第65話
私は、ハクちゃんといたした。
まさに<水の滴るような良い男>状態のハクちゃんと……今度はちゃんと、最後までした。
もちろん、怪我なんかしていない。
記憶も無くならなかった。
ちょっとあやふやな部分もあるけれど、それは……私の所為じゃないと思う。
いたした後は心身共に、疲れ果てた。
ハクちゃんが寝ても良いって言ってくれたので、お言葉に甘えてぐーすか寝た。
そして、気分爽快すっきり目覚めると……アイボリーのガウンを羽織り、ベットに腰かけて私を覗き込んでいたハクちゃんがおはようって言って、キスしてくれた。
ハクちゃんの目元が、普段より微かに色づいてることに気がついて……心臓がドキドキした。
そこに触れてみたくなり、寝たまま手を伸ばそうとして自分の身体の異変に気づいた。
寝起きは悪いほうじゃないのに、なぜか身体がうまく動かせない。
身体の内側がほわほわというか、じんじんというか。
気分はとっても良いのに……唇もしっかり動かせなくて、おはようって言えなくて。
「……ぁ、ハ……?」
ハクちゃんは戸惑う私をそっと引き寄せ膝に乗せ、顔中に唇を落とながら髪や背中を優しく撫でてくれた。
素肌に触れる大きな手の感触に内心、かなり照れつつも……眼を閉じて、うっとりしてしまった。
とても気持ちが良くて、自分が猫にでもなった気分だった。
咽喉を鳴らして、もっともっととおねだりしちゃいたいくらい。
身体にたいしての不安感はなかった。
この感じは……ハクちゃんのかけらを食べた時に、良く似ていたから。
あぁ、私はこの人に愛されたんだ……って、改めて実感した。
徐々に感覚もしっかりしてきて、身体も動かせるようになってきたので自分からハクちゃんにキスをした。
心を込めて、‘ちゅう‘をした。
ハクちゃん的表現だと、まさにらぶらぶな良い雰囲気だったのに。
ぐぐぐぎょ〜うぅ。
「りこ……今、腹が鳴ったな?」
私のお腹が鳴った。
恥ずかしさのあまり、あわあわと寝具に潜ってしまった私にハクちゃんは言った。
「我の所為だな。りこを飢えさせてしまって、すまない。すぐに食事を用意させる」
いたたまれなくて、顔を出せない私を寝具の上から優しく撫で、ハクちゃんは寝室を出て行った。
パタンと扉の閉まる音を聞き、慌てて掛けふとんを跳ね除けた。
ハクちゃんが悪いんじゃない。
彼は途中で、ちゃんと聞いてくれたものっ!
−りこ、りこ。カイユが居間に、茶を準備したと言ってるぞ。茶菓子にアダのタルトを用意したと……どうする? 茶にするか?
私、それどころじゃなかったから、いらないって返事を……だって、えっと、そのですねっ!
だから、お腹空いたのは自業自得なのであってハクちゃんのせいじゃ……。
あれ?
あ、あの状態で普通、お茶がいるとか聞く?
さすがハクちゃん、恐るべし!
しかも、カイユさんがってことは……。
ま、まさか……!
扉の向うでハクちゃんに「お茶ですよ」って、言ってたってこと?
私は全く聞こえてなかった。
ハクちゃんの事しか考えられなくて、彼の声しか耳に入らず……は、は、恥ずかしすぎるっ。
そういえば今、何時?
うわわ〜六時過ぎてる!
「まずいっ……晩御飯の準備に、ダルフェ達が来てるかもっ!」
うっとりタイムと、お腹を鳴らすという失敗に気をとられてましたが。
あのハクちゃんを1人で行かせるなんて……誰に何を言うか、考えるだけで恐ろしい!
またも、エッチについてべらべら喋ってたらっ……あの人ならやりかねない!
私は大急ぎで服を着て、居間に向かった。
お風呂に入りたい気もしたけれど、意外にも身体中さっぱりとしていた。
ま、まさか……ハクちゃんが、拭いてくれたんだろうか?
