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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第36話

「そこで反省してなさい! 窓、壊しちゃうなんてぇええ〜。無一文なんだから弁償できないでしょうがっ!」

 私は鉄鍋に蓋をして重石をのせた。

 会話は念話で出来るので問題無いし。

 鍋を貸してくれたカイユさんは微笑みながら言った。


「火にかけときましょうか」


 いや。

 さすがにそこまでは……。

 

「灼熱の石釜に突っ込んどくか」

 ダルフェさん。

 容赦無いですね。

 まあ、さっき窓から落とされたしね。

「えっと。重石だけで! ね、許してあげて」

 あぁ、結局。

「姫さんは旦那に甘いからなぁ〜。っち」

 これが惚れた弱みってやつでしょうか。

 重石をのせられた鉄鍋に大人しく入っている‘夫‘に声をかけた。

「前みたいに術式で出てきたら駄目だよ? いい子にしていてね」

「うむ。分かった。我はここで己の不甲斐無さをかみ締め、反省する」

 素直で良い子なハクちゃんなんです。

「んで? いたいけな姫さんを襲ったケダモノ君。眼の変化理由はなんすかぁ?」

「トリィ様に大怪我を負わせたこのケダモノ野郎。再生能力の移行について、どのような見解をお持ちで?」

 ひいぇえええ〜。

 完全にこの2人を敵にまわしちゃってるし。

 鍋の中のハクちゃんは念話で話し始めた。

「おそらく……竜珠と体液と気の副作用だ。我もはっきりとは言い切れぬ部分もあるが。過去に我と身体を繋げた女達には、このような変化は無かった。他の女達とりことの差は、竜珠と我の意志、つまり……やる気か? 我は自分から望んでしたことは無いのでな。あぁ、そういえば! りこは異界人だが身体の造りはこの世界の人間と同じだったぞ? 確認した我が言うのだからこの点は間違いない。違いは……しいて言えば、乳が小さい位だな。ふむ、つまりだ。りこの変化は我がりこを深く想ってる証な……」

 私の不穏な気配を察知したのか、ハクちゃんは念話をとめた。


「最低だな、この男」

「こんな生き物、鍋ごと処分いたしましょう」

 

 鉄鍋を涙目で睨み付け、ぶるぶる震えながら。

 私は低い声で言った。


「そこの窓から捨てちゃって!」

 ダルフェさんとカイユさんが息ぴったりの動作で鉄鍋を外へ投げた。

 2人の共同作業で壊れた窓から放り投げられたそれは。

 夕暮れの空に吸い込まれ、消えた。


「さ、飯にしようぜ、飯! 姫さんの好きなでっかい海老あるからな! オーブンで殻ごと焼いて溶かしバターで食べると最高だもんな。急いで支度すっから、な?」

 ダルフェさんはごしごしと目をこすっている私にそう言うと、部屋から走って去って行った。

 残ったカイユさんが優しい手つきで頭を撫でてくれた。

「ううぅっつ、カイユ〜」

 そっと抱き寄せ、背中をトントンと穏やかなリズムで軽くたたいてくれる。

 小さな子をあやすように……。

「竜の雄は馬鹿揃いで。申し訳ございません……でも」

 カイユさんは目をこすっていた私の手をとり身をかがめ、水色の眼を私の金色に変わってしまった眼に合わせて微笑んだ。

「でも。どんなに馬鹿で愚かでも。竜の雄は‘つがい‘しか愛しません。夫にするには人間の男なんかより、ずっとお勧めです。彼らは私達を絶対に裏切らない。カイユが保障いたしますから」


 



「何が……どの言葉がりこの気に触ったのだろうか?」

 我は鉄鍋の中で考えた。

 我がりこをとても想っていることを話したつもりだが。

 肉体の変化も我が‘つがい‘であるりこを深く愛しているという証明だと言いたかった。

 が。

 りこは怒った。

 怒っただけではない。

 悲しみも混じった感情だった。

 怒らせ、悲しませた。

 我はまた、失敗したのだ。

 我の‘足りない‘部分がまた、りこを傷つけてしまった。

 あぁ我の愚か者!

「おい。すっかり鍋がお気に入りみてぇだな、じじい」

 街外れの緑地に落ちた我の鉄鍋を<青>が蹴り飛ばした。

 転がる鉄鍋の中で我は蓋に爪を立てて、取れぬように努力した。

 蓋をしたままの状態を維持せねばならぬのでな。

 りこが出ていいと言うまでは。

 む?

