表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
23/212

第22話

「わ、私。この世界の偉い人に利用されたくないです。ハクちゃんとひっそり、こっそり生きていきます。言葉とか常識をセイフォンで勉強させてもらって……。働ける知識を身に着けて将来的にはどこかの街中で普通に暮らしたい」

 幸せ探しは自分探しだって、誰か言ってた気がする。

 26で自分探しって、なんかあれだけど。

 私の場合、しょうがないよね。

 異世界に来ちゃったんだし。しかも不本意に。

 ひっそり、こっそり……穏やかに生活していけば‘幸せ‘もそのうち分かってくるかな?

「あのな、おちび。そのじじいが一緒じゃ人間の‘社会‘には混じれない。2歳児だって<監視者>が白い竜だってのは知ってる世界だぞ? 人型も駄目だ。あの姿はいろんな意味で有名だからな。しかも働くだって? おちびが出来るような仕事はほとんどないぞ? 店の売り子や給仕の仕事ならできるかもしれないが稼ぎは微々たるもんだ。1年働いたって今着ている服一枚買えない。てっとり早いのは娼館にでも入って身体を売ることだ。異界人で女で力も美貌も無いおちびが‘普通に暮らせる‘ほどこの世界は甘くないんだよ」 

 竜帝さんの言葉は知らない単語があったから、私はハクちゃんに聞いてみた。

 さっきから目を閉じて静かなハクちゃんだけど意識はあるようだし。

 鍋の中で丸くなった身体を撫でると、うっすらと眼を開けて私を見てくれた。

 =どうした、りこ? 

 念話……あ、この感じは他の人には聞こえない‘内緒話モード‘だ。

 ハクちゃんの念話は‘内緒話モード‘と‘他の人にも聞こえるモード‘があって、しかも聞こえる人を選別可能だっていうから凄い。

 でもここで私が喋らないで内緒話したら竜帝さんに失礼だから私はこちらの言葉で質問した。

「ねぇ、‘娼館‘で‘身体を売る‘って私にも出来る仕事?」

 =なっ?

 がばっと鍋ベットからハクちゃんが立ち上がり小さな身体がぶるぶる小刻みに震えだした。

「私もそのうち働く必要があるから。‘娼館‘で雇ってもらおうか?」

「げ! お、おちび! お、お前は何言って」

 竜帝さんは激しく両手を振りながら後ずさりした。

「? だって、私にできる仕事はあんまりないんでしょう? ‘娼館‘ってお店はすぐに雇ってもらえて‘身体を売る‘仕事は給仕の仕事よりお給料が良いって言ってたよ。私、働いてハクちゃんと暮らそうと思って」

 あ、でもハクちゃんは有名人(?)だから街は駄目って言ってたかな?

 全部は聞き取れなかったんだよね〜。

「ち、ちがう! 今のは例えであってだな。俺様が言いたかったのは……! つまり、おちびが働くのは現実的じゃない選択肢ってことだ。世界平和の為に働くのは勘弁してくれ! ‘働かない‘のがおちびの‘仕事‘だ! あ、いや、そうだ! 雇い主は俺様……ってか四竜帝全員だ!四竜帝がおちびを雇う!さすが俺様、天才だ!」

 む?

 雇うって言ったよね、今。

「竜帝さんが私を雇うの?」

 青い竜は頭をぶんぶんと上下に動かして言った。

「雇う、雇うぞ! 俺様はこの大陸一の貿易会社を持ってるから、金なら腐る程ある。良し、おちびはじじいのコネがあるから本社勤務だ。本社は帝都にあるから、引越し決定だ!」

 青い眼をきらきらさせて言う竜帝さんはとってもラブリーだったけど、なんとなく胡散臭い感じがして私はカイユさんに確認せずにはいられなかった。

 雇ってくれるのは分かったけど、細かいとこは単語が全く理解不能だし。

 雇う・帝都・引越しは分かったけど。

「カイユ。竜帝さんが私を雇うって言ってるの。どう思う?」

 カイユは竜帝さんの部下だけど私に嘘をついたりしない。

 なんでか分からないけど私のことを真剣に考えてくれる人だ。

 カイユさんは空色の瞳を見開き……嬉しそうに言った。

「トリィ様。私を信頼して下さってありがとうございます。その信頼を失わぬよう、カイユの率直な意見を述べさせていただきます」

 カイユさんの顔から笑みが消えた。

「トリィ様がどうしても仕事をしたいとお考えなら陛下に雇われるのは現時点では最善の策でしょう。各国の権力者も陛下の庇護下にあるトリィ様には直接的に接触できなくなります。後見人として認定されたダルド殿下の面子を保ちつつ、セイフォンの政治からも距離が置けます。それに陛下の貿易会社は竜族で構成されておりますから‘つがい‘のヴェルヴァイド様がご不快な思いをされぬ様な労働条件・労働環境の提供可能です。人間社会ではまず無理でしょう。竜族の雄の特性は同じ竜族しか正しく理解されません」

