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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
35/212

第34話

 俺達は2階の事務所で茶を飲んでいた。

 気絶しちまった幼竜達を3階にあるそれぞれの部屋に寝かせ、疲労困憊の俺達はぐったりと椅子に座っている。

 姫さんの思い切った行動に旦那は固まっちまったし。

 怒気が一瞬で消えたので、もう安心だと判断し。

 このまま良いムードが続くと良いですねぇ〜とか喋くりながら撤収してきた。

「バイロイト。後でトリィ様に謝れ、死んでお詫びしろ」

 ハニーは水色の瞳に殺意を浮かべた。

「まぁまぁ、ハニー。取りあえず支店長のおかげで姫さんも自覚したようだしさ。な?」

「はぁ、まあ私は殺されてもいいかなって思ってたんですが。連帯責任なんてことになって焦りましたよ」

 のんびり言うオヤジの頭に拳を落としかけて、やめた。

 俺の前にハニーの鉄拳制裁を加えたので。

「痛い……頭蓋骨にヒビが入りましたよ。相変わらず乱暴ですね」 

 ヒビ?

 俺なんかいつも複雑骨折&粉砕だぜ。

 やっぱり、俺は愛されてるなぁ。

 愛の深さが拳の重さだ!

「おい。役立たず! ……もう夕方だ。トリィ様は昼食もとられていない。呼び鈴も鳴らない。心配だからお前が見て来い」

 ハニーが流れるような動きで俺の首を締め上げながら‘お願い‘してきた。

「ぐっつ! わ、分かった。行きます、すぐ行きます!」

 この後。

 気を利かせ過ぎたと全員が後悔した。



 あまりに静かな貴賓室を不信に思った俺が、旦那に蹴り飛ばされる覚悟で入室し。


 


 瀕死の姫さんを旦那から救出した。



 


 俺が発見した時。

 旦那は動かなくなった姫さんを。


 


 喰らおうとしていた。





「りこが言ったのだ。死んだら食べていいと」





「トリィ様、トリィ様! なんてこと……私のかわいい娘がぁあああ!」

 娘。

 やはりハニーが姫さんに執着するのは胎の子と重ねているからか。

 シーツで包んだ姫さんに半狂乱で縋るハニーを押さえ込み、支店長に指示を出す。

「人間の医者だ……女医だぞ! 急げ!」

 バイロイトは飛び出して行き、俺は【繭】に使う溶液を満たした浴槽に姫さんをシーツごとゆっくりと沈めた。

 この溶液には生命維持機能成分が含まれている。

 俺が応急手当をするよりも確実に姫さんの身体を……。

「ハニー? 駄目だカイユ!……アリーリア!」

 ハニーが寝室へ向かおうとした。

 <母親>として娘の復讐を。

 駄目だ。

 旦那に殺されちまう……俺の愛しいアリーリアが!

 俺は旦那の元に走ろうとした腕を取り、首に手を当て意識を落とした。

 倒れこんだハニーを居間のソファーに寝かせ、寝室に居る旦那の様子を確認した。

 部屋の隅にしゃがみこんだ白い塊に、ガウンをかけてやる。

「旦那……姫さんは死んじゃいませんよ、まだね。かなり壊れちまいましたが」

 こうなる可能性が高かったから。

 旦那は姫さんに手を出さなかった。

 今まで我慢できてたのに、なんだって……。

「求婚したのだ……人間のように。結婚してくれと」

 おい。 

 言ってなかったのか。

 あんだけ我のりことか、連呼してたのに!

「待てなくなった。誰かに盗られたらと」

 支店長。

 あんたの策はこっちまで効いちまってたぞ。

 やっぱり、やりすぎたなぁ。

「結婚してくれと言ったら、りこが[はい]と。それから……止められなかった」

 旦那。

 最悪だぜ、そりゃ。

 普通の人間なんだぞ、姫さんは!

