表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
51/212

第49話

 寝具は全く汚れていなかったので、ほっとした。

 いかにも高そうだから焦っちゃいましたよ。

「りこ。気分は?」

 ベットから降りたハクちゃんは床に膝をついて、寝具の汚れを確認していた私を見つめて言った。

「先ほど、りこは我の血に酔ったのだ。見たところ、もう大丈夫そうだが」

 血。

 酔う?

 血に酔うなんて、変なの。

 ま、眼の色が変わったんだし体質もちょっと異世界仕様(?)に変わったのかなぁ。

 ハクちゃんも私の血の匂いでべろ〜んってなってたし。

 眼の色が移るんだから体質も……。

 ん?

 酔った私……うわぁっ、最悪!

 泣き上戸が炸裂しちゃったんじゃ?!

「りこは酷く泣きながら、異界の言葉で喋っていた。なんと言っていたのだ……ん? 人間はああいった場合は記憶力が落ちるのだったな。では、りこも憶えていないのか?」

 わ、私……ひぃいいい!

 憶えてます、しっかりと。

 酔ったときの記憶が無いっていうのは、必ずしもそうではなくてですね。

 人それぞれだし、その時の体調とかも関係しててですねっ。

 今回は感情が抑えられなくて、喚いちゃった自分をしっかり憶えてます!

 うう〜、憶えてたくなかったよ。

「え、う、うん。えへへ……」

 ハクちゃんは緩やかなウェーブを持つ真珠色の髪をかき上げながら、立ち上がり。

 内心大恐慌の私に両腕を伸ばし。

「抱っこだ」

 は?

「今日は休養予定だったのに、あまり休んでないだろう? だから我が抱っこをし、りこに楽をさせるのだ」

 休養……したと思いますが。

 今も寝てたし、その……途中でも寝ちゃったみたいで。

 結果的にはけっこう寝たんじゃないでしょうか。

 抱っこされっぱなしじゃ……かえって疲れる気も。

「……抱っこしたい」

 な、なるほど。

 単に抱っこしたいだけなんですね?

 ハクちゃんって、本当に不思議な人だ。

 交わるとかって平気で言ったり、ちょっと強引に迫ってきたりするのに。

 あんなに凄いキスするくせに、私の‘お子様ちゅう‘が気に入ってて。

 抱っこされるのも、するのも好きで。

 しかも、ほらね?

 いまだににぎにぎしちゃってるし。

 温室で身体に触ってきた時は遠慮ゼロで、恐ろしいほど手早く手際よく。

 こういう事に慣れてる人なんだって思った。

 途中で終了したことについては、全く気にして無いみたいだし。

 これが大人の余裕というのかな?

 ん? 

 大人は靴のままベットに上がらないか。

 大人と子供がごった煮みたいなすご〜く、不思議な人だよね。

「りこ」

 私から動くのを待っている貴方は、ちょっと不安げな瞳で。

「ち、誓うぞ! 我は、二度とりこを落とさない」

 ずっと、気にしてたの?  

