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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
58/212

番外編 ~七夕~

『ハクちゃん。この絵本のお話って、けっこう大人向けじゃない? 悲恋物でしょ?』

 りこが我のつがいになり、2週間程たった。

 魔女に言葉を習っているりこは、昼間は意識して公用語を使おうと努力しているが。


『ハクちゃん、ハクちゃん? 聞いてるの?』


 2人だけで過ごす夜になると、異界語で我と念話を用いて会話をしていた。

 我としては。

 苦労して公用語など喋れるようにならずとも、我と念話が出来るのだから良いのではないかと思うのだが。

 りこは我だけと……。


 =うむ。すまぬ、りこに見蕩れておった。


 りこの身に着けている夜着は、上品な光沢のある絹で。

 柔らかな肌をすべるような生地は、りこの小さく華奢な身体の線を露にし。

 魔女が用意したそれは、りこにとても似合う。

 が。

 少々、……我としては複雑だ。

 昼間は竜族の妻らしく、露出の一切無い衣服を身に着けているりこだが。

 寝台で我と過ごす時の、りこの夜着は。

 なんというか、その……おのれ、魔女めっ!

 我がりこに未だ触れられぬことが分かっていて、このような夜着を……どこまで嫌がらせをするつもりだっ!

 あやつは、先代魔女の恨みを引きずっているのか!?

 我は細かいことを気にせん性質だが、男と魔女は無理だと昔から公言していただろうがっ!


『またまた~、私……見蕩れる要素なんか無いもん』


 寝台に座っていたりこは、そう言って本を閉じ。


『ね、このお話って昔の御伽噺なの? とっても綺麗ですごく冷たい<氷の帝王>って呼ばれた魔物に恋したお姫様が零した涙で、神様が<星の河>を作ったなんて』


 =……人間の女の涙が、星になることは有り得ない。くだらない昔話だ。


 我の前で、多くの女達が泣いたが。

 女が出した涙は、単なる分泌物であり。

 それ以上でも以下でもない。

 涙が星になるわけがない。


『ハクちゃんって、見た目はめちゃくちゃ可愛いのにな~。ふふっ、意外と情緒無いタイプ?』


 苦笑したりこは、寝台から降り。

 ソファーにかけてあった上着を羽織った。


『ちょっとだけ、夜のお散歩しようよ。東京の夜と違って、星が綺麗だし。うちはぎりぎり東京都みたいなとこだったけど、あんまり星は見えなかったな……』


 とうきょう。

 りこが住んでいた都市。

 りこの家族が居る場所。


 =りこ……抱っこ


 そう、りこに言うと。

 すぐに我を抱きあげてくれた。

 我はりこの胸に顔を埋め、りこの香りを嗅いだ。


 りこ、我のりこ。

 もとの世界になど、帰さない。

 家族になど、渡さない。

 りこは、我のものだ

 我だけの、りこなのだ!


