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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
36/212

第35話

 眼が覚めたらハクちゃんが居なかった。

 寝起きのせいか、視界がぼんやりするし身体がだるくて……感覚がひどく鈍い。

 一生懸命に両腕を動かしてみたけど。

 ハクちゃんに触れることは無かった。

 あれ?

 あれれ?

 おかしいなぁ。

 側に居るって約束したのに。

 離れないって言ったのに。


 私達、恋人……通り越して夫婦になったのに。

 

 どこ?

 どこなの、ハクちゃん。

 ハクちゃん、ハクちゃ~ん!


「りこ!……りこ、りこ」

 あ、ハクちゃんだ。

「ハク……ハクちゃん。私……」

 声は出るけれど、眼は霞んでる。

 だから両腕を伸ばした。

 ハクちゃんの声のする方に。

 すぐに腕をとられ、引き寄せられた。 


 ぎゅって。

 ハクちゃんがぎゅって、してくれた。

 やっぱり、ちゃんといてくれた!

 嬉しい。

 すごく、嬉しいよぉ。

 

 私のハクちゃん。

 私の……。


 ハクちゃんが抱きしめてくれたら、安心したせいか身体の感覚もしっかりしてきた。

 眼の調子も戻ってきた。


 数回、瞬きをしたら。

 ドアのとこに立っている人と眼が合った。


 あ、ダルフェさんだ。

 ううっ、照れちゃうな~。


「おはよ……うございます」

 

 ダルフェさんはパカーンと口を開けていた。

 ちょっとタレ眼だけど端正な顔が、台無しですよ?



 



 なぜか、お医者様が来た。

 ハクちゃんはお医者様が私を診察すると言ったら、私から離れてしまった。

「我は隣室に居る。……我が妻に触れることを許可する。人間の医者よ」

 何がなんだか分からなくてハクちゃんのガウンを掴んで引きとめようとする私に、お医者様は言った。

 私が竜族に乱暴され、瀕死の状態だと言われ連れてこられたって。

 な?!

 なんてこと言うのよ、このお婆さんはっ!

「ち、違います! そんなことありません」

 否定した私にお婆さんは言った。

「怪我をしていたそうですよ? 診察はしましょう。一応ね」


 ハクちゃんはダルフェさんと居間に行ってしまった。

 項垂れてとぼとぼ歩くハクちゃんは、小さな子供のようだった。


 診察前にカイユさんが来て、真っ赤な液体を手早く洗い流してくれた。

 泣いてた。

 カイユさんは泣きながら私を綺麗にしてくれた。 

「カイユ。この赤いのなに? 血みたいで気持ち悪いね。……なんで泣いてるの?」

 聞いたんだけど、カイユさんは答えてくれなかった。 

 

 バスローブを着て、ベットに横になった私をお医者様が診察した。

 すごく嫌だったけど。

 我慢した。

 私は乱暴なんかされてないって証明したかったから。


 怪我してたって言われても。

 今はどこも痛くない。

 

 そういえば。


 どうして。

 なんで私は無事なわけ?

 




 お医者さんは診察を終えると言った。

「白い髪の竜族は貴女の何?」

「つがいです。ハクちゃんは私の夫です」


 ハクちゃんは、私の。  


 お医者さんが帰った。

 カイユさんが言った。

「私は許せない」

 もう泣いてなかった。

 許せないって何を、誰を?


 私、ハクちゃんの妻になったの。


「カイユ、ねぇカイユ。もうハクちゃんのとこに戻っていい? 診察は終わったんだし」

 カイユさんは微笑んだ。

 優しくて柔らかなそれは……とっても懐かしい気がした。

「貴女の望みのままに」

 あぁ、そうだった。

 カイユさんは‘お母さん‘なんだ。

 お腹の赤ちゃん。

 生まれたら抱っこさせてもらおう。


 

