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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
64/212

第61話

 着替えて戻ってきたハクちゃんは、全身真っ白。

 真珠色の長い髪が白い外套に流れ、揺らめき。

 緩やかに波打つ髪の間から覗く襟には、優美な曲線が眼を引く金細工の装飾が施され。

 外套の下も白い服で、ダルフェさん達の着ている騎士服に良く似たデザインだけど……丈が少し長い。

 うわ〜、似合う。

 すごく、似合ってます。

 天使のように白づくめなその姿。

 なのに、なぜ。

 天使とは、全く逆の方向に?

 白い服を着たのに……ミカエル様じゃなく、ルシフェル様になっちゃった。

 ああ、魔王様をイメチェンさせるには。

 こうなったら、ピンクしかないのかも。

 ピンク……ハクちゃんに、ピンク?


「ひいぃっ〜ぃ! な、なんつうか、そのっ……怖いって、これは! 直視はヤバイでしょ? 魂抜かれそうだし。すんげぇ〜良い男なんだけど、だけどぉ〜!」

 パー・ペー系のピンクを着たハクちゃんを、脳内で想像しかけ……パスハリス君の高い声のおかげで、完成はしなかった。

 彼は座り込んだまま腕で顔を庇うようにして、何気に酷いことをさらっと言った。

 うう〜、確かにハクちゃんは悪役系美形だけど、微笑むとすごく綺麗で、素敵なんですから!

「俺……陛下がじじい、じじいって言ってるから、実は老人を想像していた」

 青ざめた顔のまま、オフラン君がぼそりと呟いた。

 な、なんですってぇー?!

 確かにハクちゃんは超高齢らしいけど。

 あ! おじいちゃんでよぼよぼだから、私の膝で休んでるのも仕方ないかって思ってました?

   

 少年達の少々失礼な感想など、まったく気にする様子はなく。

 こちらに向かって、ゆっくりと歩きながら。

 ばさりと外套を払い。

 長い指を持つ手に、白い手袋をきゅっとはめて……。

 え……手袋?

 初めて見た……何故に、今ここで手袋が必要?

「ハクちゃん?」

「……りこ、ここへ」

 ハクちゃんは片膝をつき、両手を広げて私を呼んだ。

 私は立ち上がり、魔王様度5割り増しで登場した旦那様に駆け寄り。

 抱きつく寸前で、止まった。

 どんなに 魔王様パーセントが上がっても。

 貴方を怖いとは、思わない……思えない。


 でも。

 少し不安になって、貴方の胸に飛び込むのを躊躇ってしまった。


 黒い服にこだわっていた貴方。

 貴方は、言ったよね?

 私が好きだから、黒い服を着るんだって。

 今朝も黒を選んだ貴方が、自分の意思で白い服を……。

 不安になってしまうのは、私は自分に自信が無いから。

 貴方が私を愛してくれてるのは分かってる、知っている。

 でも、私……貴方と釣り合うような人間じゃ無いもの。

 パスハリス君達だって、おじさんに抱えられた私が貴方の妻だと察して……意外そうな表情をしたのよ?

 さっきだって、変な挨拶しちゃったみたいだし。

 こんな私が、貴方の奥さんで……貴方はどう思った?

