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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
52/212

第50話

 お風呂の前に晩御飯の片付けをしようと思い。 

シンクにお皿を運び、壁のフックにかけてあったダルフェさん作の私用エプロンをして。

 ダルフェさんは簡易だと言った厨房……台所は実家よりずっと広いし、使い勝手も良さそうだった。

 白い陶器の流しは広く、深さも適度で。

 流し付きの大理石製作業台に、コンロが横並びに3つ。

 下部が収納になっていて、メープルシロップ色をした木製の扉を開けると調理器具が整然と並んでいた。

 右端に置かれた半透明の箱の中には、例の固形燃料がたくさん入っていて。

「ねえ、ハクちゃん。これって高価なんでしょう? こんなにあったら凄い金額になるんじゃない?」

 無収入のせいか高いものに過敏になってしまう。

 今の恵まれた生活が確実にずっと続くという保障は無いし。

 世界の監視者だか管理者という正義の味方……とは言い難い、<処分>が仕事で世間から怖がられている旦那様は。

「さあ、我には全く分からん」

 こういったことに全く興味が無く……経済観念ゼロらしい。

 ま、仕方ないよね。

 ご飯も食べないし、竜体でいれば服もいらない。

 物欲もほとんど無いし、美形の癖におしゃれ心も無い。

 鏡を見る習慣も無く。

 あんなに綺麗な長〜い髪なのに、自分で梳かしたことが無いって言ってたし。

 カット等のお手入れを全くせず、きらきら艶々……美容院の敵だな。

 服も私にあってから、生まれて初めて色を選ぶ気になったそうで。

 しかも。

 どうやら……(実年齢と同じく非常に聞きづらく確認してないけど)貢がれてたようだし。

 セイフォンの離宮には、過去の女王様からの贈り物がいっぱいあった。

 離宮は【竜宮】で、世界中に……各国にあるって。

 世界中の王様達がハクちゃんの為にいろいろ用意してるってことだ。

 権力者が貢ぐのは……ハクちゃんが怖い存在だから?

 それとも……。

 敬意、好意?

 

 女王様。

 好意。

 それって……恋愛感情とか?

 

 いや。

 これ以上考えるの、嫌だよ。


 知るのが、怖い。

  

「……りこ?」

「え……あ、ごめんね。ちょっとぼーっとしちゃった」

 背後の壁に寄りかかって腕を組み、私のやることを観察していたハクちゃんは。

「りこは、物価について興味があるのだな。ふむ……今度、市街を見に行くか?」

 素晴らしい提案をしてくれた。 

「はい! 行きます、行きたいです! ……でも、いいの?」

 セイフォンでは離宮から、一歩も出してくれなかった。

 ハクちゃんは自分以外の男の人を嫌がるから、語学の先生選びも苦労したし。

 帝都のお城に着いてからだって……竜帝さん以外の帝都の人には1人も会ってないどころか、見かけても無い。

 完全にハクちゃん、ううん、私の周りから人が排除されてた。

 廊下だって避けて、術式での移動しか……。

 ハクちゃんに嫌な思いをさせてまで‘外‘に出たいとは、思わない。

「良い。……今のように、りこに笑って欲しいからな。我は世界一りこ好みの男な上に、りこの自慢の夫なのだろう? つまり、りこは我以外の男に興味が無いということだ。……雄が一定範囲以上接近したら蹴り飛ばし排除すれば良い」

 さ、左様でございますか。

 人ごみは無理だね、うん。

「お、穏便にお願いします」

 でも、すんご〜っく楽しみです。

 やっぱりハクちゃんはなんだかんだいっても大人で、私に優しい。

 うん、自慢の旦那様です!

「ありがとう、ハクちゃん」

 さあ、早く洗い物してっと。

 離宮や駕籠の流し台に比べて、ここは低いから踏み台はいらな……う、ぎりぎりだ。

 愛用の踏み台は……。

 踏み台が見当たらないな。

 駕籠の中かな〜?