私が着替えて居間に行くと、ハクちゃんとカイユさんがいた。
何か話していた2人はぴたりと会話を止め、私を見た。
「あ、う、えっと……」
挨拶、なんて言うべきでしょうか。
「見るが良い、カイユ。ほら、りこは無事だろう?」
ハクちゃん金の眼を細め、顎を少し上げ得意げに言った。
ガウンをだらしなく着て、ふんぞり返ってソファーに座ったハクちゃんは相変わらずの無表情。
でも、その眼は……いつも以上に柔らかく蕩けるようで、彼が非常に御機嫌なのだと私にはわかった。
基本的に無表情なハクちゃんだけど、彼は眼に感情が表れる。
瞳孔の変化が最たるもので、今日の午前中もびっくりしたし。
今の彼の眼は、ずぶぬれの姿で私を求めてくれた時と全く違う。
あの時は……とっても綺麗に微笑んでたのに、瞳はどこか悲しげだった。
それを見た私はなんだかとっても切なくて、愛しい気持ちがぶわわ〜って込み上げてきて。
私、自分から……。
「りこ。立っていないで、ここに座れ。まだ身体が安定しとらんのだから」
人生最大の大胆行為を思い出してしまい、脳が沸騰しそうな私にハクちゃんが自分の隣をぽんぽん叩いて言った。
「あ、う、う、はいいぃっ!」
とりあえず、ハクちゃんの隣に腰を下ろした。
背筋をびしっと伸ばし、ぎゅっと握った両手を膝の上に置きカチンコチン状態の私に、カイユさんがいつもと変わらぬ優しい笑顔で言った。
「トリィ様。クッションを……こうするとほら、楽な姿勢をとりやすいですよ? 食事の仕度や片付けのお手伝いは、今日は無しです。カイユとダルフェにお任せ下さいませ。さあ、もう少しここで横になって休んでいて下さい」
カイユさんは私の身体に手を添え、ゆっくり撫でてくれた。
「カイユ、ありがとう。……お茶、ごめんなさい」
そう言った私に聞こえてきたのは、カイユさんの澄んだ声ではなかった。
「カイユよ。今回は巧く交尾できたので、心配は無用だと言っただろうが。まったく……お前は何故そう、疑り深いのだろうな。我はりこの身体に、噛み跡1つすら付けなかったのだぞ?」
ちょっ!?
「ヴェルヴァイド様には前科があるからです」
カイユさんは、即答した。
「……前科だと?」
額にかかる真珠色の長い髪を鬱陶し気にかき上げていた白い手が、ピクリと止まった。
そんなハクちゃんを綺麗に無視し、カイユさんは私の顔を覗き込んで言った。
「お腹、空きましたでしょう? 今夜は特別な料理ですから、いつもより準備に時間がかかります。紅茶と焼き菓子を用意してありますから、ここでのんびり待ってて下さいね」
カイユさんとハクちゃんの微妙な空気にあせる私に追い討ちをかけるように、ハクちゃんは謎の思考回路発言を開始した。
「カイユ……いいか、良く聞け。りこはお前と茶をするよりも、我との交尾続行を選んでくれたのだぞ! お前にも茶菓子にもプリンにも、我は勝ったのだっ!」
「……は、はあ。そ、そうですか」
カイユさんは自分にかけられたハクちゃんの言葉に、非常に困惑したような表情を浮かべていた。
どちらかというと、困惑を通り越して……呆れの域に到達してそうだった。
そんなことはお構いなしに、御機嫌な魔王様は突っ走って下さり……。
「さあ、りこからもカイユに言ってやるが良い。りこにとって<世界一愛している大好きな、大切な人>である我は、今回はちゃんとりこを気持ち良くさせて、りこは大満足なのだとな」
ひ……ひいぃぃっ!!
な……なに言ってんですか、ハ、ハ、ハクちゃん。やめっ……!
「我はりこの体のことは、既にりこ本人より詳しいのだ。今回摂取した体液からの情報も、とても参考になった……いろいろな意味でな」
大魔王様から次々飛び出す言葉に脳を連打され、私は意識を失いそうに……あぁ、気絶できたら良かったのに。
あのお綺麗な顔に付いている危険な口を、塞いでしまいたい……縫い付けてしまいたいのに、ショックのあまり身体が硬直して動かな〜いっ!
「あぁ、我は幸せ者だ。我はりこにとって、初めての男だったのだ。人間の女で26なのにだぞ? うむ、まさに奇跡だな」
26で処女って、こっちの世界でもあんまり無いってこと!?
ってか、ばらすなー!!
