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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
57/212

第55話

 ハクちゃんは私を温室に連れ帰ってくれた。

 竜帝さんも一緒に。

 竜帝さんは温室中央の池の淵に腰掛け、ガウンのポケットから鏡のような物を取り出して指先でトントンと数回叩き。

「カイユ、カイユ! あぁ、避難命令解除だ。それと、南棟に来るとき俺様の服を持ってきてくれ。鎮痛剤はいらねえ、あれは動きが鈍るからな。で、ダルフェは? 餓鬼共んとこか? ……分かった、じじいには俺が伝えとく」

 あ、もしかして。

 あれが電鏡なのかな?

 カイユさんと喋って……。

 竜帝さん、綺麗だな〜。

 青くてさらさらの髪に青い眼の、美人さん。

 さすがに胸は無いようだけど、ハクちゃんやダルフェさんよりずっと華奢だし女顔で。

 ああして腰掛けてると、まさに女神様というか……。

「りこ」

 竜帝さんに見蕩れていた私の裾を、ハクちゃんが軽く引っ張った。

「我は<青>がりこに2ミテ以上近寄ればあれの眼を抉ると、前もって忠告してある。が、りこからも、あれには必要以上に寄らないでくれ。でないと我は……今の我は、反射的に<青>の首を落とす可能性がある。りこの前でそのようなことは、したくないのだ。我はりこに……怖がられたくない、嫌われたくない」

 なっ……首を落とす?

「ハクちゃん、なんでそんなっ」

 ハクちゃんは小さな両手で裾を握り締め、言った。

「今の我は……常より押さえがきかんのだ。りこ、悪いが1人で風呂に入ってきてくれるか?」

「え? お風呂って……あ!」

 そうだ、他の人の匂い。

 服も、おじさんに掴まれた場所が汚れてるし……。

「他の男の匂いが、我の理性を引き裂き弱くする! 出来ることならこの手で、りこを隅々まで徹底的に洗い清め……我の匂いを、深く濃く染み込ませたい! ああ、その身体の奥の奥まで、我を……!」

 私を見上げる金の眼は、きらきらを通り越してぎらぎらしてきて。

 スカートを掴んでる手が、ぶるぶる震え……。

 ちょ、ちょっとハクちゃん?

 なんか様子がっ。

 しかも何気に、凄いこと言ってるんじゃないの?

 人型で言われてたら、流石に引くような過激な内容じゃありませんでした?

「おい、おちび。じじいの理性がきいてる間に、風呂に入って来い! とっとと余計な匂いを処理しねえと、ヴェルにとんでもない目に合わされんぜ?」

 ハクちゃんの異変に気づいた竜帝さんが、私を追い払うかのようにしっしと手を振った。

 ひえっ〜!

「わ、わかったです! 今すぐ、入ってきます!」

 私はハクちゃんの手からスカートを引き抜き、お風呂場へ走った。

 そうでした、うっかりしてました!

 バイロイトさんの時だって……。

 脱衣所に飛び込み、大急ぎで服を脱ぎながら。

 ふと、気づいた。

「そういえば……頬、痛くない」

 あんなにじんじんしてたのに。

 ん?

 ハクちゃんが治ったなとか、回復能力がうんぬん言ってたよね?

「鏡、鏡っと……え?」

 脱衣所の姿見を覗き込んで確認した頬は。

「治ってる」

 叩かれた痕は無く。

 いつもと同じで。

 これ、どういうこと?

 支店でハクちゃんとした時、怪我をしたはずなのに……私、なんとも無くて。

 治療技術が進歩した世界なのかな〜と、暢気に考えてた。

 帝都に着いて雨に打たれた後、高熱が出たって言われた時も。

 起きたら咽喉がちょっと痛いだけだったし、ハクちゃんは私に過保護だからオーバーに言ってるんだろうって思ってた。

 でも。

 頬の件は、おかしいよね?

