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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
207/212

第51話

*残酷な表現があります。苦手な方はご注意をお願い致します。

「逝くな」


 我の声は、お前に届いただろうか?

 ランズゲルグよ――。


<青の竜帝>ランズゲルグ。

 りこはあやつを美しいと賞賛し、竜族達も皆が美しいと言う。

 竜族を蔑む人間共もあやつの外見に魅了され、恋慕する者が後を絶たぬらしいのだが……美しい?

 あれが?

 我はあやつの美醜に感心はなかったが、ダルフェはカイユに出会う前――。

 伝鏡でブランジェーヌと話し合うあやつを見て。

 あの顔で自分と同じモノがついた雄竜に生まれてくるなど悲劇だと、胸がないのは許せるがモノがついておるのは許せないと惜しんでいた。

 ……悲劇? 

 どこが悲劇なのだ?

 ランズゲルグの下半身に男性器がついていようがいまいが、我同様に男を抱くことも抱かれることも好まぬダルフェには関係なかろうに。 

 我は皆が賞賛するあやつの顔を美しいと感じたことはないので、男性器があろうがなかろうがどうでもよいのだ。

 あやつの顔は父親に似たらしく……母親ではなく、父親。

 つまり、あやつの父親も美女顔だったということだ。

 その美女顔の父親が、生涯一人しか得られぬ子が竜帝として生まれたことに対し、どのように感じ何を思ったのか。

 我にはまったく、未だにとんとわからぬのだ。

 我が子が青の竜族の守護者として生まれたことを誉れとし、誇ったのか。

 我が子が青の竜族の生贄として生きねばならぬことを、悲観し嘆いたのか。

 わかっているのは、両親があれにランズゲルグと名付けたことだ。

 我は、知っている。

 竜帝として生まれた、()()()()()()()()我が子に名を与えない……情ゆえに、与えられなかった者達も存在することを。

 そうなのだ。

 我は知っているのだ。

 竜帝として生まれた我が子に、名を与えた親も。

 竜帝として生まれてしまった我が子に、名を与えられなかった親も。

 そのどちらも。

 比べようがないほど。

 子を。

 たった一人の、我が子を。

 愛して、いたのだと――。

 過去の我にはわからなかったが、今の我にはわかるのだ。

 わかる我に、なったのだ。

 りこ。

 りこ、我のりこ。

 これも、あなたが我に教えてくれたことのひとつなのだ――。


「…………待っていてくれる貴女のもとに、我は帰る」

「うん、あなたを私は待っている」


 身を屈め、りこの額に唇で触れた。

 唇に、ほわりとした温もりが移る。

 脳に愛おしいという言葉が浮かぶ前に、胸の奥で何かが微笑む。

 ウ・レ・シ・イ。

 そう、これは“嬉しい”という感情なのだ。

 りこのくれた()()()が、我の心臓を優しく包み……抱いてくれる。

 それはとても嬉しく、とてもとても気持ちが良い。

 この極上の気持良いを我に与えてくれるのは、世界で唯一人、りこだけなのだ。

 我は何度、この場所に接吻(キス)したのだろうか。

 りこの身体には、我の唇が触れていない場所などない。

 あぁ、もし叶うならば――。

 愛おしい貴女の身の内にある臓器ひとつひとつにさえ、我は接吻したいほどなのだ。

 

「……我は変わった。以前ならばランズゲルグがどうなろうがさして興味もなく、放置できたというのに。我があれのことを思い言葉に出した時点で、決めていたのやもしれぬな」


 もし、その望みを伝えたなら。

 餓えた獣のような、この欲望を伝えたら。

 

「りこ、りこよ。我は帰るべき場所を、帰りたい場所を得た。ゆえに我は<監視者>は辞めぬ」


 貴女は、どうするのだ? 

 どう、答えるのだ? 


「ハク……」


 隠しきれぬほど身も心も穢れた我の頬に触れる、りこの小さな手は清く温かい。

 その手の温もりが伝えてくれるのは、我への想い。

 この手の柔らかさが語ってくれるのは、我への慈しみ。

 好いてくれているのだ、このひとは。

 (けだもの)のような、さもしい我を。

 我を愛してくれているのだ。

 愛されているのだ、我は。

 我はりこに、愛されている。

 元の世界も家族も捨て、我を選んでくれるほど愛されている――その証に、花片のような可憐な爪が、我のものと同じ色になっているではないか。

 ()()()()()()()、りこはなってくれるのであろう?

