表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
54/212

第52話

 薬草園は私が通ってた小学校の校庭ほどの広さがあった。

 色とりどりの花。

 さまざまな形の葉。

 奇妙な形の実。

『これ、ヤマモモそっくりなのに、サッカーボールの大きさなんて。よく木から落ちないよね』

 私だけしか居ないから、日本語で喋った。

 はやくこちらの公用語が喋れるようになりたくて、使わないようにしてたんだけど。

 1人だから、いいかな〜って。

 薬草園の中央にある木に近寄り、下から見上げた。

 私の腕では抱えられないような太い幹。

 青い空に映える鮮やかな黄緑の葉が茂って。

 無数の巨大な実が……落下した実に直撃されたら、死んじゃいそう。

 私は慌てて木から離れた。

『ヤマモモか……』

 父の実家の畑には大きなヤマモモの木があって、毎年6月になると赤くてまん丸の可愛らしい実がたくさん採れた。

 生で食べたり、ジャムにしたり。

 今年も祖父と収穫して、2人でジャムをいっぱい作った。

 祖父も私が行方不明になり、きっと……すごく心配してる。

 3年前に祖母が交通事故で亡くなって、そのショックからまだ抜け切れていない祖父。

『……ごめんね、お祖父ちゃん。私の花嫁姿、楽しみにしてくれてたのに。披露宴で詩吟するんだって、毎日練習してくれてたのに』

 ごめんね。

 ごめんなさい。

 私、この世界で生きていきます。

 ハクちゃんの側で。


 いつの日か。

 私の命が終わったら。

 魂だけになったら。

 もとの世界に帰れるのかな?


 私、ちゃんと分かってるの。

 竜のハクちゃんとは、寿命が違うって。

 そのこともあって、ハクちゃんに歳を聞けないでいる。 

 私がお婆ちゃんになっても、きっと彼はあのままで。

 綺麗だと、かわいいと言ってもらえるのは短い時間で。

 彼の前で老いて、死ぬ。

 寂しがりやで泣き虫な、あの人を残して。


 魂だけになったって、側にいたいけど。

 私が居なくなった後。

 他の女性を愛する貴方を見たくない。

 あの微笑を、私以外に向ける貴方の側にいたら。 

 私は自分勝手で嫌な女だから、相手の女性を憎んでしまう。

 大好きな貴方を、憎んでしまいそうだから。


 心の狭い、嫌な女だから。

 貴方への未練いっぱいで、醜いお化けになっちゃうよ。

 貴方に軽蔑され、嫌われる前に。

 元の世界に、帰るね。


 だって。

 嫌われたくないんだもの。

 貴方に。

 嫌われたくない。


 


 私より背の高い、タンポポに似た花や。

 小指の先くらいしかない白い百合。

 5センチ位のミニミニかぼちゃが鈴なりの木は、葉がプラスチックみたいで。

 見るもの全部が、すご〜くおもしろい。

『でも、触ったり香りを嗅いだら駄目なんだいね。うう〜、我慢我慢』

 薬草の中には、毒性のあるものもあるから絶対駄目だってハクちゃんに言われていた。

 確かに……このりんごなんで紫に茶のマーブル模様で怪しすぎるよね。

 しかも地面から螺旋状の青い茎が伸びて、その先に逆さまにくっついて。

『き、気持ち悪いかも』

 綺麗な花、変な草、気持ち悪い実。

 かなり、楽しい。

 

 周りの木々は秋の風情なのに、ここだけは緑に溢れて。

 綺麗だけど、不自然だった。

 時期外れのものは、旬のものより美味しくなくても高い値段でスーパーに並ぶ。

 私はそういった果物は、買わなかったけど。

 薬草……必要な薬なら。

 高くても買わなきゃならないから、売れると思うけど。

 お金持ちしか買えないんじゃなく、一般人にも買えるように生産力を高めて欲しいな。

『ん、これも面白い! 葉っぱが分厚い手袋みたいで、花が私の頭サイズ級紫陽花だよ』

 色はスタンダードな青で、綺麗だった。

 今度は図鑑を持ってこよう、うん。

 名前や効用を調べながら見学すれば、もっとおもしろ……え?

