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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第58話

「じじい。……で、どうする気だよ? おちびに触った術士は北棟地下室にダルフェが‘保管‘してあるぜ」

 我は<青>の頭の上に乗ったまま、カイユの持ってきた衣類を<青>の元に転移させた。


 =……そいつは我のりこに汚い手で触り、おぞましい体液を付けただけではない。


「あ?」

 

 =我がりこに呼ばれ戻った時、左頬が腫れていた。やつはか弱いりこに手を上げたのだ。


「……なるほどな。俺様が見たときには治癒が終わってたのか、ちっ!」

 

 =寝てたお前は知らぬだろうが。ヒンデリンの報告で、あれはぺルドリヌの者だと分かった。

 

 我は<青>の頭から飛び立ち、池の淵に降りた。

 覗きこむと、赤い小魚が数匹泳いでいた。

 その姿は舞い踊る女のようでもあり、戦場で見た武人の剣技のようでもあり……。

 りこは小魚が気に入ったようで、朝食のパンを小さくちぎり与え。

 小魚がパンをつつくのを、楽しそうに眺めていた。

 どこらへんが楽しいのか、我には分からなかったが。

 りこが楽しければ、我は満足だ。

「ペルドリヌ? あの狂信者共かっ! あいつ等は術士こそが選ばれた存在だとかほざいて、同属である普通の人間を見下してる。一番むかつくのは、俺様達竜族を大蜥蜴呼ばわりしやって、蔑みやがる! いくら温厚な俺様でも、ぶっ殺したくなる奴等が造った新興国家だな」

 肩にかかる青い髪を乱暴な仕草で払い、<青>は吐き捨てるように言った。

 この<青>は乱暴な口調を好んで用いるが、実際は非常に温和で暴力を好まない。

 それは人類との共生を選んだ近代種の特徴であり。

 この個体の欠点、そして長所なのだ。

 

 =お前に人を殺すことは出来ぬ、諦めろ。 


 ペルドリヌなどという小国は、竜帝程の力ならば簡単に滅ぼせる。

 術士で構成された国家だろうと、竜帝が本気になれば容易い事だ。

 ランズゲルグの性質では難しいが、手持ちの竜騎士達を投入すれば数日で片が付く。

 だが、こやつはそうしない……出来ないのだ。

 <青>がペルドリヌと今まで事を構えず、竜族への誹謗中傷に耐えているのは。

 四竜帝の総意で<人間との共存>を選択しているからだ。

 人間という生き物は。

 自分達より遥かに強く長命な竜族に、世界の覇権を握られぬか常に警戒している。

 これは、生物として致し方ないことだ。

 だからこそ。

 竜帝は人間に、恐怖を与え過ぎてはならない。

 畏怖されることは必要だが……強い恐怖心を持たれてはいけない。

 最近……この千数百年程は、竜族と人間はうまく共存してきた。

 我を<監視者>とすることで。

 竜族……竜帝への恐怖は、それ以上の恐怖……竜帝を殺せる<監視者>の存在が、人間の恐怖心を竜帝から逸らし。

 我の存在が、竜族と人間の均衡を保つ。

 だが。

 もし竜族が、怒りに任せてペルドリヌを滅ぼせば。

 それは人間の恐怖心を煽り、竜族への迫害となって返ってくる。

 過去に何度も繰り返された、事実だ。

 過ぎる恐怖は、殺意を生む。

 我は竜と人のそれを、長い……永い間、見てきた。

 だから、思ったのだ。

 我を手に入れたりこを、必要以上に人間共に‘恐怖‘させるのは得策では無いと。

 今回の間者は竜騎士共に下げ渡したが。

 今後送られて来る間者には、意図的に<監視者>のつがいの情報を流し。

 りこに対する人間共の感情を操作・管理できればと……。

 あの時。

 りこが温室で寝ている間に、全て処分すべきであったのか?

 そうすれば……頬を打たれるような惨事も起こらなかった。


 <監視者>のつがいに取り入ろうなどと、権力者共が考える余裕も無いほどの‘恐怖‘を人間共に与えるべきなのか?

 

 =ランズゲルグよ。感情に疎い我では、人間共の複雑な心情を考慮し、判断することが難しいな。力で抑え付けるのは簡単だが、加減が分からぬ。我が間者とそれを使った者達を引き裂けば、人間は原因となったりこを恐れるのだろう? 我は……人間がりこを見る眼を、我に向けられるようなものにしたくない。我はなんとも思わぬが、りこは違う。りこは、我とは違うのだから。


「じじい……。俺様に出来ることはなんでも協力する。だからっ」  

 

 =……お前は<竜帝>だ。竜族の事だけ考えていれば良い。この件は今後、一切口にするな。


「でもっ!」

 

 =黙れ、<青>。


「……わかったよ。もう言わねぇし、聞かねぇ。この事に、<青の竜帝>は関わらない」

 衣服を握り締め、俯く<青>は。

 成竜になっているはずなのに、何故か常より幼く見えた。

 ちびだからだろうか?

