表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
208/212

第52話

 似て非なるもの―― 模造品(イミテーション)

 創意工夫を重ね、時間をかけ。

 労力、技能を費やし模造品を作り出す。

 制作者の熱量が、模造品の完成度をどこまでもあげていく。

 知らずに、金を支払う者が多いだろうが。

 承知のうえで、金を支払う者もいるだろう。

 似せて作られた紛い物だと理解していても。

 姿形だけでも手に入れたいと望むほどの、理性を超える強い欲望。

 まるで、恋情のように見えなくもないが。

 それこそまさに、似て非なるもの。

 模造品で満足できる程度の生温いものならば、その感情も薄っぺらな紛い物。

 ――――と、思っていたのだが。

 もし、欲しいものが。

 触れただけで、崩れ去るほど脆いものであったなら?

 見つめただけで、溶けるほど柔らかなものであったなら?

 吐息で消え去るほど、儚いものであったなら?

 壊さぬように、壊されぬように。

 あらゆるものから――己からも、護るために。

 欲望まみれの穢れた手が選び、掴むのは。

 模造品(イミテーション)のほう、なのかもしれない。

 それへの想いが、恋でも情でもなく。

 愛、ならば――。

   

「う゛ぇっ、う゛ぇう゛ぇう゛ぇう゛ぇっ、るるっ、う゛ぁああああ、いぃいいどおっぉっおおおおおぉおおお!!!!」


 うるさい。

 さすがに我も、そうは思った。

 だが、壊さなかった。

 我が()()()()を認識したことは、この場にいる誰もが察し……ん?

 誰もが、というのは間違いなのだ。

 臓腑を晒し、暢気に死にかけているランズゲルグ以外だな。


「……う゛るう゛ぁ、いどっ……ふふ……うふ、うふっ、うきゃぁきゃきゃぁああっ、うふふっ……」


 壊れた楽器のような、いびつな笑い声が血臭を掻き回すように響く。

 我に壊されなかったことをどう解釈したのか、導師からは攻撃的な術式を新たに展開する気配はまったく感じられない。

導師(イマーム)……我が()()を、そうだと判断した理由が。

 竜騎士より強い竜帝であるランズゲルグが、こうも易く腹を裂かれることになった一因であろう。

 我にも、それはわかるのだ。

 しかし、全てがわかるわけではない。

 なので、問うたのだ。

 物言えぬ主の代わりに、答えよと――。

 ()()()()()()ではなく、問いに答えぬまま片膝をつく青の竜騎士――カイユの父親を、我は見下ろした。

 肩で切り揃えられた銀の髪にも騎士服にも、血液が付着していない。

 こやつがおるのは、主であるランズゲルグの体液が届かぬ絶妙な距離。

 つまり、竜騎士でありながら主の剣にも盾にならなかった……いや、それはないのだ。

 持って生まれた攻撃的な性質により、竜騎士は戦いを好む。

 命じなくとも、喜んで自らの意思で戦う。

 それをしなかったのは、主であるランズゲルグに()()命じられたのだろう。

 来るな、動くな、戦うな――死ぬな、と。

 だから、か。

 抗いのためか、銀の睫毛が小刻みに震え。

 口惜しさのあまり、噛み切ったであろう唇には血が滲む。 

 問うた我ではなく、地に向いている視線は、娘に継がれた冬の空。

 奥底に幾重にも重なり、厚く積もったものは……反対だな、ダルフェとは。

 この雄竜が渇望しているのは、ダルフェが望まぬもの――死。

 愛する存在と引き離される辛さを、この世に独り遺される恐怖を今の我は知っている。

 なので、我はこやつには寛大であろうと思う。

 ふむ、我もずいぶんと成長したな。


「青の竜騎士よ、()()()()


