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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
31/212

第30話

「支店長~! こっちの確認、お願いしま~す」

 ミチの声にバイロイトは作業の手を止めた。

 使用していた工具を皮製の収納袋にきちんと閉まってから、ミチのいる寝室に向かう。

「よく頑張ったね……ミチ係長、ラーズ課長。すごく綺麗になったからカイユも喜ぶよ」

 血だらけ……いや、溶液だらけだったここを少年2人で完璧に修復してくれたことにバイロイトは感謝した。

 昨日の早朝から作業を開始し、徹夜で進めて……なんとか間に合った。

 竜族は人間とは体力が違うため、強行軍で作業をこなしても特に問題は無い。

 駕籠の中の寝室は寝具から壁紙まで全て入れ替え、張替えのリフォーム作業。

 ミチとラーズは一言も不満を口にせず、黙々と働いてくれた。

 自分は扉の補修、取り付けにかかりきりでほとんど手伝ってやれなかった。

 駕籠の……しかも特1等級貴人用の扉の取り付けなど専門家の仕事だ。

 手先の器用さに自信があり、過去に特殊駕籠補修技能講習会に出ておいたのが幸いした。

 過去……60年程前のことだが。

 ま、飛行中に取れなければ上出来だ。

 帝都には講師クラスの職人が多く常駐しているのだから、そちらに後は任せることにして。

「ねぇ、支店長。ヴェルヴァイド様ってあわてん坊さんなの? 【繭】を素手で開封するなんて。それは部屋が汚れちゃうよね〜」

 にこにこと言うラーズにミチがあきれたように言う。

「ラーズはのんきだな、もう! 【繭】を手で千切るなんて、とんでもない腕力ってことだよ? 普通は竜族だって無理だし。【繭】は感触は柔らかいけど、めちゃくちゃ丈夫なんだって研修で習ったじゃないか。……あ、あのぉ支店長」

 張替え終わった壁紙のチェックを終えたミチはバイロイトに不安げな瞳を向けた。

「僕がカイユ様の連絡をしっかり聞けなかったから、支店長は怒られたんでしょう? ヴェルヴァイド様の奥様がご一緒だったのに着陸用絨毯も出さなくて……僕が、僕がっ」

 ミチはこのことを気にしていて、ずっと落ち込んでいた。

 泣き出しそうなミチの頭を撫でてやりながらバイロイトは首を振る。

「ミチのミスじゃないよ。私が電鏡を避けたのが原因だからね。それに怒られたりしてないから、安心しなさい」

 怒られてはいない。

 殺されそうになっただけだ。

 だが、こうして生きている。

 つまり、問題なし。


 と、バイロイトは思うことにした。


「駕籠の補修が終わったら、奥様とお茶する予定でしたよね! 楽しみ~!」

 奥様。

 黒髪の娘は彼の、命の恩人。

 今回の失態の責めをおい、自分はヴェルヴァイドに処分……殺されることを覚悟していた。

 だが、カイユがヴェルヴァイドの不興から逃れる術を用意してくれた。

 ヴェルヴァイドは食物を摂取しないために料理名など全く知らず、かれーなるものが分からない。

 そこで世界中の物産・文化に詳しいバイロイトに任せるようにカイユが進言してくれたのだ。 延命のチャンス到来!

 が。

 バイロイトはかれーを知らなかった。

 なので書物を調べ、カリールという料理を参考にかれーを作ってみた。

 作りながら「これは絶対に不味いな」と思った。

 バイロイトの作業を覗き込んだカイユの夫が絶句したのを見て、他の者から見ても不味そうなのだなとちょっと不安になったが。

 異界人とは味覚が変わっているんだろうと……作業を進めた。

 よくよく考えたら彼女の希望したかれーとは異界の食べ物であって、カリールでは無いんじゃないか?