 居間に行くとダルフェさんは居なかった。

 ハクちゃん。

 居た。

 真っ赤に染まったベージュのガウン。

 あ、そっか。

 さっきついちゃったのか。

「ハクちゃん、ハク」

 床に丸まったガウンの間から小さな白い竜が顔を出した。

「かわいそうに。また……まだ泣いてたんだね」


 床一面に転がる無数の真珠。

 

「おいで。ハクちゃん」


 よたよたと短い足で私に駆け寄ってきた白い竜は、後一歩という距離で止まり。

 うずくまってしまった。

 手足を丸め。

 

 震えていた。


 私は床に膝をついて。

 腕を伸ばした。

 

 震える小さな身体を膝に乗せ、身体を前にかがめた。

 いつもよりさらに冷たくなってしまったハクちゃんを暖めたくて。

 卵を抱くように。

 ハクちゃんの小さな身体をそっと、包み込む。

「大好きよ。大好き……私の泣き虫な旦那様」

 私の膝からこぼれた真珠が床に転がっていく。

 ころころ、転がる。

 無数に。

 星のようにきらきら輝いて。 

「……私に触れながら、泣いてたもんね。怖かったでしょう? とめられなくて辛かったよね?」

 私。

 ハクちゃんを助けられなかった。

 あんなに泣いてたのに。

 

 りこ 

 まだ、駄目だ

 我から、逃げろ

 りこを傷つけてしまう

 

 りこが壊れてしまう

  

 りこ

 りこ

 我を、拒んでくれ


 嫌だと、言ってくれ

 我を、止めてくれ


 

 あの時。

 竜の姿じゃないのに、頭にハクちゃんの声が響いていた。

 頭の中も身体の中も……心の底まで。

 ぐちゃぐちゃのどろどろで。

 ハクちゃんでいっぱいになった。


「ごめん。ごめんね」


 ごめんなさい。 


「許して」

 ハクちゃんが苦しむって分かってたのに。

 ‘やめて‘って言えなかった。

 私が‘やめて‘ って言えばハクちゃんは自分を抑えられたのに。

 私が……言わなかったから。


 ハクちゃんは私を傷つけるのをとても怖がってたのに。 

 

 抱きしめられて。

 身体中が悲鳴をあげた。

 すぐに意識がぼんやりしてきて。

 手も足も動かなくて。

 だんだん感覚が……無くなって。

 目を開けることもできなくて。

 痛みを感じることすらなくて。


 このまま。

 ハクちゃんと全部が混じって‘私‘が消えてなくなると思った。 

 死んじゃうのかなって。

 それでも、いいかな。

 そう思ってしまった。


 「ハクちゃんの身体にも、赤いのがちょっと付いてるよ? お風呂、入ろうよ。たおるぶくぶくをバスタオルでやってみない? すっごいぶくぶくが体験できそうじゃない?」

 

 もし。

 私を自分の手で殺してしまったら。

 もしも。

 私が死んだりしたら。

 ハクちゃんは……。


「りこちゃん歌謡オンステージも本日はスペシャルです。リクエスト、OKですから! なにがいいかな?」

 

 ごめんなさい。 

 貴方の心を傷つけた。

 でも。

 どうしても。

 貴方が。


「……さぶちゃんの」

 ん?

「とんとんとーんっていうのが良い」

 ハクちゃん。

 なかなか渋いチョイスだね〜。

「了解! よし、お風呂で遊んで歌って踊ってパーっといきましょうぉ!」


  

 私がちゃんと覚えてるのは。

 しっかりと思い出せるのは。

 ハクちゃんがしてくれたキスだけで。

 ひぃえぇえー、うわぁ〜っ、うひょぉおお〜って思ってたら。

 思ってたら……うん、まあ。


 秘密です。





 溶室に行くと浴槽には清潔なお湯が張られていた。

 赤い液体はすでに綺麗に処理されていて。

 カイユさんがお風呂の支度をしてくれたようで、籐の脱衣駕籠には数枚のタオルと着替えが用意されていた。

 寝室からも廊下へ直接でるドアがあるから、カイユさんはそこから出たのかな?

