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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
205/212

第49話

*残酷な表現があります。苦手な方はご注意をお願い致します。

 眼の前に立つ白い竜の手にあるのは、俺の最愛のひと――カイユの刀。

 臓腑を棘だらけの手で握り潰されるような痛みに背を丸め、独りで血を吐く度に思うんだ。

 あの緋色の刀で、カイユに。

 この身を、切り刻まれてみたいと。

 カイユを愛したこの躰を。

 カイユに愛されたこの躰を。

 銀の刃で突いて、貫いて。

 君に会ってから俺が「好きだ」と言った数だけ、刃をたてて欲しいんだ。

 君に恋してから「愛してる」と伝えた数だけ、斬って欲しいんだ。

 その痛みを想像すると、たまらなく興奮する。

 カイユに、アリーリアに切り刻まれ解体されて。

 俺の全てを、愛しい君に晒したい――。


「…………俺って、究極の露出狂だな」

「? 脳にボウフラでもわいたのか?」


 思わず口からこぼれちまった、俺の純愛から発生した欲望まみれの呟きを。


「ボ、ボウフラ?」

 

 無駄に高性能な耳で旦那は拾ったようだった。


「いや、さすがにそれはないっすよ! ったく、あんたは冗談じゃなくマジで言ってるからひでぇよな」


 姫さんとつがいになってから、以前よりずいぶんと感情豊かになった旦那だが、まだ冗談を言えるほどじゃない。つまり、本気で俺の脳にボウフラがわいたんじゃないかと言ってるわけだ。


「……そういや、餓鬼ん時にあんたが教えてくれた術士の使うエグい視蟲の話、役に立ちました。礼を言うの忘れてました、すみません」


 脳にボウフラ――。

 その言葉から、意識不明の間に夢で見た過去が頭に浮かんだ。

 赤の竜騎士団の団長だったジュードは、捕らわれた家族を救うため赤の竜族を裏切った。

 ジュードは違法術士によって眼球に視蟲を寄生させられ、行動を監視されていた。


『……ダルフェ。視蟲を寄生させた術士は俺の眼を通してお前の存在を知って、欲しがってる。<色持ち>はとんでもなく希少価値の高い"商品”だ。お前の死体と、シーリーンとエンデを交換してくれるそうだ』


 <色持ち>という希少価値の高い商品を……密猟者達は俺が欲しいがために、ジュードの家族をさらった。

 つまり、俺のせいでジュードの家族は犠牲になった。

 ジュードを殺した後、赤の竜騎士総出でシーリーンとエンデの行方を……亡骸を捜したが、二十年かけても鱗一枚見つけることはできなかった。

 もしあんなことが起こらなければ、幼竜こどもだったエンデも立派な成竜おとなになっているはずだ。


「…………視蟲の話の礼? 視蟲……なるほど、視蟲か……視蟲…………視蟲?」


 旦那の金の眼が、数回瞬く。

 そして、その視線はが右手に……緋色の刀へと落ちた。


「旦那?」

「しばし待て、ダルフェ。脳内の記憶と情報を整理する」

「は? まぁ、良いっすけど。ったく、緊張感続かねぇな~」


 試合中に歓談(?)を始めた俺達に、観客席の赤の竜族は困惑顔で眺めている。

 まぁ、しょうがねぇよな、うん。

 この人は己のしたいようにしか、動かない。

 鋼の自己中心的思考回路の持ち主で、こっちの都合など考えちゃくれない。

 またカイユに怒られるな、俺が。

 ……なんて、暢気に考えながらカイユへと視線を向けると。


「視蟲? ダルフェとヴェルヴァイド様は試合を止めて、さっきから何を言って……」


 カイユは眉を寄せ。


「……トリイ様」


 ヒナを守る親鳥のように、姫さんの身体を腕の中にしまった。


「カイユ? どうしたの?」

「トリィ様……すみません、なんだか嫌な感じがして……」


 視蟲が使える術士は稀だ。

 俺が青の大陸にいた間、一度もこの単語を聞いたことはない。

 だから多分、カイユは視蟲を知らない。

 だが、視蟲という言葉の意味は知らなくとも、本能的に良くないモノだと察したのだろう。


「……………………ダルフェよ。我はうっかりさんなうえ、お馬鹿さんであったようだ」


 自虐的なことを言っているのに、まったくそうは見えない。

 それどころか、逆に自信満々というか……ってか、突然何なんだ?


「あのですね、旦那。すみません、さすがに俺もちょっと対応に困ってるんですが?」


 他の竜族から、生きた『ヴェルヴァイド取扱い説明書』みたいに思われてる俺だが、今の旦那が何を言わんとしてるか図りかねた。


「……第二皇女の死体は?」


 今更、それっすか?

 しかも今ここで、それを訊きます?