 

 突然。

 目の前の空間が歪んだ。

 グニャって、曲がり。

 

 ドスンッ。


 重い音と同時に。

 布の塊が……これって。


『……に、人間?』


 今の、術式で移動してきたんだよね?

 ミー・メイちゃんが離宮に来た時は、こんな歪みはなかったけれど。

「ううっ」

 しゃがみ込んでいた人……中年の男性で、着ているものは元の色が分からないほど汚れていて。

 黒っぽい赤茶染みだらけの衣類は所々が切れていて……酷い匂いがした。

 体臭とか、そんなレベルではなく。

 私が今まで嗅いだ事の無い。

 逃げ出したくなるような本能的な怖さを感じる、嫌な匂いだった。

 いきなり人が現れた驚きと、衝撃的な匂いに動けずにいた私を。

 よろめきながら立ち上がった男の人の眼が捉え。

 泥と血で汚れた顔……血、血なの?

 私の5倍はありそうな、かなり太ったおじさんは。

 私を見て、笑った。

 ぞろりとした長い服の裾からは裸足の足が見え。

 変色した血液?

 つ、爪……無い?

 なに、なんなの?

 このおじさん、怪我してるの?

 でも、笑ってる。

 とっても嬉しそうに。

 誰?

 と、取り合えず。

 このおじさんは怪我してるみたいだし。

「あ、あの! 怪我、してますよね? 私、お城に詳しくないのでお医者さまの居場所が分らないんです」

 おじさんは笑うのをやめ、私に向かって一歩進んだ。

 私は思わず後ろに下がった。

 臭いし、なんか怖い。

 私を見る眼が、怖い。

「えっと、私の夫を呼んで助けてもらいましょう! 彼なら医務室に転移してくれ……ひっ!」

 どす黒く変色し、爛れ膨れあがった手が。

 私の右腕を掴んだ。

「あぁ、俺はなんてついてるんだろうな。お嬢ちゃん、俺を助けてくれよ。あんた竜族だろ? 小さいから人間かと思ったが、眼が違うもんな」

 おじさんは薄ら笑いを浮かべ、媚びるように言った。

「医務室に連れてこうと思ったんだね? 良い娘さんだ。普通の竜族は大人しく、優しいもんな……奴等と違って」

 掴まれた腕。

 力が強くて、痛い。

「あの、腕を離して。ちょっと、痛いです! 夫を呼びま……」

 あ。

 駄目。

 この人。

 私に触った。

 ハクちゃんが怒るかもしれない。

 怪我してるのに、ぶっとばされ……それじゃ済まないかも。

「な、俺は怪物に追われてるんだよ。この怪我も奴等だ、仲間も殺された。ここにいちゃ殺されちまうんだ。だから逃げるのに、協力してくれ。な、いいだろ?」

 怪物?

 仲間の人、殺され……!

 大変。

 やっぱりハクちゃんを呼ぼう。

 このお城に、人を襲うような怪物が入ってきたなんて!

 他の人にも知らせて、避難とかしなきゃ。

 警察とか警備の人とかに連絡……!

「夫を呼びますから、腕を離して! 私に触ってちゃ、駄目。夫に見られたら、貴方が大変なことに……きゃっ?!」


 バンッって音。

 なに?

 顔……左側。

 じんじん、ずきずき。

 どくどくして、熱い。


 私、叩かれたの?


「騒ぐな、雌蜥蜴! 雄を呼ばれちゃ困るんだよ! 雄竜はつがいの雌の事となると、とたんに凶暴化するからな」


 叩かれたんだ。

 左の頬。

 嘘。

 なんで?


「この大蜥蜴の巣から逃げるには、幼竜か雌を盾にするしかねえんだよ!」


 蜥蜴……巣?

 この人、何言ってるの?

 わからないよ。


 怖い。

 頬、痛い。

 掴まれた腕も、痛いよ。

 怖いよ。

 怖いよハ……駄目、呼んじゃ駄目!