 明日、ハクちゃんに乗ってきた駕籠に連れて行ってもらおう。

「ま、なんとか届くし。よいせっと……うぎゃっ?!」

 いきなりガシッと腰を掴まれ。

 足が宙に浮いた。

「ハ、ハクちゃん! びっくりしたよ、もうっ」

 振り返るとすぐ側に作り物のような完璧な顔があり。

 無表情なのに、私を見る眼の色はどことなく……嬉しそう。

 ハクちゃんは目元も全く動かないけど、眼が……目玉というか眼球というか。

 その部分に、感情が滲むのだ。

 他の人には分からないかもしれないけど、私にはなんとなく伝わってくる。

 自分でも不思議だけど。

 還暦迎えた夫婦なら、長年の経験で分かっても不思議じゃないと思うけれど。

 竜体で出会った時から眼を見て、彼の感情を大まかに察っする事ができてたし。

 これは、つがいだからなのかな?

 人間の夫婦とつがいって、もしかして根本的に何かが違うのかな……。

「高さは?」

 あ、はいはい。

 まずは洗い物ですね。

「もっと降ろしてくれる? この台に私のおへそがくる位でお願いします……それと、密着やめて。なんか気になってお皿割っちゃいそう」

「そうか? 安定するかと」

「と、とにかく! 腕、かるく伸ばす感じでお願いします」

「わかった、これでいいか? りこ」

「うん! ありがとう、丁度いいよ」

 ふと、窓ガラス見ると。

 背の高いハクちゃんに大きな両手で腰を掴まれ、流しに突き出され。

 足をぶら〜んとしながら食器を洗う、おちびな私。  

 まったくの無表情で、私の手元を眺める魔王様。

 甘さは皆無な光景で。

 とても夫婦には見えない。

 第三者から見れば捕獲された宇宙人が皿洗いしてるみたいだよ、きっと。

 うん、決めた。

 朝一で、踏み台を取りに連れて行ってもらおう。

 朝食後もこんなことになったら、恥ずかしいを通り越して情け無いもの。

「うむ。我もりこの役に立てて、良い気分だな。今後は我がこうして‘お手伝い‘をしてやろう」

 お手伝い……。

 ううっ、食器運びとかは、見てるだけだったのに~!

 なんでここで、お手伝い心が出ちゃうのぉ?

