第31話
昨夜はなかなか寝付けなかった。
お世話になっていたセシーさんやダルド殿下に挨拶せずセイフォンを出たことも気になっていたし……いろんなことを考えてしまったせいもあるけど、この2日間は寝てばかりだったわけだから無理ないとことで。
だからハクちゃんとお話しでもしようと思ったら……。
「寝るのだ。身体に障る。……りこ、頼む」
ハクちゃんに懇願されてしまった。
人型のハクちゃんは睡眠が必要無いと言って、ベットに腰掛けていた。
私はなるべくハクちゃんに近づいて……枕元に置かれたハクちゃんの大きな手に自分の手を添えて寝た。
そんな私にハクちゃんは……。
「我の手は……冷たい。人間のりこには不快であろうな」
金の眼が揺らいだ気がした。
今のハクちゃんは念話が出来ないから、私は少々恥ずかしくても口に出して言った。
「冷たいけど、いいの。ハクちゃんの手、好きだよ。触ってると安心するの。寝付くまで貸していてね」
ハクちゃんからの返事は無かったけれど。
私は添えるだけだった手を、しっかり握り直した。
それから……いつの間にか寝ていて。
朝、目が覚めた時もそのままだった。
カイユさんが起こしに来る前に自力で目が覚めて、良かった。
「トリィ様。これがトリィ様の乗ってきた駕籠です」
支店の皆さんとのお茶会は屋上ですることになった。
屋上は想像していたより広くかった。
天気も良く、風も無い。
4階建ての支店は周りの建物より高く、眺めがいい。
下にはヨーロッパの古都を思わせる町並み。
遠くには青白い山脈。
空は澄んでいて、日差しがやわらかで暖かい。
景色に見蕩れている私にカイユさんが見せてくれたのは……。
「駕籠? これが」
屋上にきたときから何これ? とは思っていたけれど。
丸みを帯びた長方形の箱?
しかも、すごい大きい!
う〜ん……大型バスを4台くっつけた位かな。
まるで美術品のように装飾がされ、青い宝石のような石がざ全体に散りばめられている。
側面には小さな窓があり。
白っぽい銀色の金属で出来ているようだから、さぞ重いに違いない。
これを運んだってこと?
竜ってあんなに小さいのに?
良く見ると上部真ん中に輪がついてるけれど。
体格的に無理でしょう!
「陛下や旦那の竜体が特別なんだよ。俺のがごく普通。この駕籠を持つのに全く支障の無い大きさわけ。……旦那を基準で竜族を考えるのはやめたほうがいいぜ? 四竜帝と旦那は特別だからなぁ」
私の表情を見たダルフェさんが折りたたみテーブルの真ん中に空いた穴に大型のパラソルの支柱をはめながら言った。
彼はお茶会ためにテーブルやイスを手際よく準備してくれていた。
なるほど……ハクちゃんタイプは珍しい大きさなんだ。
へぇ〜!
なんと、なんとですよ。
じゃあ……ダルフェさんは背中に人が乗っかる位、大きいんだ。
竜の背に乗るなんて、すってきー!
映画やゲーム、漫画で見るたびに憧れたっけ。
人類の夢(?)ではないですかぁ!
私の妄想を察知したダルフェさんは先手をうってきた。
「竜に直乗りで移動可能なのは人間だと閣下みてぇな武人、訓練された軍人だ。姫さんじゃ死んじまうぞ? 飛ばなくてちょっと背に乗せるんならいいが……ぐぎゃっつ!?」
ダルフェさんが視界から消えた。
え?
「りこを背に乗せるだと? 我へのあてつけか! 我だってやろうと思えばっ……!」
私がまさかと思い、マッハで隣を見るとハクちゃんのやたらに長い足が地面に戻されるとこだった。
蹴った。
御蹴りあそばされましたよ、大魔王様が〜!