 気づいたがすでに遅く……異臭を放つ皿は食卓に運ばれていた。

 皿を凝視した娘の姿に自分は死ぬんだな、確信した。

 だが。

 彼女はバイロイトの危機を察知し、あのカリールを食べてくれた。

 世界4大珍料理として本に載っていたカリールを。

 なんと優しい心の娘だと感心した。

 あのヴェルヴァイドの‘つがい‘ならばどんな我儘も贅沢も許されるのに。

 怪しげな料理を提供してしまった自分に叱責ではなく感謝の言葉をくれたのだ。

 だから今、こうして生きていられる。


「そういえば……あぁ。なるほど」

 バイロイトは昨日の昼食時に見た小柄な娘に対するヴェルヴァイドの様子を思い出した。

 他者に奉仕などしたことが無い彼が、娘に給餌行為を強いていた。

 雌に食物を与える……あれは竜にとっては求愛行動の1つ。

 近年、若い世代ではすっかり廃れていたが。

 古代種に近いといわれているヴェルヴァイドなら、給餌行為に執着するのも頷ける。



 バイロイトは確信した。


 

 あれはまだ、娘に手をつけてはいない。



「……ミチ、ラーズ。奥様にお会いする前に注意点がいくつかあります。着替えたら事務所にきて下さい」

「はい、支店長。コナリちゃんにも声かけますか? 厨房でダルフェさんとお菓子を作ってましたけど」

 ミチの申し出にバイロイトは頷いた。

「ええ。お願いします。とても大切な話ですからね」

 駕籠から出て、少年二人は飛び跳ねるように屋上を後にした。

 残ったバイロイトは工具の袋を小脇に抱えながら‘空飛ぶ宝石箱‘の扉を閉め、輝く外観を眺め……深いため息をついた。

 つがいに求愛行動中の雄竜に近寄るなどというのは自殺行為だ。

 かわいい部下達にはこれがどんなに危険な事か、きちんと説明しなくてはならない。

 通常はありえないことだとしっかり認識させないと彼らの命にかかわる。

 竜族は幼竜に寛大で、危害を加える事はない。

 が、求愛行動中は雌以外は眼中に無い。

 雌の気を他の者が少しでもひけば怒り暴れ狂う。

 そんな状態の雄、しかも世界最強竜ヴェルヴァイドの求愛行動中にその対象者とお茶。

 カイユの話ではあの娘の希望でそうなったらしく。

 同じ竜族として……ヴェルヴァイドが気の毒になった。

 無表情な美貌の内面は煮えくり返り、のたうち回るほど苦しく辛く……切ないはずだ。

 それを押さえ込み、つがいの希望を優先させるなど。

 本能を上回る理性の強さに脱帽する。

 自分には無理だった。

「やはりあの方は、我々とは違いますね」


 バイロイトは400年程前にヴェルヴァイドに会った事がある。

 その時は人間達のつけた数々の仇名がぴったりの氷の彫像のようだった。

 だが、今は。

 

「とてもお幸せそうで……。よかった」


 人間が‘つがい‘相手と知ったときは今後を憂いたが。

 あの娘なら、なんとかなる気がする。

 人間を‘つがい‘とした竜の悲劇を繰り返さないだろう。

 ヴェルヴァイドが愛しい娘に悲劇の結末を与えることは、きっとない。

 彼はその為に全ての力と知識を惜しみなく使うだろう。


「グウィドリア。君のような悲しい結末はもう、たくさんだ」

 蛇竜と成り果て竜帝に討たれた幼馴染。

 優しく穏やかで、気高く美しい竜騎士だった。


 その彼が。


 人間の女の望みのままに人を殺し、同族を引き裂いた。

 竜の肉は万能の薬。

 竜の生き血は肌を若返らせる。

 竜の心臓を食せば不老不死になれる。

 そんな馬鹿馬鹿しい迷信を信じた女に請われ、グウィドリアは……。


 両親の心臓を生きたまま引きずり出し、女に捧げたのだ。

 

 愛されたい。

 愛したい。

 生きたい。

 死にたい。


 狂気の中で苦しみ、悲しみ、憎み。


 愛しい女を喰らって、蛇竜になった。



「ねえ、グウィドリア。君もそう思うだろう? 」

 異界から落とされた哀れな娘。

 幸せになって欲しい。

 いや、してやらなければ。

 竜族には彼女を幸せにするべく努力する義務がある。


 ‘贄‘の代償を支払う義務がある。

 

 彼女は‘生贄‘なのだ。


 ヴェルヴァイドという存在をこの世界に繋ぎ止める為の。


 すべては必然。


 仕組んだのは……。


「さて。着替える前に社長に定期連絡を入れておこうかな」


 それは必然。


 

 世界の意思。




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