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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第25話

 月明かり中、真紅の竜が東に向かって飛んでいく。

 その大きな身体は後ろ足に貴人運搬用の駕籠をしっかりと持ち、背には人影が二つ。

 高速で飛ぶ竜は瞬く間に視界から消え、夜空には何事も無かったかのような静寂。

「行ってしまわれたのね、トリィ様。ふふ……明日から寂しくなりますわ」

 王宮の4つある尖塔の中で最も高い尖塔の先に立ち、セシーは軽く眼を伏せた。

 <監視者>とその‘つがい‘はセイフォンを去った。

 別れの挨拶すら出来ずに。

 優しい異界の娘としては不本意な事だろう。

 娘の意思と関係なく物事を進められての旅立ちだろう。

 竜帝がわざわざ帝都から出てきたのだ。

 こうなることは予想の範囲内。

 <監視者>・竜帝・竜騎士が揃っていてセイフォン側に死者は無く、損害も大したことはないという幸運。

 しかも‘つがい‘の娘の後見人の立場をダルドは得たのだ。

 自分が望んだ以上の結果を手にした。

 隣国ホークエの奴らが地団駄踏む姿を想像すると笑いが止まらない。

 遅くても1週間で大陸中の国に竜帝から告知されるはず。

 これでダルドが存命中はセイフォンは安泰。

 国力を回復させ、溜め込むことに専念できる。

 問題はダルドの暗殺だ。

 竜帝はダルドが‘生きている間‘とはっきり言った。

 つまり、死んだら‘終わり‘なのだ。

‘つがい‘の後見の座を手に入れたいと考える者には邪魔になる。

 これからは日々、暗殺者を片付けなくてはならないが……戦をするよりずっと楽だ。

 セイフォンは後見人という見返りの変わりに<監視者>の‘つがい‘を利用しようと目論む不埒な輩を狩り出す餌として皇太子を差し出した。

 記憶消去の影響でダルド達はいまだ目を覚ましてはいないが、彼らも今回の竜帝の計画に異議は無いだろう。

 王族の命は国家のもの。

 国家のために王族はあるのだから。

「うふふっ。忙しくなるわ……‘お客様‘をこの私が全て‘おもてなし‘してあげましょうね」

 



「これからセイフォンには各国の暗殺部隊が勢ぞろいする状況が長く続きます。そのような物騒な国に一分一秒たりと長居は無用。トリィ様に血なまぐさいセイフォンは似合いません。愛らしいトリィ様には人間なんて野蛮で凶悪な生き物の社会より、穏やかな竜族の元の方が過ごしやすいはずです。ヴェルヴァイド様もそう思われるでしょう?」

 セイフォンの国境を過ぎホークエの首都ベルツェ上空でカイユが問うてきた。

 ダルフェの額に立って術式を行使している我は進行方向を向いたまま答えた。

「我が選ぶのではない。決めるのはりこだ」

 面倒だったが、りこに関することだったからな。

「しかし、トリィ様はっ」

「黙れカイユ。気が散る。次は許さん」

 何か言いかけたカイユが口を噤んだ。 

 ダルフェが飛行する高度は雲より遥か上。

 下界のホークエの姿は全く見えないが、どうも大気が不安定だ。

 この下は雷雨かもしれんな。

 我自身は風圧などに足元が揺らぐことはまったく無いのだが……駕籠は違う。

 りこを運ぶ貴人用駕籠は素材や内装は良いが、快適さを求めるために風圧を避ける構造とはかけ離れている。

 そのために術式を使って風が駕籠に触れる直前に、転移させている。

 風の‘力‘だけを抜き取り転移し、後方に流す。

 りこの駕籠に少しの振動も与えたくない。

 丸みを帯びた長方形のそれは品の良い宝石箱のように繊細な装飾が施され、朝日を反射しきらきらと輝いている。

 高速移動においては通常、細長い流線型の軽金属製のものを用いるのだが。

 カイユが手配してあったのは‘空飛ぶ宝石箱‘のこれだった。

 最初から我を‘風除け‘として使うつもりが丸出しだ。

 まぁ我としても実用一点張りの‘空飛ぶ棺おけ‘より、りこには宝石箱の方が似合うと思うので文句は無い。

  しかし……りこの顔を見ずに過ごした昨晩は辛かった。

 我は睡眠が必要ないので毎晩、りこの寝顔を見て吐息を感じて楽しい夜を過ごしていたのに。

  

 りこ。

 我は‘寂しい‘の真っ最中だ。

 このままでは……また泣いてしまいそうだぞ?


「りこ……りこが側に居てくれないと我は、寂しい」

 我の腕の中にあるのは暖かくて柔らかなりこの身体ではなく、りこが異界から落とされた時に着ていた‘パジャマ‘という衣服と‘スリッパ‘なる履物と我の‘かけら‘が入った絹の巾着袋。

 りこが前に言っていた。

 この3つだけが‘自分の物‘だと。

「我だって、りこの‘もの‘だ」

 りこの‘パジャマ‘に顔を埋めると、りこが‘抱っこ‘してくれたような気がした。



 りこ。

 ‘寂しい‘という感情はとても辛いのだな。


 家族を、世界を奪われたりこは‘寂しい‘はずだ。


 りこがこんなに辛い思いをしていたのに。

 我が‘寂しい‘をきちんと知ったのは、感じたのは昨夜からで。


 我はまだ‘駄目‘だ。

 ‘寂しい‘を抑えられない。


「りこ。我は‘寂しい‘のだ……りこ」

 

 我の‘寂しい‘はりこが救ってくれる。

 

 りこの‘寂しい‘を……我は救えるようになりたい。

 

 

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