「……わ、私……きゃっ?!」

 ふわりと身体が浮き。

 大きな手で腰を抱かれて、高く掲げられた。

 2メートルを越えた長身のハクちゃんにそうされると、視界がとんでもなく高くて……。

 おちびな私でも貴方の金の眼を、怜悧な美貌を見下ろせてしまう。

「どうした? そのような浮かぬ顔をして」

 そう言って。

 切れ長の眼を細め、首をかしげる貴方。

 蕩けるような優しい金色に、情け無い顔をした私が映っていた。

「りこ、我のりこよ。我の可愛い人、愛しい宝物。どうしたら、笑んでくれるのだ? 我はりこの笑顔が大好きなので、笑んでくれるなら何でもするぞ?」

 言われたこっちが困るような甘い言葉と、おでこへの優しいキスで。

 ハクちゃんは私の不安を、すぐに消してくれた。

 摩訶不思議な思考回路で、デリカシー皆無なハクちゃんだけど。

 私の変化に、妙に聡い時もあって。

 やっぱりハクちゃんは、大人の男の人なんだと思う。

 私は、そんな彼に甘えっぱなしで……。

「ハクちゃん、あのっ……うひゃっ!」

 いきなり。

 ぺろりと左頬を舐められた。

 その舌は、私が知ってるものより熱くて。

 セイフォンに居た時から、ハクちゃんは舌をよく使っていた。

 だから普段との違いは、すぐに分かった。

 ハクちゃんは私が泣くと一生懸命に涙を舐め、慰めてくれて……。

 彼は自分の鋭い爪を、とても気にしていた。

 だから柔らかく温かな舌を、手の代わりにしていたんだと思う。

 私を傷つけない為に、小さな手をいつもぎゅっと握っていた優しいハクちゃん。

 私はハクちゃんが発熱してるんじゃないかと、心配になり。

 竜騎士の皆様の視線を気にしている場合じゃないと、ハクちゃんの顔に両手を伸ばした。

 おでこや頬をぺたぺた触って、体温を確認してみる。

 う〜ん、お肌はいつもと同じ。

 ひんやりつるつる、シミ1つ無い完璧な美肌でございます。

 おでこにキスしてくれた唇も、いつもと変わらずひんやりしていたし。

「大変、ハクちゃん! 舌だけ、すごく熱いよ? 熱があるのかもっ。……きゃ! ちょっ、やぁ……んっ!」

 右の耳を咥えられ、熱すぎる舌で丹念に舐られて。

 自分でも驚くほど、全身がびくびくと跳ねてしまい。

 慌てて手で、自分の口を押さえた。

 へ、変な声が出ちゃったというか、その、あのっ!

「そうか、舌が……ふむ。なるほどな」

 ハクちゃんは、私の耳に冷たい唇を軽く触れさせたままで言った。

 う、うわぁああ〜!

 耳に息が、息が……ひえぇ〜っ!

 私はますます焦ってしまった。

 ううっ……昨日のこと、思い出しちゃうよ。

 考えちゃ駄目、私!

 思い出したら駄……。

「りこよ、知っているか? りこは我に耳をこうされるのが、好きなのだぞ? 他にも……もっと詳しく、いろいろ聞きたいか?」

 ひっ……ひいぃいい〜!

 なんですとぉ?! 

 普段以上に艶のある声音は、私の鼓膜まで溶かしてしまいそう。

 聞き惚れちゃうような良い声だけど、言ってることは……そんなこと、ここで言わないでよ!

 まったく、恐るべし謎の思考回路です。

「お、教えてくれなくていいから! うう~、心配したのに……ハクちゃん、元気みたいだね?」

 子供のように縦抱きにされてるから、私の視界にはハクちゃんだけですが。

 あ、あのですねっ……後方には、未成年2名と大人3人のギャラリーがいるんですよー!

 貴方からは、皆さんの様子がよ~っく見えてますよね?!

「真っ赤だな、りこ。その顔、とても良い……顔だけでなく、全身を染めあげてしまいたい。……次はりこが寝入っても、我は止めてやれんぞ?」

 魔王様はほんの一瞬、目元をうっすらと染め。

 私にだけ聞こえるような、小さな声で囁いた。

 

 そ、それって、あのっ……?! 


 もし2人っきりだったら……流されて、恐ろしいことを口走りそうです、私。

 

 だって、改めて自覚したんだもの。

 私はどんなに貴方が好きか、貴方が大切か。


 もし私が、人間じゃなくて竜族だったら。

 1週間でも1ヶ月でも、赤ちゃんが出来るまで。

 貴方に毎日、いっぱい愛してもらえるのに。

 

 私のお腹に、貴方の赤ちゃん……。

 貴方が望んでくれるなら。

 私はハクちゃんが欲しいだけ、何人だって産んであげる。

 曾お祖母ちゃんは、頑張って8人も産んだんだから。

 私だって、頑張ります!


 なんか……いろいろ恥ずかしくて、ハクちゃんの肩に顔を押し付けた私の髪を。

 大きな手が、優しく撫でてくれた。

「大丈夫だ。寝かしてしまうようなヘマは、二度とせん」

 えっ〜と、その話題はもう止めましょうよ。

 勘弁してくださいませ。

「……先ほど、言いそびれたが。その白い花、とても似合う。我と‘お揃い‘だな」

 お揃い?

 ハクちゃんの鱗と……あ、もしかして白い服も髪飾りとの‘お揃い‘を意識したの?

