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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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番外編

 セイフォンの竜宮は王宮の離れの1つを改築したものだ。

 初代セイフォン王が妾妃の為に建てた離宮は女の好きな色である白で統一されていた。

 高価な白い石を素材にし、庭には白い花の咲く植物が植えられ。

 異国から取り寄せられた純白の孔雀が放されていた。

 好色で名を馳せた王は数年でその妾妃に厭き、家臣に下げ渡そうとしたために女は自殺した。 咽喉を自ら切り裂き、白を血で赤く染めて。

 そのため、この離宮は不浄のものとして放置された。

 その離宮を<監視者>の竜宮としたのが4代国王ヒュートイル。

 無能な上に暴君であった父王を殺害し、若干12歳で即位した。

 その頃は世界中の国で我の為に竜宮なる建物を造るのが流行していた。

 我が望んだのでは無い。

 権力者達が権威の象徴・富の証としてこぞって建築したのだ。

 関係ないと一切関与をしないでいると、人間達の中である決まりができていた。

 

 どの国においても我が入国した場合は竜宮に滞在する。


 いつのまにそうなったのか。

 なぜ、そうなったのか。

 我には全く分からなかった。

 まあ。

 どうでも良いので、そのように行動した。

 

 


「なぁ、化け物。僕の国は現在、金が無い。馬鹿親父が桁外れに浪費してくれたからね。だからって竜宮を持たないと諸国にセイフォンの実情がばれる。攻め込まれたりしたら困るから、あそこを……<血塗れの離宮>を使ってよ」

 セイフォンの王宮術士が異界から生物……鼠に似た小さな動物を召還したので<処分>しにセイフォン王宮に行くとヒュートイルは言った。

 臣下である術士の命のことは興味が全く無い様子だった。


「あそこは花がなかなか綺麗なんだよ。化け物にはもったいないくらいだよ」


「承知した」


 ヒュートイルは成人しても、老人になっても我を‘化け物‘と呼んだ。


 ヒュートイルの使う‘化け物‘は他の者が我に言う‘化け物‘とは違った。


 少女のような<親殺しの少年王>はその異常なまでの利発さのためか、臣下に影で‘化け物‘と囁かれていた。


「ねぇ。僕は君という‘本物の化け物‘がいてくれて嬉しいよ」


 ヒュートイルは死に、遺言通りに離宮の庭に埋葬された。


 墓石ではなく植物が植えられた。


 

デルの小さな苗木だった。




 ヒュートイルの【孫】が即位した。

 血は繋がっていない。

 

 ヒュートイルの息子は王妃が三人目を孕んですぐ死んだ。

 王妃は三人目の子が産まれると、その男子を皇太子とした。


 ヒュートイルの孫である兄弟は相次いで死んだ。

 

 王妃と6代目の王が存命中はセイフォンに入国することは無かった。

 彼らは国内の術士に異界に関する術式を禁じた。

 破った者は処刑された。

 我が<処分>する必要が無いように。

 我がセイフォンに……王宮に近寄らないように。

 

 この時代には我が頭の中の思考・記憶を読み取れることが広く認識されていた。

 王妃が誰の子を産もうが、誰を殺そうが興味が無いのだが。


 

デルの木は花が咲くほど育っただろうか?



 

 我は基本的には暇だ。

 我自身は‘暇‘との認識は無かったが。

「貴方は暇なんですわ。最近は<監視者>の<処分>を恐れて術士達も異界研究を敬遠する傾向が強いですもの。だからこうして……妾の元に居て下さる」

 赤の竜帝の大陸にあるドラーデビュンデベルグ帝国の女帝シュノンセル。

 なぜだが分からぬが、人間の中には我を手元に置きたがる者がいる。

 この女もそうだ。

 我は女が欲しいと思ったことは無い。

 だが我を欲しがる女は多かった。


 我の身体だけでなく‘心‘も欲しかったと死の間際、女帝は言った。

 我には意味が分からなかった。

 

 術士でもあった女帝が異界から生物を召還した。

 我の目の前で。


「名も知らぬ貴方を、愛しているわ」


 薄紅色の花弁を持つ植物。

 女帝と植物を<処分>し終わると赤の竜帝の城に移動した。


「何か我にくれ、<赤>よ。新しい<青>が赤の大陸の土産が欲しいと喚いて五月蝿いのだ」

 我はここ数百年、基本的には青の竜帝の大陸を中心にして動いていた。

 理由は<青>が現在最も幼い四竜帝だからだ。

 遥か昔の契約に基づき、我はその時代で1番若い竜帝の大陸を拠点としている。  

「土産? ……たった今、10年来の情人を殺してきた自覚あるの? ヴェルヴァイド」

 <赤>の赤い眼が我を睨み付けた。

 はて?