顔が引きつるのが、自分でも分かる。
文句を言いたいのに、言葉が……声が出ない。
「先ほどのようにりこの体力に合わせ、きちんと加減すれば身体への負担が無いであろう? しかも、1回で我慢したのだから……りこ、我はえらかっただろう?」
どわわわあぁーっ!
その1回だってとんでもなかったくせに、何言ってんのよぉ!
やだよぉ、もう言わないで。
奇天烈で謎の感性を、今だけでも引っ込めてー!
お願いだから、やめ……!!
「それに……やはり乳は、大きければ良いというものではないな。乳牛では無いのだし」
ちっ……ちちちっ、乳!
「気にするな、りこ。りこのささやかで愛らしい乳が世界で一番好きだぞ?」
さ、ささやか!?
「む? 人間の女の乳は揉むと大きくなる可能性があると、ダルフェの本に書いてあったような……」
ハクちゃんの両手が私の胸に伸び。
下からすくい上げるようにして、添えられ……。
ふにふに、ふにふに。
「ふむ……りこ、我に任せるが良い! りこが乳の大きさを気にするようならば、夫である我が協力を……ぶはっ!?」
クッションを掴み、力いっぱい振り落とした。
「なっ、何すんのよ!? ハクちゃんの変態……ばかばかぁ〜! 乳を気にしとんのは、お前だー!!」
私はクッションでハクちゃんを連打した。
「へ、変態……何故だ? 先ほどは、あんなに悦んでいたではないかっ」
よ、よろこっ!?
このデリカシー無し君めっ!
「さ……さっきは、交尾真っ最中だからでしょうがっ!」
ああ、私まで交尾なんて言葉を叫んでしまうなんて!
かなり、ハクちゃんに感化されちゃってるよぉおおお!
こんな私、い・や・だー!
お腹鳴っちゃうし、ハクちゃんはデリカシー皆無な奇天烈発言連発だし。
私と貴方は、さっきまであんなに良い雰囲気だったのに。
私だって、もっとこう……ロマンチックな恋人同士の会話がしてみたいのに。
なんで交尾とか、乳とか言ってんのよぉ!
「うぅ……ぐすっ」
「り、りこ! 我は前回の失言を挽回せねばと……そのっ、あのだな! あぁ、泣くな、我が悪かった。 泣かんでくれっ……カ、カイユよ。見てないで、なんとかしろ」
大魔王様の様子を呆然と見ていたカイユさんが、あきれ返ったように深いため息を吐き出して言った。
「ヴェルヴァイド様……。貴方様は学習能力が無いのですか?」
ちらりとハクちゃんを意味深な瞳で流し見てからキッチンに入って行き、入れ違いでダルフェさんが現れた。
「あ〜あ、やっぱりねぇ。だから昨夜言ったでしょうが、旦那ぁ。ったく、勘弁してくださいよぉ」
青い騎士服じゃなくて、支店で着ていたブルーのシャツにコットンパンツというラフなスタイル。
そして、白いフリフリエプロンをしていた。
ダルフェさんのエプロン姿は見慣れているので、驚きはしないんだけど……。
彼の左手に大きな魚がぶら下がっている事にびっくりして、出かかっていた涙が止まった。
お魚は生きていて、びちんびちん動いてる。
しかも、私の身長位ありそうな、巨大魚だった。
「おう姫さん、無事で何より……ん? ある意味、無事じゃねえのか? まあ、細かいことはいいって事で。今夜はこの尾頭付きの朱紅魚で、お祝い膳だぞぉ!」
ぶんぶんとお魚を振り回して、ダルフェさんは言った。
「竜族は子がつがいと結ばれた祝いに、この朱紅魚を家族で食うんだ。これは四大陸全域に生息しているんだが、最近じゃめったに獲れない高級魚なんだぜ? 旦那にゃ親はいないし、姫さんの家族も異界だ。俺とハニーが代役ってことで勘弁な。姫さんの両親だって、娘の結婚を祝いたいだろうに……ごめんな」
結婚?
お祝い?
「……わ、私とハクちゃんの?」
結婚のお祝い……!