 ああ。

 眼の色が移るより、身長を分けて欲しかったかも。 

「あ、ありがとう。ハクちゃん」

 あと10センチ……ううっ、5センチでいいんだけどな。



 食器を洗い、すべて備え付けの食器棚に戻し。

 お風呂に入る事にした。

 私はこの世界に来てから、早寝早起きになった。

 時計は字が違うけど、同じように目盛りが付いてるので私にも分かる。

 だいたい8時前に寝て、5時半くらいに起きている。

 離宮では7時過ぎるとカイユさんが来るから、語学の教材(絵本だけど)を見たりハクちゃんとおしゃべりしていた。

 明日は……ハクちゃんがいいって言ったらお庭を散歩して、それから朝食にしようかな。

「さあ、お風呂入って寝ようっと! あ、ハクちゃんは竜体に戻ってね」

 ハクちゃんは支店を出てからお風呂に入ってなかったから、今夜はゆっくりお湯に浸かって身体を休めてもらわなきゃ。  

 で。

 ここのお風呂は凄かったのだ。

 他の部屋は広すぎず、豪華すぎない感じだったのに。

 まあ、ベットはとんでもない大きさだったけどね。

 脱衣所と思われる空間の広さにびびりつつ服を脱ぎ、浴室をおそるおそる覗いた私が見たのは。

「わ……あれ?」

 真正面に見えた湯船は小ぶりなプールのような大きさで。

 白濁したお湯が猫っぽい動物の顔をした注ぎ口から勢い良く溢れ。

 しかし。

 全体の面積の4分の3は湯船で。

 身体を洗うスペースはそんなに広くない。

「これじゃあ、大人数は入れないね。せっかく湯船は広いのに」

「りこと我以外は使わんから問題ないのではないか?」

 竜体のハクちゃんはとてとてと濡れた床を走り。

 お湯を覗き込み、言った。

「帝都は火山帯にあるので湯は温泉なのだ。りこは温泉が好きだと前に言っていたな? 良かったな、りこ」

 そのまま頭から一切音をたてずに、すべるようにお湯に入っていった。

 で、消えた。

「ハクちゃん、保護色で分かんないよ。ねえ、ちょっと」

 急いでかけ湯をして、私も湯船に入った。

 ぼんやりとした照明しかなく、薄暗い浴室はちょっと怖くて。

 窓は高い位置に4ヶ所。

 壁や床はタイルが張られていた。

 青を基調にいろいろな濃淡のタイルで飾られた浴室。

 エキゾチックだけど暗くて、細かな模様や壁のモザイク画ははっきりと見えなかった。

 お湯に浸かり、周囲を観察していると。

 目の前の水面に、音もなくハクちゃんが浮かんできた。

 そっか、潜って遊んでたのかな?

「あったまったら、身体洗おうね? ハクちゃんはお風呂入るの、久しぶりだもんね」

「うむ! りこに洗ってもらう」

 尻尾が揺れて、お湯に波紋が広がった。


 

 しっかり温まってから、ハクちゃんを洗ってあげた。

 石鹸で手に泡をたっぷり作り、つるつるしたハクちゃんの身体を鱗の流れに沿ってマッサージするように洗ってあげると。

 ふにゃ~っとして眼をつぶり、可愛いお口を微かに開けて。

 隙間から真っ赤な舌が、ほんの少し覗いて。

 いかにも気持ち良さげなその姿に、嬉しくなってしまう。

 とにかく、ラブリーなのだ。

 かわゆいの〜、うんうん。

 さすがに人型になると分かってからは、この作業中だけは私もバスタオルを巻いている。

 だって。

 座った私の太ももに寝かせて洗ってあげるのだ。

 知らなかったとはいえ、真っ裸で直に乗せて洗っていた私……お、恐ろしい程大胆でございましたね!

「ハクちゃん、お湯かけるよ? 眼、しっかり閉じないと染みるよ?」

「う……うむ?」

 まるで寝ぼけたように、手をゆっくりと動かし。

 小さな手を自分の眼にのせて。

「湯、……いいぞ」

 っぐ!

 か、か、かわゆ~い。

 帝都に移動中はハクちゃんはお風呂に入ってなかったので、今夜は特に念入りに洗ってあげた。

 ハクちゃんは身体の構造が根本的に普通の生き物と違うらしいから、いつも清潔なんだけど。

 汗もかかないらしい……汗腺が無いってこと?

 だから人型の時、お肌が異常に綺麗なのかなぁ。

 人間っぽく無い、作り物みたいな……触るとつるつるして。

「りこ」

 泡を流し終わると。

 太ももの上にちょこんと座った白い竜は、言った。

「我もりこを、このように洗えるようになれるだろうか……これはかなり、高度な技術なのだろう? あまりに気持ち良く、我はぐにゃぐにゃになってしまう。涎もでそうだぞ?」

「き、気持ちだけでじゅうぶんだよ! さ、しっかり温まってから出ようね」

 じょ、冗談じゃないよ〜そんなこと!

 私を洗うって……竜の時は鋭い爪をすごく気にしてるから、人型でって意味だよね?

 ひいぃっ!

 考えちゃ駄目、りこ。

 想像しちゃ駄目よー、私の脳!

「さ、お湯に入ろう!」

 私はハクちゃんを鷲掴みにして、慌てて湯船に入った。

 大浴場のようなお風呂に、小さな竜と私だけ。

 広すぎて、落ち着かない。

 肩まで白濁の湯に浸かった私の前を、眼元だけ湯から出して尻尾を左右に揺らした竜が通過した。

 ワニ……イグアナの泳ぎに似てるかも。

 何度も往復している。

 遊んでるのかな? かわいいな。

「りこ、りこは泳がんのか? りこは泳げるのだろう?」

 すいーっと近寄って。

 金の眼をくるんと回して言うハクちゃんに、私は頷いた。

「うん。でもハクちゃんが泳いでるのを見てるほうが楽しいもの。すごく上手に泳げるんだね~長い距離も泳げるの?」

「暇だから大陸間を泳いで渡った事も、何度かある。外海は珍しい海獣がいてな、飽きん。飲み込まれて排泄されるまでも、なかなかおもしろかった」

 なっ……!

 大陸間って……しかも海獣に排泄?