 情人?

「我に情人がいたことは無いが。……それを貰おう」

 我は<赤>の履くヒールに踏まれ失神している‘それ‘を指差した。

 ‘それ‘は<赤>の髪と同じ色を持っていた。

 赤の大陸の土産として分かりやすいように思えた。

 我は<赤>が返事をする前に術式で‘それ‘を<青>の元に転移させた。

「ちょっ……なんて事をするの! こんな距離で使ったらあの子、ばらばらになってしまうわ!」

「手足が取れたって構わない。死体でも良いのだからな。赤い髪が土産なのだ」

「……普段口をきかないヴェルが喋るといっつも、ろくでもない事ばかりね」


 そういえば。

 我は女帝の前で喋ったことは無かったな。


「こんな最低男の心を欲しがるなんて……ねえ、シュノンセル。貴女が愛しい男の手での自殺を選んだ事すら、この白い竜は気づかないのよ?」






「我は精霊では無い」

「えー! だってこのご本の絵と似てるよ。精霊さんでしょう?」

 デルの木に花が咲くころ、セイフォンに行った。

 処分対象があったのではない。

 気が向いたからだ。

 我としては非常に珍しいことだった。

 離宮でデルの木の下で座っていると、小さな人間が話しかけてきた。

 子供。

 幼い人間の女。

 幼女は抱えていた本を我に見せ、我を精霊だと言った。

 本はほとんど文字の無い挿絵ばかりの絵本だった。

 雪の精霊の童話。

 どうでもいいと思うのに。

 なぜか訂正してしまった。

 

 この幼女の瞳の色は、ヒュートイルと同じだった。


 数年の間。

 我は離宮に滞在した。

 暇だったので幼女の希望のまま留まった。


 いつの間にか女になったイレイッタ。

 当代王の第4王女。

 ある日。

 イレイッタは言った。

「私、貴方の花嫁になりたいの」

 イレイッタは次の春に輿入れが決まっていた。

「我の名を呼べたなら」

 咽喉を掻き毟っても我の‘名‘を口にすることが出来ず。

 狂ったように泣き叫び。

 冬の凍てつく湖に身を投げた。

 王女は悪魔に魅入られたのだと、人々は噂した。

 イレイッタが湖に落ちるとき。

 我が傍らにいたのを何者かが目撃していたのだろう。

 

 王女は<白金の悪魔>に恋焦がれ。

 愛しい悪魔に魂を捧げた。

 後に吟遊詩人がそう歌った。 


 悪魔など。

 絵本の中にしかいないのに。




「魔女よ。我にお前は不要だ」

 


 サーテメルンは青の竜帝の大陸の一番西に位置する小さな国だ。

 呪術が盛んな古い国であり、王ではなく巫女が統治する。

 サーテメルンに異界の生物が落ちてきた。

 術によるものではなく、世界の境目から。

 極稀だが。

 我がその地を訪れると魔女がいた。

 巫女は魔女だった。

 魔女は世界に一人のみ。

 同時に複数存在することはない。

 魔女が死ぬと他の女に【記憶】が移行し、その者が魔女となる。

 魔女とは世界の記録媒体。

 前の魔女が死ぬとそれまで普通に暮らしてきた女が突然に魔女になる。

 魔女になっても平凡に生きて死ぬ者も多い。

 中には【記憶】を駆使し、栄華を求める者もいた。

 この巫女が魔女になったのはごく最近のことのようだった。

 魔女に懇願され、我はこの魔女の用意した竜宮に暫し滞在した。

 我が魔女の願いをきいたのは。

 

 暇だったからだ。

 

 シュノンセルよ。

 我は暇なのだろう?

 世界の秩序を管理するというのは、暇なのだな。

 お前が我に教えてくれた。

 他にも何か……教えようとしていたようだったが。


 魔女は我を愛していると言い始めた。

 意味が分からん。

 何故、我を愛せる?