「う、うん。うん!……ダルフェ、ありがっ……ふぇっ」
止まっていた涙が、溢れ出た。
涙腺が壊れちゃったのかと思うくらいの勢いで……自分では制御不可能だった。
結婚。
お祝い。
両親。
家族。
「りこを泣かせたな、ダルフェ! 貴様っ……りこ?」
立ち上がろうとしたハクちゃんの腕を掴み、止めた。
「……だ、だめぇ! ち、ちがうよハクちゃ、ひっぐ……うぅ」
ハクちゃんは床に両膝を付き、大きな手をそっと私の頬に添えて言った。
「りこ、りこよ。ダルフェの何が、りこを泣かせたのだ? 魚が怖かったのか? 耐え切れぬほど腹が空いたのか?」
ハクちゃん。
ハク。
貴方はもう、知ってるはずよ?
「うれし……とっても、嬉しいからよ」
ハクちゃんは金の眼を少し細めて、首を傾げた。
「……嬉しい?」
その動きに合わせて真珠色の髪が揺れた。
綺麗。
この人はなんて綺麗で……真っ白なんだろう。
そう、思った。
「うん。すごく、嬉しかったから。嬉しい時も涙が出るって、ハクちゃんは知ってるよね?」
私は頬に置かれたハクちゃんの手に、自分の手を重ねた。
2人の金の眼をしっかりと合わせ、言った。
「私は嬉しくて、泣いたの」
真っ白な貴方の心に、このあたたかな気持ちが届きますように。
「……そうか。りこは、嬉しかったのか」
ハクちゃんは赤い舌で私の涙を舐めとり、言った。
「りこの涙は出された時の感情で、甘さが違うな。どれも美味いが……嬉しい時の味は格別だ。嬉し泣きするほど朱紅魚が気に入ったのか? では……今度は我がもっと大きいのを、獲ってきやろう」
お魚……あれ?
う〜ん。
なんか、ポイントがちょっとずれちゃったけど。
「……うん」
お互いゆっくりゆっくり、進んでいこうね。
ゆっくりでも、確実に。
変わっていく貴方に置いていかれないように、私も変わりたい。
不思議な貴方をもっと理解できるような、私になりたい。
大好きな貴方の心を、もっと知りたい。
「うん、ハクちゃん。私も一緒に連れてってね? 釣りしたこと無いから、教えて欲しいな」
狩りは無理だけど、釣りなら……。
「我もない」
「えっ……そ、そうなの?」
そうきましたか……さすが、ハクちゃん。
未経験なのに、自信満々で巨大魚ゲット宣言したんですね?
ま、まあ。
なんとかなるよね。
鯵とかなら、1匹くらい釣れるかもだし!
「ははっ……微笑ましいというか、笑えるというか……あんたららしいねぇ。痴話喧嘩も丸く収まったことですし、俺は魚を捌きに行っていいっすか? 姫さん、俺が最高に美味いの作ってやるからな!」
「はい! ありがとうございます……ありがとう、ダルフェ」
にっこり笑ったダルフェさんに掴まれたお魚の鱗が、天井の明かりに反射して……初めての1人旅で行った伊豆で見た、海に映った夕日みたいにきらきらと輝いていた。
お刺身・蒸しもの・から揚げ・すり身団子のスープがそれぞれ朱色の漆器に品良く盛られて、私の前に置かれた。
「うわ〜っ!」
お花の形をした小さな蒸しパンにの中央には、まるでサファイアのようなお豆(宝石かとびっくりしたけれど、甘く煮たお豆だった)が飾られている。
今までの洋風なものと違って、アジア……中華料理のようだった。
「どうぞ、これをお使いください」
席に着いた私にカイユさんが手渡してくれたのは、お箸だった。
家で使ってたものより3倍は長く、金属でできていて見た目以上に重かった。
全体に細かな模様が……花と蝶が彫られていた。
「ありがとう、カイユ。これ、綺麗ですね……ハクちゃん? ちょ、なにするのよっ」
芸術品のようなお箸をすいっと私の手から奪い、お箸を真剣な眼で見ながらハクちゃんは言った。
「箸でのあ〜んは、難易度が高いな。……奥に入れすぎてしまわぬよう、気をつけねば」
うぅ……さ、刺さないでね、ハクちゃん。
食事の時間はとても楽しく、あっという間だった。
ハクちゃんが街に連れて行ってくれる事になった話をしたら、2人はすごくびっくりしていた。
諸問題により、皆で行こうってことに決まった。
ダルフェさん達が帝都の見所をいろいろと案内してくれることになり、ますますお出かけが楽しみになった。
そういえば……ハクちゃんは意外にもお箸の扱いが上手で、当初心配したような失敗は無かった。
不器用なんだか、器用なんだか。
箸は上手なのに、パジャマの紐が結べないなんて……なんか、それはそれで可愛いかも。
お料理もすご〜く、美味しかった。
お魚の裁き方……今度はぜひ、教えてもらわなきゃ。
お腹も……心も満たされた夕食後は、居間に移ってお茶をいただいた。
カイユさんがテーブルにお菓子がのった銀のお盆を置いて、白地に小さな青い花が描かれたカップにお茶を注いでくれた。
ふわりと、ハーブの爽やかな香りが広がった。
「ありがとう、カイユ」
カイユさんがいれてくれたハーブティーは、お砂糖が入ってないのにほんのり甘かった。
ああ、心が落ち着く良い香り〜。
「トリィ様。実は、この数日いろいろ刺激的だった所為か……どうやら予定より早くこの子が産まれそうなんです」
まったく膨らんでいないお腹をさすりながら、カイユさんはそう言った。
なっ!?