 髪を撫でていた手が、私の顔にそっと添えられて。

 肩から離され、怜悧な美貌の正面へ導かれた。

「金も白も……あぁ、ぱじゃまも‘お揃い‘だな。我とりこは、らぶらぶなのだ」

 言ってる内容に合わない、平坦な口調と……真摯な眼差し。

 貴方が冗談を言えるほど、器用じゃないって知っているから。

 私もちゃんと、答えるの。

「うん、そうだね。とっても、らぶらぶだね」

 大きな手が、そっと……優しく左頬を撫でた。

 艶のある素材で作られた白い手袋は、見た目と違い柔らかな肌触り。

 でも、私は。

 ひんやりとした貴方の手に、直に触れて欲しかった。

 白い手袋が、私から貴方を遠ざけてしまったみたいで……少し寂しい。

「りこ。……食後の‘おやつ‘だ」

「え? おやつ……んんっ?」

 いきなり、口の中に。

 あ、これ……ハクちゃんのかけらだ。

 私の口の中に直接、転移させちゃったの? 

 甘いかけらは、数粒あった。

 口の中ので、ほろりほろりと溶けていく。

「りこ。<我>は美味いか? ダルフェのプリンより、美味いか?」

 プリンよりって……なにもプリンに、対抗意識を持たなくても。

 ハクちゃんって、そういうとこ……妙に可愛いよね。

 うふふっ、プリンと張り合う魔王様なんて。

「うん。ハクちゃんが、1番美味しい。 貴方のかけらは、ほんのり甘くて……すご〜く優しい味がするの。私、ハクちゃんのかけらが大好きよ」

 私を見つめる金の眼に。

 指を伸ばして、そっと目元に触れた。

「私は貴方が……どんな貴方も、大好きよ」

 かわゆい竜の貴方も、ちょっと怖い魔王様の貴方も。

 きっと貴方の想像以上に、私はハクを愛してるのよ?

「どんな我でも……か。ならば、これからも我を側に置いてくれ。りこの温かな手で、こうして我に触れてくれ」

 金の眼を閉じ、冷たい頬を。

 私の左頬にそっと合わせて、囁く貴方。

 あぁ、そうだったんだ……だから貴方は。

 ハクちゃんは温室に帰ってきてから、左頬ばかり触れていた。

 やっぱり、気にしてるんだね。

 もうすっかり治ってるのに、すごく、すごく……気にして。

 貴方のその綺麗な金の眼には、私はあの時のまま……頬を腫らせたままに見えてるの?

 繊細で泣き虫で……怖がりな貴方。

 まだ、怖いの?

 まだ、不安なの?

 だから……何があったか、誰に叩かれたかすら私に聞かないの?


 私、貴方を護ってあげたいのに。

 傷つけてばかりだね。


  

 思いのほか数があったかけらは、1粒1粒が時間差でゆっくりと溶けていった。

 心に染み入るような甘さを、眼を閉じて味わってると。

 徐々に身体の奥底から、じんわりと熱が生まれて……広がって。


「ハ……クちゃ、ん。ハ……ク」

 

 頭の芯が、とろりと溶けていくみたい。

 この感じ、知っている。

 私、憶えてる。

 

 似てるの、あの時に……。


 あぁ、私は憶えてる。

 貴方と溶け合い、深く……深く混じり合う、この感覚を。


「ハクちゃっ……んっ」


 温室には皆がいるのに、ちゃんと分かってるのに……そんなことはどうでも良くなって。

 貴方のことしか考えられなくなってしまい。

 心地よい……甘い痺れを全身で味わう。

 漏れる吐息を、抑えることも放棄して。


「ふあっ……ん、ハクちゃ……」

 

 身体の内側からも貴方に優しく包まれるみたいな、不思議な感じ……。

 貴方で満たされ、溢れそう。

 なんだかすご〜く、幸せな気分。

 ほわほわ、ぽかぽかしてあったかい。

 優しく微笑む貴方が……私を身体の内側から、抱いてくれてるみたい。

 これが【気】の補充ってことなの?

 前より強く貴方を感じられるのは、かけらの数が多かったから?

 身体の内も外も、貴方に抱かれて……嬉しくて、幸せで。


「ハク……だい……す……き」

 

 すごく気持ち良くて……気持ち良すぎて、目蓋が徐々に、重くなる。


「りこ……我は」


 あぁ、寝ては、駄目。

 だって、夕焼けを見に行くんだもの。

 貴方とお出かけするの。

 普通の恋人同士みたいに、手を繋いで歩いて……。

 ハクちゃん、ハク……私、眠りたくない。

 

「我は、狩りに行かねばならん。夕暮れ前には必ず戻る」 


 ん……ハクちゃんは、お出かけするの?

 狩り?

 狩り……お肉を獲りに行くの?

 お肉。

 あ、竜帝さんにあげるのね?

