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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
53/212

第51話

「うん、薬草園からは出ない。ここで待ってるね」

 約束した私にハクちゃんは、長身をかがめ。

 おでこにキスを落として。

「すぐ戻る」 

 地面に着くほど長い真っ黒な外套を翻し、消えた。

 


「う〜ん。まんま悪の帝王様って感じ。吸血鬼っぽくもあるけど……」

 朝食後。

 電鏡の間って場所の近くにあるという庭園……薬草園に、ハクちゃんは術式で私を連れてきてくれた。

 薬草園の敷地から出ては駄目だと、私に何度も念を押し。

 何かあったら呼べって……ハクちゃんの気が私の中にあるから、かなり離れても名前を呼ばれれば分かるんだと言っていた。

 竜体になれば念話が使えて、離れてても会話が出来るのにと指摘したら。

 ハクちゃんは。

「竜体だと表情が作れん。……人型の我が微笑むと、りこの頬が染まって可愛らしいのだ。目元までほんのり赤くなって、とても良い。知っていたか?」

 さ……さようでございますか。

 か、か、かわいいですか?

「そんなの、しっ……知らないっ!」

 あんな顔見たら、誰だってそうなっちゃうよ。

 茹でタコみたいで、間抜けな顔をしていたに違いない。

 ハクちゃんはちょっと審美眼がずれてるから、私のことを褒めてくれるけど。

「早く、行っておいでよ。黒の竜帝さんが待ってるよ!」

 照れ隠しで下を向いてしまった私の顔に。

 ひんやりとした大きな手が添えられ。

 ぐいっと上を向かされた。

「おかしいな? 笑んでいないのに、顔が赤いぞ」

 大真面目に言うハクちゃんは、やっぱりデリカシーが少々足りないのだ。



 

 ハクちゃんが側から居なくなり、本当はちょっと寂しい。

 でも。

 名前を呼べばすぐに来てくれるって分かってるから、不安感は無く。

「なんか、この1週間は激動の1週間だったな〜。昨日もいろいろあったし」

 支店でプロポーズ直後に奥さんにしてもらって、眼が金色になっちゃって。

 ハクちゃんのかけらを美味しく食べちゃったり、旦那様の鼻血でべろんべろんに酔ったり。

 ん? 

 なんか人間離れしてきたかも。

「ま、いいか! 人間じゃないハクちゃんと結婚したんだし。……黒の竜帝さんは、ハクちゃんになんの話があるんだろう? 青の竜帝さんの件で怒られる事は無いって、ハクちゃんは言ってたけど」

 なぜなら。

 ハクちゃん曰く。

 黒の竜帝さんは青の竜帝さんとは、先代から犬猿の仲らしいのだ。

 竜帝さん同士もいろいろ複雑な事情があるんだろうけど。

 小さな竜が全員揃って仲良く遊ぶ姿を見るのは、無理ってことだね……残念。

「それと、電鏡って道具に興味あるんだよね〜。今度、詳しく教えてもらおうっと」

 黒の竜帝さんとのお話は、大陸間通話用の特殊な電鏡を使うのだという。

 性能が高い分とても大きいので、専用の部屋に備え付けられてて。

 その部屋が電鏡の間と呼ばれてて……つまり、遠距離通話会議室ってことかな?

「他の大陸も、いつかは行けるのかな? でも飛行機ないから駕籠? 海を渡るのは大変そうだし、お客さんが少ししか乗れないから船……大型客船?」

 この世界の交通機関について、そのうち調べてみよう。

 ハクちゃんは泳いで大陸間を往復可能らしいけど、私には無理だし……。

 ふと。

 思い出したくないことを、思い出してしまった。

 朝食後、お皿を洗う私を人型になったハクちゃんが‘お手伝い‘してくださった。

 ふりふりエプロンに、花柄のゴム手袋をした私を。 

 あの格好で、お手伝いして下さいました。

 詰襟の黒一色の長衣に、一般人には絶対着こなせないゾローッと長く重厚な外套。

 垂直に立った襟は金糸で縁取られ、生地は厚めで金属のような光沢を持ち。

 黒ずくめなのに、地味さゼロ。

 ある意味、ド派手だ。

 このまま世界征服に出勤できますよって感じ。

 悪の帝王様なハクちゃんに、がしっと掴まれての皿洗い。

 食器が1人分だからすぐに終わって、良かった。

 やっぱり、帰りに駕籠に寄ってもらおう!