『ハクちゃん……ごめんね、大丈夫だよ。私、帰れないんだから。だからハクちゃんとずっと一緒だよ?』


 りこは優しい。

 もとの世界の話をすると、我が‘不安そうな眼をする‘と言い。

 そういった話は、避けてくれていた。

 我はそれに甘えるばかりで。

 りこに甘やかされることは、とても気持ちが良く。


 =りこ。ぎゅってしてくれ。ぎゅって……して。


『うん。ハクちゃんは甘えん坊さんだもんね〜。抱っこ大好きだもんね、まだ小さいんだから無理ないよ』


 りこは我の体躯から、我を幼竜と勘違いしてるようだったが。

 都合が良いので、特に訂正はしなかった。

 我は‘抱っこ‘が大好きなので。







『うっわー! 綺麗だねぇ。今夜はお月様が隠れてるから、星が良く見えるね』


 中庭の中央近くに小ぶりな敷物(りこが庭でまどろむ時に使用している)をしき、寝転がって夜空を見上げて。


『まるで天の川……本物は見たこと無いけど。こんな感じだよね、きっと。……七夕とかって、こっちもあるのかな~』


 我が見惚れるのは、夜空ではなく。

 りこだ。

 りこの黒い瞳の中に、無数の星が輝いていて。

 それはあまりに綺麗で、幻想的で。

 もっと近くで見たくて。

 我はりこの顔を覗き込んだ。

 ああ、りこの美しい瞳から零れる涙なら。

 天に昇り、星になっても不思議は無い。

 それほどに、美しい。

 綺麗で甘い、りこの涙なら。


『……ハクちゃん。ごめん、ちょっと近いよ。空が見えないよ』


 むっ、りこの瞳に吸い込まれ。

 つい、無意識に身体が……。


 =すまぬ、あまりにりこの眼が美しかったのでな。


 正直に言うと。


『ハクちゃんって、情緒無いんだかあるんだか……。まあ、審美眼はずれてるよね』


 そう言い、笑った頬がほんのり赤くて。

 間近でそれを見た我の心臓は。

 まるで、直に握られたほどの衝撃で。

 ぎゅぎゅーっとなってしまい。


 =わ、我はそのっ! り、りこをあい……あ、七夕とはなんなのだ!?


 いかんぞ、我よ!

 思わず求婚してしまうところであった!

 まだ、我に‘結婚‘は早いのだ。

 未だラパンの実を潰してしまう我には、りこと巧く交尾する自信が全く無いのでな。

 愛しいりこを傷つけるくらいなら……ずっと交われなくても良い。

 側に居てくれるなら、我は愛玩動物でも良いのだ。

 どんな形であれ、りこが我の側に……それだけで。


『七夕? えっと、あっちの世界の行事というか伝説というか……話していいの?』


 りこは少し困ったような顔をした。

 りこにこのような顔をさせてしまう、自分の弱さが憎い。

 我はりこと出会ってから、自分が嫌いになった。

 世界最強の力があっても、りこの役にはたてなくて。

 りこの心の動きを察して行動することも出来なくて。

 我は愚かで、無力だと思い知った。


 =うむ。我に、教えて欲しい。


 甘えてばかりの、我だが。


 心の底から、全てをかけて。

 貴女を愛している。

 



『恋人同士の織姫様と牛飼いの彦星さんが、年1回だけ会えるのが七夕なの。さっきの絵本にあったような、星の川を渡って会うの』


 りこが言うには、それは古い御伽噺で。

 その恋人同士はあまりに仲睦まじく、2人でいると仕事をもせず愛を語らうために天帝が怒ってしまい。

 年1度しか逢瀬が出来ぬようにしたのだという。


 =変な話だな。しかも、男が情け無い。そんなに愛しい女なら、天帝とやらを無視すれば良いのだ。


『う~ん。彦星さんは一般人だから、神様みたいな天帝には逆らえないというか』


 りこは起き上がり、我を膝に乗せ。

 温かな手で撫でてくれながら言った。


『ハクちゃんだったら、どうするの? 無視しまくるの?』


 もし。

 りこと年1回しか会うななどと指図されたなら?

 この世界最強竜の、我に?


 =無視? まさか。……即、この爪で引き裂いてやる。我からりこを奪おうとするものは、全て処分する。


 許さない。

 我からりこを奪うなど。

 天帝だろうと、神だろうと。


 蹴り飛ばし、ぶち殺してやろうではないかっ!


『ひょぇ~そ、そっか。……うん、ありがとうハクちゃん』


 拳を掲げ誓う我の頬を、りこは細い指でつんつんと突付き。


『こんなに可愛いのに、ハクちゃんって凶暴だよね~。ね、七夕は短冊に願い事を書くの。部屋に戻って、やろうよ。ハクちゃんは私より、字を書くの上達してるんだし』


 りこは敷き布を素早く畳むと小脇に抱え。

 我を抱っこし、部屋へと歩き出した。

 

 術式を使えば一瞬だが。

 我はりこに抱っこされて移動するのが、好きなのだ。

 りこと出会い、好きなものがいろいろ出来た。

 嫌いになったり、好きになったり。

 我は、とても忙しいのだ。

 寝室に戻ると。

 りこは鋏みで書き取り練習の用紙を長方形に切り、我に差し出した。


『はい、どうぞ。ハクちゃんの願い事を書いてね』


 我の願い?

 我の願いは……。


 =りこは? りこは何を願うのだ?


 とても気になる。

 りこの願いが。

 それは我の力では叶えられぬものなのだろうか?

 我は、りこの望みを全て叶えてやりたい。

 家族の元に帰るという願い以外は、全て。


『私? 私は……』


 りこはもう1枚、用紙を長方形に切り。

 机の上で紙を1度撫でてから、迷いなく書き込んだ。

 それは異界の文字で、覗き込んだ我には解読不能で。

 不安になった。


 =りこ……これは、なんと?