 竜の貴方とお揃いの、金の眼になって。

 貴方の鼻血で、酔っ払った私。

 気・甘いかけら・回復能力。

「ハクちゃん……貴方は私の身体に、何をしたの?」






「じじい……」

 おちびが浴室に消えると。

 じじいはその場に蹲り。

 おちびを無意識に追うかのように伸ばされた右手を、左手で床に押さえつけていた。

 鋭い爪を常より数倍伸ばし、右手の甲に4本全て貫通させ。

 床に左手を縫い付けていた。

「<青>、我を踏めっ。早くしろっ! ……けっして我に、りこを追わせるな!」

「分かった」 

 俺様は身体の内部損傷がいまだ完治には程遠く、動くたびに激痛が走る状態だったが。

 正直に言えばこのまま座っていたかったが、なんとか腰を上げ。

 じいいの小さな身体を踏みつけ、押さえた。

 おちびの周りから雄を排除したがるじじいが、俺様をここへ連れてきたのは。

 じじいが俺を同行させたのは、この為だと分かっていた。

 おちびを他の雄に……人間の男に触れられた、ヴェルは。

 人間のおちびにとって、とんでもなく危険なのだ。

 じじいは自分自身からおちびを護るために、俺様を連れてきた。

 竜の雄は、雌をとても……とても大事にする。

 その分、独占欲が強い。

 まして、じじいは蜜月期中で。

 他の雄の存在を一切許せないはずだ。

 つがいに触れられたら激怒し、その男を引き裂き。

 強い独占欲に支配され、雌を激しく求めてしまう。

 肉体強化に失敗したおちびに竜の激情をぶつければ、かなり辛い目に合わせることになる。

 いくら強い回復力があるといったって、辛いことには変わりない。

「……なんで、異界人のおちびがつがいだったんだろうな、ヴェル」

 普通の竜の雄ならば。

 北棟の庭で、雌をとっくに押し倒してる。

 おちびは男にただ触れられただけじゃない。

 どす黒い血を、体液を付けられたんだ。

 じじいがぶちぎれても、しょうがない。

 だが、このじじいはそうはしなかった。

 おちびに無理強いをせず。

 邪魔した俺を、殺しもしなかった。

 つがいに触れた男を引き裂きに行きたいだろうに、我慢して。 

「やっぱ、じじいは……ヴェルはすげえなぁ」 

 俺様に踏まれてる、小さな白い竜は。

 本能を理性で抑え。

 心も身体も脆いおちびを自分自身から護るため、他の雄竜に足蹴にされる事すら厭わない。

 世界最強の竜である、じじいが。

 この世の全てが恐怖にひれ伏す、最凶最悪の男が。

 どこにでも居るような、平凡で小さな娘の為に。

 

 

 じじいは……ヴェルはずっと、独りだった。

 ヴェルは特殊な存在だから、つがいなど存在するはずがないと誰もが思っていた。

 氷で創られたような外見と、全く温度の無い内面を持つヴェルには誰かを愛する感情など……心など無いのだと。

 だが、どうだ!

 ヴェルのおちびに向ける愛情は、竜族のそれより強く深い。

 もし。

 もしも、じじいがおちびとの子を望むなら。

 セリアールの実験を……俺様は引き継ごうと思う。

 子が出来れば。

 もし、おちびが死んだとしても子が残り。

 子が子を残して、おちびの血がずっとヴェルに寄り添ってくれるのだから。

「……ランズゲルグ! この愚か者めがっ、手加減するな! 我の臓腑が潰れるほど踏まんか! しくじったら今度こそ貴様を引き裂くぞ!」

「へいへい、わかりましたよ〜」

 俺様はじじいを踏む足に、さらに力を込めた。

 竜帝である俺が‘個人ランズゲルグ‘ でいられるのは、それが許されるのは。

 このじじいの前でだけで。


 早くに両親を失った俺様の側に、今まで居てくれたのは。

 このじじいだったのだから。

 

 

 




 おちびが戻ってくる気配を感じ。

 足元のじじいに確認してみた。

「おい、じじい。もう落ち着いたか? おちびが来るぞ」

 じじいはきつく閉じていた目を開き、鼻をくんくんと……。

「うむ。大丈夫だ、どけ<青>」

 言いながら俺様を片手でひょいっと、ぶん投げ。

「痛ってぇな、じじい! 俺様はてめえのせいで大怪我してんだぞっ? ほんと、自己中って言うかなんというか……おい! 待て、こら!」

 じじいは温室と居住区を仕切る扉に向かって、短い足で駆け出した。

 それと同時に扉が開き。

「ハクちゃん! ね、もう匂わない? 髪の毛も洗ったよ? 全部着替えたし」

 風呂から出てきたおちびは、黒髪を拭きながら膝を付き。

 じじいはその膝に両手でしがみ付き。

「りこ、りこ!」

 まるで母親にすがる子供のように。

 小さな頭を、おちびに甘えるように擦りつける。

 じじいの頭の中は、つがいのことでいっぱいで。

 俺の存在など、これっぽっちもありゃしない。

 おちびの前にいるのは【ヴェルヴァイド】ではなく【ハク】なのだから。

「りこ、我のりこ! うむ、もう匂わない。我の好きなりこの体臭しかしない」

 なあ、おちび。

 人間をつがいにした竜の末路を知ってるか?

 知るわけないか、じじいが教えるわけないもんな。

「体臭? ちょっと、ハクちゃん! もっと違う言い方ないの?」

 おちびは笑いながら、じじいを抱き上げ。 

 細い腕で、大事そうに閉じ込めて。

「私も、ハクちゃんの匂いが大好き……」

 じじいと揃いの金の眼を、細めて。

 柔らかい微笑みを浮かべた。


 おちびよ、異界の女よ。

 竜の雄はけっしてつがいを裏切らない、裏切れない。

 だが、人間は違う。

 違うということを、俺様は知っている。

 蛇竜となった同属を殺した俺は、知っているから。

 もし、お前がじじいの想いを裏切る時がきたら。

 じじいの愛を私利私欲の為に、利用するようになったら。

 このランズゲルグが、お前を殺そう。

 お前を失ったじじいが狂い、世界が壊れたってかまうもんか。

 

 この俺の手で、じじいの【りこ】を殺そう。


「おい! おちび、ちょっと早いが昼飯にしようぜ。肉食って、体力つけなきゃ俺様は倒れちまう。背の為にも肉だ、肉!」


 俺がお前を、殺す。

 


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