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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
43/212

第41話

 カップのお茶がこぼれる事もなく。

「あら? 城に着地したようです。私が様子を見てきますから、少々お待ちくださいませ」

「え? 着いたの?」

 晩御飯後のお茶をカイユさんと楽しんでいた時だった。

 外は暗いし雨が酷くてなにも見えないから着地見学はあきらめて、カイユさんとお喋りして過ごしていて。

 部屋を出て行ったカイユさんと入れ違いに、ハクちゃんが目の前に現れた。

 わっ、びっくりした!

 居間に現れたハクちゃんの第一声は。

「りこ、ご褒美だ。ご褒美!」

 小さな手足をにぎにぎしながら言う白い竜の旦那様は。

 それはそれは、かわゆかった。

 かわゆくて優しく(私には)、頼りになる旦那様。

「お疲れ様でした、ハクちゃん。ありがとう」

 私はハクちゃんを抱きしめた。

 ずっと外にいたハクちゃんの冷たい身体を暖めてあげたかった。

「りこ。我にご褒美……」

 金の眼がきらきらと輝き、私を見上げた。

 ご褒美。

 そう、ご褒美よ!

「ちょっと待ってて! すぐ持ってくるからね」

「持って……?」

 ハクちゃんをソファーに降ろし。

 寝室にダッシュし、ベットの上に置いてあった目的のモノを掴んで。

「喜んでくれるかな〜、ハクちゃん」

 ハクちゃんの待つ居間に戻った。


「はい、これ! ご褒美っていうより、感謝の贈り物です」

 ソファーにちょこんと座ったハクちゃんの前に膝をつき、目線の高さを合わせてから。

 贈り物を両手で、差し出した。

 私の手にあるそれを見たハクちゃんが、金の眼を見開いた。

「こ……これは」

  赤いチェックの生地で作った、パジャマ。

 竜のハクちゃんが脱ぎ着しやすいように、ベストみたいな形にした。

 ボタンじゃなくて、はぎれで作った紐で結べるようになっている。

 私の自信作だ。

「ハクちゃん用のパジャマだよ。まあ、ハクちゃんは寝ないけどね。帽子もあるの。ほら、かわいいでしょ?」

 三角形の筒状で、すぽっとかぶれるのだ。

「ね、着せてみて良い? サイズ、どうかな〜っ……わ! ぴったり、良かったぁ」

 眼を見開いたまま固まってしまったハクちゃんに、ちょっと強引に着せてしまった。

 帽子もかぶせ、完了。

 でも。

 ハクちゃんは何も言ってくれなくて。

「あ……」

 うきうきしていた気分が急激に冷めた。

 あぁ、そっかぁ。

 そうだよね。

 セイフォンでハクちゃんが前の女王様に貰ったっていうたくさんの豪華衣装を見たのに。

 離宮の衣装部屋には宝飾品も溢れていた。

 ダルフェさんが言ってたもの。

 多くの人達がハクちゃんに高価なモノや服を……。

 ハクちゃんの期待したご褒美とは、レベルが違うのかも。



 これの材料。

 私のぼろパジャマだし。

 高校生から愛用してたパジャマのズボンを、リフォームしたわけで。

 上は残ってるから……なにげにお揃いのパジャマとか考えて。

 26にもなって、なんてとんちんかんな事しちゃったんだろう。

 ふと。

 思い出した。

 会社の後輩が彼氏にプレゼントしてたのは、高価なブランド物で。

 ランチ代を切りつめて、いろいろ節約して頑張ってたな。

 ううっ。

 なんか……鼻の奥がツーンとしてきちゃった。



「りこ。これは……りこが異界から着てきた‘ぱじゃま‘では?」

 分かっちゃいますよね、そりゃあ。

 離宮生活になってからはセシーさんが(ダルド殿下のお金で)用意してくれたネグリジェを使っていた。

 帰れないって知って……。

 特売スリッパとぼろパジャマが。

 とんでもない貴重品に思えて。

 これ以上、痛むのが怖くて仕舞い込んでいた。

 賢いハクちゃんには、ばればれですよね? 

「う、うん。そうなのっ、あのね、私……え?」

 言葉に詰まった。

 微動だにしなかったハクちゃんが、ソファーの上でうずくまる。

 自分で自分を抱くような格好で。

「ハ、ハクちゃん? どうしたの? そんなに期待はずれで、残念だった? ご、ごめんね。ごめんなさい。働いてお給料が貰えたら、もっといいの買ってあげられるから。ちょっと待ってもらっていいかな? ごめん、ごめんなさい」

 ご褒美、楽しみにしていたもんね。

 豪華なプレゼントになれてるハクちゃんからすれば、がっかりだよね?

