?
ハクちゃんは握力(?)が強いみたいだから、加減を間違えたのかな……。
彼の私に対する力加減は、もう完璧だと思う。
でも。
まだ時々、無意識に手をにぎにぎしているときもある。
基本的に力加減が苦手なのかな?
そんな自分をけっこう気にしてるのかも。
ハクちゃんは無表情悪役顔からは想像できないくらい、繊細なときもあるんだから……。
「そうだったの。頑張りすぎて、力が入り過ぎちゃったのかもね。竜帝さんも分かってくれるよ、きっと」
もしかして。
だから帰ってきた時の様子が変だったのかな?
失敗しちゃって、落ち込んでたのかな……。
「……あ、けっこうな量になったね。ほらハクちゃん、見て。金魚が水面に集まってるよ! お口をぱくぱくして、ご飯頂戴っておねだりしてる。可愛いね~、やってみたかったんでしょう? さあっ、ハクちゃんも餌をあげてみて」
切れ長の眼を細め、ハクちゃんは首を傾げた。
「はて? 我は魚に興味など無い」
あれ?
「魚に餌を与えるりこの表情が、我は好きなのだ」
は?
「餌を多く作ればいつもより長い時間、餌やりができるだろう? 我は魚を愛でる可愛らしいりこをその分、長く堪能できるということだ」
ぶぶっ!?
ぎょわわあぁ~!
は、恥ずかしいことをっ……ハクちゃん、貴方の目はやっぱり変だよ。
「多くの餌を毎日与えれば、この小魚も食用に適する大きさになるのではないか? 色も朱紅魚に似ておるし……うむ。これらがもう少し育ったら、釣りの練習ができるな」
釣り……このお洒落なお池を、釣堀にする気ですか!
それに食用って言った!?
「いっ……嫌よ! 私、この金魚は食べたくないっ」
そう言った私にハクちゃんは。
「……そうか、これは美味くない種だと<青>が言っていたな。すまぬ、りこ。我が悪かった」
まずいから食べたくないんじゃなくてですね!
む~ん。
「さあ、りこ。これらに餌をやるがいい。我はここで見ているのでな」
「え、あ……うん」
ちょっとばかり、理由が違うんだけど。
ま、いいか!
今日はこれから新しい先生と顔合わせだから、私としてはそっちの方が気にかかるんだよね。
昨日……竜帝さんにどんな人って質問したら、彼はハクちゃんをちらりと見て……言った。
ーヴェ、ヴェルの許容範囲だと思うぞ。
それって、どういう意味なんだろう?
ハクちゃんが金魚食用計画をあっさり止めてくれたので、「まあ、いいか」とこの件をそのままにしたのを後悔したのは数日後の朝だった。
「あれっ? 金魚さんがいないっ、1匹もいない! ……うわわっ、なによこのでっかくてグロテスクな生き物は!?」
日課となった金魚の餌やりをしようとした私が見たものは。
1メートル弱はありそうな、黒くてぬるっとした……鱗の無い丸々と太った生き物だった。
「この帝都周辺で獲れる魚は、これが最も美味だと<青>が言った。りこを驚かせようと深夜にこっそり入れておいたのだ! 嬉しいか? 肉より魚が好きだろう?」
竜体のハクちゃんが、水面ぎりぎりをふわふわ飛びながら得意げに言った。
勉強会のある週4日は、ハクちゃんは夕方まで竜体で過ごしている。
私の勉強を念話でサポートしてくれてるのだ。
優しい旦那様なんです。
しか~しっ!
「ハクちゃん。こ……これ、鯰だよね? き、金魚さんはどこに……?」
鯰って、小魚を食べ……うそっ、まさか。
「金魚? さあな、我は知らんぞ。りこは不味い観賞魚より、美味い食用魚の方が喜ぶかと……むむっ? もしかして、鯰は魚ではないのか?」
げげっ、やっぱり!
金魚を他へ移してから鯰を入れたんじゃないんだあぁぁ~。
「ち、ちがーう! そうじゃなくて、違うよぉ~! ハクちゃん、なんてことすんのよ!!」
「やはり鯰は魚なのだな。では、何を怒っているのだ? りこはこれが気に入らぬようだな。うむ……大きさか! よし、もっと大きいものを<青>に捕獲させよう。これを獲るのに適した時間は夜中なので、今日はこれで我慢してくれ」
な、なんですとぉー!
まさか……竜帝さんに鯰を捕まえに行かせたの!?
あの美しい女神様に、鯰獲りをさせるなんてっ!
しかも深夜にかー!!
「こ・こ・こ、これでいいから! うん、気に入りましたから!」
これもやっぱり、自業自得?
あの場できちんと、話し合うべきだったんだあぁ~。
竜帝さん・金魚さん、ごめんなさい!
「そうか、気に入ったのならば良い。人間の女共には、これの煮込み料理が美容に良いと流行っているらしいぞ? 儲かりそうなので、<青>が年明けから養殖を始めるらしい」
小さな白い竜の姿をしたかわゆい旦那様は、金の目を細め。
池の中の鯰を満足気に眺めて、そう言った。
一晩で金魚さん達を完食したこの鯰さんは、図鑑で飼育方法を調べていたら雌だと判明した。
私は彼女を‘ナマリーナ嬢‘と名づけた。
図鑑によると生後半年で、3メートル位に育つらしい。
春になったら湖に放そう。
秘かに誓った私だった。
*背景画像はねおばーど様にいただきました♪
ねおばーど様、ご指導ありがとうございました。