 むむ〜。

 単語が難しいです、カイユさん。

 あ、そうか! 彼女はハクちゃんの通訳があることを前提にしたんだ。

 私だけに言ったんじゃない。

 ハクちゃんに向けて言った言葉でもあるんだね、きっと。

「ハクちゃん! 通訳し……え?」

 通訳してもらって、意見をきいて相談を……と思った私はハクちゃんを見て、びっくりした。

「ハ、ハクちゃん?」

 鍋が蓋をされていた。

 蓋は使うつもりがなくて、テーブルの隅っこに置いといたのに。

 ピタっと、しっかり蓋が!

 まさか自分で蓋したの?

 しかも、かたかたいってる。

 鍋がかたかた……振動?

 「ハクちゃん、どうしたの? 具合、悪い?」

 だいぶ落ち着いたようだったのに。

 =りこ。我は、我が情けない。りこに合わせる顔が無い!

「え?」

 鍋の揺れは激しくなった。

 かたかたが、がちゃがちゃになり……変な楽器みたい。

  =我は今まで仕事で金銭を得、りこを養うという発想が無かった! りこが‘身売り‘を考えるまで……うぅ! りこが身売り、身売り? 娼館? 我と暮らすためにりこが!

 え?

 えぇ〜!!

 念話だから分かりました! 私は‘娼館‘で‘身売り‘して働こうかって言ったのか!

 ぎゃー! うそうそ、なしですよ!

 有り得な〜い!

「や、ち・が〜う! 勘違い、間違いです!」

 =り、りこに身売りさせるくらいなら我が……我が男娼になって働くぞ? りこの為なら女も男も獣も抱くぞ! いや、抱かれるのか? うぅ、まぁ何とかなる!

「ぎゃー!!! やめて〜!」

 だ、だん、男娼?

 女……男と、け、けもっ、獣って何?!

がたがたがちゃがちゃ音を立てて揺れる鍋を私は凝視しつつ私は叫んだ。

『ハクちゃんを‘娼館‘で‘身売り‘させるなんてやだー! 竜帝さんの会社に就職します、そうします! 帝都だってどこだって転勤オッケーですぅぅう!』

 てんぱったせいか……思わず日本語になってしまいました。


「よし!おちびは本社勤務決定だ。帝都はいいぞ〜! 大陸の中心都市だから活気に溢れ、賑わっている。定住してるのは竜族が多いからヴェルだって堂々連れて歩けるぞ」

「は、はぁ。そうなんだ」

 取りあえず竜帝さんに雇ってもらうことにした。

 仕事内容は不明だけどハクちゃんが反対しないから、私に不利じゃないってことだと思うんだけど……。

 私達は室内の食堂に移り、晩御飯を食べることにした。

 すっかり陽が落ちた中庭は人間の私には肌寒く、小さいくしゃみをしてしまったらカイユさんが慌てて撤収を開始した。

 私はハクちゃんの鍋を抱え、竜帝さんを食堂に案内した。

 食堂っていっても30畳位あり、長方形のやたらでっかいテーブルが中央にバーンと設置された‘食べることだけに使う‘部屋だ。

 ハクちゃんはご飯を食べないから私と離宮に来て初めて食堂に入ったと言ってたっけ。

 私は定位置の席に座り、テーブルの上にハクちゃん鍋をそっと置いた。

 竜帝は向かいの椅子……ではなくテーブルの上にちょこんと座った。

 そりゃそうだよね。

 椅子に座ったらご飯に手が届かないし。

 ダルフェさんは厨房で忙しそうに働き、出来上がった料理をカイユさんが給仕してくれている。食堂と厨房は扉で繋がってるから開けっ放しの扉の向うで手際よく料理を仕上げる姿が覗けるし、食欲をそそる香りも漂ってくる。

 いつもは私も料理を少し手伝わせて(習いたいし。もともと台所仕事が好きだし)もらえるんだけど、竜帝さんが来てるから今日はダルフェさんに‘余裕‘が無いから駄目なんだそうだ。

 竜帝さんは味に煩いうえに大食いだった。

 野菜とソーセージの煮込み、川魚のから揚げと数種のプチパン、小エビのサラダというメニューの私とは対照的な肉が中心の料理を信じられないような速さで食べていた。

 骨付きステーキも鳥の串焼きも小さな手でフォークとナイフを上手に使い、次々とお皿を空にしていく。

 カイユさんは慣れた様子で次々とお変わりを差し出す。

 あの小さな身体のどこに入るんだろうか?

