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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
211/212

第55話

 旦那がいた場所に残されたのは、カイユの刀。

 地面に突き刺されたそれから伝わってくるのは、最愛のつがいの傍を離れることへの苛立ち、不満――不安だろうか?


「……」


 銀の刃に映るのは、額を押さえて息を吐く赤い髪に緑の眼の男……俺、だ。


「……あ~、どうすっかなぁ」


 いや、マジで。

 どうする? 

 どうするよ、俺!

 観客席に視線を流すと、ミカと赤の竜騎士達がすでに観客へ退場を促し誘導を始めていた。

 副団長をしてくれていた時も、俺が言わなくてもミカは動いてくれていたっけ……。  


「…………」

「ダルフェ」


 カイユに視線で促され、俺は頷いた。


「あー、うん。そうだな、とりあえず部屋に戻ろう」


 姫さんの眼の色が変わった時とは、状況が違う。

 瀕死の状態になったあの時と違って、旦那は姫さんの身体を壊すことなく触れることができている。

 ……眼のことは、旦那にとっても想定外だった。

 じゃあ、この爪は?

 想定外じゃないよな、きっと。

 旦那はこの子を()()()()()している――自分に近いものに。


「トリィ様、爪の変化の原因に心当たりはありますか?」

「ううん、特に何も……カイユ、本当に大丈夫よ? 色が変わっただけだもの」


 真珠色の指先を見ながらそう言った姫さんは、自分に害になることを旦那はしないという絶対的な信頼を持っているんだろう。

 爪が旦那と同じ色へと変化しても、あまりどころかまったく問題視していないようだった。

 まぁ、眼も変わっちまってるから今更なんだろうが。 


「カイユ、この件は旦那が帰ってきてからにしようぜ? 姫さんの身体変化に関しては、俺達にはどうしようもないしな」

「……トリィ様の爪のこともだけど、陛下のことが心配だわ。状況が早く知りたい……」

「カイユ……」


 右手を伸ばし。

 カイユの髪に触れ、梳いた。

 短くなった髪は、長いときよりも指の間から早く逃げていく。

 追いかけたくなる衝動を抑え、手を引いた。


「旦那が行ったんだぜ? 青の陛下は大丈夫さ」

「……そうよね、ヴェルヴァイド様が行って下さったんですもの」


 顔の動きに合わせて流れる銀の髪は、女神の紡ぐ天上の糸のように美しい。

 この髪に初めて触れた……触れることを許された時の感動は、今でも鮮明に覚えている。

 あの時、あの瞬間。

 嬉しさと緊張で、俺の指先は震えていた。

 カイユの髪に触れることができて、溺死レベルの幸福感に飲み込まれて。

 気の利いた褒め言葉も、口説き文句の一つすら言うことができなかった。

 長かったカイユの銀髪は、今はずいぶんと短くなっている。

 カイユが自分で切った髪は、青の陛下が持っているんだよな……俺のカイユの髪なのに。

 俺の。

 なのに。

 カイユのすべては、俺のなのに。


「……」


 青の竜騎士であるカイユにとって、陛下は主だ。

 主で、幼馴染みで。

 青の竜族は、二人がつがいになることを望んでいた。 


「……………………参ったな」  

「違うのよ、ダルフェ。ヴェルヴァイド様を信用していないわけじゃない。ただ……陛下は昔から御自分のことを大事になさらないから……心配なのよ、とても……」


 カイユは俺の言葉を、自分に向けられたものだと勘違いしたらしかった。 


「カイユ……」


『参った』のは、残された寿命に比例するように強くなる俺の嫉妬心に対してだ。 

 カイユにとって、青の陛下は主であって『雄』じゃない。

 わかってる。

 そんなことわかっているんだ、俺だって。

 でもな、うん。

 カイユ、アリーリア。

 他の雄のことなんか、考えないで欲しいんだよ。

 君のその頭の中に存在する雄は、俺だけでいたいんだ。

 俺、嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。

 ……あ~、やばい。

 この底なしの独占欲と嫉妬心が、顔に出ちまうような情けないことになるのは避けたい。

 さあ、俺よ! 

 気合いを入れて、表情を作れ!


「大丈夫だって! 旦那って四竜帝に関しちゃプロっつーか、無駄に知識あるんだぜ? 何が起こっていたって、うまくやってくれるさ」


 笑顔だ、笑顔。 

 俺の顔、笑え。

 さあ、笑え。

 得意だろう?

 醜い感情には重石をつけて、腹の底に沈めるんだ。

 笑え、笑え、笑え!