「さて。竜帝さんの薬草園を見せてもらおうっと」

 見慣れぬ花々が咲く庭園は。

 お城の北棟の隅にあって。

 ハクちゃんが言うには、ここの薬草園で植えられてるのは薬効成分のある植物ばかりで。

 1年中野外で栽培できるように、品種改良している場所らしいのだ。

 これも竜帝さんの発案で、彼の計画では将来的に莫大な利益になる予定。

 お城の建物からはちょっと離れてるけれど。

 この薬草園は基本的に、竜帝さん以外立ち入り禁止で誰もこない。

 だから、ここを選んだようだった。

 もちろん、私が花や植物を見るのが好きだってことを考慮してくれたんだけど。

 私はハクちゃんに、そんな話をした事はなかった。

 でも、ハクちゃんは気づいてくれていた。

 すごく、嬉しかった。

 おしゃれな街で過ごすより、公園や植物園が好きだった。

 温かい缶コーヒーを飲みながら、ぼーっとしたり。

 気に入ったものはデジカメで撮ったり。

 今の私の手には、愛用のデジカメは無い。

 だから、よく見るようになった。

 私の不出来な脳を駆使し、記憶させようと努力するようになった。

 携帯やデジカメを失って。

 私はちょっと、変わった気がする。





 電鏡の間に転移すると。

 ダルフェが居た。

「おはようっす、旦那ぁ」

 気だるげに右手を挙げた<赤い髪>は。

 迷いの無い歩みで北側の壁から、漆黒の覆いを剥がし。

 その布を無造作に、床へ捨てた。

 南の壁には真紅、西には黄の覆いがされている。

 それぞれの竜帝の気に合わせて調整された壁一面程もある大型の電鏡。

 我がこれを前に使ったのはいつだったか……。

 電鏡の性能を上げる特殊な岩盤を資材に用いた狭い部屋。

 照明も窓も一切無く。

 漆黒の闇。

 それが電鏡の間。

 このような陰気な場所に、我の宝を連れてくる気にはならない。

 我やダルフェは暗闇も視えるが、りこにとっては恐怖心すら感じるであろうこの闇の間は。

 我のりこには、似合わない。

「おーい、黒の爺さん。旦那が来ましたよぉ〜」

 ダルフェが電鏡をつま先で軽く蹴った。

 鈴の転がるような音が、微かに響く。

 

「お久しゅうございます、ヴェルヴァイド」


 背の曲がった老人が電鏡を背に、揺らめきながら現れ。 

 深い皺に覆われた顔は、前に見た時より小さくなっていた。

 顔だけでなく。

 全体が小さくなり、まるで人間の老人のようだった。

 違うのは、その髪の色。

 人間は老いると白髪になるが。

「また、萎んだな。<黒>よ」

 <黒の竜帝>は髪だけは幼竜の時から変わらない。

 艶のある漆黒の髪。

 老いた現在は身長より、髪のほうが長かった。

 簡易な作りの黒衣の合わせ目から覗く肌は土色で、袖から出た手首から下は枯れ木のようだ。

 寿命に従い、これも土に還る。

 そして新たな<黒>が、どこかの雌の腹に【発生】する。

「ふふっ……貴方は初めて会った時から変わりませんな。しかし、それを羨ましいとは思いませんよ、永遠などという地獄に堕ちる勇気は小心者の私には無い。……地獄へ道連れ予定の花嫁は、ここにお連れにならなかったようですな? 悪魔に捕らえられた哀れな姫君に、お会いしたかったのですが」

 <黒>の言葉に反応したのはダルフェだった。

「言葉に気をつけろ、老いぼれがっ! てめぇ、ぶっ殺すぞ! 姫さんは地獄に堕ちたりしない、幸せになるんだよ!」

「おや、居たのか? <赤い髪>の坊ちゃん。今の私なら坊ちゃんでも殺せるだろうな。ふふっ、どうぞ、ご自由に」

 おどけた様に言う<黒>に、ダルフェが猛獣のように唸った。

 <黒>が居るのは別の大陸だ。

 妊娠中のつがいに縛られた雄竜は、雌から遠く離れることは本能が拒む。

 つまり<黒>殺すのは不可能だ。

 <黒>は全て分かって、からかったにすぎない。

 この<黒>は。

 四つんばいで歩いていた頃から、捻くれていた。

 どんなに捻くれた性格だろうと我には関係ないので、注意したことは無い。

 諌めてくれと黒の一族に散々乞われたが、無視した。

 放っておけばいずれ死んで、代替わりするのだ。

 竜帝の性格が良かろうが、悪かろうが。

 我は全く気にならん。

「<黒>よ。我はつがいを得て、非常に忙しい身なのだ。さっさと用件を言え」

 りこを待たせているのだ。 

 あそこなら安全で、りこの暇つぶしにもなると思い。

 我が思うに。

 りこは植物観察が好きなのだ。

 価格調査も好きらしいので、市街に価格調査でぇとに行くことにした。 

 我の提案を、とても喜んでくれていたな。

 良くやった、我よ!