 お腹は特に膨らんではいない。

 テレビに出ている大食いタレントは食べれば食べるだけお腹が大きくなってたのに。

 この子の身体はどうなっちゃってるんだろう……摩訶不思議だ。

「ハクちゃんはご飯を食べないのに。竜帝さんはいっぱい食べるね?」

 素朴な疑問。

 見た目は良く似た小型犬サイズの竜なのに。

 あれっ? カイユさんとダルフェさんも竜族。もちろんご飯を食べる。

 食べないのは、ハクちゃんだけ?

「あ? ヴェルは、まあ、その〜なんだ、特別だな。規格外竜族っつうか。ほれ、念話だってヴェルだけの能力だろ? 念を送るのは誰でも出来るが念を受信し、会話を成立させるなんて芸当はじじいだけだ。ちなみに俺様達は‘電鏡伝達法‘を使って遠く離れた相手と会話をすることができるんだ。電鏡石は俺様所有の鉱山からしか採れないから、うちの会社の稼ぎ頭だ!」

 うーん。半分位しかわかんないですよ。

 竜帝さんはカイユさん達と違って私の低い語学力に合わせて喋ってくれないから、かなり難しい。それに、中庭での件も中途半端だし。

 私の頭の中で整理してみると……。

 1:帝都に行くと、ハクちゃんを暴走させないように頑張る私を竜族の皆さんがサポートしてくれる。

 2:私を使ってハクちゃんの力を利用しようという多くの人間がいる。帝都に行けばそういった人達から距離を保てる。

 3:私では独立生計を営むほどの収入を得られる職種につくのは難しい。やばさげな仕事くらいしか無い。

 4:どうやら竜帝さんは会社を運営していて私を雇ってくれることになった。たいへんな優良企業であるらしい。

 5:私の後見人はダルド殿下で、私の籍はセイフォンに属することになった。ただし後見人であるダルド殿下が死亡後は無籍となり、どこにも属さない。

 5に関しては竜帝さんがカイユさんに伝え、カイユさんが分かりやすく噛み砕いた内容で教えてくれた。ハクちゃんが通訳してくれればよかったんだけど、今のハクちゃんは様子が変なのでみんなはあえて刺激しないようにしてるというか、無視しているというか。 鍋の震えは止まり、へんてこな楽器のような音もやんだ。

 しかし。

 しかしですよ。

 微動だにしない鍋。

 しかも蓋をしたまま、ぴくりとも動かない。

 中にハクちゃんがいるはずなんだけどな〜。

 さすがに私も話しかけづらくて、放置状態なんだよね。

 「で、おちび。俺様は飯食ったら帝都に帰る。後の事はカイユに任せてあるからな。それと俺様がおちびに会いに来たことは内緒だぞ? ダルドに言うなよ? セシーだけは俺が来たことを知っている。何か質問されたらそのまま話していいがな……」

 え?

 帰る?

「もう外、暗いよ? 帰るの危ないと思う。泊ったほうがいいよ」

 帝都って、けっこう遠いみたいだし。

 こんなちっちゃい竜が一人で夜道(夜空?)を帰るなんて……。

「泊る? 冗談じゃねぇ。俺様もさすがにそれは……」

 離宮は広いけど居住スペースは少なく、1つだけある客間はカイユさん達が使っている。

 私の使ってる部屋は二間続きですごっく広いから、泊まれるよ?

「私の使ってるベット、大きいから私とハクちゃんと竜帝さんと寝れるよ!」

 なんて素敵!

 白い竜と青い竜と……両手に花だ! 

 鱗のある竜と川の字で寝れる〜。

 鱗・私・鱗!

 うふふ〜ん。

 うわ〜、ナイスアイデア。 まさに鱗パラダイス!

「なっ? お、おちび! てめぇ、俺様を殺す気……ぐぎゃっつ?!」

 白く長い指が竜帝さんの細い首を締め上げていた。

 そのまま持ち上げ、白い石の床に叩きつける。

 お約束のように青い竜を踏みつけるのは……。

「<青>、貴様……りこと同衾すると?」

 真珠色の長い髪。金の瞳に黒い長衣。

「だ、だめー! ハクちゃん、やめてー!」

 世界を滅ぼす悪の帝王登場ですか!

 鍋の中に居たんじゃないの? 

 鍋、鍋〜!

「やめなさーい!」

 がしっと掴み投げつけるとそれは見事、顔面にヒットし床に落下、高い音を立てて転がった。


 カーンカラカラカラカラ〜ン。


 鍋の蓋は人に向かって投げてはいけません。


「姫さんってけっこう乱暴だよなぁ〜。豚、焼けましたけど食いますか陛下?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