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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
209/212

第53話

 りこ――の、形をした頭部が落ちるのを見ても。

 我は、なにも感じなかった。

 可哀相とも、思えぬし。

 申し訳ないとも、思わぬし。

 ごめんなさいも、ミジンコほども感じない。

 憐れみも後悔も、脳内にまったく見つからぬのだ。

 …………これでは、いかんのか?

 どう思い、感じるのが正解なのだろう?

  

「<監視者>殿」 


 起ち上がり、我と()()()を交互に流し見たカイユの父親が。

  

「刀を貸してあげた御礼に、僕もスパッと首ちょんぱしてくれないかな?」


 礼として斬首を要求してきたが、断った。

 簡単なことだが、我がそれをしたらりこが悲しむ。 

 

「孫にでも頼め」


 ダルフェは己が死ぬまでに、あれを急ぎで仕込む気だが。

 残された時間は、短い。

 母親であるブランジェーヌがいくら足掻こうと、それは変わらない。

  

「そっか……。じゃあ、予定通りでいいかな~、うん。あ、刀、返してくださいね」

「わかったのだ」


 鞘に刀を転移させると。

 

「ひどいわ、こんなことするなんてっ……()()()のこと、お気に召さなかったの?」


 床に落ちたことなど、気にも留めておらぬのか。

 何事もなかったかのように、それは話し始めた。


「あなたの大好きな()()()()()なのに、躊躇いなく首を落とすなんて」

 

 首を切断すれば、人間は死ぬ。

 そう、人間ならば――。

 だが、これは人形。

 術式で、生きた人間のように見せているだけの人形。

 幻術を透かして視ると、素材は素焼きの磁器のようだった。

 貴族の子女が好むビスクドールに近く、関節等の可動部分は自動人形(オートマタ)と酷似している。

 外見や動きの不自然さを幻術で覆い隠し、本物であると錯覚させる。

 同系統の術式は、過去に何度か見たことがある。

 完成度は、こやつが最も高い。

 術士以外の人間や竜族には、外見は本物に見えるだろう。

 赤の城での襲撃で、本体は黒の大陸に()()ということはわかっている。

 術式の跳ね返りで、しばらくは動けぬものと考えていた……導師が遠隔操作に長けているとしても、その状態でここまでの精度を維持できるとは。

 大陸間遠隔操作を補うための動力や仮の基点を、人形の中に仕込んでいる可能性が高い。

 だとしても、だ。

 大陸間遠隔操作を可能にする(すべ)を持つ術士は稀だ。

 球狩りを行うだけのことはある。

 ――ゆえに、四竜帝共はこやつに利用価値を見出しているのだ。

 りこをいかに長く生かせるか……それがあやつらの、最優先課題になっているようだからな。

  

「青蜥蜴の竜珠、見つけられなかったの」


 頭部のない人形が、軽い足取りで進み。


「中に両手を入れて探したんだけど……。雄にしては青蜥蜴は小さいから、竜珠も小さくて見つけ難いのかもしれないわね。ま、いいわ。こいつの竜珠がすごく欲しかったわけじゃないし」


 ランズゲルグの体内を掻き回し汚れた両手で。

 落ちた頭部を拾い上げ、腹に抱え。

 乱れた黒髪を優しい手つきで整えながら、人形は言った。

 

「ふふ、ふふ、うふっ……その青蜥蜴、馬鹿よね! 自分で身体を裂かなければ街に鎧獣を()()()させるって言ったら、すぐにやったわ。もちろん、しないなんて約束はしてないのに。だってわたしの可愛い子猫ちゃん達は、とっ~てもお腹が空いてるんだもの」


 言い終わると同時に、抱えていた頭部の額に亀裂が入る。

 同時に、遠方より鎧獣の咆吼があがった。


「わたしの鎧獣ちゃんは三頭いるから、四、五十匹はぺろりと食べちゃうわね。うふふ、久しぶりの生き餌に大興奮してるわ、きっと!」


 鎧獣は甲冑のような硬い皮膚を持つ、人の住まぬ湿地に棲息している大型の獣だ。

 象の三倍程の体躯だが脳は小さく、動く物は何でも獲物だと認識し捕食する。

 街に放てば本能のままに竜族を襲い、腹を満たそうとするだろう。


「お前は鎧獣の駆除に行くが良い」


 今から向かっても、間に合わない。

 竜体に変態し空へ逃げればすむことだが、間に合わず捕食される者もいるだろう。

 行かぬよりは犠牲者数が抑えられるはずなので、そう言ったのだが。

 カイユの父親は焦るようすもなく、答えた。

  