 おじさんが、危ない。

 私の頬。

 きっと腫れてる。

 すごく熱を持ってるもの。

 

 ハクちゃんは、すごく怒るはずだ。

 自惚れじゃなく。

 支店長さんにも言われたもの。

 ハクちゃんは私の為なら、簡単に他人を傷つける。

 竜帝さんの怪我だって、原因は私に関する事だ。


 あの人に。

 人殺しなんて、させたくない。

 私のせいで、人が死ぬなんて。

 


「来いっ! 奴等が来るっ」

 どうしたらいいか迷う私を、おじさんは荷物のように脇に抱えた。

「なっ!……きゃっ?」

 抵抗するまもなく視界が歪み、回転し。

 とても眼を開ける事は出来なくて。

 ぎゅっと閉じた。

 頭の中がぐにゃぐにゃになり、ぐるぐる回り。

 酷い眩暈と貧血を起こしたような感じで。

  

「はあ、はあッ! ちいっ……街へ出るには、後3回は転移しなきゃ駄目だな。畜生めっ!」

 

 荒い息で。

 おじさんが言った。


 転移って、今のが?

 ハクちゃんのと、全く違う。

 こんな……うっ、気持ち悪いよ。

 吐きそう。

「や、やめて。私……うっ」

 口を抑えて、足をばたばたと動かした。

 自分では、かなり暴れたつもりだったけど。

 吐き気と眩暈と貧血で。

 ふにゃふにゃした動きしか出来てなく。

 おじさんを苛立たせただけだった。

「大人しくしてろっ、手足を折るぞ!」

 私を見る血走った眼が。

 おじさんは本気で言ってることを伝えてきて。

 怖くて、動けなくなった。

 このおじさんは、いったい何者なの?

 悪い人?

 でも、怪物から逃げてるって。

 怪物から逃げるのに、なんで私を無理矢理連れてくの?

 叩いたり、手足を折るなんて怖い事を言うの?

 怪物から逃げたいなら、竜族の人達に助けてもらえばいいのに。

 お城から離れるなんて、おかしいよ……どうして?

 怒鳴るように喋るから、単語が聞き取りづらいし。

 ハクちゃんを呼ぶべきなのかな?

「ったく、こんな仕事引き受けるんじゃなかったな。お宝の情報を集めに来ただけで、別に危害を加えにきたわけじゃねぇのによ。……まあ、それだけ特別扱いってことの証明か」

 仕事?

 このお城で?

「早く転移しないと奴等に追いつかれるな。急がんと、次こそ嬲り殺しにされちまうぜ」

 私、どうしたらいいの?

 頭の中がパニックで、考えがまとまらない。

 お宝?

 この人、もしかして泥棒?

 逃がしちゃいけない犯罪者?

 でも。

 私を叩いたことは、ハクちゃんに知られたら絶対駄目。

 とにかく私を放して、1人で逃げてもらわなきゃ。

 ハクちゃんはすぐ戻るって言ってたから、時間が無い!



「見〜つけた」


「来るな、狂犬ども! 雌を殺すぞっ!」

 声と同時におじさんは私を抱え直し、叫んだ。

 目の前の木から、2人の……男の子が飛び降りて。

「見〜つけた! 僕の勝ちだよオフラン」

 底抜けに明るい声が響き。

「これは同時だろう? パスハリス」

 対照的に落ち着いた口調。

 金茶で癖の強い髪の中学生位の少年の言葉に、もう1人の薄い茶色の髪をした小さな男の子が言い返し……。

 ダルフェさんと同じデザインの青い騎士服。

 腰には剣。

 まだ子供だから、見習いさんとかなのかな?

「来るな、化け物! こっちにゃ雌がいるんだぞ!」

 2人はまるで今、私の存在に気づいたかのように。

 薄いブルーの眼と翡翠色の眼が、それぞれ私に視線を……。

「ねえ、オフラン。僕が想像してたのと、かなり違うんだけど?」

「そうだな。もっと凹凸のある妖艶な美女だとばかり……こんなミニマムな生き物だとは」

 呆けたようにいい。

 見る見るうちに、2人の顔が青くなった。

「けど、金の眼だよっオフラン! そんで思わずちびりそうな、おっかない【匂い】と……心臓吐きそうな位やばいこの【気】は」

 

「「ヴェルヴァイド様の奥方様だ」」


 あれ?

 ハクちゃんと私のことを知って……?


