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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第44話

「いいか、 よ〜く聞けおちび! おちびには竜族の義務教育を受けてもらう。毎月末に試験をし、ちゃんと知識をつけてから本採用だ。阿呆を雇うほど俺様は寛大じゃねぇ。教育期間中も手当ては支払う。正雇用時の7割り出す。ダルドからも毎月定額が送金されるから、けっこうな額になるはずだ。財産管理は当分は俺様がしてやるから安心しろ。じじいには無理だからな。働かなくとも豪遊できる立場のおちびが、自分から働きたいって言い出したんだ……覚悟しろよ! 働かないで大人しく、お姫様をしててくれるのが1番助かるんだが。まあ、だんだん理解すんだろうしな。まだ‘普通‘にこだわるのも仕方ねえし……優しい俺様はおちびの意志を尊重してやる。この俺様に感謝するがいい! そしてじじいっ! てめぇは今までの爛れたヒモ生活を反省し、女関係を整理整頓清算するんだな! この小市民で貧乏性な嫁を見習い更生しろってんだっ」

 竜帝さんの執務室。

 医務室からハクちゃんが術式で連れてきてくれた。

 重厚な応接セットと執務机だけの飾り気の無い部屋だったけど、大きな窓から庭の風景が見られて……。

 壁は天井まで届く本棚で占められ、机の上と違ってきっちりと本が整頓されていた。

 本と書類が乱雑に積み重なった机の上で。

 やたら偉そうにふんぞり返った青い竜の言葉はすごく早口で、まったく意味不明。

 いつもそうだけど、竜帝さんの言葉はとても聞き取りずらい。

 一気にどばどばーっと言われても、分かりませんって!

「で、分かったのか。おちび!」

 無理。

 今のとこしか聞き取れなかったです。

「分かりませんでした。だって、その……ごめんなさい」

 早口なうえに、1度にいっぱい喋られたらお手上げでございます。

 あ、言い訳は良くないよね。

 私が悪いんだ。

 セシーさんが熱心に教えてくれたし、ハクちゃんだってつきっきりで通訳してくれて。

 分からないのは、自分の努力が足りてないって証明だ。

 周りに甘え過ぎて……。

「よし。わざと分からんように言ったんだから、それでいい」

 へ?

 ちょ、ちょっと。

「カイユ。お前が必要だと思うとこを要約して、おちびに教えてやってくれ。……突っ立ってないでそこに座れ、おちび。本調子じゃねえんだしよ」

 今度はゆっくり言ってくれたので。

「はい、ありがとう竜帝さん」

 竜帝さんの指差した応接セットのソファーに腰を降ろした。

 向かいにカイユさんが座った。

 ハクちゃんが私の隣にちょこんと座って、手足をにぎにぎしながら言う。

「りこ、咽喉の具合は? のど飴とやらは効いてるか?」

 カイユさんが持ってきてくれたのはのど飴だった。

 ほのかなミント味のそれは、咽喉をとても楽にしてくれた。

「うん。すごく効くのど飴だよ、美味しいし。カイユ、ありがとうございます」

 カイユさんは優しく微笑み、クリーム色の飴が入った蓋付きのガラスポットをテーブルに置いた。

「咽喉の痛みが完全に無くなるまで、小まめに舐めていて下さいね」

 私はうなずきながら……ふと、気になった。

 あれ?

 ハクちゃんもこないだ飴というか、お菓子のような物を口に入れてくれたっけ。

 ハクちゃんがお菓子を持ち歩いてるとは、思えない。

 口ですぐに溶けて、ほんのり甘くて。

 1粒食べたら気持ちも落ち着いて。

 安定剤とか……薬だったのかな?

「カイユとおちびは此処にいろ。俺様はじじいに話がある……庭に出ろ、じじい」

 竜帝さんは短い腕を組み、ふんぞり返りながら言ったけれど。

 ハクちゃんは返事をしなかった。

 テーブルに置かれたガラスのポットに魅入っていた。

 小さな身体を乗り出すようにして、金の眼を細めながら。


「我も欲しい」


「え?」

「は?」

「じじい?」

 

 ハクちゃんの言葉に皆が反応した。

 食べ物に全く興味を持たないハクちゃんが。

 飴が欲しいって言ったのだ。

 それは驚きますって、うん。

「のど飴、舐めてみたいの?」

 私の言葉にハクちゃんは首を振った。

「違う。入れ物だ、これが欲しいのだ」

 入れ物。

 この小さなガラスポットが?