 あれは暴れた私が悪かったのに。

「……うん」

 この歳で抱っこは恥ずかしい。

 だけど、特別だもの。

 ハクちゃんは、特別。

 私はハクちゃんの首にしがみついた。

 頬にあたる髪は柔らかくて、少しひんやりして。

 光沢があって、つるつる艶々。

 それにとってもいい香り。

 私の大好きな、ハクちゃんの香り。

 香水とかは使ってないハクちゃんだけど、いつもとってもいい香りがするの。

 離れてると分からないけど、こうして身体を合わせていると。

 私を包み込むように、優しく香る。

 どこか懐かしい、花のような甘い香りで。

「りこ、りこ。明日は夕焼けを見に行こう。帝都の夕焼けは美しいと有名なのだ」

 私を抱っこしたハクちゃんは、おでこにキスを落とし。

 金の眼を細めて、言った。

「夕焼けも、朝陽も。海も空も。この世界の美しいもの全てをりこに」

 また。

 微笑む貴方。

 ああ。

 ハクちゃんの微笑みは。

 白い雪を優しく溶かす、春間近のお日様みたいに。 

 柔らかく、穏やかで。

 奇跡のようで。

 この世界に。

 きっと。

 貴方のその微笑み以上に美しいものなんて、無い。

「世界も我も。りこのものだ」

 心臓が止まりそう。

 息が出来ない。

 眼が離せない。

「我はりこのものだ」

 世界なんて欲しくないの。

 貴方しか、いらない。

「……明日、晴れるといいね」

 欲しいのは、貴方だけ。




 窓の外は、すっかり暗くなっていた。

 けっこう寝ちゃってたんだね、私。

 室内は天井から提げられたガラスで作られた植物をモチーフにした照明器具で照らされ、蛍光灯と違うオレンジがかった優しい明かりがなかなか素敵で。

 セイフォンや支店は植物油や専門の術士が作っているという固形燃料(高価らしい)で大小さまざまなランプや照明器具をつけていた。

 この居住空間にもランプはいくつか置いてあるけど、明かりの為じゃなくてインテリアとしての間接照明って感じ……。

 ここは電気なのかな?

 でも吊るされた照明器具には電球は見当たらない。

 全体が淡く発光してて、すごく綺麗。

 けっこう大きいのに作りは繊細で、優美。

 花びらまで精巧に作りこんであって蔓と葉が絶妙に絡まりあっていた。

 居間のソファーで本(備えけの本棚にあった植物図鑑。難解で説明は読めないけど、絵が綺麗なので選んだ)を読んで……見ていた私は温室に続くドアがノックされたので、立ち上がろうとしたら。

「りこ、立つな。入れ、ダルフェ」

 向かいのソファーで皮の表紙の付いた分厚い本を、完璧な無表情で読んでいたハクちゃんは視線を動かさず言った。

 その姿、口調……横柄で偉そうなのに、似合いすぎて違和感が無い。

「よっ! 復活したみたいだねぇ、晩飯持ってきたから」

 爽やかに笑うダルフェさんの言葉……。

 ま、まさか!

 みっともない姿を彼にも見られたの?

「あ、あの! そのっ」

 焦る私に。

「酒弱いからって食前酒もいらないって言ってたもんな、姫さんは。正解だったな、うん」

 ああ、最悪。

 くっすん。


 

 昼間と同じ大きなバスケットからいろいろ取り出し。 厨房の作業台に並べていく。

 私はそれを手伝いながら、気になっていた事を質問した。

「ダルフェ、竜帝さんの怪我の具合は? もう治った?」

 ダルフェさんの答えに私は絶句した。

「うんにゃ。全治1週間だな、ありゃ〜。でも、ハニーと医療班が付いてるから心配しなさんな」

 それって、すごい怪我だったって事なんじゃ。

 ダルフェさんはハクちゃんやカイユさんにボキボキ(?)されても、すぐに治ってた。

 その彼より丈夫だっていう竜帝さんが、完全治癒まで1週間って……。

 重症だ、重症!

 ダルフェさんは気にするなと笑ったけれど。

 私が呆然としている間に、ダルフェさんは持参した食材(下ごしらえは完璧に終わらせてあったらしい。炊いたお米も蓋付きの器に入ってた)を使い手際よく仕上げていった。

 ちょっと赤みの強い卵のオムライス。

 小鍋で温め直した野菜スープ。

 カラフルなお豆と黄色の葉野菜で作ったサラダ。

 数種類の果物の盛り合わせ。

 小ぶりなケーキが2種類。

「姫さん、朝飯用のパンとかここにしまっとくから。果物、生野菜はここ。ハムと牛乳は保冷庫で……棚ん中に焼き菓子と茶葉があるからね? 調味料は容器に名前書いてあるけど、字がわかんなかったら旦那に確認してな。使い方は知らなくても字は読める人だから」

