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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
48/212

第46話

本文中に性的表現が含まれています。苦手な方はご注意下さい。

「部屋に衣服が無いぞ?」

 ハクちゃんはすぐに戻って来て、ダルフェさんの頭にぺたりとくっついて言った。

 ダルフェさんはバスケットの中身をテーブルに並べていた手を止め、頭から白い竜を剥してソファーに置き……。

「あ、言ってませんでしたっけ? 旦那の部屋、引越しました。城の南棟に部屋を用意したんですよぉ。城内には南棟立ち入り禁止令が出てます。姫さんの世話関係者は後でリストを出しますんで、目を通しといて下さい。竜族は蜜月期の雄の怖さを分かってますから近づく馬鹿はいませんが……人間の間者はできるだけ俺らが片付けますが、術士が出てくると分が悪い。さしの勝負じゃ負けませんがねぇ〜、こそこそされんと見つけんのが難しいんで。取りあえず、片付ける前に頭の中を確認してから捨ててくださいよ? 情報がほしいんでね」

 緑の眼を細めて言った。

 う~ん。

 いつもより早口だし、単語もいまいち分からないな。

 でも、引越しは分かった。

「ねえ、ハクちゃん。お部屋、引越しなの?」

「そのようだな。……あぁ、りこは昼食の時間か。どれ、あ~んを……む?」

 ハクちゃんはテーブルに並べられた物を見て。

「これではスプーンもフォークも使えんではないかっ!」

 一瞬で移動し、ダルフェさんの後頭部に蹴りを入れた。

「痛っ! ったく、良く見なさいって。デザートにプリンがあんでしょうがぁ! ふふっ……しかぁもぉ! カカエの卵で作ったんですよ? 滋養強壮満点の、あのカカエの卵です!」

 何故か勝ち誇ったように言うダルフェさんに、ハクちゃんはささっと動き。

 プリンの器とスプーンを握り、テーブルの上から私を見上げた。

「りこ。パンは残してもいいが、プリンは食べるのだぞ?」

 金の眼がきらきら……なんか変だなぁ。

 ま、いいか。

 なんか色味がいつものプリンより、赤みが強いけど。

 美味しそうだしね。

「あ! ダルフェ。竜帝さんにハクちゃんが怪我を……。カイユがどこかに連れてったけど、大丈夫かな?」

 向かいのソファーに座って、鯰サンドを齧っていたダルフェさんはちらりとハクちゃんを見た。

「怪我ねぇ〜。飯を作ってたらハニーから電鏡で、陛下を溶液にぶち込むって連絡きたっけな。ま、姫さんは気にしなさんな。陛下は旦那にやられなれてっから。俺より頑丈だし心配ないよ。さ、飯食ったら新しい部屋に行こうな」

 ダルフェさんより頑丈って……すごいんだ、竜帝さんって。

 あ、そうだ!

「ダルフェ! 支店から飛んでくれて、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げた私にダルフェさんは。