 堕ちた我が伸ばした穢れた手を躊躇いもなく掴み、握り。

 片時も離さず、共に堕ちてくれるのであろう?

 それほどに愛されている……その身も命も、魂もりこは我に与えてくれるのだ。

 だから。

 だからこそ。

 我は、決めたのだ。

 <監視者>を辞めぬことを。

 ――――ただし、それは期限付きだ。


「我に替わる者が現れるまでは、な」


 ダルフェよ。

 先に逝くお前には、伝えておこう。

 りこには伝えぬことを、お前には伝えてやろう。


「旦那、あんた今っ……」


 我を映す緑の目玉が見開かれ。

 放った言葉の意味が、幼き頃より色が変わらぬそれを揺らす。


「カイユ! 今、旦那がっ……」

「ダルフェ?」 


 りこと同じくカイユにも聞こえておらぬぞ、ダルフェ。

 まだ、カイユが知るには早いのだ。

 だがダルフェ、お前は我の竜騎士。

 聡いお前は、察するだろう。

 賢いお前は、気づくだろう。

 それで良いのだ。


「だんっ……」


 …………おい、ダルフェ。

 なぜ、そのような顔をするのだ?

 母からはぐれ道に迷い、途方に暮れた幼竜(おさなご)のような……。

 お前のその表情は、我の脳の一部に妙な感覚を与えるのだ。

 それはまるで、猫じゃらしで左脳を撫でられたようなむず痒い感覚。

 ………………ふむ?

 この感覚……あぁ、そうだ、そうなのだ。

 最近、時々あるのだ。

 お前や四竜帝達の過去を、ふと思い出しときに生じる感覚なのだ。

 我の手を握り、緑の両眼で見上げてきた幼いお前の頬がふぐのように膨らんでいたこと――くれると差し出された菓子を、我が要らぬと断ったからだろうか?

 生まれ落ちたランズゲルグの目玉に映っていた我が、なぜか片眉だけをあげていたこと――片眉を動かした覚えがないのになぜあのようになっていたのか、未だにわからぬ。

 ……他にもまぁ、いろいろあるのだが。

 いつの間にやら我の中で、お前や四竜帝達とのことが『記録』ではなく『記憶』となった。

 褪せぬ『記憶』となったそれらは、何らかの()を纏うようになっていき――。

 それらを我は、壊したくない。

 ――壊されたはくないのだ。


「りこ。行ってきます、なのだ」


 りこ。

 我のりこ。

 貴女に会ってから。

 我の脳内には、今まで無かったモノがいろいろと湧いて出るようになってしまったのだ。

 眼に見えぬそれらは我の腕を引っ張り、足をあちらこちらに進ませようとする。

 嫌ではないが、嫌ではないのだが――慣れぬことゆえ、少々不便……不便ではなく、困ると表現すべきか?

 これはひとえに、我の唯一無二の愛しきひとのせい―――いや、せいではなくおかげというべきか?


「行ってらっしゃい、ハク」


 ランズゲルグを壊されることを、失うことを良しとしない――そのような我にした責任は、貴女にあるのだ。 

 ゆえに貴女のもとの帰ったら、ご褒美の“ちゅう”を両頬にしてもらおう。

 



 我が転移した場所は青の大陸、青の城。

 りこのために建てられた温室。

 修繕は全て終了し、以前と同じように鮮やかな緑と色とりどりの花が……違う点もあるな。

 床が、酷く汚れているのだ。


「……」


 汚いのは嫌なのだ。

 我の中身は今更どうにもならぬが、りこに嫌われたくないので外見だけでも綺麗でいなければならぬのだ。

 なので、汚れるのは嫌いであるし、不本意であるのだが。

 仕方がない、のだ。

 

「…………で」


 我が靴先で小突いたのは、血だまりに転がっているランズゲルグの頭部。

 りこが美しいと褒め称えた顔も髪も、喉元から臍当たりまで裂かれた己の身体より流れ出た血液で赤く塗り替えられていた。

   

「これはどういう状況なのだ?」 


 我は問うた。

 両腕のない、銀の竜に。

 が、答えたのは。


「う゛ぇっ、う゛ぇう゛ぇう゛ぇう゛ぇっ、るるっ、う゛ぁああああ、いぃいいどおっぉっおおおおおぉおおお!!!!」


 ん?

 お前には訊いていないのだ、導師(イマーム)よ。 

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