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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
41/212

第39話

 夕食の片づけが済むと、カイユさんが今後の予定を話してくれた。

 帝都までは4泊。

 もっと早く着くことも可能だけど、速度と高度をあげすぎると人間の身体には負担になる恐れがあるので、最も一般的で安全な速度と高度を維持して……遊覧飛行みたいにのんびり進むことを選択したこと。

 道中は寄り道なし。

 ダルフェさんは無休憩・飛びっぱなし。

 それを聞き、慌てた私にカイユさんはにっこり笑った。

「これぐらいのこと、私達には全く問題ありませんわ。竜騎士は普通の竜族より頑丈ですから。この私ですら、2週間絶食し無睡眠の後に御前試合で魔……セイフォンのセシー閣下をぶちのめしたんですよ? うふふ、手足をぶらぶらにしてやりました。あぁ、陛下が止めたりしなければ、ばらばらにしてやったのに。惜しいことをしました」

 ダルフェさんは問題なしで……セシーさん?

 セシーさんが手足をぶ、ぶち、ぶちちでぶらぶら?

 分からない単語があったために首をかしげた私に、カイユさんが簡単に言い直してくれた。

「セシー閣下に試合で勝ちましたの。快勝でした」

 なるほど。

 なんかのスポーツで試合して、カイユさんが勝ったんだね。

「すごい、カイユは運動も得意なんだ〜」

 美人で優しくて、運動神経も良いなんて。

 完璧だよ、うん。 

「はい。私、‘運動‘は強いんです、かなり」

 運動は強い?

 何か変だけど。

 ま、いいか。

「りこ、りこ」

 私の膝で丸くなっていたハクちゃんが顔をあげた。

「ハクちゃん、どうしたの?」

 小さな頭を撫でてあげると、金の眼を細めて。

 私の手のひらに頭を押し付けてきた。

 もっと撫でて欲しいらしい。

「ダルフェが念で伝えてきた。この先に雨雲が発生しているらしいのだ。風も強まるだろう」

 お天気が悪くなるってことかな。

 ダルフェさん、だいじょうぶかな?

「大変っ、雨が降ったらダルフェさん、濡れちゃう。風も強くなるなんて……駕籠も揺れるの?」

 ダルフェさん、風邪をひいちゃうかも。

 それに。

 ちょっと、怖い。

 前に飛行機で北海道に言ったとき悪天候で揺れて、すごく怖かったし気分が悪くなって吐いたっけ。

 うう、吐いたらどうしよう。

 思わず手で自分の口を押さえた私を見て、ハクちゃんは首を右に傾けた。

 膝からふわりと飛び、私と目線をしっかりと合わせて。

「駕籠は揺れぬ……ダルフェも濡れないようにする。りこは何も心配することは無いのだぞ? 我が居て、りこの乗る駕籠が揺れるなど有り得ぬ」

 ハクちゃんの小さな手が私の顔に伸ばされ。

 触れる寸前で、硬く握られ。

「この手では、触れられぬな。……風雨を避ける術式は外で操らねばならぬ。その為、りこと同衾できない、すまぬ。……カイユ、今宵は我が妻の側に。片時も眼を離すな。まだ、身体が安定していないはずっ、りこ?」

 私はハクちゃんの両腕を掴んで、小さな身体を抱きしめた。

 思いっきり。

 精一杯、強く。

「ハクちゃん。駕籠とダルフェさんを守ってくれるのは、嬉しい。でも、そのせいでハクちゃんが1人で雨に打たれるの? 1晩中? そんなの、駄目だよ……嫌」

 私に抱きしめられたハクちゃんの身体がほんの一瞬硬くなってから、ふにゃりとなった。

「駕籠とダルフェはどうでもよいのだ、我はりこを護る。他はついでだ。あぁ、我は嬉しい……我のこの手がりこを傷つけるのでなく、護ることが出来るということが。とても、誇らしい」

 ハクちゃんの言葉に。

 貴方のまっすぐな愛情に。

 胸が。

 息が。

 心、全てが。

「ハクちゃん……ありがとう」

 引き寄せられ、飲み込まれる。  

「ありがとう」

 想いを込めて白い鱗に覆われた口元にキスをした私に、ハクちゃんは言った。

 尻尾をくるくる回して。

「人型の我にもしてくれ。……沢山だぞ」

 うん。

 いっぱいする。

 貴方がもういいって言っても、やめてあげないんだから。

 


 ハクちゃんは術式で駕籠が揺れないようにしてくれた。

 1晩中、ずっと。

 ダルフェさんと駕籠……私を強い風と打ち付ける雨から守ってくれた。

 朝、私が目覚める時には枕元に居て。

 金の眼を私のそれとしっかり合わせて。

 念話で「おはよう」って言ってくれた。

 天気は良いけれど風が強いからって言って、すぐにダルフェさんの所に戻っちゃったけど。 


「うっわー! わ、あれ湖? きらきらしてるね。あ、あれ何? 牧場? きゃーっお花畑かな」

 午前中は、窓の外を見て過ごした。

 小さな丸い窓(直径30cmくらい)に張り付いて。

 角度的に無理があり、真上は見えないのでダルフェさんの勇姿(?)は確認できなかった。

 眼下に流れていく点のような町並みに、次々現れる雄大な景色に見入った。

「トリィ様。お茶にしましょう。コナリの作った焼き菓子をもらってきてますから」

 カイユさんがテーブルに茶器を並べ、焼き菓子を缶から取り出しながら言った。

 わたしは窓から離れ、2つのカップに紅茶を注いだ。

「カイユ。皆にお礼の手紙書きたいから、字を教えてくれる? ハクちゃんは字は読めるけど、書くのは苦手だから」

「ええ、いいですよ。ヴェルヴァイド様の希望で支店から便箋も数種類持ってきました。発送は帝都に着いてからになりますが」

 ハクちゃんが便箋。

 手紙。

 恋文。

「ぶほっ!」

 むせてしまった私の背中をカイユさんがさすってくれた。

 