「うん、うん。やっぱり娘って、いいねぇ〜」

 そう言って私の頭に手を伸ばし、撫でてくれようとして。

「ぎゃー、痛っ! 噛みなさんなって、旦那」

 ハクちゃんにがぶっと手を噛まれていた。



「これ、可愛い形だよ! かぼちゃみたい」

 昼食後、木箱からハクちゃんと一緒にガラスポットを選んだ。

 手のひらサイズで、ぽってりとしててすごく可愛い。

 蓋はツマミ部分がまるでビー玉みたいで、意外と持ちやすい。

「では、これにしよう」

 ハクちゃんは選んだガラスポットとのど飴を持ち。

 私はパジャマとネグリジェを抱え。

 ダルフェさんはバスケットを下げて。


 お城の中を見学しながら歩いて行きたかったけど。

 そう言った私にダルフェさんは、ちょっと困ったような笑みで「ごめんな」って……。

 言うべきじゃなかったと、思った。

 ダルフェさんを困らせたくなかったのに。

 竜族はハクちゃんの事をよく分かってるって言ってたもの。

 私が好奇心でふらふらお城の中を歩いたら、沢山の人に迷惑をかけちゃうよね。

 ごめんなさい、私……これからもっと、気をつけますから。

 ちょっと落ち込んだ私は、気づかなかった。

 私を見る金の眼が。

 ほんの少し、揺らいだことに。



 ハクちゃんはこのお城に詳しいみたいで、部屋の位置をダルフェさんに聞いたらすぐに術式で連れて行ってくれた。

 瞬きと同じ早さで景色が切り替わり。

「ここ? ……わあ〜!」

 別世界だった。

 明るく暖かな光に満ちた緑の空間。

 眩しいほどの陽の輝き。

 見上げると、ドーム型の天井から澄んだ空が見えた。

「これって……温室?」

 しかも、すごく広い。

 中央に長方形の池。

 水音……近寄って覗くと小さな赤い魚が数匹泳いでいた。

 尾とヒレが長くて、まるでドレスを着ているみたいな綺麗な金魚。

 静かな水面には睡蓮のつややかな葉が浮かんでて。

「姫さん、あそこの扉の向こうが居住区だよ。居間・寝室・洗面所・衣装室・納戸・書斎あと簡単な厨房設備もある。風呂だって離宮よりでっかいのがあるんだぞぉ」

「え、あの、ここに住むの?」

 な、なんか凄すぎないかな?

 私的にはワンルームとかで良くて。

 光熱費とか水道代とか払えるのか、私~!

 それに、そんなにでっかいお風呂じゃ、掃除とかが旅館並みに大変なんじゃ。

 ちょっと心配が顔に出てしまったのか、ダルフェさんが説明してくれた。

「ま、細かい事は気にすんなって。南棟の維持管理は専門の者達がする。姫さんは手を出すなよ? 素人には無理だし、人の仕事を取るもんじゃない。姫さんには姫さんのやるべきことがある」

「私の? あ、勉強ですね」

 ダルフェさんは苦笑した。

 あれ?

「勉強もだがね。1番はあの困ったチャンの相手だなぁ」

「……こまっ? あぁー! ハクちゃん、なにやってんのよっ!? きゃーっ」

 大きな布袋をどこからか持ってきた白い竜は、私が止める間も無く小さな手で袋を左右に切り裂いた。

 パンパンになっていた袋はその中身が一気に弾け出し。

 きらきら輝く真珠の雨が。

 温室の中に。

 降り注ぐ。

 太陽を反射して。

 きらきら、きらきら。

「真珠……ハクちゃんの、かけら」

 幻想的な光景に見蕩れてしまった私に、ダルフェさんは言った。

「俺達で片付けんのか、これ? 徹夜か?」

 

 


 ハクちゃんの破いた袋に入っていたのは、支店で出しちゃった‘かけら‘だった。

 カイユさんがちゃんと袋に入れてくれていた。

 温室全体に散らばった無数のかけら。

 うんざりした顔で眺めるダルフェさんを尻目に。

 ハクちゃんはかけらを拾い、ガラススポットに詰めはじめた。

 小さな指を使って丁寧に作業をし、蓋を閉めて。

「りこ! どうだ?」

 私にかぼちゃ型のガラスポットを両手で差し出した。

「すごい綺麗~、素敵!」

 ガラスの入れ物に入れられたハクちゃんのかけらは。

 艶やかに煌めいて、真珠をつめたみたいだった。

「のど飴を見て、思いついたのだ」

 小さな手からガラスポットを受け取り、お日様にかざして喜ぶ私にダルフェさんが言った。

「はは……俺、箒を取りに行ってきますよ」

「ほ、箒なくて平気です! ハクちゃん、自分で片付けなきゃっ。前みたいにささっと出来る? 何か大きな入れ物借りないとだね。あ! ダルフェ、大きいお鍋ありますか?」

 ハクちゃんはふわふわ飛びながら。

 首をかしげて。

「りこは鍋が好きだな」

 と、言った。

 別にそういうわけじゃないんだけどな。

 ま、いいか。


 ダルフェさんが深くて大きな銅鍋をお城の厨房から借りてきてくれて。

 炊き出しに使うようなそれに、ハクちゃんのかけらをしまった。

 思ったより量があり……。

 ハクちゃんがあの時、すごい量の内臓(ひえ〜)を出していたのだと痛感した。

「姫さん、午後の茶の時間まで寝てなさいね。一応、病み上がりなんだから」

 ダルフェさんはそう言ってくれたけど、体調はなんとも無い。

 咽喉の痛みも治ったし。

 カイユさんの飴、素晴らしいです。

「ダルフェ。私、元気ですよ? あ、お部屋を見てきていいですか?」

「ああ、ここは姫さんの部屋なんだからご自由に。旦那ぁ、衣装室に塔から移動した衣類ありますからね」

 ハクちゃんの服。

 今度こそ、平和的なイメチェンをせねば。

 魔王様は卒業なのだ!

