第59話
私的には。
お昼ご飯には、ちょっと時間が早いと思ったんだけど。
竜帝さんの強い希望により、ランチタイムになった。
陽の光が燦々と射し込み、ぽかぽかと暖かな温室でのランチ。
木製の折りたたみ式テーブルセットは、ダルフェさんが居住スペースの納戸から出してきてくれた。
私も椅子なら持てたので、人数分の椅子を並べて……ハクちゃんの分も用意したんだけれど。
「りこ。あ~ん」
彼は竜体のままで、テーブルの上から私にスプーンを差し出した。
銀のスプーンには、カカエの卵で作られたプリンが……。
しっかりと朝食をとっていたし、なんだかいろいろ大変だったせいか。
私は食欲が出なくて。
椅子を運びながら、野菜スープだけでいいと言ったら。
ハクちゃんの金の眼が真ん丸くなり。
黒い瞳孔が、1本線になってしまった。
この世界に来てから、食べ物が美味しくて。
いつもご飯を楽しみにしている私の「あんまり食欲無いんです」発言に、ハクちゃんはとても驚いてしまい。
医者を呼べ、薬を出せと騒ぎ出し。
いつもの昼食より時間が早いからと、彼をなだめて。
ハクちゃんが、せめてプリンは食べてくれと言って。
カイユさんとダルフェさんも、ハクちゃんと同意見で。
竜帝さんも、巨大なフライドチキンにかぶり付きつつ。
「ちゃんと食え、お前だって食えば背が伸びるかもなんだぞ?」
って、言って。
私は26だから、縦に伸びるんじゃなくて。
横に広がるんじゃないかな、きっと。
私から一番離れた席に座った竜帝さんが食べてるのは、みかん箱サイズのフライドチキン。
美女系美人(男の人っぽさゼロなので美男じゃなく美人で)が、巨大チキンを両手で掴んでがつがつと食べる姿は。
うう~、なんか切ないです。
そんなに背が高くなりたいなんて……頑張って、竜帝さん!
私は貴方を応援しています!
「りこ? まさか……プリンも口に出来ぬほど、体調が?!」
あ、まずい。
ハクちゃんに、心配かけちゃ駄目。
「ううん、食べるよ。体調はなんともないし、時間が経てば自然にお腹が空いてくるから心配いらないよ? ……でも、えっと、そのぉ」
竜帝さんがチキン越しに、私とハクちゃんをじーっと見ていて。
あ~んはちょっと……いえいえ、かなり抵抗がっ勇気がっ!
ああ、女神様の視線が痛いです。
「なぁ、おちび。飯の時は、いつもこうなのかよ? お前も災難だよな~、ま、勘弁してやってくれよ。じじいは古代種系だから、雌への給餌行動に執着すんのもしょうがないっつーか……」
竜帝さんは青い眼を細め、言った。
んー、ちょっと知らない単語が混じってたな。
首をかしげた私に、竜帝さんは。
「これは古~い求愛行動の1種でよ。ま、今時こんなことする竜族はめったにいねぇんだ。 俺様も初めて見たな~。ええっと、つまりだ! じじいは飯の度におちびに求愛……交尾させて下さいって、お願いしてるようなもんだ。超俺様節操無し自己中鬼サドじじいに、そこまでさせるとは。すげえな、おちび!」
「きゅっ、求愛……こ、こ、こう?!」
な、なんですとー!
私はテーブルの上でスプーンを差し出している小さな旦那様を、凝視してしまった。
確か……カイユさん達の前だけじゃなく、支店の子供達の前でも!
ひいぃぃ~っ、なんてことを!