「カイユ、くれ。我にこれをくれ!」

 ハクちゃんは両手でポットを掴むと上下にぶんぶん振った。

「ちょ、ハクちゃん。 駄目だよ、そんな風にしたら蓋が取れて、中身が出ちゃうよ」

 おもちゃを欲しがる駄々っ子のように、ハクちゃんは乱暴にポットを振り続けた。

「欲しい、我はこれが欲しい! これに入れたい、我もこれに入れてみたい!」 

 これに……何か入れてみたいのかな?

「わ、わかりましたヴェルヴァイド様。同じ様な物が幾つかありますから、お持ちしますわ」

 ハクちゃんの奇行にカイユさんは、ちょっとびっくりした表情を浮かべたけれど。

 すぐに席を立ち、部屋を出て行った。

 まだポットを離さないハクちゃんを、私はなだめるように背中をゆっくりと撫でて言った。

「ハクちゃん、これは置こうね? 新しいのをカイユがくれるから、ね?」

 ハクちゃんは私を見上げ、金の眼をくるりと回した。

「うむ、わかった。これは置いておく。……りこ、抱っこ」

 握った両手を私に向かって差し出したので、腕をとって抱っこしてあげた。

 ハクちゃんは小さな頭をすりすりと私の身体にこすりつけ。

「りこ。我は良い考えを思いついたのだ」

 金の眼をきらきらと輝かせ、言った。


「おい。俺様はシカトかよ」


 あ、そうでした。

 竜帝さんはハクちゃんにお話が……。

「ハクちゃん、竜帝さんが呼んでるよ? お話があるんだって」

「我は今、忙しい。<青>と話す事など無いしな」

 忙しい?

 えっと、抱っこされてるだけだよ?

「はぁ、ったくよぉ〜。おちび、じじいに俺様と話をするように、言ってくれ……そこの庭で待ってるからよ」

 疲れたように言い。

 青い竜は、窓を開けてふらふらと外へ飛んで行った。

 ここは1階なので、すぐ地面に降りて。

 そのまま芝生にゴロリと寝転がった。

 芝生は青々としている。

 日本の年末のような寒さなのに。

 不思議……そういう品種なんだろうけど。

 開けた窓から入ってくるひんやりした風に、思わず震えてしまう。

「りこ、寒いのか? 我のりこを寒がらせおって……<青>め。窓を開けたままとは……仕置き決定だな」

 ハクちゃんは私の左右の頬にちょんちょんって、キスをしてから。

「すぐ戻る」

 そう言って。

 開いたままの窓から、ふわりと飛んで行った。

 ハクちゃんは小さな手で外側から、きちんと窓を閉めてくれた。

 冷気はこれで入ってこないけど。

「し、仕置きって……大丈夫かなぁ、竜帝さん」

 私としては、その事の方が気にかかるんだけどな。




 我は<青>が何を話したいのかは予想がついていた。

 芝生に寝転ぶ<青>の隣に座ると、<青>が起き上がり我に言った。

「なあ、ヴェル。おちびの身体、強化に失敗したんじゃねぇのか?」

 やはりな。

 <青>もそう思うのか。

「あれくらいの条件下で身体の自由がきかなくなって、熱を出すなんてな。どう考えたって、弱い人間のままだぜ。先代の残した資料だとよ……つがいの竜と交わると武人並みに肉体が強化される事がほとんどだ。個人差があるとしても、おちびは弱すぎる。異界人だからか?」

 先代の<青>は異種である人間と竜が極稀につがいになる事に深い興味を抱き、研究していたからな。

 資料か。

 りこの眼には触れさせたくないな。

 処分しておくか……。

「そんな弱いおちびだが……再生・回復能力は格段に高くなってる、有り得ないほどな。深夜に40度越えの高熱出して周りをびびらせておいて、朝にはケロッとしてやがる。瀕死の状態になるまでじじいに犯されても短時間で再生しちまっ……っぐがあ!」

 

 我は<青>の口に手を突っ込んだ。


 舌を掴んで捻じ切り。

 その舌をそのまま咽喉の奥へ、押し込む。

   

 犯した?

 誰が?

 誰を?


 りこを?

 我が?


 この我が。

 りこを。


 犯しただと?

 

 犯したなどと言ったな<青>よ!


「違う」


 あれは、違う。


「りこが我を抱いてくれたのだ」


 りこが。

 命を懸けて、全てで。

 我を。


「りこが我を愛してくれたのだ」


 りこの愛を。

 我に与えられた愛を。


「貴様は、侮辱したのだ」


 痙攣し、のた打ち回る<竜帝>の首を右手で掴み。

 締め上げた。

 我の手を外そうともがく腕を、左手で反対に折り曲げた。

 鈍い音が連続して、聞こえた。


「お前はりこの部品として失格だ、ランズゲルグよ」


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