「ありがとう、ダルフェ! ハクちゃん、行こう!」

 ふわふわ飛んでいたハクちゃんをささっと捕まえ、抱きかかえた私にダルフェさんが言った。

「俺は陛下の様子を見てくっからね。あ、昼寝はしときなさい。環境が変わると疲れるもんだぜ? 旦那、姫さんをしっかり休ませて下さい。あんたは夫なんですから、妻の健康管理を怠っちゃいけません」

 ハクちゃんはダルフェさんの言葉に頷いた。

「分かった。きちんと体調を確認し、昼寝をさせる。休養だな」

 私のお昼寝は決定みたいですね。

「お昼寝、ここでしていい? 温室、ぽかぽか気持ちいいから。……竜帝さんとカイユの様子、後で教えて下さいね」

「了解! んじゃ、また後でな」

 片手を軽くあげて温室から出て行く後姿は。

 いつもと違う騎士姿のためか。

 遠い存在に感じられてしまい。

 ちょっと、寂しかった。


 居住空間は想像していたよりも、各部屋がこじんまりとしていた。

 コンパクトにまとめられ、居心地が良さそうで……ほっとした。

 広すぎると、落ち着かないし。

 置かれた家具も木製の暖かみのある物だった。

 漆喰の壁はバターイエロー。

 とても暖かな印象。

 豪華でやたらに何でも白く、大理石ばかりだった離宮。

 綺麗だけど冷たい印象しかなかった。

 ここは……違った。

「わあ、いいね~ここ。うん、素敵」

 るんるん気分で寝室へのドアを開け。


「う?」


 閉めた。

 中に入らずドアを閉め。

 今、見えた物を頭の中で反芻した。

 なんだ?

 あのでっかい……ちょ、ちょっと大きすぎないか?!

「りこ、どうしたのだ?」

 腕の中で私を見上げるハクちゃんを、直視出来なかった。

 そうだった。

 この超ラブリーな竜は。

「衣装室は寝室から入るのだろう? ほら、行くぞ。りこ」

 するりと私の腕から抜けて、ハクちゃんは寝室のドアを開け。

 ふわふわ飛んで、先に中に入ってしまった。

 そう、つい忘れてたというか。

 実感がイマイチだっだというか。

 この小さな白い竜は、私の旦那様でして。

 人型になると、2メートル越えの長身で。

 そりゃ大きなベットが必要でしょうが……大きすぎるでしょ、あれ!

「着替えてきたぞ。ん? りこ、どうかしたのか?」 

 どうやら数分間、固まっていたらしい私を。

 腰をかがめて覗きこみ、魔王様は仰った。

「黒い服にしたから怒ってるのか? だが、だがな! 我はりこの色がっ、りこが大好きなのでだな! その、あのっ」

 チャイナ服に似た黒い長衣は、銀糸で細やかな刺繍が施され。

 割とすっきりとしたデザインで、ハクちゃんに似合っていた。

 ハクちゃんは、私に伸ばした腕を寸前で止め。

 白い手を。

 にぎにぎ・にぎにぎ・にぎにぎにぎにぎ。

「りこ……さ、触っていいか? 我はずっと竜体だったので……この手でりこに、触りたくてだな!」

 にぎにぎする手と。

 冷たい美貌。

 やっぱり、ハクちゃんは。

 かっこいいより、かわいいかも。

「うん」

 にぎにぎする手に、自分の手を添えて。

「私はハクちゃんの妻なんだから」

 ハクちゃんはゆっくり手を開き。

 その手で私の頬にそっと触れ。

「そうだ。りこは、この我の愛しい妻だ」

 おでこにキスをしてくれた。

 うへへ。

 なんか、こういうのって嬉しいなぁ。

「そうだ、りこ。なかなか良い感じの寝台があったぞ。体調が良いなら昼寝は中止して、我と交わっ」

「ス、ストッープ! 取りあえず、温室で昼寝しましょう!」

 ま、ま、交わっ?!

 あまりに直球すぎないか、それ~!!