「へ~、そうなんすかぁ。知らなかったなぁ、俺。単に旦那の趣味なのかと……ハニーは知ってた?」
「ええ。トリィ様……実は私の父が、その古い性質が強く出た珍しい個体だったんです。でも、ほとんどの者は知らないと思います。博識なバイロイトは、すぐに察したようですが」
カイユさんは大皿に盛られたサラダを竜帝さんのお皿に取り分けながら、言った。
「野菜もお食べ下さい、陛下。……それに、陛下の言葉は大げさですわ。ヴェルヴァイド様の行動は求愛というより愛情表現のような、可愛らしいものです。父の給餌行為による求愛は、見るに耐えない様でしたから。ヴェルヴァイド様はきちんとカトラリーを使用なさいますが、父は口移しでの給餌を強要して最悪でしたわ。普通の竜だった母は、竜騎士の父に力で抵抗することは敵わず。いつもいつも、家中逃げ回って……あの2人が居ると落ち着いて食事をとることは、全く出来ませんでした」
うわ~、それは凄いというか大変というか。
ハクちゃんはそこまではしないもの、良かった……。
上には上がいるんですねぇ。
カイユさんのご両親……いつか会ってみたいな。
私は娘さんに、お世話になり通しなんですってご挨拶を……。
「あのセレスティスが? 俺様には、想像出来ねえな~。ミルミラも大変だったんだな。……その異常な家庭環境が、カイユの性格をここまで凶悪凶暴にし……ぼぐぎゃっ?!」
竜帝さんの口に。
メロンが、メロンが丸ごと突っ込まれっ?!
「ほほ、陛下ったら……食物繊維を補うために、皮付きで食べたいなんて! しょうがないですわねぇ……さあ、どうぞ」
カイユさんはにっこりしながら。
メロンを竜帝さんの口に、押し込んだ。
「ほい、姫さんもどうぞ」
ダルフェさんが一口サイズにカットしたメロンをガラスのお皿にのせて、私の前に置いてくれた。
ハクちゃんはそのメロンを見て、眼を輝かせた。
「おお! これはココラテではないか。りこ、プリンも良いがココラテもぜひ食べてくれ!」
あの、ダルフェさん、ハクちゃん。
竜帝さんとカイユさんの様子が、なんか変なんだけど気になりませんか?
「う、うん。分かった。ね、竜帝さんとカイユって……」
ほっといて、いいの?
「ん? あの2人は幼馴染で、いっつもああなんだよ。気にすんなって」
ダルフェさんはサンドウィッチを頬張りながら、二カッと笑い。
「りこ、りこ! あ~んだ、あ~ん」
痺れを切らしたハクちゃんは、プリンののったスプーンで私の下唇をつんつんし始め。
「あら、陛下ったら。もう1個、入れてくれ? ココラテは免疫力を高め、さらに疲労回復効果がございますから怪我人の陛下にぴったりですわ。はいはい……何個でも召し上がれっ!」
なんと2個目を竜帝さんの口に無理やり押し込もうとして……。
「ほぎぇほぎぇーへめろーががっんが!」
竜帝さんは、カイユさんの腕を掴んで必死な顔(あんなに美人さんなのに、お口が……お口があああぁ)で抵抗し。
これはこれで。
平和な日常なのかな、うん。
「りこぉ! 早くあ~んだ、あ~ん」
「うん、ごめんね。……あ~ん」
ダルフェさんの作ってくれたプリン。
濃厚で、なめらかで。
とっても美味しい。
食べると元気が沸いてくるような、優しい味。
思わず微笑んでしまう。
「そうか、美味いか。良かったな、りこ」
そんな私を見るハクちゃんは、金の眼をくるりと回し。
「しっかり食べて体力をつけ、身体を丈夫にし……我と毎日、交尾できるようになろうな?」
「へ?」
なっ…………うひぃっ~!!
出た、出ちゃいましたよ!
周囲完全無視のデリカシーゼロ発言がぁぁぁぁあああ!
「旦那~、そんなにがっついたら、姫さんに逃げられちゃいますぜ? こないだ貸した<これで彼女も必ず落ちる! さり気に誘おうラブライフ 初級編>、ちゃんと読んだんですかぁ?」
ダルフェさん!
またまた、そんな変な本をハクちゃんにー!
「ヴェルヴァイド様……なぜ貴方様はそうなんですかっ! トリィ様への言動・扱いは慎重になさって下さいませ! 人と竜は色々と違うんですよ? ダルフェっ、お前の貸した本は全く駄目じゃない……この役立たずがっ!」
カイユさんは立ち上がると、ダルフェさんの頭に拳骨を落とし。
鈍い音が不気味に響き……ひええ~!
