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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
44/212

第42話

 りこはいた。

 駕籠に寄りかかり。

 膝を抱え。


「りこ」


 我が呼びかけると。 

 ゆっくりと。

 ゆっくりと顔を上げた。


 普段は黄みがかったりこの肌が。

 白くて。

 

「はは……。さ、寒い、ねぇ。駕籠に、も、もどろうと、したんだけ、どね」

 

 言葉よりも。

 歯の鳴る音の方が、大きかった。


「あ、あ……あし、足がうごかな、か、らだが冷えた、から……かなあ?」 

 そう言って。

 顔を。

 我の視線から隠すように、両手で覆った。


「りこ」


 我には分からない。

 何故、りこが。

 

 外で。


 雨にうたれ。

 風にたたかれ。


「りこ」


 我のりこが。

 何故。


 ぱじゃまを差し出したりこは。

 笑ってたのに。


 我の眼が。

 焼かれるほどに眩しい笑顔で。


 あまりに綺麗で。

 それは。

 心臓が潰れるほどで。


「わ! おちびっ? こんなとこに……じじい、ほうけてんな! さっさと術式でおちびを医務室に連れて行け……急げ!」

 


 城の医務室にりこを寝かせてすぐ。

 カイユが現れ。

 りこを一目見るなり。


 我を殴った。

 無言で。

 

 我の身体は床にめり込んだが。

 ぱじゃまは術式で守ったので。

 ほこり1つ付かなかった。


 もっと殴られてもいいと。

 そう思った。



 


 駕籠へ戻ろうとしたのに。

 体が思うように動かなくて。

 駕籠の側面で身体を支えるように、這いずって扉に近寄ろうとしたけれど。

 強い雨と風に邪魔されて。

 冷え切った体が痺れて。

 これは自力では無理かもと。

 ハクちゃんを念話で呼ぼうって思ったら。

 

 目の前に白い竜が居た。


 ハクちゃんを包んだ淡く白い光に、雨も風も弾かれていた。

 良かった。

 ハクちゃんが濡れないで。


 すぐに呼ばなかったのは。

 ずっと外で頑張ってくれてたハクちゃんを、また悪天候の場所に出したくなかったから。

 あ。

 パジャマを着てくれてる。

 やっぱり、似合う。

 とっても、かわゆいよ。

 呼ばなくても、来てくれたね。

 嬉しくて。

 涙が出た。

 ちょっと恥ずかしくて。

 顔を隠した。


 

 

 運ばれた時はぐったりしちゃってたらしく。

 よく覚えていないけれど。

 濡れた服を着替えさせてくれたのは多分、カイユさんだと思う。

 何か言ってたけど、うまく聞き取れなくて。

 取りあえず。

 うんって、言っといた。

 翌朝。

 鳥の声で目が覚めて。

「おはよう、りこ」

 金の眼。

 ハクちゃん。

「おは……ごほっつ!」

 咽喉、痛い。

「りこ! すぐに医者をっ」

 枕元に居たハクちゃんが、慌てたように言った。

「へ、平気。咽喉がちょっと痛いだけ。気分も悪くないし」

 上半身を起こし、周囲を見回した。

 ほのかに漢方臭い。

 簡素なベットの周りは白いカーテンで囲まれていた。

 まるで病室。

 木のサイドチェストの上には水の入ったピッチャーとふせられたコップ。

「ハクちゃん、ここって」

「城の医務室だ」

 そう言ったハクちゃんは。

 パジャマを着てはいなかった。

 ちょっと、いや。

 かなり残念。

「ハクちゃん、あの……え?」

 ハクちゃんは。

 枕元で正座をして。

 私が使っていた枕の下から、赤いチェックの布を取り出した。

 パジャマだ。

 私の作ったパジャマ。

「りこ。これは返す」

 小さな両手が。

 パジャマを私に差し出した。

「そっか……」

 仕方ないかな。

 気に入らないなら。

 「我はりこに褒美をもらうに値しない。だから、これはもらってはいけないのだ」

 もらっちゃだめって、なにそれ?

「ハクちゃん?」

 正座をしたハクちゃんは。

 眼を瞑って。

「今の我には、りこからぱじゃまを与えられる資格が無い。だが、だが……」

 パジャマをのせた小さな手が。

 ぷるぷると、震えていた。

「だが、欲しい。とても、このぱじゃまが欲しいのだ。我はこれからもっと努力する、賢くなってりこの全てを護れるようになる! だ、だから」

 ぎゅっと眼を瞑ってるのは、私の返事が怖いから?

