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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
28/212

第27話

「振動が1つでもあればお前の首を落とすぞ、ダルフェ」

「トリィ様の【繭】が微かでも動いたら心臓を抉って、踏み潰す! わかった? 返事はどうした役立たずがっ」


 メリルーシェの都市フィルタ上空を旋回して支店屋上に降りるタイミングを計る俺に、先ほどから容赦ない罵声と脅しの言葉が浴びせられている。

 竜体の俺は反論する気力も体力も残っちゃいなかった。

 とにかく姫さんの駕籠を屋上に無事に降ろすことだけに集中する。

 眼下に見える屋上には、用意されているはずの着地衝撃吸収効果のある特殊な絨毯が無かった。

並みの客には用意される事の無いその超高級絨毯が当然敷かれていると思っていた俺は、内心かなり焦った。

【繭】を使用しているから多少乱暴に降ろしたとしても、姫さんに傷1つ付きはしない。

 はっきり言って、この高さから地面に放り投げたって平気なのだ。

 駕籠は壊れるが【繭】は問題ない。

 だが俺の背と額にそれぞれ仁王立ち(飛んでいる竜に乗ってるのに微動だにせず立っている化け物級のお二人)している旦那とハニーには通用しない。

 先ほどからピリピリを通り越し、ビリビリ…こっちが感電死しそうなほど苛立っていた。

 旦那は姫さんに会えないために道中ずっと、ずう〜っと不機嫌だっだ。

 不機嫌な旦那。

 最悪だった……普通の竜なら旦那の<気>にあてられて心臓麻痺してるって、絶対!

 ハニーはハニーで支店との通信状況に不満が爆発状態で。

 メリルーシェ支店長が部下に電鏡での連絡通信を任せっぱなしで、ハニーの指示がきちんと伝わらなかったらしい。

 着地準備が全くされていない屋上の状態からも分かる。

 重要なことは何も伝わっていないってことが……。

 通信担当がまだ幼い竜族だったためにハニーも強く言えず……竜族は幼い者に甘いからなぁ。

 一生懸命なミチという少年に「お前は使えないから支店長を出せ」とも言えず、ハニーは相当困ったようだった。

 妊娠中の雌竜は母性本能が数倍あがるからハニーはミチ少年には強くでられない。

 姫さんを異常なまでに可愛がるのも多分、そのせいだ……と思うのだ。

 1ヶ月前に初めて姫さんに対面した時、ハニーの中で護るべき対象に分類されたのには俺も驚いた。

 基本的にハニーは人間が嫌いだし、竜としては珍しいほどの残虐さと凶暴性を持っている。

 この大陸で竜帝につぐ攻撃能力を誇るハニーが姫さんあれほど懐くとは、陛下も誤算だったはず。

 旦那の‘つがい‘の座を得、あの最強竜騎士カイユを侍女にしている異界の娘。

 王侯貴族なんか比べ物にならない稀有な存在。

 VIP中のVIPなんだぞ?

 この俺様が直々に運んでるほどのな!

 

 なのに衝撃吸収絨毯すら用意されてないのかー!

 俺に恨みでもあるのか? ミチ少年よ。

 そして俺を殺す気か? 会ったことすらない支店長よ。


「とっとと降りろ! 我にりこを返せー! りこ、りこ、りこぉー!」

 <白金の悪魔>の狂ったような叫びと。

「さっさとしろ、のろまめっ! トリィ様の午後のお茶は三時だぞ! 間に合わないのはお前が役立たずだからだー!」

 愛しい妻の心のこもった声援を受け、俺は降下を開始した。



「ヴェルヴァイド様! お、お待ち下さい! 【繭】は専用の器具と手順で開ける必要がっ」

 天才的技巧で‘宝石箱‘を屋上に降ろした俺はへなへなとその場に座り込んでいた。

 人型をとる力も残っちゃいないから、でかい竜のままだった。

 そんな俺に見向きもせず、ハニーと旦那は駕籠に駆け寄り姫さんの開封処置を始めたようだが……ハニーの焦った声から察するに旦那が切れて暴走してんのか?

 あぁ、駄目だ。

 目ぇ開ける気力も残ってないわ、俺。

 ちょっと寝かせてくれ。

 後はまかせたよ、ハニー。



 

 駕籠が無事に屋上の床に着いたと同時に、我は動いた。

 扉を引きちぎり放り投げ、中に入る。

 3部屋に区切られた駕籠の内部の最も奥に位置する寝室に真っ直ぐ向かう。

 後ろでカイユが何か言っているが今の我の頭にはカイユの言葉を理解しようという意思

も無ければ、余裕も全く無かった。

 術式で寝室に移動することすら思いつかなかった。

 我の頭の中はりこをこの手に取り戻すことしかなく。

 【繭】に駆け寄ると白くふわりとしたそれに両手を差し込み、左右に引き裂いた。

 内部に満たされた特殊な溶液が噴出し、飛び散った。

 赤く、粘度の高い溶液が邪魔でりこの姿が目視できない。

 カイユの甲高い悲鳴が響いたが、どうでもいい。


 りこ。

 りこ、りこ……りこ、りこりこりこ!

