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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第38話

「えー! もう支店を出発しちゃったの?」

 聞いてびっくり!

 私が寝室でハクちゃんと……その、えっと、むにゃむにゃ(?)してる間に離陸準備が終わっていて。

 カイユさんに頭をなでなでしてもらってる間に、竜体になったダルフェさんが駕籠を持って飛び立ったなんて。

 振動1つ感じなかったから、気づかなかった。

 あ!

 ダルフェさんの竜体、見損ねた~。

 でっかい竜。

 うう、残念。

 駕籠には小さな窓がいくつかあるようだったけれど、外はもう暗いし……。

 それに支店の人達にお別れもしてない。

 お世話になったどころか、部屋を壊しちゃって。

 コナリちゃん達に怖い思いさせた(ハクちゃんがね)のに、謝ってないし。

 バイロイトさんには複雑な思いがあるけれど。

 キス。

 ま、欧米人なら挨拶ですし。

 好きな人とのキス以外はカウントしないってルールが、乙女にはあるって言うよね。

 乙女。

 ちょっと、ずうずうしいかな?

 う~ん。

 かなり、ずうずうしいか。 

 ま、勘弁してもらって。

 乙女ルールの適用を申請致します。

「トリィ様」

 どうやら1人でぶつぶつ言っていたらしい私にカイユさんが言った。

「あれ。どうなさいますか?」

 へ?

 カイユさんが指差した扉の隙間から。

 小さな白い頭が……。

「食事……我はあ~んがしたいのだ、りこ。我はあ~んがっ」

 うるうる、きゅいーんな金の眼に。

 私が勝てるはずも無く。

「あぁもうっ、しょうがないなぁ~。早くおいでよ。あ~ん、してくれるんでしょう?」

 ぱたぱたと走りより、私の足にしがみ付いた白い竜。

 私を見上げるかわゆい姿。

 上目遣いの視線は私の理性を溶かしてしまう。

 なんてずるいの。

 これって天然? 計算?

「りこ。我が悪かった。全部、全て我が悪かった」

 ワンピースの裾に小さな顔をこすり付けるようにしながら。

「りこ……我を捨てないで」

 ぐはっ!

 駄目、もう我慢できなぁあああいぃぃ~!!

「か、かわゆいよう! あん! もう堪んないっ! はああぁ~んっ……ハクちゃん、かわゆすぎるぅうう!」

 ハクちゃんを抱きしめ、悶絶する私にカイユさんの冷静な指摘が聞こえた。

「トリィ様。それの正体はあの素っ裸のケダモノ野郎ですよ?」

 わかっちゃいるけど。

 やめられない。

 とまらない。


 かっぱ海老せん以上の。

 麻薬のようなかわゆい貴方。





「りこ。あ~ん」

 小さな手に握られたフォークが私の口に苺に似た果物を運んだ。

 形は苺なのに色は紫のそれは、巨峰の味がした。

 巨峰。

 大好きなのよね。

「カチはりこの嗜好に合うか? 先程のオルの実とどちらが好みだ?」

 左右にゆらゆらとしっぽを揺らし。

  テーブルの上から私を見上げるきらきらお目々。

 小さな竜が身体に不釣合いなサイズのフォークとスプーンを使っている姿は。

 めっちゃ、ラブリー!

 天国極楽。

 まさにファンタジーなのだ!

「カチのほうが好きかな。でも、さっきのも美味しかった。もうお腹いっぱい」

 カイユさんと私でダルフェさんの作ってくれたご飯をなんとか完食。

 すごい量だったけれど、カイユさんがほとんど食べてくれた。

 長身で細身の身体。

 どこにあんなに入るのか。

 カイユさんは私の数倍は軽く食べてしまうのだ。

「ご馳走様でした。ハクちゃん、ソファーでころころしててね。食器を洗ったらテーブルを片付けるんだから。分解して床下に収納するんだって……あ、カイユ! 私がやります」

 私は食卓にのっていたハクちゃんをソファーに座らせた。

「うむ。ころころして待てば良いのだな? 承知した。ころころするぞ」

 ころころ。

 意味、わかってんのかな?

