第6話
「なるほど! すごいね、ここのトイレって」
セクシー熟女の教えてくれたトイレの使い方は近代的というより未来的……いや、ミラクル?
私は便座に座って桃色の紙をくしゃくしゃ揉みながら、扉の向こうで待っているハクちゃんに話しかけた。ハクちゃんにはかなり離れてても私の声が聞こえるみたい。
ハクちゃんに意識をきちんと向ければ、声に出さなくても念話は成立してるし。
「りこ、りこ。早く出て来い」
「はいはい。ちょっと待ってね」
さっきのやり取りを思い出し、急ぐことにした。
揉んでいた紙はとても柔らかくなり、ソフト・ダブルのトイレットペーパーみたいな感触だ。
ふむ、これは快適。
次に水色の紙を便座に入れると……おお! 紙が水に変化し、一気に流れたよ。
けっこうな水量ですね~。
マジックみたい!
だからタンクがなかったんだね、不思議な紙!
クリーム色と桃色の紙はつまりトイレットペーパー。
クリーム色は男性用。桃色は女性用。
使用感は同じだけど、そういう決まりだそうだ。
そして水色は水! これは本当にびっくりした。
摩訶不思議よね~。
洗面台に移動し(広いんだよね、ここ)手を洗った。
陶器製で薔薇の絵が全体に施されていた。
庭園で見た花かな?
蛇口は二つ。
ピンクの取っ手はお湯。
青は水。
お湯が出るなんて科学力は日本と同じ……?
でも電気が無かったし、服装も中世みたいだったな〜。
「まだか? りこ、りこ~!」
ハクちゃんが痺れを切らす前に急がねば!
私は顔を適当に洗い、備え付けのタオルで拭き拭き洗面所の扉を開けた。
「無事か、りこ! 困らなかったか? うまくトイレはできたか?」
当たり前でしょうが!
いくつだと思ってんの、26だよ。
しかし……君は困ったちゃんだね。
さっきも大変だったし。
私のトイレ宣言にハクちゃんはかなり慌てた様子で、彼等(イケメン君・美少女・他3人)に念話を使い言ってくれた。
ハクちゃんが彼らに向けた念話の内容は知らないけど、すぐに美女が顔を上げ何か言った。
うわぁ……すごい胸!
肩がむき出しのセクシードレス。
スリットから艶かしい脚が……なんかエロかっこいい人だ。
「りこ。この者がトイレの使用方法を説明する。我が通訳するから問題ない。こい」
「うん」
他の人は顔も上げず、全く動かない。
なんか異様だけどトイレが先だし。
言葉と身振り手振りで美女が説明してくれる。
それをハクちゃんが私に教えてくれた。
さあ、やっとトイレタイム開始……にしようとすると困った事態になった。
ハクちゃんが出て行ってくれない。
「外に行っててよ。トイレは1人でするんだよ」
「我らは‘つがい‘だ。離れるのは許可できん。それに危険が迫ったらどうする! 我はりこを護るのだから」
トイレで危険?
なんだそれ?
配管の故障で逆流が起こり、私が汚物の波に攫われるとか?
んなこと、あるはずない!
「駄目。絶対に駄目! 早く出て行ってよ」
美女がそっと1人で出て行った。
あっ!
ハクちゃんも連れてってくださいよ~。
「とにかく駄目なの! 私は人間なの! 竜の決まり事を押し付けないで」
トイレ我慢が限界に達した私はハクちゃんの胴をがしっとつかみ、ドアの外にぽいっと放り投げて乱暴に鍵を閉めた。
よくよく考えたら酷い態度だったけど、その時はそれどころじゃなかったから……。
洗面所から出で来た私に、ハクちゃんは羽(翼?)を忙しなく動かしながら言った。
「すまなかった、りこ。我は人間の生活について不勉強だった。今後はもっと知識を得て、りこの役に立てる我になるぞ! ……だから嫌わないでくれ。側に置いてくれ」
ハクちゃんがトイレの使い方を知らなかったから、怒ったと思ったのかな?
「嫌いになんて、ならないよ。ただ、トイレはこれからも入ってこないでね。私はそういう生活をしてきたの。分かってね?」
また手をにぎにぎしてる。私に触りたいのかな。
やっぱり、可愛いな。
私から手を伸ばし、ハクちゃんをそっと抱っこした。
金の眼が細くなった。
人間と違って表情は無いけれど、この眼がこの子の感情を伝えてくる。
安心したのかな?
「ハクちゃんが通訳してくれたから、すごく助かったんだよ?ハクちゃんのおかげだよ」
「りこ」
この世界で私の味方はハクちゃんだけ。
身体の、心の奥から染み出してくる想い。じんわりと……でもそれは濃く、深い。
ワレハ ツガイ ワレハ リュウジュ ワレハ ハンシン ワレハ セカイ
「りこ……りこ?」
「……なんでもないよ、ハクちゃん」
ハクちゃんを抱っこしたまま私は固まった。
な、何事? 何が始まったの?
次々に運び込まれるきらびやかな布。服?
いつの間にか室内が様変わりしてる。
あれ、面子も変わってるし!