 

 気づいたら呼吸停止状態で。

 

 殺しちまった。

 そう思ったのか。

 それで……喰おうとしたのか。

 まだ完全に死んでなかったことすら判断できないほど、動揺したんだろうが。

「姫さんは……抵抗しなかったんですね」

 ハニーが言っていた。

 姫さんは旦那の肌に傷をつけることが出来ると。

 なのに。

 白皙の美貌にも、ガウンを肩にかけた時に見えた肌にも。

 爪のひっかき傷ひとつ無い。

 あぁ。

 怖かったろうに。

 痛かったろうに。

 辛かったろうに。

 えらかったな、姫さん。

 すごいよ、姫さん。

 本当に……凄い女だよ。

「りこは我を……許さないだろうな」

 こんな馬鹿な男に、もったいないぐらいの良い女だよ。

 姫さんに‘守られた‘ことすら気づかないような愚かな男には。

「さぁ? どうですかねぇ」



「ハク……ハクちゃん。どこ?」



 旦那が弾かれたように立ち上がる。

 今の声。

 姫さん?

 馬鹿な!

 身体中の骨が折れてるんだぞ?

 内臓だって損傷してる。

 酷い出血量だった。

 生きてたのが奇跡なほどの状態だった。

「どこぉ? ハクちゃ……ん、ハクちゃん」

 俺の耳がおかしいのか? 

 旦那は浴室へすっ飛んでいった。

 俺の耳が正常ってことだな。

 驚愕のあまり、俺は動くことが出来ずにいた。

 有り得ない。

 姫さんは人間だ。

 こんな……。


 溶液独特の重たい水音。

 

 俺が旦那よりかなり遅れて浴室に戻って眼にしたものは。

 赤い溶液に濡れたシーツごと、旦那に抱きしめられた姫さんで。

 だんなの肩にのった小さな顔。

 俺を見て、はにかんで言った。

「あれぇ、ダルフェ。あ、おはよ……うございます」


 金の眼に。

 パカーンと口を開けた俺の間抜け顔が映っていた。




 支店長の連れてきた医者が診察を終え、2階の事務所に降りてきた。

 かなり高齢の女医はこの町で1番の名医と評判なのだという。

 扉1つ挟んだ向こうに旦那の気配を感じながら姫さんを診察するなんて、賞賛に値する肝っ玉だ。

「人間の娘が竜族に乱暴され瀕死の状態だと仰ってましたが。彼女ははっきりと、否定しましたよ? ……怪我1つしていませんでした。支店長殿が嘘をつくとは思えません。長い付き合いですしね。見つけた当初はそういった状態だとして、【繭】の溶液に入れただけで回復するなんて有り得ません。かなり小型の種のようですが貴方達と同じ竜族ではないのですか? ……それに彼女の夫だという竜族。あの御方は……」

 支店長は老女医の震える手に金貨の詰まった袋を持たせ、言った。

「今日の事はお忘れ下さい。貴女自身の為に」

「……そうします。孫の結婚式までは生きてたい」

 早足で支店を去った医者の言ったことに俺は頭を抱えた。

 どういうことだ。

 竜族のつがいとなった人間の身体がこんな風に変わった例など聞いたことが無い。

 確かに……竜珠を与えられ、その竜と性交渉を持つと通常の人間よりも肉体が強化される。 

 長命な竜族の核である竜珠を宿すことで寿命も飛躍的に伸びる。

 大昔に竜の血肉が不老長寿の秘薬だと誤解されたのは、そのせいだ。

 だが。

 再生能力は移行しないはずで。

 姫さんの身体の変化は異常だ。

 あの状態から完治するなんて。

 しかも短時間で。 

 竜族の再生能力としては、普通の竜を超えている。

 竜騎士級と同じか……それ以上かもしれない。

 1番の問題は、あの眼。 

 金の眼だ。

「旦那と同じだぜ?」

 支店長は腕を組み事務所の壁に寄りかかると、眼を閉じた。

「取りあえず陛下に連絡をしましょう。我々の手にはおえません」

 深いため息をついてからゆっくりと眼を開け、俺に言った。

「……貴方を尊敬しますよ、ダルフェ。あのカイユをつがいにしただけでも凄いのに。あの御2人と1ヶ月以上も居るなんて。よく生き残ってますよね。私は既にギブアップ気味ですよ」

 よく言うよ。

 この狸オヤジが。

「慣れですよ、慣れ。それにカイユほど良い女はこの世界にゃいません。……異界には居たようですが」


 姫さん。

 もう、あんたは俺とハニーのかわいい娘同然だ。

 なのに。

 こんな事態になっちまって。

 あんな天然俺様男の嫁に……。

 

 父ちゃん、泣いちゃいそうだよ。





 

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