 居間には来なかったし。

 私はハクちゃんを湯船に入れてから、あることに気づいた。

 うっ!

 盛り上がって(?)ここまで来ちゃったけれど。

 一緒に入る……入るのか、私?!

 す、すんごいちゅ、ちゅうした仲なんだし! よし、行ってしまえぇええ〜!

 ちゅうどころか……もっとすごいこと、しちゃったんだし。

 記憶無いけどね。

 バスローブを勢いよく剥ぎ取り、お湯に入った。

 よっし! さぁ、歌うぞ〜!

 恥ずかしいのは、ここまでだった。

 よく考えたら1ヶ月間ずっと一緒だったんだし。

 元気が無いハクちゃんの様子に奮起した私はサブちゃんメドレーを熱唱し。

 計画通りにバスタオルでぶくぶくをした。

 



 お風呂で気分をリフレッシュした私が着替えて居間に行くと、難しい顔をしたダルフェさんとカイユさんが居た。

 ハクちゃんを抱っこしている私を見て、ダルフェさんは額に手をあてた。

「やっぱりすげーよ、 姫さんは」

 カイユさんは……。

「いけません。そんなケダモノ、捨てていらっしゃい。うちでは飼えませんよ」

 にっこりと笑いながら言った。

 カイユさんが冗談言うなんて、珍しい。

 冗談……だよね?

 眼が怖いけど。

 床に散らばったハクちゃんのかけらを箒で集めていた手を止め、私を手招きした。

「カイユ?」

 近寄った私を壁にある大きな鏡の前に誘導し。

「ご覧下さいませ」

 へ?

 何を?

 

 てぇえええええ〜!

「う、うそぉおおお〜!」

 顔が変わっていた。

 あ、顔の作りは変わってなかった。

 日本人・26歳・鳥居りこの顔。

 眼。

 目玉。

 目玉がっ!

「き、き、……金いろぉおお!」 

 鏡に写ったのは。

 平凡な容姿に不似合いな、ド派手な金の眼をした私だった。

 愕然とする私にカイユさんがさらに追い討ちをかけた。

「理由は私どもには分かりません。そのケダモノにお聞き下さい」

 氷点下の視線は私の抱いているハクちゃんに向けられていた。

 どういうこと?

 金の眼。

 透明感ゼロの黄金。

 ちょっと縦長の瞳孔。

 ハクちゃんとそっくり。

 と、いうか同じ。

 ハクちゃんのせい?

 ハクちゃんの……。

「ま、まさか……っ」

 腕の仲のハクちゃんが嬉しそうに手足をぶらぶらさせて。

 言った。

「うむ。りこと我が交わったからだな」


 ぐげっ?!

 なっ!

 

『な、なんで皆に聞こえる念話で言うのよ! ハクちゃんの馬鹿馬鹿! あんなにめそめそうじうじしてたくせに、なに開き直ってんのよっ?! 馬鹿馬鹿ぁああー責任とれぇえええ〜つ!』

 思わず日本語で叫び、私はハクちゃんを放り投げた。

 ハクちゃんは空中で1回転し、ふわふわ飛びながら言った。

「おい、ダルフェ。これも前に言っていた痴話喧嘩というものか?」

 ハクちゃんの言葉にダルフェさんが叫んだ。


「俺らがどんなに深刻だったか……。分かってんのかぁーぁあああ!!」



 ‘やめて‘って言わなかった。

 なんて酷い女なんだろう、私は。


 悪いのは、私。

 罵られるべきなのは、私。


「痴話喧嘩か。ふむ、悪くないな」


 切れたダルフェさんがハクちゃんにドロップキックをしかけて。

 ハクちゃんの小さな手で軽く払われ。

 窓ガラスに豪快に激突し。


 盛大な音とガラスの破片とともに、夕焼けに染まった茜色の街に消えた。



 

 悪いのは、私。

 どうしても。


 どうしても、欲しかった。

 この世界に来た意味が。


 貴方が、欲しかった。




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