 こやつを縛っていたランズゲルグの枷は、これで解かれる。

 どんなに優秀な個体であろうと、しょせんは竜騎士。

 竜騎士に竜帝は殺せぬが、竜帝は竜騎士を殺すことができる。

 その竜帝も、我を殺すことはできないが。

 我は竜騎士も竜帝も、殺すことができる。

 つまり。

 竜騎士にとって、竜帝より()()のは我なのだ。

 我の命じた言葉が主である竜帝より優先されるのは本能的なものであって、そこには忠義や信頼など皆無。

   

「繰り返すが。これはどういう状況なのだ?」


 カイユの父親が着ている青い騎士服の両袖からは、手が出ていない。

 いまだ再生中、か。

 

「……」

「…………」


 寛大な我は、返答を待ったが。


「…………」

「……………………」


 カイユの父親は、無言。

 娘と同じ色の瞳が映しているのは相変わらず、ランズゲルグの頭部に乗せた我の足。

 そのように凝視するほど、我の足に興味があるのか?

 ……もしや、我の足がどこかおかしいのか?

 裸足ではなく、きちんと靴を履いておるのだが。

 ん?

 もしや、この靴に問題があるのではないか?

 ブランジェーヌが用意したものだが……これが変なのか?

 そんなにも、我の問いに答えるのを後回しにするほどこれは変なのか!?

 りこは変だとは言ってなかった……我は一応<監視者>という職はあるが、無給だ。

 この世の誰よりも長く働いておるが貯蓄ゼロの一文無し。

 ブランジェーヌからの支給品にけちをつけるなど、りこにはできなかったのだろう。

 

「…………あのね、それ、やめてくれるかな?」


 重苦しく吐き出された言葉は、我の問いへの返答ではなかった。

 『それ、やめてくれるかな?』

 ということは。

 やはり、この靴が変なのか!

 そうだ、そうなのだ!


「やめる……これを……」


 我は靴を確認した。

 ランズゲルグの頭部に乗せた靴を。

 蜥蜴蝶の皮で作られた靴……長靴(ブーツ)という形のものであるが……はて?

 どこが変なのか、俗に言うお洒落心というものがない我にはさっぱりわからん。

 

「そうか、お前の気持ちはわかったのだ。靴への苦情は我にではなく、ブランジェーヌに言うがいい」


 そう言った我に返されたのは。

 

「はぁああ? 靴?」


 靴から離れ、我を見上げた眼は娘そっくりであった。

 カイユが我を怒るときの眼と、同じだった。

 我は今、こやつに怒れておるのか?

 何故?

 何故なのだ?

 我なり寛大であろうと努力した結果が、これか!?

 このような冷たい視線で睨まれるのは、怒られるのは心外なのだ。 


「わかってないみたいだね。僕は靴じゃなく、あなたへの苦情を言ってるんだよ」 

「……我に?」


 我に苦情……。

 苦情、我にか…………駄目なのだ。

 我には、我に苦情を言われる理由がわからぬのだ。

 愛しいりこと再び離れてまで、青の大陸に転移し。

 ランズゲルグの黄泉行きを、こうして防いでやっておるのに。

 感謝ではなく、怒られるとは………………考えるのが面倒になってきたのだ。

 面倒なのでこやつの頭蓋に指を突っ込んで、脳から直接記憶を視るか?