 賢くなった証拠だな。

「貴方から‘忙しい‘なんて言葉が聞けるとは。先代達への良い土産になりますな」

 死に片足を突っ込んでいる老竜は。

 皺だらけの顔をさらに皺くちゃにし、嬉しそうに笑った。

「お察しの通り、私は死期が間近です。次の<黒の竜帝>が最も若い竜帝になります。古き盟約に従い<青の大陸>から<黒の大陸>にお移り下さいませ……奥方様と共に」

「……それが本題では無かろう? 言え、ベルトジェンガ」

 りこを連れ、大陸を移る場合の手筈を整えねばならんな。

 安全で、負担の無い。

 最良の手段を。

 芝居がかった動作で頭を下げた<黒>は。

 ゆっくりと顔を上げ。

「はい。一点は術士による‘珠狩り‘の発生と被害の拡大。これにつきましては<青>より資料が渡っておりますな?」

 我にとってはどうでも良いことだが。

 竜族にとっては死活問題だからな。

「道中の支店で確認した。我はこの件には興味が無い、関わる気も無い。お前達でなんとかするんだな」

 我の返答は<黒>には予想の範囲内だったのだろう。

 <青>と違って異議を唱えたりしなかった。

 <青>より長く生きているので、我の事をあれよりは理解している。

 我は竜族の味方ではない。

 人間の味方でもない。

 

 りこのモノなのだ。


「ふふふっ……そう仰ると思っておりました。で、もう一点。ある意味、こちらのほうが私個人としは気になっているのですが」

 ほう。

 竜帝が‘個人‘としてか。

 珍しい事だな。

 竜帝は帝位に付くと同時に‘個‘で居られなくなるからな。


「貴方なら……異界の娘を、人間の雌を孕ませられますか? <古のヴェルヴァイド>よ」

「……それが貴様の本題か。ベルトジェンガ」

 先代の<青>は竜族の‘つがい‘に極稀に人間がなることに着目し。

 竜族の減少に、人間を利用できぬか考えた。

 竜族の雌は進化の過程で、繁殖能力が劣化し。

 卵子を決まった時期にしか作れない。

 つがいに出会い、竜珠を交換することで卵巣が活発化し排卵する。

 蜜月期中しか、妊娠できないのだ。

 それに比べ。

 人間の雌……女は非常に高い繁殖能力を持ち、毎月排卵し毎年子が産める。

 先代の<青>は。

 人間の女の腹を使って、竜族を効率的に増やすことを思いついた。

 混血となろうと、竜の血が絶えるよりはましだと。

 その研究に先代は没頭した。

 狂人のように。

 人買いから人間の女を買い漁り。

 徹底的に調べ、壊し。

 人体実験を繰り返した。

 竜族の民はそれを知らぬが、四竜帝達は知っていた……実験結果は逐一報告していたからな。

 <黒>は先代の<青>の行動を批判し、糾弾した。

 竜族がいずれ滅びる種ならば、竜族の誇りを持って潔く消えるべしと。

 竜族の未来という大義名分の為に、人間を【材料】とした残忍極まりない行いは竜族の恥であり汚点だと。

 他の竜帝は……<赤>は静観し、<黄>は幼すぎた。


「……爺さん、あんた何言って? 姫さんは……四竜帝達は、まさかっ!」

 

 <赤い髪>は頭の回転が速いな。

 もちろん、ダルフェも知らなかった。

 今の<青>は先代から受け継いだ実験を人知れず放棄した。

 まだ幼竜の頃に、研究棟ごと【材料】を燃やした。

 泣きながら、生きてるモノも死んでいるモノも燃やした。

 執務室に残した数冊の資料以外、全て。

 我は、資料も燃やしたと思っていたが。

 <青>がどういう意図で処分しなかったか、出来なかったのか。


 ランズゲルグの葛藤など。

 我にはどうでもいい事だ。 


「無意味な問いだな」 


 ダルフェは<黒>と……我を見て。

 凍りついたように、動きを止めた。

 やはり。

 連れてこなくて良かった。

 我は今、笑みを浮かべているだろう。 

 りこの好きなそれとは、真逆な笑みを。


「我がりこを孕ませるはずなかろう?」


 <黒>が皺だらけの顔で問うてきた。


「やはり、貴方様といえど不可能ですか?」


 可能か不可能かなどという問いは、無意味なのだ。

 なぜ分からない、<黒>よ?

 簡単なことではないか。


「りこは我だけの、りこだ。……子になど、渡さない。 共有など許さない。りこの愛も血肉も、我だけのものだ。……万が一にでも、奇跡が起きて孕んだならば」

 

 りこ、りこ。

 我を嫌いにならないで。


「……我のりこに入り込んだ異物を引きずり出し、この手で引き裂いてやろう」



 我は。

 りこだけで、いい。

 

 貴女しか、いらない。

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