 それとも、我が変わったのだろうか?


 =ランズゲルグ、早く衣服を身に着けろ。カイユは仕事が早い。りこが戻ってくるぞ? 


「おい! やっぱ、手伝う気ゼロじゃねえか! おちびには、良い子ぶりやがってよぉ〜」

 

 =衣服を手元に移動してやったではないか。我はきちんと手を貸したぞ? 今朝、りこにも言ったが……我は脱がすことは出来るが、着せることは出来ん。他人の身体に、術式で衣服を着せたことも無い。試術が面倒だから、自分で着ろ。 


「この腐れじじいがっ! 脱がすって……おいっ」


 =りこがぱじゃまを脱ぐのを補助してくれたのでな。我もりこのぱじゃまを脱がして、畳んでやったのだ。我とりこのぱじゃまはお揃いなのだぞ! つまり、我とりこはらぶらぶという状態なのだ。


「世界最高齢の年寄りが朝っぱらから、何やってんだか……聞くんじゃなかった。俺様が馬鹿だったぜ」

 <青>は緩慢な動作で、衣服を身に着け始めた。

 溶液に1日入っただけで、ここまで回復するとは……。

 

 =ふむ。身体中の神経を捻じ切り、溶かしてやったわりには良く動くな。ランズゲルグよ、我は手加減しすぎたのか? 


「あのなぁ。……あれが限界点だ。ったく、死ぬかと思ったぜ。この鬼サドじじい!」


 ん?

 気づいたのだが。

 こやつは名を呼んでやると。


 =ランズゲルグ。


「……んだよ、じじい」


 うむ、やはり。

 

 =お前は未熟児だったせいか……今でも時々、幼子のような顔をするな。それとも発育不良のせいか?


「おい! だれが発育不良だ、このぼけがっ!」

 

 小さな小さな<青>は、ちびの成竜に成り。

 我の裾を握り締めていた手は、いつしか離れ。

 我がりこを得たように、これにもつがいが現れて。


 =……我は近いうちに、りこを連れ黒の大陸に移る。お前が寝てる間に<黒>と電鏡越しに会ったが、奴は1年持たん。


「……っ!」


 ランズゲルグの手は、つがいと繋がれるだろう。

 

「ヴェルッ、まだ黒の爺は生きてる! 移動は爺が死んでからだって、いいんだろう? まだっ……!」


 りこ、りこよ。

 貴女は我を変えた。

 我が思っていた以上に。

 我は、貴女に変えられてしまったようだ。


=お前がこのようにちびなのは、菓子ばかり食っていたのを放置した我にも非があるやもしれん。……ふむ。餞別に、お前に贈り物をしてやろうではないか。光栄に思え、ランズゲルグよ。我が贈り物をしたのは、今までにりこだけだぞ?





 


 温室に戻ると、女神様がいた。

「りゅ、竜帝さんっ! ああ、なんて綺麗〜、うっとり〜!」

 カイユさんが着ているのと同じような服だけど。

 彼の着ているアオザイ風の服の色は、深海を思わせるような深い青。

 全体に細かな銀糸で、蔓のような優美な刺繍。 

 まっすぐでさらさらの長い髪は、前の世界では絶対に有り得ない青で。

「こんなに美人だったなんて! あんまり美人過ぎて、美女に見え……ん?」

 私の裾を、何かが引っぱって……、あ、ハクちゃんでしたか。

「ハクちゃん、どうしたの? あ、竜帝さんの着替えを手伝ってくれて、ありがとう!」

 床に2本足で立ち、私の裾を小さな両手で握った旦那様は。

 皆に聞こえる念話で言った。

「……<青>が綺麗で美人だと? りこは昨日、我を世界一美人だと言ったではないかっ! しかも今、これに見蕩れていたな? わ、我はもう、りこの一番ではないのかっ?!」

 世界一の美人?

 そんなことは、言ってないと思うけど。

「え? そ、そう? そ、そんなこと、ないよっ、ね? ハクちゃんだって、とっても美人だよ? でも、あのっ」

 世界一美人って、ミスユニバースじゃないんだしさ。

 だいたいハクちゃんは男の人だしね。

 美人っていうより、美形っていった方がいいのかなって。

「り、りこ……!」 

 私を見上げていた金の眼が。

 うるっって、なったかと思うと。


「ぎゃー、痛ってぇえええ! 何すんだよ、じじい!」

 

 

 女神様、ではなく竜帝さんが叫んだ。

 一瞬で移動した白い竜は。

 彼の口に両手を突っ込み、その手を左右に……!