 術式も使ってはいけないと言われた。

 どうやって帰るのだ、りこの元へ。

 さすがに我も鉄鍋に入りつつ移動するには術式がいるぞ。

「じじーいぃいい! 無視してんじゃねぇっ」

 <青>か。

 ふむ。

 =<青>よ。我をりこに届けろ。届けたら速やかに去れ。我のりこに2ミテ(2メートル)以上近寄れば眼を抉る。触れたら殺す。

「あ〜のなぁ〜。それが人にモノを頼む態度か? 鍋の中なのに偉そうにっ! 誰のせいで俺様がまたまた帝都からカっ飛んで来たと思ってる!」

 =知らん。そんなことより、りこだりこ! 我をりこに運べ。

「この色ぼけじじいがっ! おちびの元に連れてく前に話がある。バイロイトから電鏡で連絡が来た。ヴェル……お前、とうとうおちびに手をつけやがったな。しかも金の眼だって? いったいおちびに何しやがった?!」

 =何とは?

「とぼけやがって……。おちびはもう人間には戻れない。竜にもなれない。【異端】の存在だ。ああなったら……死んでも元の世界に魂が帰れないぞ? 異界の生き物はこちら側で殺してやることで、魂をあっちの世界に帰してたのに!」

 1番年若いとはいえ、竜帝の1人。

 <青>は気づいたか。

 まあ、かまわんが。

 我がりこを逃すわけなかろう?

 我から……この世界から魂だけになろうと逃したりせぬ。

 もっとも、魂だけになることなどないが。

 死なせるものか。

 りこは我のものだ。


 永遠に。

 

「ヴェル……お前、まさか」

 =我はずっとお前ら竜族の願い通りに行動し、人間共の望むように振舞ってきた。我の自我はあって無いような希薄なものだったからな。だが……りこに関する事で我に口出しするな。あれは我の宝。我の全て。我の怒りを買い、いずれくる竜の滅びを早めたくはなかろう? 四竜帝よ、<青>の竜よ。

「……おちびのとこにじじいを運ぶ前に、もう1つ話がある」

 鉄鍋が浮遊するのを感じた。

 <青>が鉄鍋の蓋についた取っ手を掴んで飛んだので、我は蓋が取れぬように爪を内側からさらに食い込ませた。

 よりしっかりと食い込ませるために爪を伸ばしたら、突き抜けて<青>の鱗に刺さったらしく<青>が悲鳴をあげた。

「ぎゃーあぁあ! さ、刺さったぞ? 痛い、痛いってぇじじい!」

 惰弱な。

 竜帝のくせに。

 我は鍋本体が落下しないように足の爪を側面にも突き立てた。

 =で。<青>よ、我に話とは。

「腹立つじじいだな〜、ほんと。おちびの前じゃかわい子ぶりやがって……うぎゃーっつ! おい、爪が俺様の指を貫通したぞ!」

 =で。話は。

「ううっつ。バイロイトに皇室から文書が来た。押収した非合法の異界の物品の確認をして欲しいってな。じじいの頭の【網】にひっかからないようなモノだったから残ってるわけだろ? 無視してもいいかと思ってたんだけどな。文書寄越した第二皇女って、その、あれだろ?」

 =あれ……とは?

「てめぇの愛人連中の1人じゃねえか! セイフォンでおちびに会うまで、あのデカ乳のとこで爛れた生活してただろうがっ。あの女、じじいにかなり執着してたからな。文書を無視したら支店に乗り込んでくんじゃねぇ? まずいだろ、さすがによ」

 =まずい? 何故だ? それに愛人などいない。あれらが勝手に寄ってきただけだ。

「竜帝たる俺様が、愛人の定義をじじいに講釈するなんて嫌だ。だからそれは後回しだ! とにかく、おちびに知られたら困るだろう〜が!」

 =何故? どこら辺が困るのだ?

「だあぁぁああ〜あ! これだからじじいは駄目なんだよ、最低男めっ」

 考えても全く分からん我に<青>が怒鳴った。

「じじいの過去の女って存在は、おちびの心を傷つける……多分、嫌な思いをさせるし、きっと悲しませる。じじいの腐った女遍歴がばれたら大変だ。おちびみてぇな、すれてないお嬢ちゃんには嫌悪の対象になりそうだしな。おちびにじじいを嫌わせるわけにはいかんだろ? それに大抵の男ってのは過去の女のことは隠すもんだ。特に比較なんか厳禁だぜ?」

 ん?

 過去の女?

 過去……。

 先ほど。

 愚かな我はりこを怒らせ、悲しませた。

 女。

 過去。


 比較。


 乳。


「……おい。どうした、じじい」

 

 我は失敗したのだ!

 やってしまったのだ!!


 =<青>。お前もたまには役に立つのだな。

「へっ? て、おい! じじい……」

 りこ。

 我が悪かった。

 言い方が悪かったのだな。


 =我が好きなのは、どんなに小さかろうとりこの乳だけだと言えばよかったのだな。


「言うな! ……<赤>の姉ちゃんが言うとおり、じじいは男として最低最悪だな」




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