「なっ? まさか! 嬢ちゃん、あんた……ひいいぃっ!」

 私を放り出したおじさんは。

 何か叫びながら、転移して消えた。

「あ、待てっ! 追うぞオフラン!」

「そうだな。……ここに居たら、俺達も死ぬしな。奥方様、ヴェルヴァイド様を呼んで南棟にお帰り下さい。後日、お詫びに伺います」

 そう言って。

 2人は木々の間を駆けて行った。

 残ったのは。

 地面に投げ出された私1人。

「……う。た、立てない」

 立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らない……これが腰が抜けるって事?

 気分も悪いし、まだ眩暈も残ってる。

 自分一人じゃ、薬草園に歩いて帰るなんて無理。

 あそこで待ってるって約束したのに……。

 おじさんはどっかに行っちゃったから、ハクちゃんを呼んでもいいかな?

 黒の竜帝さんとのお話の途中かもしれないけれど。

 ごめんなさい、私。

 もう、限界です。


 泥棒(?)のおじさんに会って。

 叩かれて。

 転移されて、放り出されて。

 どうしていいか分かんなくて。

 体調最悪で。


 怖かった。

 凄く、怖かった。

 今も身体が。

 震えてる。


 怖かったよぉ、ハクちゃん。

 まだ、怖い。

 怖いよ。 

「ハクちゃん、……ハク!」

 帰ってきて!

 側に来て! 

 私の、側に。



「りこ」



 包まれる。

 甘い花の香りに。

 大好きな、貴方の匂い。

 優しい腕、硬くて広い胸。

 ここにいれば。

 もう、大丈夫。

 怖いことは、もう何も無い。


「りこ、どうし……なっ?! りこ、りこ!」

 

 夕焼けを見に行くの。

 貴方と2人で。


 真っ白な貴方の髪が、夕焼けに染まったら。

 きっと。

 すごく綺麗だね。


「りこ!」


 きっと、とても綺麗。













〜おまけ〜

 りこ中日記(りこ中心・中毒のハクちゃんの日記です)


 <x月x日>

 りこが言った。

『ダルド殿下って、イケメンだよね〜。王子様だし、もてるんだろうね』

 念話なので会話は成立しているが。

 単語が分からず、聞き返した。

 念話は万能ではないのだ。

『イケメンとはどういう意味なのだ、りこ?』

 夜着に着替え、寝台に腰掛けたりこは。

 我を膝に乗せ、優しく撫でてくれながら。

『イケメンって? いけてるメンズと面を合わせた言葉で、格好良い男の人のことなの。俗語っていうのかな?』

 か、格好良い男?

 それは、女に好感を持たせる男を表す言葉だな。

 あの皇太子が、イケメン。

 で。

 我はかわゆい。


 我が、不利ではないかー!!


『りこ! りこは……あ、あいつのような男が好みなのか?』

 まずい。

 人型の我の容姿は皇太子に全く似ておらんぞ!

 同じなのは目鼻の数だけだ。

 つまり、我の顔は……りこに好かれる要素ゼロなのか?!

『ダルド殿下が好み? イケメン君だと思うけど、恋愛対象には……う〜ん』

 恋愛。

 りこと皇太子が、恋愛?


 あの餓鬼、殺す!


『恋愛感情は持てないよ。良い人だと思うけど……許せないもの』

 りこの顔から、笑みが消えた。

『りこ』

 ああ、我のりこ。

 愛しい女。

 我の宝の心に闇を植えつけた者達よ、覚悟しておけ。

 いつの日か、我は必ず報復する。

 りこの膝に顔をこすり付けて誓う我に。

『慰めてくれるの? ハクちゃんは、優しくてかわゆくて……とっても好き』

 好き?

 りこは我が好き?

 かわゆいから?

『よし! りこ、我は世界一かわゆくなるぞ!』

 イケメンは無理だからな。

 りこの好むかわゆさを追求しようではないか。

 拳を上げ、宣誓した我を見て。

『ふふっ、そのポーズ! メチャクチャかわゆ〜い』

 りこは、笑った。

 笑ってくれた。

 りこの笑顔。

 

 我が世界一かわゆくなれば。

 もっと好きになってくれるだろうか。

 もっと笑ってくれるだろうか。


 でも。

 本当は。

 世界一かわゆいのは、我のりこ。

 我は2番目。


 世界一かわゆいのは、貴女。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