 さ、さすがにちょっと。

 こう、もっとちょっとさり気な〜く誘ってくれると……うううっ~ハクちゃんって、内臓の涙が出ちゃうくらい繊細なのにデリカシーが無いというか。

「ふむ。りこは鍋も温室も好きなんだな。……共通点は暖かさか?」

 1人でぶつぶつ言っているハクちゃんの謎めいた思考回路には触れずに。

 私はダッシュで寝室に入り、お昼寝に必要だと思われるものを集め。

「ハクちゃん、先に温室に行ってるよ!」

 速やかに退却した。



「気に入ったか?」

 かけらの入ったガラスポットを手に乗せ、眺めていたら。

 ハクちゃんの長い指が、私の前髪に触れ。

 大きな手でそっと……髪を梳いてくれた。

 優しい感触が気持ち良くて、嬉しくて。

「うん! ありがとう、ハクちゃん」

 ぽかぽかの温室にふかふかのラグマットを敷き、小ぶりなクッションを枕にして。

 眩しい日差しは隣で横になったハクちゃんが遮ってくれて。

 お腹もいっぱいで、うとうとしてしまう。

 ハクちゃんが毛布かけ直してくれながら、言った。

「りこは昨夜、熱が出たのだから。ダルフェの言うようにでぇとは止め、休養することにしよう……うむ。それが良いな」

 私の手からガラスポットをとり、蓋を開けて。

 中から1粒取り出して。

「りこ、あ~ん」

 あ~んって……え?

 条件反射で開けた口に、ハクちゃんはかけら(元・内臓)をころんと入れて……。

 ほんのり甘く、舌の上でふわりと溶けたその味は。

「あ……あれ、これって駕籠でくれたのと同じだ」

「そうだ、我のかけらだ。元は我の一部なので微量だが気が残っている。りこにとって、我の気を補充する方法の1つになるはずだ……美味いか?」

「うん。おいしいけど……」 

 かけらを食べさせられたことに驚きは感じても、嫌悪感は全く無かった。

 それより、気の補充ってどういう事なの?

 人型のハクちゃんはもう数粒取り出して、自分の口に入れた。

「……りこ」

 唇に。

 ひんやりした感触。

 見た目よりも柔らかだって事を、私はもう知っている。


「っん……」


 口移しでくれたかけらは。

 いっそう甘くて。

 貴方の。

 冷たい唇。

 熱い舌。

 どこまでも優しく。

 私を絡めとリ、離さない。


「ん、あっ? ちょっ……ハ、ハクちゃ…ん?! や、やめっ! だめ、だめだよハク! ハク、ハクちゃんったら! ちょっと、な、あっ……!」

 

 真珠のカーテン。

 羽毛のような、穏やかで優しいキスが。

 額に、こめかみに、目元に。

 顔中に降り注ぎ。


「りこ……」

 

 輝く金の星。

 滴るように、艶めいて。


「や、ハクちゃ、あぁ! ……な、なに? な、んで?……ひっ! あ、あっ、んぁ!」


 大きな手で。


「りこ、りこよ……あぁ、ちゃんと憶えているではないか」

 

 長い指が。 

 

「大丈夫だ。りこは我を、憶えているぞ?」

 

 わかんないよ、知らないよ。

 私はハクちゃんのしてくれたキスしか憶えてなかった、本当に!

 こんなの、知らないよ。

 こんな風になっちゃう私、知らないよ!


「はっ、あ、あぁん……ハ、ハクちゃんっ! な、んで? わ、私? うそ、なん……でぇ、こんなの、へ、変だよぉ。こ、こわいよぉも、もう、やめて、もうっ……んっ! こわっ、いよ私、変っう、うぇっ……うえっ、ひぐっ」


 知識としては知ってた。

 そういった話が好きな友達もいたし、女性雑誌にだって特集がよく載っている。

 でも、それを自分で体験するとなると。

 どうしていいか分からなくて。 

 死ぬほど恥ずかしくて。

 泣き出した私の顔を。

 真っ赤な舌が優しく舐めあげた。

 丹念に、執拗に。


「怖いことなど何も無い。あぁ、我のりこ……やめてほしいと? 我に偽りの言葉は通じない……りこの体液が我に本心を明かしてくれる」


 耳を銜えられ。

 全身を震えが襲う。


「我が欲しいのだろう?」

 

 囁きは、甘く。

 残酷で。


「りこは我が……欲しいだろう?」

 

 縋るような、瞳で。  


「我はりこが欲しい」

 

 潤んだ金の星。


「我はりこに愛されたい」

 

 ずるい、貴方。

 

「ん、あぁっ! 私っ、ハクちゃ、ハク! ……ひぁっ!!」

 

 言葉も息も。

 心も身体も。

 全部。

 全て、貴方に奪われて。

 縋りつくしか、出来ない私。


「もっと。もっと我を欲しがって、りこ」



「我だけを」

 





 ねえ、ハクちゃん。


 午後は。

 休養するんじゃなかったの?





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