「返したくはないが、返す! しかし、その、りこが我にご褒美を与えても良いと判断するその時まで、時間が長くかかるとしたらだ、その、ま、ま、ままっ」

 まま? 

 私は妻であって、ママじゃない……。

「ま、ま……前借を申請いたしたくっー! その、多少ずるになるが。我は、ぱじゃまが、欲しくっ、それでっ! ま、前借をっ」

 ご褒美。

 前借。

 パジャマ。

 それって。

「ええっと、もしかして。パジャマを気に入ってくれたの?」

 正座をし、土下座状態のハクちゃんは言った。

「喜びのあまり……脳は溶け、心臓は破裂した。臨死体験をしたぞ? かなり激しく内部が壊れたので復旧に時間がかかり、りこを迎えに行くのが遅れた。本当に、済まなかった。で、前借の件は……その、やっぱり駄目か?」

 心臓破裂って?

 リ、臨死体験……強くて脆い、不思議な貴方。

 薄目を開けて。

 金の眼が。

 私を見上げた。


 ハクちゃん、貴方は。

 

「貰ってくれたら、すごく嬉しい。こんな物しかあげられない私だけど、貴方が……ハクちゃんが好き。世界で1番大好き……ねぇ今、ここで着せてもいい?」

 ぱっと顔をあげた白い竜は。

 小さな胸にパジャマを抱いて。

 ぽろぽろと。

 金の眼から。

 涙を。


 真っ白で綺麗な貴方。

 貴方はいつも。

 私の心を救ってくれる。


「知らなかった、我は。……嬉しい時も涙が分泌されるなど」

 

 どんどん貴方が好きになる。

 ますます貴方と離れられなくなる。


「我も、りこが大好きだ。我もりこが1番……いや、りこだけが」

 私はパジャマを大事そうに胸に抱いたハクちゃんを、そっと膝の上にのせ。

 零れる涙を。

 舐めてみた。

 眼の際から、顎の先まで。

 丹念に舌を這わすと。

「り、りこっ?」

 金の眼が真ん丸くなって。

 涙が止まってしまった。

 むむ、ちょっと残念。

 ものすごっく、可愛かったんだけどな。

 頭から噛り付きたいくらい、可愛かった。

「ふふっ、ハクちゃんの涙ってキリンレモンの味がするよ? ぜんぜん、しょっぱくないんだね〜」 

真ん丸くなった金の眼をくるんと回し。

「きりんれもん? よく分からぬが。……りこは涙も血液も、唾液も汗も。全ての体液・分泌物が甘いぞ? 我の好物だな」 

 うーん。

 なんか微妙。

 まあ。

 まずいより、いいか。

「ハクちゃん。パジャマを着て、一緒に寝ようよ。寝るまねっこでいいから、ね?」

 私はパジャマを素早く着せ。

 小さな頭に帽子をかぶせたハクちゃんを抱いて、布団に潜り込んだ。

 頭からすっぽりと。

 そうすると。

 布団の中は。 

 2人だけの小さな世界みたいで。

 ハクちゃんを独占した気分。

 嬉しくて。

 

 ハクちゃんにキスをした。


「風邪が移ったら、ごめんね?」


 竜って風邪、ひくのかな?
















〜おまけ〜

  

 りこ中日記(りこ中心・りこ中毒のハクちゃんの日記です)


 <*月*日>

 本日はりこと風呂に入った。

 湯舟は竜体の我に深かったので、りこが抱っこをしてくれての入浴となった。

 りこは異界の歌を唄ってくれた。

 タオルに空気を含ませ湯に沈め、気泡を出す遊びを教えてくれた。

 りこが笑っていた。

 りこは楽しそうに笑っていた。

 我は風呂が好きになった。

「ハクちゃんが小さな竜で良かった〜。大きかったら一緒に入れないもんね。うん、かわゆい竜だからこうして一緒にお風呂に入る気になるけど……もし人間の姿だったらさすがに無理だったなぁ〜」

 人間の姿。

 人型だと、りこと風呂に入れないのか。

 ふむ。

 人型の我は暫らくは内緒だな。

 我はりこと風呂に入りたい。

 ずっと、これからも。 

 この笑顔が見たい。

「ね、ハクちゃん! 身体を洗ってあげるね。この石鹸、すごくいい香りだよ」

 ああ。

 我は風呂が、大好きになったぞ。

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