「ハクちゃん、食べられちゃったのー!?」

「飲み込まれただけだ」

 世間ではそれを食べられたと言うんですよ。



 これまた広い脱衣所……脱衣所と言っていいのかな。

 洗面設備にドレッサーもあり、籐のソファーやテーブル……蔦を模したアイアン製フレームがおしゃれなシングルベットまである。

 側に置かれたキャスターつきの小ぶりなチェストの中には色とりどりの液体が入った瓶。

 ニッパーに爪ヤスリ、コットン、大小の刷毛……ああ、このベットはエステに使うのかな?

 一通り確認してからパジャマに着て、髪をタオルで巻いて。

 まだ<1人水泳大会>をしているハクちゃんに声をかけた。

 竜のときは念話なので浴室に戻らなくてもちゃんと聞こえるから安心。

「ハクちゃん、寝室で待ってるからね! タオル置いておくよ。ちゃんと拭いてきてね、パジャマ着せてあげるから」

 ふと。

 大きな鏡に写った自分の姿が眼に入り。

 高校生時代から愛用のチェックのパジャマ。

 しかも上だけ。

 丈が長めで良かった……。

「しっかし、色気無いな〜私って」

 ハクちゃん、ごめんね。

 色気も胸も無い私がお嫁さんで。

 しかも人型の美形姿より、ちび竜のハクちゃんにメロメロなんて。 

 変な嫁だと世間は思うだろうね……ビジュアル的にも不釣合いだし。

 世界中の王様達が頭を下げ、とんでもなく強く、桁外れに綺麗(怖い顔だけど)なハクちゃんの奥さんがちんちくりんの異界人なんて。

 この世界の人達から大ブーイングどころかリコール対象レベル?

「……考えるの、やめよう」

 寝室に行き、やたら大きなベットの上に座ってハクちゃん用のパジャマを眺めた。

 裁縫が苦手な私の渾身の作品。

 思ってた以上に、うまく出来たと思う。

 縫い目がちょっと汚いのは、手作りならではの味があるってことで見逃してもらおう。

「喜んでくれて、嬉しいかった……貰ってくれてありがとう、ハクちゃん」

 そういえば。

 臨死体験がどうのって言ってた?。

 う~ん……ま、いいか。

 細かいことにこだわってたら、へんてこ奇天烈思考回路のハクちゃんについていけないのだ。

「ハクちゃん、珍しく遅いな。ここのお風呂、気に入ったんだね~、きっと」

 いつもは一緒に出るか、ハクちゃんが先に出るのに。

 今日はずいぶんとゆっくりで……。

「お風呂が温泉なんて、凄いけど。一般家庭もそうらしいから、帝都って湯量豊富な温泉地なんだね」 

 ハクちゃんは帝都について、お風呂で少し教えてくれた。

 私に居る室内は、暖房が効いている。

 これも温泉を利用したもので。 

 驚くべき事にこの居住空間は、全て床暖房だった。

 床下に温水パイプが張り巡らされてるので、空気も汚れない。

 石油ファンヒーターやエアコンだと咽喉が少し痛む私には、すごくありがたい。 

 帝都は温泉や地熱を生活にうまく使用していて、温泉保養施設も数箇所あるらしい。

 治安が良いので、王侯貴族の保養地として人気も高く。

 お金持ちの方々に人気のセレブ湯治場……フランスのアベンヌ地方みたいな感じかな?

 セレブ相手は単価が高くて儲かるからって、今の竜帝さんが本格的に始めて。

 地元にお金がざくざく落ちて大成功!

 なんか、私が想像してた<竜帝>とかなり違うけど。

 竜帝さんはずいぶんと優秀な、商売人だった。

 帝ってつくのに、実際は社長。

 あんまりファンタジーっぽくないぞ?

 かすかに残念気分を感じた私の前に。

「りこ! 我はぱじゃまを着るぞっ」

 転移してきたハクちゃんは、ベットにぽてんと正座をし。 

 いそいそと、パジャマを手に取り。

「我の第一目標は達成された。次はぱじゃまの脱ぎ着を1人で出来るようになろうと思う」

 第一目標?

 しかも達成済み?