「大丈夫だよ、<監視者>殿。陛下、温室に向かう途中からずっと、携帯電鏡を竜騎士団全員対象に通信開放状態で内ポケットに入れてたからね」


 なるほど。

 会話を把握し、先手で動いていたのか。

 ならば問題ないな。

 

「もう避難は、終わっているはずだよ。鎧獣には僕以外の青の竜騎士全員で対応すれば、多少苦戦するかもしれないけど負けることはないさ」


 カイユの父親の言葉に、りこを模した頭部が金の目玉を吊り上げた。


「……電鏡っ……下等な蜥蜴のくせにっ……」


 蜥蜴。

 どうして竜族を見下す者等は、蔑むように蜥蜴と言うのだろう。

 人間が蜥蜴より()()()と考えているからか?

 我的には人間より、蜥蜴のほうが()()()()()なのだ。

  

「先程から蜥蜴と言っておるが、竜族は竜族であって蜥蜴ではないのだ。外見は共通点もあるが、種は異なるのだ」


 蜥蜴も気分が悪かろうと思い、そう言ったのだが。


「あら? 竜族なんて、ちょっと知能がある蜥蜴よ。人間からこの世界を乗っ取ろうとしている、駆除すべき害獣でしょう?」


 この言葉は、竜族蔑視の人間達がよく口にするものだ。


「……」

「……」


 我もカイユの父親も、反論も意見も口にしなかった。

 我はどうでもよいと思ったからだが、カイユの父親は……まぁ、これもまたどうでも良いのだ。

 なので我は竜族への偏見や誤解に対してではなく、我が言いたいことを発した。


「…………我のかけらを人形に仕込んだな? 良い案だ」

「あら? わかるのね」


 