 私だって、貯金あったんだよ?

 でも、こっちに連れてこられちゃったから。

 何も持ってなくて。

 あぁ。

 こんな気分。

 最悪だよ。

 あんまり情けなくて。

「あは……は。本当に、ごめんね」

 情けなさ過ぎて、笑えるよ。

 さすがに。

 さすがに、この場にはいらんないよ。

 ハクちゃんの前に。

 恥ずかしくて、居られない。

「そ、外。外が気になるからっ私! ど、どんなお城か見てくる!」

 

 私は。

 逃げた。


 自分のおかれた状況を思い知らされた。

 大好きな人に。

 ろくなプレゼントが出来ない。

 情け無い、私。


 私だって最近までちゃんと働いてた。

 一人暮らしをして。

 自分のお給料で生活して。

 ボーナスでお母さんとお父さんに、温泉旅行をプレゼントしたこともあった。

 普通の社会人だったのに。

 

 こんなに。

 惨めな気分。

 誰のせいなの?


 私は恵まれている。

 くだらないミスで連れてこられたけれど。

 牢に入れられたり、放り出されたり……殺されたりしていない。

 衣食住全てを保障され。

 いい暮らしをさせてもらってる。

 ハクちゃんも側にいてくれる。

 私をお嫁さんにしてくれた、白い竜。

 あの人といるためなら、元の世界に帰れなくても。

 2度と家族に会えなくても。

 それでも、いい。

 そう思ったのは、嘘じゃない。


 私は恵まれた状況なんだから。

 

 まるでお姫様のように。


 恵まれている。


 

 全てを‘恵んで‘もらっているのだから。

 


 胸の中が。

 どす黒い何かに。

 覆われた気がした。


 

 駕籠の中は探検してあったから、出入り口の場所は知っていた。

 カイユさんが先に出たので鍵が開いていた。 

 重く厚い扉を両手で少し押し開け、外の様子を見ようとして。

 その途端。

 強い風に扉が全開になり、身体が外へ出てしまった。

 横殴りの雨にバランスを崩し、つんのめってノブから手を離してしまい。 

 へっぴり腰の体勢で、左によろよろと足をもつれさせながら倒れこんでしまった。

 叩き付ける雨で、眼を開けてられない。

 風が重たくて、立ち上がれない。

 風に重みがあるなんて、初めて知った。

 鼓膜が破れるような雷鳴に、心臓が震えた。

 一瞬でずぶぬれになり、寒さに歯が鳴った。

 寒い。

 セイフォンとは気温が違う。

 秋、ううん。

 冬の冷たさだ。

 かろうじて薄目を開けて、周りを見た。

 雷の光だけが照明で。

 私が確認できたのは。

 青白い光に浮かび上がる大きな駕籠。

 ああ、こんな酷い天気の中を。

 ダルフェさんは、この重たい駕籠を持って飛んでくれたんだ。

 ハクちゃんは、こんな寒い外でずっと私達を守ってくれてたんだ。


 ハクちゃん。

 ハクちゃん。

 ごめんね、ごめん。

 こんな私がつがいで、ごめん。

 

 パジャマを喜んでもらえなかったのがショックなんじゃない。

 当然のことだから。

 私がショックだったのは。

 貴方の側にいられるなら。

 元の世界も家族も全部あきらめるって思ってた私の……。

 その気持ちは嘘なんかじゃない。

 なのに。

 なのにね。


 捨て切れてない。 

 ずるい、私。

 汚い、私。

 ちょっと情けなくて、悲しかっただけなのに。


 ハクちゃんの反応が自分の想像と違っただけなのに。

 たったそれだけのことで。

 こんな世界、やっぱり嫌い。

 帰りたいなって、少し思った。


 これって、裏切りだよね。

 ハクちゃんに対しての。

 

 嫌な女。

 私って、こんなに高慢だったんだ。

 あぁ、自己嫌悪。

 最低だ。

 

 素直で無垢で。

 強く揺ぎ無い貴方の愛に比べて。


 私の愛って。

 打算的で貪欲で。

 薄っぺらくて不安定で。


 貴方を裏切る。

 

 この世界にきてから。

 嫌な私が増えていく。


 自分が思ってた以上に、醜い心の人間だったことが。

 けっこう。

 かなり、ショックで。

 泣けてくる。


 雨で涙は分からない。

 叫んだって雷が消してくれる。


『ーーーーーーー!』


 思わず口から吐き出された言葉は。

 この状況では自分の耳にさえ、聞こえない。

 