「ちょ、ハクちゃん! あれ? ダルフェさ〜ん! どこに飛んでったの? いない」
きょろきょろと周囲を見渡す私にカイユさんが微笑みつつ、教えてくれた。
「あの馬鹿でしたら落ちましたわ、下に。そんな事より、お席にどうぞ」
そんな事ですか。
はぁ、まあ……平気ってことですね。
どんだけ丈夫なんですか? 竜族って……。
カイユさんが椅子をひいてくれたから反射的に座ってしまった。
ハクちゃんとダルフェさんのじゃれ合い(?)に動じなくなった自分が怖いよ〜。
鉄柵の無い屋上で良かった。
そんなものがあったら、俺の身体に刺さったかもしれない。
心臓を貫通したら流石に死ぬ。
それに愛しいハニーが選んでくれた服に、穴が開いてしまう。
ハニーの瞳の色と似た空色のシャツ。
赤い髪・緑の眼の俺が着ると色合いが変だとコナリ嬢が言っていたが、余計なお世話だ。
このシャツにはハニーの愛情が……。
「今日は臨時休業だよ? 支店に用なら明日にしなよ。明日は通常営業予定らしいぜ」
支店の屋上から目の前の通りに着地した俺は、そこいらにいた人間達の好奇の眼を一切無視して青い扉の前に立つ男に声をかけた。
振り向いた男の右手には携帯用電鏡。
男は俺が屋上から落ちてきたことには全く驚いていないようで、視線は俺の顔……頭部を凝視していた。
「赤の‘色持ち‘?……まさか、そんなっ」
男の言葉に俺は笑った。
声を出さずに。
こいつ。
余計なことを知っている。
人間のくせに。
消しとくか?
此処では駄目だな。
人目がある。
さて。
どうするか。
「お待たせ〜シャゼリズさん! あれ? ダルフェさんもいる」
青い扉を開け、小さな顔をぴょこんと出したのはラーズ少年だった。
小さな手には電鏡。
ふ〜ん。
なるほどなぁ。
支店の関係者なんだな、この人間は。
始末するには陛下の許可がいるなぁ。
めんどくせ〜なぁ。
「あんた、シャゼリズっていうのか。俺はダルフェ」
飛び切りの笑顔で言ってやると、男は見る見る青ざめた。
どこまで知っているのか。
気になるが、取りあえず保留だ。
「中に入って、二人とも! シャゼリスさん、支店長は事務所にいるよ。今、時間無いから急いで用件を済ませてね。あっ、ダルフェさんに頼まれてた茶葉とか、朝のうちに駕籠に積み終わってます。日持ちのするお菓子もね」
「ありがとな、ラーズ君。ハニーも喜ぶよ」
30前後で中肉中背。
典型的なメリルーシェ人の容貌。
この国の8割の人間がそうであるように、この男も癖の強い明るい赤茶の髪に薄い茶色の眼をしていた。
癖の強い髪はメリルーシェの風習により、肩につかない長さで揃えられている。
全く喋らず2階への階段を早足で上っていった男を眺めていた俺に、ラーズが屈託の無い笑顔で教えてくれた。
「彼は新しい契約術士のシャゼリズ・ゾペロさんです。ちょっと人見知りさんだけど、国内で5本の指に入る術士なんですよ。支店長がスカウトしたんです。休業中は自宅待機にしてもらってたんですが、支店長に急用があるって……」
あの支店長が選んだのか。
側で見張るためか?
偶然か?
「さぁて。まずは……お茶会だなぁ。俺は屋上に戻らないと」
「僕達もすぐ、行きます! どきどきします。支店長に言われた注意事項を忘れないように、頑張ります」
「は? 注意事項?」
思わず聞き返してしまった。
「はい! ‘死にたくなかったら注意事項を厳守しなさい。私では守りきれませんから‘って支店長が」
支店長。
すまないなぁ。
苦労をかけて。
旦那は幼竜だろうと赤子だろうと関係なく、迷いも無く処分しちまうからなぁ。
保護者として、お茶会なんざ大迷惑だよな、うん。
「姫さんが一緒だから、旦那は子供にゃ手を出さない。ま、気楽にな!」
姫さんの前では世間一般に残虐非道と言われる行為を旦那はしない。
旦那はちゃんと理解している。
姫さんは暴力を‘見る‘ことを怖がる、普通の人間だってな。
だからこの1ヶ月、誰も死なずに済んでいる。
俺を吹っ飛ばす程度は旦那にとっちゃ、暴力という意識すらないレベルだ。
「今朝、コナリ嬢と作った菓子を出すから楽しみにしてな」
あ。
そういや。
「電鏡くれ。最後のも割れちまった。俺のハニーがちょっと力入れたら粉々だ。もっと強度を改善しろって開発部に言っといてね」
俺のハニーは悪くない。
弱い電鏡が悪いのだよ、少年よ!
「請求書はどちらに? 帝都の竜騎士団本部ですか?」
「うんにゃ、陛下にだよ」
竜騎士団の予算が残り少ないのは、俺のハニーのせいじゃない。
最初っから額が少ないから……と、いうことにしといてくれ〜!