 ちょっと気になるな。

「ぱじゃまの脱ぎ着は、りこに教えを乞うとして」

 ハクちゃんは帽子をちょこんと被り。

「うむ。これは出来るな」

 金の眼が、くるりと回った。

 首をかしげて私を見上げる、白い竜。

 あまりのかわゆさに、悶絶してしまった。

 ああ、こんなにかわゆい旦那様は世界中探したっていないよ。

 美形はいるかもだけど(ハクちゃん好感度ゼロ美形だし)、かわゆさでは世界一と断言できます!

「りこと揃いだな、このぱじゃまは。これが世間で言う‘らぶらぶ‘ということか?」

 あ、またダルフェ本情報かな?

「う、うん。まあ、そうかな?」

 間違っては無いけれど、微妙……。

 


 

 サイドチェストの上にある小さなランプをつけ、天井の照明器具を(ハクちゃんが指をくいってしたら消えた。念動力?)消してもらうと。

 寝る前にハクちゃんとお喋りしようと考えてたのに、部屋が暗くなると睡魔はすぐにやってきた。

 やっぱりいろいろあって、疲れてたのかな?

 私の枕に顎をのせて、こちらを見ているハクちゃんは。

 眼を細めてて。

 微笑んでるんだねって、思った。

「ね、ハクちゃん。明日、夕焼け……見に……んっ」

 ああ、駄目。

 まぶた、重いよ。

 一緒に寝られるの、久しぶりで。

 やっと落ち着いて……安心して寝られそう。

「街、ありがと。うれし……おやすみな……さい、ハクちゃん」

 パジャマを着たハクちゃんに手を伸ばし。

「おやすみ、我のりこ」 

 差し出された小さな手を握り。

 朝までぐっすりと、寝た。



 

 朝もやの残る外は、ひんやりとしていた。

 息が、白い。

 衣装室から借りた女性物の外套は、内側に柔らかな毛皮が付いていて温かかった。

 朝焼けの残る空は、ほのかなピンク。

 凛とした空気。

 庭は秋色で。

 セイフォンの緑溢れる庭園とは全く違った。

 でも、秋のお庭もとても素敵だと思う。

 足元は、黄色や赤の落ち葉。

 見上げれば木々に残った葉が朝日に輝いて。

「晴れたね、ハクちゃん。夕焼けが楽しみだね」

「そうだな。さすがに我も、気象はいじれぬからな」 

 竜体のハクちゃんと、ベンチに並んで腰掛けて。

 穏やかで、優しい時間を楽しんで。

 そろそろ朝ご飯の支度をしに戻ろうかと……。

「出て来い、ヒンデリン」

 ハクちゃんがふわりと飛び、言うと。

 木々の間から、1人の女性が現れた。

 ダルフェさんと同じ騎士服。

 私が見上げるほどの長身……竜族の女性だ。

 眼に焼きつくような、群青の長い髪は高い位置で結わえられ。

 細い身体の背に流れていた。

 甘さが一切無い、きつい顔立ちの人で。

「<黒の竜帝>がヴェルヴァイド様にお話があると。それと……では」

 ん?

 後半はハクちゃんと念話したのかな?

 黒って単語、分かったよ……竜帝も。

 黒の竜帝!

「お手隙のときに、電鏡の間までお越し下さい」

 一礼して、踵を返して去った彼女……ヒンデリンさん?

 黒の竜帝さんが、ハクちゃんにお話って、言ったよね?

「ハクちゃん……」

 まさか。

 青の竜帝さんに怪我させたから、怒られるとか?

「ふん、面倒だな。<黒>め……。りこ、朝食後に我は電鏡の間に行く。電鏡の間の側には通年花が咲く庭園があるので、そこで待っていてくれるか? すぐに済ませる」

 残念。

 私は、会えないんだ。

 黒の竜帝さんは、真っ黒のちび竜なのかな?

「うん、待ってる。いつか私も黒の竜帝さんに会えるかな?」

「いずれは全ての竜帝に会うことになるが……むっ!我のほうが奴等より、数段かわゆいぞ!」

 こぶしを握り、いかに自分のほうがかわゆいか力説するハクちゃんは。

 やっぱり世界一、かわゆいのだ。

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