 いや待て、我よ。

 突っ込まなくとも、思考は視られるのだ。

 だが、脳に直接突っ込んだほうがより細かく鮮明で情報量が多くわかりやすい……。

 いやいや待て、我よ。

 我が指を脳に突っ込んで掻き回したら、竜騎士であっても死ぬのだ。

 まずい、カイユの父親の脳を弄って殺したらまずいのだ。

 うむ、指の突っ込みは却下だな。

 ここでこやつへの対応を誤ればカイユに言いつけられて、後々面倒なことになるに違いない。

 それは嫌だ、嫌なのだ。

 カイユに怒られるはかまわない。

 だが、カイユに叱責される我をりこが見て、悲しい顔をするのは嫌なのだ。


「お前は我に、何を止めて欲しいのだ?」


 わからぬから訊いた。

 この世の中には、わからぬ事を恥じて隠す者も多いだろう。

 が、我は違う。

 わからぬ事を隠さずに正直に言った我は、えらいのだ。

 まぁ、恥ずかしいという感覚も情緒も、我はもっておらぬしな。


「……はぁああ?」


 正直者である我の言葉に、銀の竜は目を吊り上げて答えた。


「あのね、僕の陛下っ………俺の大事な親友の息子の頭から、てめぇのデカ足をどけろって言ってんだよ! このド天然老害白髪クソ野郎がっ!!」

「ド天然老害白髪クソ野郎? 口調が“王子様”でなくなっておるが、よいのか?」

「あぁああ? あんたに王子様ぶっても意味ねぇしっ! その使えねぇ脳みそでも、それくらわかんだろうがっ!?」

「……なるほど、なのだ」

「あのなぁ、俺は…………僕はね、あなたの嫁のおじいちゃんポジで、カイユのパパだよ? そこをよ~く考えて行動、発言をしなさいね?」

「…………承知致しました、なのだ」

 

 脅しに屈した我を、王子様を被り直したカイユの父親はさらに責め立てた。


「この状況で僕があなたに止めて欲しいことなんて、他にあるわけないよね? この状況でもし他にあるんだったら、僕に教えてくれるかな?」


 胡散臭いほど爽やかな笑顔で問われ、我は答えた。


「……この状況? 我はお前に、さきほどそれを質問したのだが?」

「わざわざ僕に訊かなくたって、見れば分かるよね?」


 わからないから訊いたのだ、とういう言葉を飲み込んだ我はえらい。

 足でランズゲルグの頭部に触れているのには理由があったが、面倒くさいので黙っていることにした。

 うむ、我は賢くなっているのだ、確実に。


「では、見るのだ」


 言われた通りにランズゲルグの頭部から足を下ろし、あらためて周囲を見た。

 我の前には、顔面に笑みを貼り付けたカイユの父親。

 下には、喉からまで裂かれたランズゲルグ。

 左にはりこを楽しませるために集められた多種の植物。

 右も同じく。

 そして、我の後ろには。

  

「………………うふ、ふふふ。やっと、わたしの番?」

 

 導師。

 導師であって、導師でない物体。


「銀の竜とのお話、終わったかしら? なら、もうわたしが話してもいいわよね?」 


 先ほどの奇声とは真逆な、穏やかな声。


「この蜥蜴、つまらなかったわ」


 艶やかな黒髪。


「だって、青の竜帝なのに」


 肩越しに振り返る我を映す眼は、黄金。


「中身は、ぜんぜん青くないなんて。期待外れだわ」


 穏やかに微笑む、その顔を。

 婚礼衣装のような、白い絹のドレスを。

 鮮やかに彩るのは、赤。

 ランズゲルグの、血液。


「他の竜帝もそうなの? 気になるから、確認してもいいかしら?」


 青の竜帝であろうと、血は赤い。

 赤も黄も黒も、同じだ。

 

「……好きにするがいい。お前程度の術士に、それができるとは思えぬが」


 そして、それはこの我も。


「あら? 青蜥蜴は簡単にできたわよ? ……ねぇ、ハクちゃっ」


 導師よ。

 残念ながら。


「……………………りこ」


 模造品で満足できるほど。

 我の愛は、綺麗ではないのだ――。


「すまぬ、我は模倣品では満足できぬのだ」


 愛しい人の姿形をした頭部が、床に落ち。

 黄金の瞳に、我を映したまま。

 ごろりと、転がった。

  

「……僕の刀を勝手に使ったことは、それをくれた先代に免じて許してあげる」

「……」


 我の右手にあるその刃に、視線を落とすと。

 見覚えが、あった。

 それは、鍛冶師インヴァ=イングのものであった。

 試し斬りにと、あの女は我を望んだ。


「あの人、あなたのことが大好きだったから」

「…………」


 我の首を斬った、あの時の刀だった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