 笑えよ、カイユを安心させてやらないと駄目だ。


「陛下のことだけじゃないの。傍にいるはずの父様にも、何かあったのかもしれない。まだ本調子ではないのだから……」


 この場にいる姫さんを気遣ってのことだろう、カイユは舅殿の両腕欠損について口にしなかった。

 舅殿は確かに強いが。

 今の状態では、腕があるときのように刀を使えない。

 だとしても、あの人が負けるところなど俺には想像出来ないけどな。

 それに青の陛下が、舅殿を死なせるわけがない。

 舅殿がいくら強かろうとも、青の陛下にとっては護るべき同族の一人だ。

 あの陛下なら庇護対象である同族に庇われて死なれるより、庇って死ぬことを選択するはずだ。

 カイユもそれがわかっているから、青の陛下のことが心配になるんだろう。


「陛下が生きてるってことは、舅殿も生きてるよ」


 無傷ではないかもしれないが、舅殿は生きてはいるだろう。


「そうね、陛下は父様に死ぬことを許していない……()()()()


 青の陛下は舅殿に、つがいの後追いを許さなかった。

 俺が思うにそれは、カイユのためだったんじゃないかと思う。

 もし舅殿まで喪っていたらカイユは……幼馴染みだった青の陛下は知っていたんだろう、青の竜騎士として冷酷非情に刀をふるうカイユだが、心はとても繊細で脆いことを。


「さぁ、戻ろう。……ったく、旦那は~。カイユからの借り物だってのに、刀を雑に扱いやがって」


 旦那の置いて行ったカイユの刀を拾い……俺がこれからすべきことを、脳内で再確認した。

 武闘会はこれで閉会。

 撤収作業は、予定通り明日からで問題なし。

 青の陛下の件は、母さんが大陸間電鏡で連絡を取り合って進めてくれるだろう。

 父さんのところにいるジリを迎えに行くのは、舞踏会の直前でも大丈夫……。

 あー、そういや旦那が黒の竜騎士を使っていいって言ってたな……。

 今から派遣要請したとしても、どう考えたって旦那のほうが姫さん恋しさに早く帰ってくるよな?

 つまり今すぐ使えってことじゃなく、今後のためにってことか?

 黒の竜騎士か……旦那の評価が高いって事は能力の平均値が高いんだろうが、全体の雰囲気がなんつーか、軍隊?

 そう、軍隊っぽいんだ。

 赤の竜騎士の団長時代にも青の竜騎士の副団長だった時にも、大陸間電鏡で何回か黒の竜騎士達とは会合をしている。

 その時の印象では赤の竜騎士団みたいな団員同士の軽いノリというか、和気あいあいな雰囲気は皆無だった。

 俺的には少々苦手な雰囲気とはいえ、優秀なのは間違いないわけで……。 

 青の竜騎士は頭数は少ないが少数精鋭で、技量に関しては大きな問題ない。

 が、残念ながら赤の竜騎士達は各々が能力を最大限まで生かせていないうえに、ミカ以外は基本的に仕事が雑だ。

 たぶん、俺のせいだろう。

 皆、盲目的に俺に従っていた。

 ほら、俺って気が利くっていうか面倒見がいいっていうか……あいつらが大雑把にやったとしても、フォローどころか後始末も完璧にしちまってた。 

 性分とはいえ、団長としてやり過ぎてたんだと今ならわかる。

 俺が部下の思考力の成長機会を奪っていたんだ。

 昔、父さんが赤の竜騎士団を「ダッ君が教祖様の宗教団体か、ファンクラブみたいじゃない?」って苦笑していたっけな~。

 ……この件は母さんとミカに、後日相談するとして。 

 え~っと俺はこの後、姫さんの警護をしつつカイユ達と飯を食って茶を飲みながら旦那の帰りを待とう。

 舞踏会の準備状況は、携帯電鏡で報告だけ受けてりゃいいし。

 俺がでしゃばって仕切らなくても大丈夫だ。

 青の大陸に行ってる間だって、俺がいなくても何とかなってたんだしな。

 ………………ん?

 んん~? 

 いやいや、待てよ俺!

 大問題から逃避してる場合じゃないだろう!?

 旦那は確かに言ってただろうが!


『我に替わる者が現れるまでは、な』――と。


 俺にしか聞こえないように、そう言った。

 その言葉の意味を考えると……。

 旦那に替わる者……替わるって事は、立場や役目を替わるってことか?

 立場や役目、旦那のそれは<監視者>ってことだよな?

 だとしたら、そんなことは無理だ。

 <監視者>に必要な能力を持っている者など、旦那の他にこの世界に存在しているとは思えない。

 いるはずがない、今のこの世界に………()()

 でも、この先は……いや、そもそも替わりなんて必要ないだろう?

 死ねない旦那はこの先も、未来永劫生きている。

 旦那は、ヴェルヴァイドはこの世界に存在し続けるのに替わりなんて――。

 

「…………いや、まさかねぇだろう、()()は」


 ない。

 ()()は、ない。

 頭に浮かんだ馬鹿げた考えを、即否定したけれど。

 

「ダルフェ、ダルフェ! 何を呆けているの!?」

「っ!?」


 右脇腹を襲ったカイユの回し蹴りの衝撃が、あの日の記憶を鮮明に呼び起こした。

 ああ、そうだ。

 あの時、確かに旦那は言ったんだ。

 <黒の竜帝>に。


『我のりこに入り込んだ異物を引きずり出し、この手で引き裂いてやろう』


 だから、あってはいけないんだ。

 ()()()()()

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