 唐突っすねぇ、相変わらず。


「第二皇女の遺体の最終的な処理方法に関しては、俺はノータッチっす。……推測で不確かな返事したくないんで、舅殿に確認してから御報告させていただきます」


 青の陛下の性格なら、しでかした事は許せなくとも親元に帰してやろうとするだろう。

 でもな、多分、無理だ。

 恋情にに狂って<監視者>に逆らったうえに違法薬物を使った王女など、あの王は引き取らないさ。

 と、なると……舅殿がどっかにポイ捨てか?

 埋めるのは面倒だから、外洋か火口にでもポイ捨ての可能性大だな。


「ならば、我のりこを売ろうとした下郎の死体は?」


 また死体かよ……まぁ、この人は無駄話なんて高等な話術は持ってねぇから、意味があるんだろう。

 意味、か。

 死体の意味なんか、良いことのはずがない。


「あー、すんません。カイユが踏んで真っ平らにしちまったんで、まんま放置っす。言ってませんでしたっけ?」

「……では、輪止めをりこの首に付けた、元・赤の竜族の契約術士の頭部・・は?」


 ここまで死体に拘られたら、さすがに分かる。

 旦那は、今言っていた死体達にができたんだ。


「………………………………遠投しちまいました、全力で」


 死体は、情報。

 死体は、確信。


「赤の竜騎士団の、前の団長の死体は?」

「ジュードが死んだのは、俺が団長になるのと同時期です。年月が経ち、すでに土に還っています。視蟲は眼球ごと、死亡直後に処理しました」


 殺したと言わず、死んだと言ったのは。

 竜騎士以外は、真実を知らないからだ。

 ジュードは家族と旅行中に、不幸な事故で死んだことになっている。


「度重なる不手際、申しわけありません。残骸なら回収可能かもしれませんので、赤の竜騎士を向かわせます」


 俺は姿勢を正し、頭を下げた。


「いや、いい。あの程度の竜騎士でもいないよりは()()だ。導師の手の者の襲撃に備え、赤の駄犬共を赤の城から出すな。必要ならば、黒の竜騎士も呼び寄せ使え。<黒>の許可は不要だ、我が許す」

「御意」


 カイユ、さすがだよ。

 君の勘は大当たりだ。 


「…………ダルフェよ。第二皇女は魔薬ハイドラッガーを服用し、能力を一時的に引き上げた」


 そのせいで姫さんは赤の大陸に飛ばされ、転移の負荷を全て自らに転移させた旦那の身体はばらばらになった。


「死体の眼球に視蟲が寄生している可能性を少しでも疑う者は、現在いまの青の竜族にはおらぬはずだ」


 わずかな望みは、契約術士のクロムウェルだが、そもそも青の大陸の術士には視蟲の術式が存在しないとしたら、優秀な星持ち術士であるクロムウェルにだって無理だ。


「元・赤の竜族の契約術士は、お前に基点を潰され能力が低下した。以前の力を戻す方法を手に入れられるとしたら、何と引き替えにしてもそれを得たいと望んだのではないか?」


 だろうな。

 自己顕示欲の強いアイツなら、そうするはずだ。

 それが例え、いずれは己の身を滅ぼす魔薬ハイドラッガーだとしても。

 だが、手に入れることなく死んだ。

 ――生き残ったのは、姿を消した女だけだ。


「彼奴が自覚はなくとも導師の手駒であったことは、我のかけらを使って術式を仕掛けてきたことからも明白だ」


 旦那は刀を見つめていた眼を、俺へと戻したが。


「カイユの母親を殺し竜珠を奪ったセイフォンの王宮術士の女は、冷めぬ憎悪を抱く娘と父親……この優秀かつ凶悪な青の猟犬をもってしても、未だに狩ることができておらぬ」


 視線が合った瞬間、気が付いた。 


「導師はりこがこちらの世界に来るきっかけとなった、異界の無機物を召喚する術式に関与した。その場にいたのか? それとも、他者の眼を使い()()いたのか? そして、今この時も何処かで我を、我に繋がる者達を()()いるやもしれぬな」


 旦那の黄金の眼は俺を映してはいるが、を見てはいないことに――。


「………………………………<青>」


 色素の薄い唇から氷点下の吐息と共に吐き出されたのは、意外な言葉だった。


「<青>?」

「、、、ッ」


 姫さんを抱え、身を乗り出すようにして俺達を見つめるカイユの唇が、言葉にならぬ音を零す。

 カイユにとって青の陛下は主であり、家族のような存在だからな……。 


「青の陛下が、どうかしたんですか?」


 旦那は俺へと一歩寄り、言った。


「代替わりには、時期尚早」


 代替わり!?

 おい待て、それってつまりっ……!


「まだ、駄目なのだ」


 今、旦那が()()いるのは。


「ランズゲルグ」


 黄金の眼が()()いるのは、俺じゃない。


「逝くな」


 青の竜帝、だ。


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