 そんなことはわざわざ言われずとも、わかるに決まっている。

 ……それがわかるのは、我だけではない。


「わかる。竜帝にも、な」


 この城はランズゲルグに懸想する契約術士の結界がある……それが外側から破られた、いうわけではない。

 この人形には、侵入者対策の結界は無意味だったのだ。

 なぜなら、微弱ながらも我の気を持っているので外敵とは認識されぬ。

 竜帝は我の気に敏感だ。

 ゆえランズゲルグがこやつの侵入に気づき、対処しようとしたのだろう。

 しかし、壊すどころか己が瀕死になるとは……こやつなりの理由があり、意味があるはずだ。

 ……多分、ランズゲルグはこの人形を、我に直接確認させたかったのだろう。

 稼働している状態の、人形を。

 愚かなことだが、ランズゲルグはこの人形に万に一つの可能性を見出したのかもしれない。

 りこの延命に、使()()()要素があると――。


「……ランズゲルグは幼竜の頃より、菓子ばかり食っていた。成竜になっても、菓子が主食だ。ゆえに脳が砂糖化し、他の四竜帝達より考えが甘いのやもしれぬな」


 この人形を我に見せるためだけに命を賭けるなど、なんというお馬鹿さんなのだ。


「カイユの父親よ」

「それ、やめてくれないかな? 僕、セレスティスって名前があるんですけど?」

「では、セレスティス。お前に訊きたかったことだが、もう良い。おおまかにだが、わかったのだ」


 我の気に、竜帝が敏感なように。


「へぇ、すごいじゃない」

「我はりこのおかげで、日々成長しておるゆえな」


 竜帝の生死は、我に強く作用する――伝わるのだ。


「……ランズゲルグよ」


 どんなに大声で、四竜帝が呼んでも。

 その声は、我には届かない。


「世の中には、人形を妻にする嗜好の人間もおるようだが」


 だが、四竜帝達は知っているのだ。

 声は届かずとも。

 存在が淡く薄くなり。

 命が消えゆくことは、我に伝わることを。


「人形を愛でる趣味は、我にはないのだ」


 己が死ねば、その屍に。

 我が、両手を伸ばし。


「なので」


 生まれ落ちると同時に、否応なく背負わされた責から解放され。

 色を失ったその身を、我がこの腕に抱きに来ることを――。 


「これは要らぬのだ」


 要らぬので。

 内側から砕くつもりで、人形内部にある我の欠片へと術式を送ったが。


「……ん?」


 我の欠片以外も何かあったので、いったん、術式を退いた。

 首を傾げた我を見て、人形がひびの入った顔面に笑みを浮かべる。


「うふふっ。わたしを壊したら、()()も壊れて消滅しちゃうわよ?」


 ()()――。

 ……なるほど、動力と素材の素材は()()か。


「竜珠の加工品、か」


 球狩りをして、手に入れた竜珠。


「うふ、ふふ! これ、誰の竜珠だと思うっ!?」

「我がわかるわけなかろう」

 

 本当に、こればかりは我にもわからない。

 竜珠に個人識別番号がついているわけではないのでな。


「あのね、そこにいる竜騎士のつがいの竜珠なのよ! ねぇ、わたしを壊すなんてして欲しくないわよね!? うふ、うふふうう、ヴェルヴァイドに泣きつけなさいよ! 壊さないでって、取り返してくださいってみっともなくすがりなさいよ! ……うふ、うふふ、あははははっ!」

「…………ブチ壊してくれてかまわないよ、<監視者>殿」


 カイユの父親、セレスティスの発した言葉で。

 勝ち誇った笑みは、戸惑うものへと変化した。


「え? 本当のことなのよ!? あいつの遺した採取記録で、これはお前はこのつがいだとっ……あがぃっ!?」


 青白い炎が一瞬で人形を包み込み、他者の視界からその姿を隠す。

 炎は渦を巻きながら伸び上がり、温室の天井にぶつかり左右に流れ落ち。

 北の海で流氷がぶつかり合うときに生じるもの似た音を、大気に響かせながら霧散した。

 

「……うわ~、派手な術式だね~。今頃、術の跳ね返りで手足全部ぶっ飛んだんじゃないのかな?」


 銀の睫毛に覆われた冬空の瞳が、人形の消滅を確認するかのように瞬く。

 その顔には、柔らかな笑み。

 王子様の仮面が、張り付いていた。


「セレスティスよ」

 

 人形は髪の毛一本残さず、我のかけらと共に熔けて蒸発したが。

 我の左の手の平には、小さな硝子玉が一つ。

 澄んだスミレ色の硝子玉には、いくつものひびが……。

 我の術式によるものではなく、動力や基点として限界近くまで酷使されたため脆くなっていたのだろう。

 

「……しばし、待て」


 温室内を見回し、七部咲きの薔薇の花を摘み。

 その中央を指先でくぼませ、そっと、壊さぬように我のできうる限りの慎重さでそれを置いた。

 我は力の加減があまりうまくないという、自覚があるのでな。 


「あまりもたぬ」


 王子様の仮面をつけたまま、立ち尽くすセレスティスに。

 落とさぬように両手の平をあわせ、花を差し出すと。

 

「……………………僕のお姫様」


 全身が激しく震え始め。

 倒れ込むように両膝をつき。

 花が置かれた我の手へと、顔を寄せ。

 これ以上ないほど、見開かれた冬空の瞳から。

 我のものとは違う、透明で温かな液体が溢れ出す。

 

「ごめっ……ごめん、ごめんねっ……すごく怖かったよね、痛かったよねっ……君の王子様にしてもらったのに、僕、間に合わなくて、俺、助けられなくてっ……僕、俺っ……守ってあげられなくてっ……ごめんね、ごめっ、ミルミラ……フェルティエールッ」


 落ちた雫を受け止めた花片が。

 銀の竜の言葉に答えるかのように、優しく揺れ。

 寄せられた唇に、微笑みを返すかのように。

 淡雪のごとく、消え去った。

 

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