 あれからハクちゃんはずっと帰ってこない。

 でも、念話で会話が出来るので。

 「ハクちゃん、ハクちゃーん! ねえ、今はどこら辺なの?」

 天井に向けて言った。

 よく考えたら念話だから上を向いて大きな声を出さなくたっていいし、心の中で言えばいいんだけど。

 私はふかふかのラグマットの上でカイユさんが貸してくれた地図を広げ、指でなぞった。

 世界地図ではなく、この大陸の地図。

 セイフォン、セイフォン……あった。

 セイフォンの綴りはセシーさんに習ったから知っている。

 書けないけどね。

 会話はハクちゃんが常に側にいてくれたから、もの凄く上達したと思う。

 必要なことだったし、必死でやっている。

 字は……後手後手でございます。

 読む事はもちろんほとんど出来ないし、書き取りにいたっては最悪だった。

 書けなくても日常で困らなかったせいもあるかな。

「マジという中規模の都市上空……まだメリルーシェ領内だ。大陸で最も広い面積を持つのでナポールに入るのは明日の深夜になるな」

 ハクちゃんの念話は皆に聞こえるモードだったので、カイユさんが側に来て地図を覗き込み。

「ここがナポール王国です。セイフォン・ホークエ・メリルーシェ・ナポール・シャイタン。シャイタンを過ぎたら帝都上空に入ります」

 ほへ〜……後3泊で帝都かぁ。

 あれ?

 そういえば。

 竜帝さんを支店で見たよね。

「カイユ。竜帝さんより私達のほうが早く着く?」

「いいえ。陛下はもう帝都ですよ。支店からの距離なら……2時間程で城に帰ってるはずですから」

 に、2時間?!

 私のびっくり心(?)が伝わったのか、ハクちゃんが教えてくれた。

「<青>はあれでも竜帝なので他の竜族に比べ飛行速度が格段に速い。人間には目視できんほどにな」

  へー!

 凄いんだ、ちっちゃいけど。

 竜帝。

 ハクちゃんと同じ小さな竜。

 青・赤・黒・黄の4匹(人?)いるんだよね、確か。

 ずらーっと勢揃いしたら、素敵。

 うっとりしちゃいそう。

「……りこ?」

 は!

 いかん、いかんのよ。

 妄想してる場合じゃない。

「ね、ハクちゃんは帝都でも離宮みたいなお家(?)があるの?」

 住む場所。

 気になるんだよね〜、やっぱり。

 離宮みたいな所は落ち着かないな。

 重要文化財に住んでる感じで、気疲れしちゃうんだよね。

 竜帝さんの会社は社員寮とかあるのかな?

 寮が無いなら住宅費補助が欲しい。

 賃貸探すなら……1LDKで充分。

 ハクちゃんだって、竜でいれば場所とらないし(人型はでっかいからね)。

 あぁ、ペット可物件……ペットじゃない、旦那様なんですって大家さんに言えば平気か!

 考えてたらおかしな思考になってきた私を現実に引き戻したのは、ハクちゃんの言葉だった。

「竜宮を造るのは人間だけだ。帝都ではそういったものは無い。我は城の野外……庭で過ごしているな」

 なっ。

 野外。

 に、庭?

「ふむ。ラパンの木の根元は落ち葉がふかふかしてなかなか具合がいいし、ユネの植え込みの陰は少々湿っているが……冬でも葉が落ちないので雪や雨避けに最適だ。それと……りこ?」

 ひ、ひどいよ。

 なにそれ?

 野良猫生活?

 ハクちゃんは帝都でそんな酷い扱いを……。

 ぎがー!

 あの竜帝小僧、でこピンだ!

「あの……部屋はあったと思いますよ? ヴェルヴァイド様が全く使ってなかっただけで」

 カイユさんがきょとんとした顔で言った。

「え? ハクちゃん、そうなの?」

「確かに指定された部屋はあるが。我は睡眠をとらぬので寝台もいらん。部屋を使う必要性が皆無だったので……必要性……む?」

 ハクちゃんの念話が途切れた。

「ハクちゃん? ハクちゃーん?」

 呼びかけると、すぐに返事が帰ってきた。

「りこ! 我は部屋に必要性を感じた。今回は使う事にする」

 そうですとも!

 そうしようよ、うん。

 ハクちゃんのお部屋に私を居候させて下さいませ。

 とにかく安上がりな生活をせねば。

「じゃ、決定ね! 私も一緒で良いよね、私達は夫婦なんだもん!」

 良かった〜。

 住む所があって。

 社員寮が無くてもOKだ。

 部屋ってことは離宮みたいな浮世離れした建物じゃなくて、お城の中の部屋かぁ〜。

 居候の居候(?)っぽいけど、夫婦なんだからいいよね。

「うむ。我はりこと使うぞっ」


「あ、あのっトリィ様! ヴェルヴァイド様のお部屋って、塔の最上階です。階段も無く、人間の足では辿り着けないかと」

 なんですとー!

 カイユさんが遠慮がちに教えてくれた内容に、私は言葉を失った。

 そんな私にハクちゃんが。

「我が術式を使わねば、りこは部屋から一歩も出れないな」

 どことなく、 嬉しそうに言った。 


 ちょっと。

 ちょっと、ちょっと……ちょっとおぉぉ!


 帝都にレオパレス21、ありませんかぁあああ?

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