 我のりこ!


 裂け目から腕を深く入れ、探り当てたりこの裸体を強引に引きずり出す。

 りこの小さな身体はどろりとした赤い溶液にまみれ、生まれたての赤子のようだった。

【繭】から取り出したりこを我はかき抱き、しゃがみこんだ。

 膝が震え、立っていられなかった。

 しっかりと抱きたいのに腕が我の意思に反し小刻みに揺れ、りこの濡れた身体を落としそうになったので我は自分の身体を床に倒しりこを上に乗せた。

 震えが止まらぬ手で溶液に濡れて重くなったりこの髪をすいてやり、赤く染まった顔を舐めて綺麗にしてやると睫毛が微かに動いた。

「りこ。目覚めろ、りこ」

 りこの意識が浮上し始めたのを感じると我の身体も落ち着き、震えが徐々に収まっていく。

 我はりこの中にある竜珠に目覚めを促すため、微弱の力を送り込んだ。

 常より低下していたりこの体温が元に戻るまでゆっくりと力を分け与えながら、りこの目覚めを待った。

 りこを取り戻したのだ、我は。

 地獄の2日半は終わったのだ。

 我の‘寂しい‘は終わり、りことの蜜月期が再開するのだ!


「うわぁっ、この部屋、溶液まみれじゃないですか! 何があったんですか? カイユ?」 

 ダルフェではない男の声。

「バイロイト! この馬鹿が! 死にたいの? 外へ出て、早く!」

 カイユが素早く反応し、部屋から引きずり出したようだが。


 今の気配は。

 雄だ。

 しかも成竜で生殖能力のある雄が侵入した。

 我のりこがいるここに!


 我以外の雄の存在など……許せん。


 消す。


「……ハクちゃん?」

 りこの声。

 我は侵入者に向けようとした力を散らし、りこに意識を戻した。

 我の最優先は、りこ。

「りこ。りこ……おはよう。あぁ、『おはよう』だな、りこ」


 雄は後で片付けることにして。

『おはよう、りこ』

 ゆっくりと開かれた黒い瞳に我の顔が映っている。

 それに吸い寄せられるように顔を寄せ、頬を摺り寄せた。

「りこ。我のりこ。会いたかっ……りこ?」

 りこの眼が一気に見開かれ。


「き……きゃぁああ! 血、血まっみっ、ハクちゃん、血が、血〜!ハクちゃんが血ぃいい!」


 悲鳴が響いた。


 なるほど、こういうことかカイユよ。

 【繭】に使用する生態保持用溶液は確かに血液に似ている。

 まして、りこは何の説明もないまま【繭】に入れられていたのだからな。

 起きたら血まみれと勘違いするのも無理はない。

 りこの意識を戻す前に溶液を洗い流して処理しておかねば、このようにりこが不快な思いをしてしまうのだな。

 ふむ。

 我としたことが。

 我も溶液をまともにかぶったしな。 

 りこの眼には血まみれに見えたのか?

「りこ、落ち着け。これは血ではないのだ。溶液というものでな。可哀相に驚かせてしまったのだな。あぁ、りこは我がすぐ綺麗にしてやるので安心するがいい」

 耳元で囁くように言ってやると、りこの身体がぴくりとはねた。

「んっハ、ハクちゃん……血じゃないの? 怪我しちゃったんじゃないの?」

 眼に涙を浮かべ震える声で我を気遣ってくれるりこに、我の心がじんわりと熱を持つ。

 人間よりも冷たいはずのこの身体がまるでりこと同じように暖かくなれたと、錯覚してしまいそうだ。

 まだ少々意識が混濁しているりこは溶液という言葉を理解することはなく、我が流した血ではないということだけに安心したようだった。

「なら、いい……。ハクちゃんが無事なら、いいの」

 薬が抜けきっていないせいかしっかりと動かすことのできぬ身体を我に摺り寄せ、笑みを浮かべながら言った。

「なんかね、まだ眠い……の。もう少し、いいかなぁ寝てて?」

 りこの眼は眠気に耐えられないようで、再び閉じられてしまった。

 我の身体の上で胎児のように手足を丸めて……。

「好きなだけ寝るがいい。我の側でなら、いくらでもな」

 さて。

 顔同様に、りこの全身を舐めて綺麗にしたいところだが。

 したいが……。

 


「洒落にならん事態に陥りそうなので、やめておくか」



 

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