 ‘つがい‘でもないお前が。

 お前だけではない。

 我にまとわりつく女は大抵の者が言う。

 我を愛していると。

 熱病に侵されたように。

 我はお前達の愛などいらない。

 

 愛など、知らない。


「なぜ、私を抱いてくださらない! 侍女達には望みのままにお与えになるのに……巫女王たる私のどこが下賤な女に劣ると言うのです!」

 我に触れた侍女達は魔女に消された。

 それでも次々に女が寄ってくるのは、我と交わると不老長寿になるとされたからだ。

 呪術が盛んなこの国では古い迷信がまだ、庶民の間でも生きていた。

 魔女がどんなに喚こうと。

 魔女とは閨を共にしなかった。

 あれは記録の媒体。

 そう思うと女として認識できないのだから仕方が無い。

 男を相手にするより、無理だ。



 異界の玩具らしきものを商人から手に入れたから帝都に来い。

 <青>がそう言っていると、使者として来た竜は言った。

「旦那〜。そろそろ帰ってきて陛下と遊んでやって下さいよぉ。なんだかんだ言って、あのお子様は旦那に懐いてますからねぇ〜」

 運良く生きていた‘赤い髪‘は<青>の元でつがいを得、竜騎士となっていた。

「<青>の城でラパンの花は咲いたか?」

「えぇ、満開ですよ」

 ラパンは食用の実がなるのだが、我は食べたことは無い。

 食物を摂取する必要がないからな。

 ただ。

 花は気に入っている。

 

「帝都に行くことにする」


 我は‘赤い髪‘と共に帝都に行った。

 我に走り寄ってきた<青>が顔をしかめた。

「じじい。すごい【呪】を背負ってるな。巫女王に呪われたな」

 【呪】か。

 そういえば我が飛び立つ前に何か叫んでいたな。

 興味が無いので無視したが。

 【呪】をかけていたのか。

「すげえ【呪】だな。まあ、人間がじじいをどうこうできやしないが。重たそうだし、うざったくねぇか? 巫女を殺してすっきりしちまえよ」

 ラパンの花を見ていた我に<青>が言った。

 うざ、うざ……うざったい?

 今の時代はかわった言い回しをするのだな。

 こういう状況に使う言葉なのか。

 <青>は意外に物知りだな。

 少し前までは我の膝ほどの背丈だったのに。

 四竜帝の中で最も若い<青>だが。

 じきに老いて、土に還る。

 人間も。

 竜も。

 花も。

 我から見れば、大差ない。

 我はラパンの花の香りを嗅いだ。

 不快ではない。

 良いとか悪いとかは、分からない。

 不快ではない、それだけだ。

「あの魔女もこの花と同じ。すぐに散り、土になる。放っておけ」

 <青>は青い髪をがりがりと掻き毟り、ため息をついた。

「たくっ。冷酷なんだか優しいんだか……」

 冷酷?

 優しい?

 我が?


「どうでもいいだけだ」

 

 青が瞠目する。


「あの巫女王は、自分を殺しに旦那が戻ってくるのを待ってますよ、きっと」


 ‘赤い髪‘が言った。


「あの女。何年でも……死ぬまで待ってるでしょうに。相変わらず酷い男ですねぇ」





 女帝にくれてやる心など無い。

 王女の精霊になる気も無い。

 魔女は‘うざったい‘が殺すほどでもない。


 お前達の愛など。


 興味も関心も無い。


 我が想うのは。

 我が欲しいのは。



「<青>、異界の玩具をかせ」

「これだ。けっこう難しいぜ……って、おい?!」


 我は玩具を<青>に放った。

 

「つまらん」

 すぐに揃った色。

 あんなにばらばらだったのに。


 つまらん。


 暇だ。


 暇で、つまらない世界。

 無くしてしまおうか。


 ふむ。

 もう少し。

 もう少し、待ってみるか。

 竜の始祖が言っていたしな。

 


 いつか。

 いつか、きっと。

 我の‘暇‘は消えると。


 <古の白>よ。

 お前が言ったのだ。

 竜になれば我の望みが叶うと。


 我の望み。

 時間が経ちすぎてはっきりと思い出せないが。


 暇を望んだんじゃないはずだ。

 我が望んだのは。

 我が欲しかったのは。




「あなたはハク。私は鳥居りこです。これから末永くよろしくね!」


 我の欲しかったもの。

 

「我はハク。そうか、そうだったのか!くくっ……はは」


 見つけた。


「我の名を呼べ、りこよ!」


 見つけた。

 

 我の。


 我の、りこ。


 我のすべてを、りこに捧げよう。 


 だから。


 もう。

 

 我を。


「大好き。私の白い竜」



 独りにしないで。



 


 愛しい貴女に、永遠という監獄を。




 





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