 ダイニングテーブルに並べられた晩御飯は、もちろん1人分で。

 銀のスプーンもフォークも1本ずつ。

「はい。ありがとう、ダルフェ……そうだ! ハクちゃん、竜帝さんのお見舞いに行った方がいいんじゃない?」

 長い足を組み、横柄な態度で椅子に座っていたハクちゃんは。

 テーブルの上のオムライスのお皿を自分の側引き寄せ、スプーンを豪快にずぼっと刺した。

「りこ。あ〜んだ、あ〜ん」

 むむ〜、聞いちゃいないな大魔王様は。

「ハクちゃん! まだ、いただきますしてないでしょ? それにダルフェとお話してるから、ちょっと待って。……ハクちゃんだって、竜帝さんの事気になるでしょう?」

 だいたいさ。

 ハクちゃんがお仕置きしすぎたせいで、竜帝さんは入院(?)になって。

 竜帝さんは大きな会社のトップだから業務に支障が出てしまい。

 カイユさんとダルフェさんもサポートに回らなきゃならないくらいで。

 ご飯も一緒に食べれないほど忙しくなちゃって。

 明日からの勉強会も、延期。

 竜帝さんが教師の手配からカリキュラムのことまで1人で仕切ってたから、彼が居ないと進められないそうで……。

 ハクちゃんは冷たい美貌にぴったりの、冷た〜い口調で言った。

「自分が居ないと円滑に回らない組織にしていた<青>の無能さについて、我は興味が無い」

 ひえぇ〜っ、冷凍庫を開けた時のような冷気があぁぁ。

 はまりすぎです、ハクちゃん。

「ったく。旦那ぁ、んなおっかねぇ顔しなさんなって。大人気ねえんだから……んじゃ、姫さん。また明日!」

「え? あ、ありがとうございました! カイユによろしく」

 もっといろいろ聞きたかったけど。

 私と違い、彼はお仕事があるわけで。

 引き止める事は、してはいけない。

 晩御飯を持ってきてくれたダルフェさんは、忙しそうに去って行き。

 厨房に隣接した食堂には私とハクちゃんが残った。

 2メートルくらいの正方形のテーブルには椅子が四つ。

 ちょっと、寂しいかも。

「りこ。早く‘いただきます‘をするのだ。冷めてしまうぞ? 我はりこに温かい物を食べてもらいたいのだ」

 ハクちゃんはオムライスに躊躇い傷(?)を作りながら言った。

 テーブルは4人がけ。

 なのにハクちゃんは私のすぐ隣に強引に椅子を移動していた。

「……うん。いただきま」

 言い終わる前にスプーンが差し出され。

「りこ、あ〜ん」

 いつになったら、あ〜んに飽きてくれるのか。

 ちょっと不安になってきたよ。

 こんなんじゃダルフェさんとカイユさん以外の前じゃ、ご飯を食べれないし。

 外食なんて絶対出来ないよ!

 まあ、一文無しの私ですから外食は当分はありえないか。

「りこ?」

 口を開けないことに首をかしげるハクちゃんは、先ほどの冷気ビシバシ魔王様とのギャップがとても微笑ましくて。

 私は‘ま、いいか‘って思ってしまう。

「私、そのトマトソースと一緒に食べたいな」

「うむ。わかった」

 真剣な顔で、卵の上に無理やりフォークでトマトソースを乗せようとするハクちゃんの姿は。

 なぜか無意味に格好良くて。

 美形は何してもさまになるんだなって、感心してしまった。

 


「これ、こないだ食べたね……カチの実?」

 果物の盛り合わせの中に、見覚えのあるものを見つけた。

 形は苺で色は紫の……。

「りこが気に入ったようだったので、ダルフェに言っておいた」

 ハクちゃんは長い指でカチを摘まみ。

 私の口に、ころりと入れた。

 噛むと、果汁があふれ。

 なじみのある味が広がった。

「美味いか?」

「うん……うん、とっても美味しい」 

 カチの実は。

 巨峰の味に似ているの。

 こっちに落とされた日は。

 晩御飯の後に家族揃って、テレビでお笑いを見た。

 3日前に買ったばかりの地デジ対応のでっかい薄型テレビ。

 お父さんが2ヶ月かけて選んだ機種で。

 週末にDVDをレンタルしてくるって、妹が言ってたっけ。

 お母さんがデザートですよって、立派な巨峰を出してきた。

 いっぱい取り寄せたから明日、お姉ちゃんのマンションに持って行くって。

『りこちゃん、明日車を出してね』って言った。

 お母さんは免許が無いから、私がいつも運転手で。

 私はお気に入りの芸人さんを観ながら、適当に返事して。

 コンビニで買った杏仁豆腐を食べてたから、巨峰は食べなかった。

 

 食べとけば良かった。


 巨峰。

 いっぱい、食べとけば良かったな。


 