 お見舞いに、お肉をあげるんだ……。

 竜帝さんは、お肉が好きだもの。

 晩御飯に間に合うように、今から狩りに行くんだね。

 うん、待ってる。

 帰ってくるのを、此処で待ってる。

 貴方が側に居ないと寂しいから、お昼寝してるね。

 次に眼を開けたときには、絶対に帰ってきてくれてるでしょう?

 いつもみたいに「おはよう」って、言って……キスしてね。

 

「カイユが側に居る。安心して休むが良い」

 

 うん。

 いってらっしゃい。

 がんばってね、あ・な・た。

 

「おやすみ、我の宝物りこ

 

 

 


 我の腕の中で寝入ったりこは、うっすらと微笑を浮かべていた。

 意識して多く与えたかけらの影響で、思考が少々乱れていたようだが……。

「りこ……」

 我の鱗に似た白い花がとても、とても似合っていて。

 誰にも見せたくないと思うほど、綺麗だった。

 この腕から離したくない。

 ずっと、こうしていたい。

 百年でも、万年でも……このままで。

 そう、強く思う。

 しかし、りこを連れては行けない。

 連れては……知られてはいけない。

「カイユ」

 我はカイユを呼んだ。

「カイユよ、我は自分が思っていた以上に<竜>であったようだ。これ以上、抑えがきかん。夕暮れまでは時間があるので、さっさと片付けることにする。お前は、りこの側に。我が留守の間、お前以外が我が妻に近寄ることは許さない。人間も竜も……雌だろうが、幼竜だろうが例外は認めん」

「はい。ヴェルヴァイド様」

 カイユも竜騎士。

 現時点でこの個体に勝てる竜は、竜帝であるランズゲルグと<色持ち>のダルフェのみ。

 それほどに、強い雌竜なのだ。

 大陸最高位の術士が相手ならば、さすがに分が悪いが……あれが出てくることはない。

 あやつは世俗に興味が無い。

 ペルドリヌにいくら金を積まれようと、あの埃臭い部屋から動かんだろう。


「……りこ」

 我はりこの小さな身体を、壊さぬように抱きしめ。

 愛しい香りを胸に吸い込んでから、カイユに預けた。

 先ほど、我が与えたかけらは6粒。

 数時間は眠り続けるだろう……何も知らず、気づかずに。

 カイユが寝室へ移動し、寝台にりこを横たえたのを気配で確認してからダルフェに声をかけた。

 奴は竜体の我に念話で詳細を報告し。

 幼竜とヒンデリンへの慈悲を、繰り返し懇願してきていた。


「……ダルフェよ。<青>は犬の躾けに失敗したようだな」


 我は床に座り込んでいる幼竜を見た。

 竜騎士はその特異な性質から、ある程度の恐怖心を常に与え御す必要がある。

 まだ若いランズゲルグは竜騎士の<飼育方法>が身についていないのか、それとも……。

 

 この場で幼竜を縊り殺すのは容易いが……、まずはこやつだな。

「旦那、勘弁してやって下さい。青の竜騎士は俺を含めて、現在8人しかいねぇんです。竜族全体の個体数が激減してる状況じゃ、こんな馬鹿餓鬼でも失うのは痛いんですよ。姫さんに面通しもしましたし……ぐがっ!」

 我は<赤い髪>の頭部を正面から掴み、床に叩き付けた。

 これはりこの‘お気に入り‘なので壊しはせぬが……。

「貴様……りこの心を利用したな?」

 動かなくなったそれは放っておき。

 幼竜に歩み寄り。

 身を屈め、一方の……翡翠の眼をしたほうの幼竜の左頬に手を伸ばした。

「我のりこは、人間だ。お前等と違い、弱く脆い身体は簡単に壊れ……命が消える」

 幼竜は石の様に硬くなり、微動だにしない……動けぬのだろう。

 怯えることすらできぬ状態に陥ったのか。

 一瞬でも抗えば、首をねじ切ってやろうと思っていたが……つまらんな。

「青の猟犬共よ。真実から遠ざけられている我が妻は、お前等の過ちを全く理解しておらぬ。それゆえ、礼まで口にした。我がお前等を処分する可能性があるなど、考えもしない……りこは、それで良い。気づかぬままで、無知なままで良い。……今回は見逃してやろう。だが、次は無い」

 我は意識して【気】を抑えることにした。

 りこが側におらぬと、感情に引き摺られ【気】が常より強まってしまうようだ。

 感情……か、この我が。

 りこが我に‘感情‘を与えてくれた。

 愛しさも喜びも……恐怖も怒りも、貴女が我に教えてくれたのだ。

 