 ま、いいか。

 かわゆいから。

 4人は軽く座れそうなソファーで何故かでんぐり返しを始めたハクちゃんを残して、私はカイユさんと食事の片付けを開始した。

 ワゴンに食器をのせ、厨房に移動して。

 厨房は居間に隣接されていて、廊下に出なくても移動できる配置だった。

 8畳ほどの広さに備え付けの食器棚や作業台・流しに……オーブンつきの焜炉。

 離宮の厨房には薪を使う石釜もついていたっけ。

 焜炉は同じタイプで少し、小ぶりなサイズ。

 この世界のエネルギー事情はさっぱり分からないけど、これは凄いと思う。

 ぱっと見は私にも見慣れたガスコンロ風。

 使い方も簡単。

 レバーで点火・消火そして火力の調節をする。

 違うのは燃料。

 五徳の下に不透明な赤い石が埋め込まれている。

 これが火の元。

 ダルフェさんが前に説明してくれたけど、詳しいことはよく分からなかった。

 火と術式。

 固化がどうのこうのって。

 この燃料は持ち運びもでき、安全性も高くて便利。

 ただ、高価なものらしい。

 むむ。

 使用するさいは節約を心がけよう。

「トリィ様。手のお肌が痛んだら大変ですから。はい、どうぞ。これもしましょうね」

 カイユさんが差し出してくれたのはゴム手袋。

 と、エプロン。

 ピンクの花柄でかわいいデザインのゴム手袋は子供用らしい。

 実は私に提供されている衣類は全てキッズサイズ。

 私、この世界じゃ子供サイズみたいで。

 人間の標準体格が欧米。

 竜族にいたっては2m越えが普通。

 しかも。

 ハクちゃんはダルフェさんよりもちょっと背が高い。

 並んで街を歩いたら。

 手を繋いで歩いたら。

 他人から見たら。

 親子?

 それか……ハクちゃんがロリコン疑惑をかけられちゃうの?

 あ、でも。

 私の顔は子供には見えないよね。 

 なら、平気かな?

 「トリィ様? どうなさいました?」

 ピンクの花柄ゴム手袋に、真っ白なふりふりレースのエプロンという姿で。

 流しの前で固まってしまった私にカイユさんが言った。

「あ! 踏み台が必要でしたね、申し訳ございません」

 さっと用意してくれたのは。

 離宮でも愛用していたダルフェさん作、木製の踏み台。

 持って来てくれてたんだ、これ。

 嬉しいような悲しいような。

「あ、ありがとうカイユ」

 このエプロン。

 かなり抵抗があるんだけど。

 これもダルフェさんの力作なので。

「帝都に着いたら新しいエプロンをダルフェに縫わせましょうね。支店で最高級の生地を手に入れてまいりましたから。花紅染めで、素敵なんです。レースを多めにしたデザインにしましょうね」

 カイユさんが私の洗った食器を拭きながら優しく微笑んだ。

 もうちょっと、シンプルな感じにて欲しいなぁ。

 うう、言えないけどさ。

 

   


「あのでか乳皇女、やけにあっさりひきやがったな。お前はどう思う、バイロイト」

 おちびにじじいを届けた後。

 俺様は2階に行きバイロイトに指示を出した。

 <監視者>は押収した物品に危険性を感じていないので、好きに処理しろと言っている。

 そう、皇女に伝えろと。

 バイロイトは自ら市庁舎に出向き皇女に<監視者からの使者>として謁見した。

 第2皇女はバイロイトの言葉に。

「わかりました。あの御方がそう判断されたなら……。ふうん、そうねぇ。これらの品は貴人への贈り物にでも使うことにしますわ」

 にっこりと笑って、答えたと報告を受けた。

 が。

 俺様としては、腑に落ちない。

 じじいに群がってる女の中でも、でか乳は新顔で。

 じじいの‘怖さ‘を理解していない、頭の悪い女という印象を持っていたからだ。

 この大陸でのじじい関連のことは女の事から<監視者>としての行動まで、全て竜帝である俺様が把握……監視していた。

 いろんな意味でおっかねぇじじいに近づく女は、なかなかの女傑揃いで。

 財力が有り、顔や身体に自信を持ち……知能も高く。

 じじいに切られないように、うまく立ち回る。

 じじいとの関係をおおっぴらにせず、都合のいい女を演じきる。

 内心はどうだろうと。

 そんな女達の中で、あいつは異質だった。

 数年前に。

 あの第2皇女はじじいを追いかけて、俺の城まで押しかけてきた。

 今まで、そんな馬鹿は1人も居なかった。

 あまりの愚かさに。

 かえってその恋心が哀れに思った俺様は。

 会う気ゼロのじじいを引きずって行き皇女に会わせてやった。

 しかし、あの女はっ。

 腕を引っ張って強引にじじいを連れてきた俺を見て。

 こともあろうに……この俺様がじじいの恋人だと勘違いしやがった!