「りこ?……りこっ!」

 ああ、今日は泣いてばっかりだ。

 ごめんね、ハクちゃん。

 ハクちゃんは笑ってくれたのに。

「ふぇぐっ……私、ご、ごめっ」

 ハクちゃんは何も言わず、私を抱えて居間に行き。

 ソファーに座って。

 私を膝に乗せて。

 広い胸に引き寄せて。

 背中をゆっくりと撫でてくれた。

 何も聞かず、そうしてくれた。

 こういう所は。

 やっぱりハクちゃんは大人で。

 私は甘えてばかり。

 26なのに、大人の女性になれなくて。

 貴方にこうして寄りかかってばかりで。  

「りこ。我はりこが泣いてるのに、どうしたらその涙を止められるのか分からない」

 ハクちゃんは背を撫でていた手を止め、言った。

 深く響く、艶のある声は抑揚が無く平坦な口調だけど。

 私の身体の奥の奥まで、染み入るようで。

「慰めたいのに、どうしたら良いか判断できず、気の利いた言葉の1つさえ出てこないのだ。背を撫でる事も、抱っこも……りこの行動を模倣したに過ぎない」

 大きな手が私の頬を包み込み。

「りこが我にしてくれた時、心が落ち着き気持ちが良かった。だから真似ている。我は……腕の中で愛しい妻が、悲しげに泣いているというのに」

 人のそれと違い、真っ赤な色をした舌で。

 顎先から目元まで涙を舐め。

「涙を見て咽喉の渇きを感じ、こうして舌を這わしてしまうのだ。りこが悲しんでいるのに、その悲しみの感情を理解せず。涙の甘さに心奪われ、もっと欲しいと……獣のように浅ましく、逃げ出したいほど情け無い」

 ハクちゃんは私の頬からそっと手を離し。

 私を長い腕で囲い込むように、抱きしめた。

「泣かせたくないと思う心に、嘘はない。慰めたいと感じるのも……信じてくれ。我はりこの心を護れるように、りこの悲しみが分かるようになりたいのだ」

 ああ。

 やっぱりハクちゃんは、すごいや。

 家族を想い、悲しみに沈んだ私を。 

 引き上げ、捕らえ。

「ハクちゃん、ねえハクちゃん。貴方が望むなら涙なんていくらだってあげる。血も肉も、飲まれたって食べられたっていいの。うん、痛く無いようにしてくれるならね」

 ハクちゃんの髪を掴み、顔を引き寄せ。

 金の瞳を覗き込み。

「いっぱい話そう。お互いのこと、もっともっと知ろうよ。ね、私が泣けるのはハクちゃんがいてくれるからなの。だから安心して、甘えて泣いちゃうの。これからも泣いちゃうことたくさんあると思う。そういう時は……こうしていてくれれば十分。言葉がなくても、いいの」

 側に居て。

 抱きしめて。

「我は」

 名前を呼んで。

「りこをもっと理解したい」

 私は、笑える。

 微笑むことも、大笑いだって。

 もし、元の世界に帰ったら。

 貴方と引き離されたら。

 二度と笑えない気がする。

 私が笑えるのは、ここ。

 貴方が居てくれれば。

「ありがとう、ハクちゃん。……ふふっ、涙とまちゃったよ。もっと欲しい? ほっぺ抓ったらでるかな?」

 自分の頬に伸ばした手は、大きな手に遮られ。

「そのようなこと、するな。りこが痛いではないか」

「だって、後は玉ねぎとか……悲しいこと考えるとか?」

「痛みも、悲しさも却下だ」

 む〜ん。

 どうしたらいいのよ、もうっ!

「我は本日、ぱじゃまが嬉しくて泣いたな……なるほど、うむ」

 ハクちゃんの金の眼が私をじーっと見た。

 な、なんですか?

「……今夜は駄目だな」

 なに、なんなのよ。

「りこ。風呂だ、風呂に入ろう。我は早くぱじゃまが着たいのだ」

 ぱじゃま。

 そうでした。

 朝からいろいろあったから忘れてた。

 今夜はお揃いのパジャマ(私はズボンが無い恥ずかしい状態だけど)を着て、超ラブリーな竜のハクちゃんと……っく、デジカメ、携帯が欲しい!

 この世界にカメラって無いのかな?

 白黒でもこの際、我慢します!

「ううっ……写真集とか作りたいかも」

「りこ?」

 私のこと、いっぱい知って欲しいけど。

 

 竜の貴方のかわいさに、変態になってく私は内緒です。

 よくよく考えると。

 初めて会った時からそうだったかな?

  


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