 さて。

 これらを使い物にならん状態のまま、放置するわけにはいかんな。

 生かしておくなら……使うとしよう。


 もう1頭の幼竜の頭が、壊れた振り子のように動き。

 ダルフェがゆっくりと、立ち上がった。

 頭蓋を砕いた程度では、堪えておらんか。

 <青>もダルフェも、我の思っていた以上に頑丈だな。

 ふむ、次はもう少し強くするか。

「ダルフェよ。その愚かな猟犬共を、市街に放て。ヒンデリンは城内に入り込んだ鼠を始末しろ」

「御意」

 幼竜に手を貸し、立たせていたヒンデリンは我の命に従うべく退室した。

 ヒンデリンは、りこを喜ばせた。

 りこは花が好きだ。

 とても嬉しそうだったので、ヒンデリンの過ちは不問だ。

 ダルフェは赤い頭を擦りながら、言った。

「いててっ、……手加減感謝しますよ、旦那。で、方針転換ってことですかぁ? ま、旦那がそう言うなら。でもねぇ、本当にそれでいいんすか? もし、姫さんに知られたら……」

 鮮やかな緑の眼に、戸惑いが滲む。


「かまわん」


 りこは何も知らぬまま。


「誰がりこに教えるというのだ? そのような者、この我が見逃すはずなかろう?」


 我が用意した<世界>の中で。

 我の側で、微笑んで……りこは我を、愛してくれるだろう。

 虚構に気づいた時には、我から離れることなど考えつかぬほど……我は貴女に愛されてみせる。

 我はりこの全てを。

 心も身体も魂も。

 あの人の全てを、手に入れるのだ。 


「帝都に入った間者は、全て消せ」

 

 過ぎた恐怖は得策ではないと思い。

 他にも策はあると、最善のものは何かと考えていた。

 だが、もう考えるのは止めだ。

 考えられぬほど、我を怒らせたのは人間共だ。


「現在、帝都にいる者も。今後、入ってくる者も」


 抑えようと思った。

 貴女の為なら、脊髄を焦がし焼き切るような怒りにも耐えられると。


「殺せ」

 

 だがな、りこ。

 頬を腫らした、貴女の痛々しい姿が。

 脳裏に焼き付き、消えない。

 このままでは、狂いそうだ。


 貴女の好む‘優しいハク‘になりたかったのに。

 我には無理だ。

 所詮は模倣。

 安っぽい鍍金と同じで……偽りのそれは、簡単に剥がれ落ちる。

 

 これが感情を得た、代償なのか。


「……仰せのままに、ヴェルヴァイド様」


 <赤い髪>が恭しく頭を下げ。

 幼竜共もそれに習い、恭順を示す。

 我への敬いの心など、この幼竜共には欠片もない。

 我に対する本能的な恐怖から、深く頭を垂れるのだ。


 恐怖。

 皆、我を恐れる。

 それでいい。


 りこ、りこよ。

 もし。

 我の判断が……我のみに向けられていた恐怖心に満ちた瞳を、<監視者の妻>である貴女にも同様に向けられる切っ掛けとなり。

 貴女の脆い心を、傷つける結果になったなら。


 この我が、貴女のハクが。

 それを塗り替える程の恐怖で、世界を満たそう。

 貴女に目を向ける余裕も無いほどの恐怖と狂気を、人間共に与えよう。

 大切な貴女は、宝箱にしまって……けっして外に出したりしない。

 

 全ての憎悪は、この我に。

 りこ……愛しい貴女には、優しく綺麗な<世界>をあげるから。

 安心して、まどろんでいて。

 

 本当は。

 黒い衣服が着たかった。


 愛しい貴女の髪……。

 我が染め替えてしまった、優しい瞳。


 我の好きな、聖なる色。

 

 だが。

 今の我は。

 貴女の色を身に纏うことなど出来ない、してはいけない。

 怒りの為か……爪は常より鋭さを増し、鋭利な刃物のようになり。

 触れたもの全てを凍らせてしまいそうなほど、冷たくなったこの手では。

 貴女の肌に、触れられなかった。

 こんな我を知られたくなくて。

 手袋で覆い、貴女から隠した。


「さあ、猟犬共よ。【狩り】を始めようではないか」


 我は<白金の悪魔>


「我の宝に群がる獣を狩り尽くせ」


 我は<冷酷なる魔王ヴェルヴァイド





 貴女に愛されたい、泣き虫な白いハク

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