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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
青の大陸編
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第20話

 我はりこの手当てをカイユにまかせ、窓から外へ出た。

 離宮に植えられた多種の花々の香りが混ざり、いっそう甘く香っている。

 だが我の鼻孔も口内もりこの血の匂いが残り、脳髄まで侵食するかのようだった。

 酒に溺れた愚かな人間のように……視界が揺れ、鼓動が早まる。

 甘いのは花の香りではなく、血の匂い。

 我が溺れるのは酒ではなく、りこ。


 我の頬に重なった柔らかなそれを喰いちぎったら、どんなに美味いだろうか?

 温かな血液を啜り、飲み干し。

 黒い目玉を噛み砕き。

 

「駄目だ」

 りこが死んでしまう。

 再生能力が無いのだから。


「駄目だ」

 甘い、甘いりこの身体。

 砂糖菓子のように甘く、脆い肉体。

 

「駄目だ」

 逃げたのだ、我は。

 

 初めて感じた‘食欲‘から。


「おい! じじい! おいって!」


 我は下賎な獣のように、りこを貪り咀嚼し飲み込み……。


「この色ボケじじい! ……ヴェル?」

「……<青>か。なんだ?」

 <青>は我を見て、首を傾げた。

 全く、微塵も‘かわゆく‘無い。

 りこはこれのどこが‘かわゆく‘見えるのか。

 我には1万年経ったとて理解できそうにないのだが。

「ヴェル。お、お、お前、ど……どうしたんだ? よ、よ、よだ、よっだ!」

 青い爪を持った小さな指が我を指す。


「よっ、よだれが垂れてるぞー!」


 よだれ?

 よだれとは【涎】のことか?


「ぎゃー! よだ、よだ、よだれが出とる! じじい! とうとう頭がいかれたのか? ボケたのか? あの【ヴェルヴァイド】が……涎垂らしとるー!」

 


 

 貪り喰って、1つになりたい。




「ヴェル。なぁ、お前……」

 我は気づくと地面に転がっていたらしい。

 青い眼に映った我の姿を見て気づいた。

 身体を浮かべようとしたが、手足に力が入らない。

 酷い脱力感。

 だが、不快ではない。

 むしろ心地よいというか……。

 <青>は我を指でつついた。

 つつかれた我はそんなことはどうでもよく、眼を閉じて……。

 眼を閉じても浮かぶのは、りこ。

 我を好きだと、大好きだと言った。

 我が1番なのだと言ってくれた。

 そんなりこに我が感じたのは‘食欲‘だとは。

 血の匂いのせいか?

  いったい……我はどうしてしまったのか。

「ふ、ふははー! 積年の恨みを思い知れ! とうっ!」

 <青>の短い足が我を踏みつけるのを感じたが、我は眼を開けることすら面倒になり好きにさせることにした。

「なんというか。卑怯なんじゃないですか? 陛下」

 ダルフェか。


「こんなチャンス、10万年待ったってこないぞ? お前も記念に踏んどけよ」


 =ダルフェ。聞きたいことがある。


「旦那?……意識はあるんですね? どしたんです」


 =カイユに‘食欲‘を感じたことはあるか?


「食欲? ハニーに?」


 =我はりこに‘食欲‘を感じている最中だ。身体が動かんのはりこを守ろうとする防衛機能が無意識に働いたためだと思う。りこの血液の匂いを嗅いでから変なのだ。


「あぁ、なるほど。そういうことですか。ちなににハニーに‘食欲‘を感じたことは無いです。が、食べられてしまいたいとは常々考えてます」


 =カイユに喰われたいと?


「ええ。ハニーは俺より寿命が長いですから。俺は土に還るなんてごめんです。ずっとハニーと居たいんです。1つになってしまいたい」


 =我は……。


「ま、俺のことは置いといて。‘食欲‘の件ですが俺が推測するに旦那は‘欲望‘に免疫が無さ過ぎるんですよ。姫さんと居るようになっていろんな事を感じたり、望んだり……今までの旦那は‘無関心‘と‘無欲‘で‘存在‘していた感じでしたから。姫さんに好かれたいとか、幸せにしたいとか触れたいとかね。普通の事が旦那にとっては全部が‘初めて‘だったわけだ。そりゃ〜、混乱しますよ。‘欲望‘に慣れてないんですから」


 =混乱。


「初めて嗅いだ‘つがい‘の血に過敏に反応したんです。程度の差はあれ雄竜なら‘つがい‘の体液には本能を揺さぶられるもんですよ。そのうち慣れますって」


 =りこには……知られたくない。りこに‘食欲‘を感じたなど。


「あの姫さんなら……知っても旦那から離れたりしないと思いますがねぇ。ま、旦那はこれから‘育って‘いくんですよ、きっと。姫さんと一緒にね」

 





「ちょっと! ハクちゃんに何すんのよ!」

 りこの声。

「どわっつ! この暴力女! 何しやがる」

「ひ、姫さん。ちょっ」


 =ダルフェ。りこが来たんだな? 我は身体が動かぬ。りこを守れ。


「……はぁ、必要なさそうですよ」






「ハクちゃんを蹴ってたでしょ、あんた!」

 私が中庭に着いたとき、ぐったりと地面に倒れてるハクちゃんを青い竜がげしげしと踏みつけていた。

 無抵抗でされるがままの小さな白い竜。

 私は急いで近寄り、青い竜を掴んでハクちゃんから離しその勢いのまま放り投げた。

 そしてお茶の準備が整っているテーブルから椅子を取り、青い竜に思いっきり叩き付けた。

 見た目より軽かった椅子はまだ四つあった。

 全部を投げつけてから、慌ててハクちゃんを抱き上げる。

「しっかりして! ハクちゃん、ハクちゃん!」

 だらりとした手足。

 閉じた眼。

 半開きの口からは赤い舌が……。

 しかも、しかもぉ!

「よ、よだ、れ? ちょっと、あんた! 頭を踏んだわね?! 脳に障害が出ちゃったとか? ハクちゃん、ハクちゃん……やだ、しっかりして!」

 私は怖くなって、不安になって……。

「う、うぇっ」

 今日は泣いてばかりだよ。

 ハクちゃん。

 ハクちゃん。


 =泣くな、りこ。


「ハクちゃん? ハクちゃん! ねぇ、だいじょうぶ? どうしたの?」

 身体はぴくりとも動かない。

 念話で話しかけてくれても身体がこんな状態では、私の不安は消えない。

 意識はあるのに動かないなんて、ますます心配になった。

「姫さん。旦那はだいじょうぶだ。ちょっと酔っ払ってるだけさ」

 ダルフェさんさんが椅子の山から青い竜……竜帝さんを引っ張り出しながら言った。

「初めて酒を飲んだ餓鬼と同じだよ。姫さんの血の匂いに当てられただけだ。しばらく休ませれば回復するさ」

「血? よく分からないけど休んだら治るの? よかった!」


 =すまない、りこ。我は。我は……。


「今日はいろいろあったから、疲れちゃったんだね。ハクちゃん、繊細だから」

「おい! おちび〜! てめぇ、俺様を……ほぎゃっつ!」

 カイユさんが竜帝さんの青い頭に拳骨を落とした。

 ゴインと鈍い音が聞こえてきた。

「陛下が悪いです」

「カ、カイユ。その、俺はそのだ、あの」

「言い訳無用です!」


「いいなぁ~、陛下。ハニーの拳は最高でしょ? 癖になりますよぉ~」


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