ダルフェさん、テ−ブルに突っ伏して動かなくなったんですが!
「ぶごぎゅげー!!」
ごとん。
ごろごろ~ん……。
あ、竜帝さんのお口からメロン(ココラテ?)がっ!
吐き出されたメロンが、床をコロコロと……。
「<青>! 口に入れた物を出すな、汚いぞ」
ハクちゃんは、両手を腰にあて。
ふんぞり返って、むせている竜帝さんを注意した。
「ごふ、ごふっつ! ……て、てめえのせいだろうが、じじいー!」
こ、これはこれで……。
平和な日常?
「まったくお前達が居ると、騒がしいな。落ち着いて‘あ~ん‘が出来んではないか! ……なあ、りこよ?」
あ、あのですね、ハクちゃん。
一番の問題は貴方のその‘謎の感性‘かもよ?
「に、賑やかでいいんじゃないかなぁ~。うん」
これは、これで。
ま、いいか。
って、ことにしましょう!
十数分後。
意識を取り戻したダルフェさんは。
幸せそうな笑顔を浮かべ、頭を左右に軽く振って。
「やっぱ、ハニーの拳は最高だなぁ~! おかげで大事な件を思い出したよ。旦那と陛下が面白くて忘れてたなぁ~。……姫さん、飯が終わったら会って貰いたい奴等がいんだけど、いいかい?」
ダルフェさんの言葉に返事をしたのは、私ではなく。
ハクちゃんでもなく。
「あら? ダルフェ、お前は……この私に相談も無く、決めたのね」
カイユさんが、空いた食器をワゴンに下げながら言った。
涼しげな水色の瞳が、涼しいを通り越して冷たい印象に一瞬で変わり……。
ひえ~っ。
カイユさんのこういう眼は、とんでもなく迫力満点というか。
そんなカイユさんに、ダルフェさんは優しく微笑み。
「ごめんね、ハニー。ハニーだって、パス達を見捨てられないだろう?」
ダルフェさんは、立ち上がると。
カイユさんの華奢な手を取り、細い指にキスを落として。
「……後で好きなだけ、教育的指導をしたらいいよ。ハニーの気が済むまでね」
「……そうさせてもらうわ」
カイユさんはそう言うと。
ダルフェさんの手から、自分の指をするりと引き抜き。
ごすっ。
「ぐおっつ!」
ひょえ~!
ダルフェさんのお腹に、拳を1発入れて言った。
「あの馬鹿共を、さっさと呼んで来い!」
2人のやり取りに口を挟めず、はらはらしながら見ていた私に。
「おい、おちび」
ゆっくりと椅子から腰を上げた竜帝さんは。
「俺様は執務室に戻る。ま、後はよろしくな」
片手に骨付きソーセージを持ち、齧りながら温室から南棟廊下へ続く扉に向かって歩き出し。
ドアノブを包帯に包まれた手で回しつつ、振り返り。
「明後日から、教師を此処に寄越す。詳細は後でカイユに伝えとく。……これから大変だが、頑張れよ、おちび」
「は、はい! ありがとう、竜帝さん」
柔らかく微笑む美貌に、くらくらしつつ。
私は思わず、頭を深々と下げた。
だって。
竜帝さんの怪我の原因は、私が関係しているはずで。
しかも、彼のお城の一部や薬草園を壊してしまった。
でも。
竜帝さんは私を一言も、責めない。
きっと、彼には分かってるのに。
私がこの世界を一瞬でも、見捨てたことが。
親切にしてくれた皆を切り捨てて、あの人の事だけを……。
私は、私はっ!
そんな私に竜帝さんは、ソーセージをくるくる回し。
「……俺様に、そんな礼をとるんじゃねぇよ。ったく、自分の立場を全く分かってねぇな。ま、それがお前の良いとこか」
頭を上げられない私に。
「おちび、じじいをよろしくな。前にこの世界を愛してくれと言ったが、撤回する。お前はじじいだけ、想ってくれてれば良い。そのほうが良いんだ、きっと……じゃ、またな!」
私は何も言えず。
竜帝さんが扉から出て行くのを、見送った。