 貴方には。

 聞かれたくない。


 貴方の世界に来てから。

 自分が嫌いになっていくなんて。

 

 貴方には、知られたくないの。



 泣いて叫んで。

 かなり、すっきりした。

 26にもなると、切り替えも早くなる。

 いつまでもうじうじしてたって無駄だって。

 経験上、身に染みている。 

「さ、寒っ! あは、びしょ濡れだぁ。駕籠に……ハクちゃんの側に、帰らなきゃ」

 ハクちゃんの側に。

 私の居場所は、そこ。

 そこしかない。


 そうだ。

 大好きなお風呂に入って。

 さぶちゃんの‘祭り‘を熱唱して。

 少し、へこたれたちゃった心を元気にしよう。

 自己憐憫に浸るのはやめて。

 可憐で儚いヒロインなんて、ごめんだ……と、いうか無理です。

 柄じゃないし。

 高貴で気高いお姫様にも、なれないわけで。

「心のちょっと汚い、強欲で腹黒な26歳か?」

 異世界トリップ物語のヒロインとしては、失格っぽいけれど。

 しょうがない。

 これが私なんだから。

 ごめんね、ハクちゃん。

 こんな女が妻で。

 でも。

 もう、返品不可ですよ?





 


 りこがくれたご褒美は。

 ぱじゃま。

 りこのぱじゃまを切って、縫ってくれた我のぱじゃま。

 帽子まで。


 りこの宝物を。

 切ったのか。

 我のために、壊したのか。

 もう2度と元に戻らないのに。

 我の、ために。


 りこのぱじゃまを。


 大事に大事にしまっていた。

 元の世界の衣服。

 大切に大切に扱っていた。


 りこのぱじゃまを。


 我の、ために。


 ああ。

 我は。


 身体の中が。

 頭の芯まで。

 真っ白に。

 真っ白になり。

 りこが眩しくて。

 目玉が焼かれる。

 何も見えない。

 

 あまりの衝撃に脳も壊れ、溶けた。

 りこの言葉が理解できない。

 鼓膜も弾けてしまったようで。

 何も聞こえない。 

 全ての感覚が遠のいて。


 死んでいくというのは、こんな感じなのか?





「xxxx!」

 雑音。

「xxxxxxっ!」

 雑音だな。

「おいっ、じじい! おちびがいねえぞ! どこに隠しやがった、エロじじいっ!」

 雑音……む?

 <青>の気配だな。

 うむ?

 だいぶ復旧したな。


 歓喜と感動のあまり、死にかけたぞ。


 さすが、りこだ。

 我の女神よ!


「がーっつ! じじい! 死んだ振りして何、遊んでんだよ?! 珍妙な格好してるしよぉ〜、おちびは無事か? 抱き潰して……ぐぎゃっつ!」

 <青>が我に触れようとしたので、蹴り飛ばした。

 =ぱじゃまに触るな、愚か者めが! これはりこの我への愛の証な……

「んなことより、おちびはどうした?! ダルフェがカイユをうまく誤魔化してるが限界だぞ。30分しかご褒美タイムは取れなかったが、後で仕切りなおすって事で勘弁してくれよ」

 ご褒美。

 りこ。

 りこ?

 りこ……?!

「ってか。その様子じゃ、ダルフェの言ってたご褒美はなしか? 最中に邪魔したらぶっ殺されるからって俺様に呼びに行かせるなんてよ。あいつは臣下としての心構えゼロだぜ! なぁ、じじいよぉ。盛んのは、城でおちびを休ませてからにしてやれよ。おちびが可哀相って……で、おちびは? 寝室にもいねえじゃん。かくれんぼかよ」

 りこ。

「ダルフェ達は俺の執務室だ。外はひでぇ天気で、とてもおちびを歩かせられん。じじいが術式で執務室に連れて……じじい?」

 りこ。

 我の。

 我の、りこ。


 気配。


 少し離れている。 

 

 外?


 りこ。

 外に。

 

 外に出たのか!



 雨からも。

 風からも。

 りこを護りたい。


 柔らかな身体も。

 暖かい心も。

 りこの全てを。

 護りたいのに。


 何故。

 りこは外に出た?

 我を、置いて。

 我から、離れて。


 我は。

 また。


 りこを傷つけたのか?


 そして。

 愚かな我には。


 その理由すら、分らないのだ。 


 我は無知で無能な愚か者だったのだと。

 りこに会ってから知った。


 我は我が、嫌いになった。



 愛しいりこに、会ってから。

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