 帰りたいと書いてあったら、我のような竜……いや、化け物のつがいなど辞めたいと書いてあったらと。

 濃い闇のような感情が、身体の奥底から沸いてくる。

 もし、そのようなことが書いてあったなら。

 我は、我は……我はりこをっ!


『こっちの文字がやっぱりわかんないから、日本語で書いちゃった。えっと、ちょっと恥ずかしいんだけど……』


 りこ、我はっ!


『ハクちゃんとずっと一緒に居られますようにって、書いたの』


 りこ。


『私、竜じゃないから。ハクちゃんは私をつがいにしてくれたけど、でも……ハクちゃんだっていつかは大人になって、竜の女の子が良くなって、私は、その……』


 我の、りこ。


『私、邪魔したりしないから。ハクちゃんに竜の女の子の恋人が出来ても、一緒にいていいかな? 私、この世界で信用できるのは、安心できるのはハクちゃんしかいなくてっ』


 我の‘つがい‘よ。


『ハ、ハクちゃん?』


 我はりこの手から筆記用具をとり。

 りこの書いた異界の文字をなぞった。

 異界の文字は<かんじ>という部分が特に細かく、難しいが。

 時間をかけて、丁寧になぞって……。


 =うむ。我の望みも書けた。


『……ハクちゃん』


 =最後に、ここに‘ハク‘と署名して。……りこ!?


 書き終わった用紙に、雨が降ってきた。


 りこが泣いていた。

 用紙を見て、唇をかみ締めて。

 書いたばかりだったため、りこの涙でインクが滲み。

 異界の文字はぼやけて、紙に広がって……。


 =りこ、どうしたのだ? どこか痛むのか? 腹が減ったのか? 


 我は取り乱して、りこの顔に手を伸ばしそうになり。

 慌てて手を握り、ひっこめ……むむっ?

 りこが我の両手を掴み、自分の頬に……ああ、りこの涙はなんと温かいのか。


『あ、ありがと……ありがとう、ハクちゃん。私を側においてくれるんだね、私を捨てたりしないんだね。わ、私……っ』


 抱きしめたい。


 りこを。

 この手で。


 だが、我の身体は小さくて。


 りこの頬を撫で、涙を拭ってやりたいのに。

 我の爪は鋭くて。


 竜体ではなく。

 人型でこの場に居たのなら。

 

 やはり、愛玩動物ではなく。

 我は、りこの夫になりたい。

 小さな身体をこの腕に抱き、りこの柔らかな頬にこの手で触れたい。


 =りこ、我は竜の女などいらぬ。りこだけで良いのだ……ずっと、りこ1人だけでいい。

 りこは黙って涙を流し。

 我は、りこの涙を舐め続けた。


 綺麗で甘い、りこの涙。

 切ないほど美しいそれを、星になどさせるものか。

 

 りこの涙は、我のもの。

 りこは、我のもの。


 我は、りこのもの。






「トリィ様は、今朝は御眼が腫れてたわね……夕べ、トリィ様はずいぶんとお泣きになったのね? ヴェルヴァイド様ったら! いやあねぇ~、うふふっ」


 午後の語学授業が終わり、りこはカイユと厨房に茶の用意に行き。

 中庭のテーブルに座ってるのは魔女だけで。 

 いつもなら我も、りこと共に取りあえず厨房に行くのだが。

 我は術式で寝室にあった本……絵本を取り出し、魔女に放った。

「ああ、先日お貸しした絵本ですわね? 挿絵がとても綺麗でしょう、これ」

 まったく、むかつく女だ。

 りこの気に入りでなければ、とっくに処分しているぞ。


 =持って帰れ。


「うふふっ、<美しき氷の帝王>に恋した美姫の悲恋話は女性に人気があるんですわよ?」


 =貴様……。


「氷の心しか持たない魔物は美姫の愛に全くなびかず。哀れな姫の涙が<星の河>になった……ふふっ、実際はこの星の数ほどの女が貴方様に焦がれて、泣いたことでしょうね」


 =……さあな。とにかく、二度とりこに見せるな。今度このような戯れをしかけたら、セイフォンを潰して帝都に移るぞ。


「……御意。<美しき氷の帝王>様」




 それは御伽噺ではなく、古い古い昔話。

 もう、どこにもいない。


 美しい氷の魔物の物語。

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