「ごほっ! カ、カ、カイユ……赤ちゃん、産まれ!?」
「う、う、う、産まれそうなのかっ! ハ、ハニー!?」
「ふむ、茶菓子はこれか?」
私とダルフェさんは、ものすごくびっくりしてソファーから立ち上がったけれど。
ハクちゃんだけはカイユさんの言葉にまったく反応せず、スプーンをくるくると回して並べられた数種のお菓子を見ていた。
「トリィ様……」
カイユさんは私の背後にゆっくりと移動して、後ろからぎゅっと抱きしめながら言った。
「出産のために、明日からしばらく城を離れなくてはなりません。トリィ様のことが心配ですわ」
あ、この香り。
カイユさんの香りだ。
どこか懐かしくて……安心する。
「カイユ、私は大丈夫。ハクちゃんがいるし、竜帝さんも良くしてくれてるから、安心してお産をしてきてね」
赤ちゃん。
カイユさんと、ダルフェさんの赤ちゃん……絶対、美形だ。
私も結婚したんだから、そのうちハクちゃんと家族計画を相談したりするのかなぁ?
ハクちゃんの赤ちゃんかぁ……そういえば、この世界に来てから一度も生理がきてないんだよね。
精神的にもショックを受けたし、環境が変わったからリズムが乱れちゃったのかも……。
「……あぁ、小さな貴女をまた1人にするなんて。悪い母様ね……許してちょうだい。貴女の弟を産んでくるわ。ふふっ……お腹のこの子も、早く姉様と遊びたいって言ってる。ここから出せって駄々をこねてるわ」
え?
今、なんて……。
「いいこと? 約束してちょうだい。母様が居ない間は、ヴェルヴァイド様から絶対に離れないで。ここから……城から出ては、駄目よ? 私の父様が<害虫>を毎日お掃除してるから、まだお外に出ては駄目なの。もう少ししたら、<害虫>も集まってこなくなるわ。父様はお掃除がとっても上手だから……あとちょっとだけ、我慢しましょうね?」
カイユさん?
なんか、言ってることが……どうしちゃったの?
「母様? ね、ダルフェ。カイユが……ダルフェ!?」
ダルフェさんは緑の眼を見開いたまま、椅子にストンと腰を下ろしてしまった。
急にどうし……きゃあっ!
ダルフェさんの顔、真っ青!
「なるほどな」
私の隣に座ったハクちゃんは、淡雪のようなムースをスプーンにのせ、私に差し出しながら言った。
「我はカイユをりこの<母親>として、どの大陸に居を移そうと同行させるとしよう。……竜帝共には我から伝えておく。そんなことより……さあ、りこ。あ〜んだ、あ〜ん」
母親?
ハクちゃん、……どういうこと?
「りこ。あ〜んだぞ? ん? どうしたのだ」
恐ろしいほどマイペースな旦那様は困惑する私に、言った。
「ああ、りこはこっちのタルトのほうが良かったのか? それともこの星型のチョコレートか?」
ち、ちが〜うっ!
言動がなんかおかしいカイユさんに、真っ青な顔で動かないダルフェさん。
そして、この超天然な旦那様。
だ、だめだ……私1人じゃ対処できない事態だよ!
どうしっ……あっ!
「竜帝さん……。ハクちゃん! 竜帝さんを呼んで来て、お願いっ!」
助けて、女神様!