 あっけにとられる俺に宣戦布告して、皇女は去った。

 あれ以来。

 人型にはなっていない。


小腹が空いたと訴えた俺様にバイロイトが菓子を出してきた。

 飯を食いたかったが、取りあえず出されたそれを口に放り込んだ。

 謎の形をした焼き菓子は、見た目と違って味はまぁまぁだった。

 支店の幼竜がおちびの為に作った菓子で。

 優しく素朴な味がした。

「なあ、バイロイト。俺様は乳が大きい女が好きだ。けどよ、あのでか乳皇女はごめんだ。10000ジンの金を積まれても無理、嫌だ」

「お金大好きの貴方がそこまで言いますか。皇女、なかなかの美女でしたが……相変わらず口が悪いですね、社長。子供達の前では下品な言葉は許しませんよ、竜帝像が崩れてしまいます。あぁ、ラーズ達は明日には目覚めるはずですから、その前に帝都に帰って下さいね、陛下。あと第二皇女の件ですが今後の動向には注意を払っておきます」

 バイロイトはこめかみを指で軽く叩き、続けた。

「まあ、人間の女の嫉妬は恐ろしいと聞きますし。あの皇女が彼の愛人だったとは。知っていれば違ったアプローチでお嬢さんの自覚を……」

「じじいが言うには、愛人じゃないってよ。じじいの感性は俺ら常識人には理解できない域に達しているぜ。継続的肉体関係を結び、あらゆる贅を貢がせておきながら……」 

 おちびの所に戻る前に。

 皇女に話を付けに……別れ話に行こうと提案した俺様に。

 言いやがった。


 何故だ? 

 何故、りこ以外に時間を使う必要がある。

 別れ話?

 言っている意味がよく分からん。

 我は非常に忙しいのだ。

 重石だ、重石。

 りこが我にのせてくれた大事な、重石だぞ!

 重石を探せ、重石!

 

 おかしいって。

 俺様が、竜帝が重石……漬物石を探すのか?

 て、いうか。

 じじいよ。

 でか乳は漬物石以下なんだな。

「じじいは、昔っから何考えてんのか分からなかったが」

 俺様が餓鬼の頃。

 じじいは庭の一点に視線を置き、ずっと動かない事があった。

 微動だにせず。

 丸3年間、突っ立ってた。

 どんなに話しかけても無反応で。

 3年たってやっと返事をしたじじいに俺は理由を聞いた。

 じじいは言った。


 この葉に虫がついていたのだ。

 虫と虫につかれた葉がどうなるのか見ていた。


 虫? 

 葉?


 両親が死んで大泣きするいたいけな俺様を完全に、シカトぶっこいた理由が?

 蛇竜になってしまった同属を殺して自己嫌悪に落ちいった繊細な俺様の嘆きを一切無視した

理由が?

 

 虫と葉っぱ。

 んなもの数日で決着ついてたんじゃないのか?

 

 じじい曰く。


 虫と葉っぱの攻防は3年間で数回繰り返され、目を離す暇がなかったらしい。

 

 痛感した。

 このじじいには‘違う‘のだと。



「彼は……何も考えてなかったんじゃないですか? で、今は考えるようになったんです、あのお嬢さんの事だけを」

 バイロイトはこめかみを叩く手を止め、封書を差し出した。

「お子様の陛下にも、つがいが現れたら分かりますよ。あ、これカイユに渡した新しい電鏡代と貴賓室の修繕費見積もり、その他いろいろの請求書です」

 にやりと笑ったバイロイトの頭に踵を落とし、俺様は帝都に帰るべく窓へ移動した。

「うるせー。俺様はつがいなんて当分、いらねぇよ! もっと遊んでたいからな。腹減ったから、帰るわ。あ、おい……バイロイト! 例の術士、しっかり見張っておけよ!」

 バイロイトは藍色の眼を細めて笑って、俺に手を振った。

「我々には遊んでる余裕など無いんです、さっさとつがいを探して下さい。……帝都にいる妻と息子をお願いしますね、陛下」

 俺は尻尾を振って、返事をし。

 事務所の窓から飛び立った。


 2時間後。

 帝都に戻った俺様は。 

 請求書を確認し、絶叫した。  

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