おじ様2人が居なくなって……侍女さんらしき人達が群れをなしているではありませんか。
白いブラウスに紺のロングスカートの女性達は服(ドレス?)・靴・花・装飾品らしきジャラジャラしたもの等々をきびきびした動きで運び、ハンガーラックのような物に服をかけたり箱から下着(?)のセットを取り出したりと忙しそう。
そんな部屋でイケメン君と美少女はさっきと変わらない……片膝ついて、頭をさげたまま。
トイレ先生の美女は侍女さん達に指示を出してる。
言葉は分からないけど、雰囲気で察する。
『それ、色味はいいけどサイズが大きいわ。下げて。入浴の準備! はやくなさい。ああ、そのドレスはだめね。露出が多いわ。竜族は嫉妬深いからデザインは清楚・可憐な物だけにして』
深々と頭を下げ、三人の侍女さんが洗面所に入っていった。
なんか少し……震えてなかった?
気のせいかな?
「ハクちゃん。皆さん、どうしたの?」
まさか……あの貸衣装屋状態って、まさか。
「ふむ。りこの着替えだな。人間は着替えを毎日すると聞いたぞ?あの女に用意するように言ったのだが」
「え?いつの間に……ってか、こんなの困る」
あんなぶりぶり・ひらひらなドレス、恥ずかしい!
貸してくれるなら侍女さんの着ている様なのを希望したい。
ああ、そうだった。
これも重要だし。
「ねえ、あの2人。何であのままなの?」
どう考えたって変。
不自然だよ。
「ああ。あれは<処分>を待っているのだろう」
処分待ちってこと?
なんで?
悪いことしたの?
「悪い人には見えないけど。昨夜も親切にマント貸してくれたし」
マントを返さなくちゃね。
すっかり忘れてた。
確かソファーにかけて……。
「ふむ。<処分>対象は娘の方だがな。男はりこ次第だ」
「ハクちゃんが処分するの? なんで?」
そういえば、ハクちゃんって何者?
ただの竜じゃないってこと?
さっきだってハクちゃんに跪いたんだよね。
もしかしてすごっく偉い地位にいるとか……。
言葉使いも偉そうだし、基本は俺様だし……。
「りこはどうしたい?」
へっ?
「あの娘。ミー・メイが術に失敗し、りこはこの世界に落とされた。そしてミー・メイは男の希望で異界から無機物を取り出す術式を行った」
失敗……失敗?
「くだらない誕生会の余興だ」
余興……余興?
「異界から無機物を取り出す術は許可されている。だが生物は禁止だ。虫1匹でもな。この世界の生態系に影響が出るとまずい。我は禁を犯した者を<処分>する。この世界の決まりだ」
世界の決まり……。なんでハクちゃんがそんな重要な事をしてるの。
小さい竜のハクちゃんは、この人達にとっては何なの?
「ハクちゃんって……神様?」
日本では竜……龍は神様とか神獣だった。
空想上の。
「我は‘神‘などという不確かな存在ではない」
ハクちゃんは小さな頭をそっと私の胸に寄り添わせて、言った。
「我は<監視者>。<秩序>の<管理者>。監視し、管理する者。永久の存在」
念話の‘言葉‘が頭に響き、心を震わせる。
「我はりこの‘つがい‘。ずっと……りこを探していた」
「わかった?絶対だからね、ハクちゃん」
私達はまださっきの場所に居た。
洗面所前で会議中。
私は決めた。
私は私のやり方であの二人……美少女ミー・メイとインメン君に、責任をとってもらうのだ。
誕生会の余興。
しかも、失敗なんて酷い。
「通訳は私の言葉をそのまま伝えて。ハクちゃんの言葉・考えは混ぜないで」
ここの人達はハクちゃんを敬う……っていうより恐れてる気がして念を押した。
洗面所に行った侍女さん達はハクちゃんの近くを通るのが怖かったから、震えてたんだよね。
「分かった。我はりこの望むままに。で? 処刑方法が決まったか?」
やっぱり<処分>って、そういうことか!
ハクちゃんは今まで沢山の人を……?
でも、ここは異世界だ。
そういうものだと言われたら何もいえない。
それに私の世界にだって処刑……死刑はある。
死刑があるってことは、それを執行する人が居るってことだし。
仕事として行う人達が、日本にも海外にも存在してる。
私には処刑を否定する知識も、権利も……勇気も無い。
「違うよ。私は今後の私達の為に良いこと考え付いたんだよ」
ああ、視線を感じる。
侍女さん達が不安そうにチラ見してるし、美女がこっち来るし~。
『お待たせしました。お気に召すものがあれば良いのですが』
「好きな物を選べと」
ハクちゃんの通訳はニュアンスが間違ってると思う。
だってこの人は、優しく丁寧に喋ってる感じがするのに。
「ハクちゃん、約束守ってね。私の言葉で伝えてね」
「うむ」
私はハクちゃんを信じてるよ!
俺様は封印だからね!
「先ほどは、有難うございました。衣類も用意してもらい感謝します。でも、着替えの前にあそこの二人に大事な話があるんです。他の人は退室して下さい。話が終わったら声をかけますから」
頑張れ、私!
ここで生きてくために……踏ん張れ!