「ひゃ、ひゃめろうっ〜! ひゃめ、じじっつふふぃがはけるうー!」

 口が裂けるって、言ったのかな?

 口が裂け……!

「きゃあっ! なにしてるの、ハクちゃん!」

 ああっ!

 女神様の麗しいお顔が、台無しだよっ。 

「何って……。これの顔を不細工にしようと思ってな。りこが見蕩れてしまうような顔ならば、再生できぬほど細切れにしようかと」

 くりんとこちらを振り返ったかわゆい竜は、そう言って。

 さらに腕を左右に……まずい、それ以上はまずいよハクちゃん!

「へめりょー!!」 

「陛下っ!」

「やめてぇええ〜ハクちゃん、やめてー!」


「なんか楽しそうですねぇ。なんかの罰ゲームっすかぁ、陛下」


 この声、ダルフェさんだ!

 ダルフェさんはキッチンワゴンを押し、昨日も使っていた籐のバスケットを担いで現れた。

 本日も青い騎士さんの格好をしてて、かなり格好良い。

 今度、人型のハクちゃんにも着てみて欲しいな〜。

 絶対に似合うと思うんだけど。

「ちょっと風呂に入ってきたんで遅くなりましたが、飯にしましょうやぁ。陛下ぁ、ご希望通りに肉てんこ盛りっす」

 ダルフェさんは目の前の状態に全く動じず、言った。

「旦那〜、遊んでないで姫さんに飯を食わせてあげなさいな。今日は夕焼けを見に行くんでしょう? 食わなきゃ体力つきませんって」 

 あ、本日は夕焼け見学!

 ん?

 体力って……山にでも登って、夕焼け見るってこと?

「むっ! そうであった」

 ハクちゃんは竜帝さんを、そのまま横にぽいっと投げ捨て。

「ふぎゃっ! こ〜の、鬼サドじじいーっ!」

 尻餅を付き、赤くなってしまった頬をさする竜帝さんを完全無視して。

 私に向かってトテトテと走り。

「りこ! 抱っ……むっ!」

 小さな手を私に伸ばし……ささっと、引っ込めた。

「ハクちゃん?」

 くるっと方向転換し、またトテトテ走って。

 お池の淵にぺろ〜んと腹ばいになり。

 ぱしゃぱしゃ。

 ばちゃばちゃ。

 両手を水に入れて、何かしていた。

「じじい? おい、てめえはアライグマかよ?! それは観賞魚だから、食っても不味いぜ?」

 竜帝さんは、優美な眉を寄せて言った。

 それとは対照的に。

 ハクちゃんの行動を見たカイユさんは、にこにこしながら。

「……ああ! そうですわね。さすがヴェルヴァイド様です……さ、これでお拭き下さいませ」

 ハクちゃんに歩み寄り、薄いピンクのハンカチを差し出した。

 ハクちゃんは身体を起こし、カイユさんからハンカチを受け取ると丁寧に手を拭き。


「我としたことが。<青>の汚らしい唾液の付いた手で、大事なりこに触れてしまうところであった! ああ、なんとおぞましいっ」


 薄いピンクのハンカチで、お手手を拭き拭きする小さな白い竜の姿はめちゃくちゃ可愛かった。

 可愛かったんだけど……。

「おい、じじい! 何気に俺様をばい菌扱いしやがったなー!」

 竜帝さんはダルフェさんに手を借りながら、よろよろと立ち上がり。

「まあまあ。こんななりでも陛下も一応、雄竜なんすからぁ。旦那が手を洗ったって当たり前ですってぇ〜! しっかし陛下ぁ、3年ぶりに人型拝見しましたが、相変わらずちびっすねぇ」 

 ダルフェさんはにやりと笑って、竜帝さんの頭を撫で撫でして言った。

「こんなんだから、人間の男に求愛されたりするんすよ? 背が無いんだから、もっと筋肉つけましょうや〜」

 え?

 きゅ、求愛ー!

 女神様な竜帝さんだけど、男の子だよね?

 ちょ、ちょ、ちょっと〜っそれって!

 うふふ……ちょっと、詳しく聞きたいかも。

「ダルフェ! てめっ、それはっ!……ちが、違うんだおちびっ、そんな眼で俺様を見るなぁ〜!」 

 竜帝さんは宝石のような青い瞳で、まだ手を拭いているハクちゃんを睨み付け。

「おい、ヴェル! 俺様になんかくれるんってんなら、てめえの身長をよこしやがれー! 20……10セテでいいから、くれ〜!!」

 その悲痛な声に。

 魂の叫びに(なんのこっちゃ)。

 私はまたまた、親近感を感じてしまった。

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