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四竜帝の大陸  作者: 林 ちい
赤の大陸編
203/212

第47話

 エキザリの。

 造花で作った鬘に混ざられていた生花を四輪、落とした俺を。

 竜騎士ではない、エキザリや歓声をあげる同族達には見えなかったであろう模造刀の切っ先を、その動きを、黄金の眼は正確に捕らえ……旦那の視線は俺へと固定されていた。

 最奥の観客席から俺を観ているその眼は。

 一回も、瞬きをせず……。

 もともと、瞬きが極端に少ない人ではあるんだが……。


「…………」


 エキザリのアホ面越しにある、初めて会ったときから変わらぬ白皙の美貌。

 その黄金の眼の中に、己の姿を見つけ……一瞬、琥珀に呑まれ閉じ込められた羽虫にでもなったような錯覚に陥り。


「……ッ」


 瞬間、俺の背骨の中心を何かが這い上がり突き抜けた。

 それは、恐怖から生まれたモノではなく。

 奇妙なまでに、強い安堵を感じてしまった自分への…………。


「え? 次って……俺、もう終わりっすか!? ちょ、ちょっと待って下さいよっ、ダルフェ団長!」


 俺の思考を遮ったのは、エキザリの焦り丸出しの声だった。

 エキザリは俺に駆け寄り。

 ぺこりと頭を下げ。

 両手をずいっと、差し出し言った。


「……あのなエキザリ、次がつかえて…………この手、何なんだよ?」 

「団長の付けてる花、俺に一つくださいっ!」

「……俺の花?」 

「その、えっと、記念っつーかですね! おお、お、おおっ、お願いします!」


 その手が、震えているのを。

 その声が、湿っているのを。


「……記念、ねぇ……ほら、持ってけ」


 俺は、気付かなかったことにして。


「あ、ありがとうございますっ!」


 右腕から一輪取り、エキザリに差し出した。

 エキザリはベビーピンクの薔薇を震える両手で包み込むように持ち、言った。


「これ、一生大事にします! 家宝にするっす!」

「いやいや、そんなモノを家宝になんかするなよ」

「じゃ、お守りにするっす! あの、ダ、ダルフェ団長は今までもこれからもズーッと俺の憧れっすからっ……俺、やっぱ竜騎士になる夢、諦めません! し、失礼します!」


 鼻水まで垂らし始めた顔を俺から隠すためにか、不自然な方向に顔を向けたまま。

 職場である食堂に向けて、エキザリは駆け出し。

 去って、行った。


「憧れって……っつーかさ、竜騎士になるのをまだ諦めてなかったのかよ!? ある意味、すげぇな……」


 ああ、そうだった。

 そうだよな、うん。

 何度言っても、俺を団長って呼ぶエキザリの鳥頭でも。

 俺が<色持ち>ってことは、さすがに覚えているんだ……。

 この、冗談みたいなダッ君杯が。

 俺にとっては、赤の大陸で最後の武闘会になるってことを。

 お前は、ちゃんと分かってるんだもんな。

 ……お前だけじゃなく、ここにいる全員が。

 俺には"次”がないことを。

 この先はもう、俺が赤の大陸に帰って来ることはないと。

 出来ないということを知っている……分かっているんだな。


「……」


 俺がカイユと共に赤の城に帰ってきてから会った同族達は、「お帰り」と笑顔で迎えてくれた。

 きっと、ここを去るその時が来ても。

 誰一人として、別れの言葉を口にしないのだろう……。


「…………待たせちまって悪かったな、マーサ」


 模造刀を持ち、賑やかなエキザリの背を眺めながら、急くこともせず順番を待っていてくれたのは。

 研ぎ師のマーサだった。


「いや。待ってなんかないさ。あんた、エキザリの花を早く落としすぎだよ。あの子、昔っからあんたのことを慕ってたからね……夜明け前から整理券配布場に並んでたらしいよ? もっと長く相手してやりゃ良かったのに」


 マーサが笑むと、その顔にはえくぼ……マーサは母さんより年上だが、いくつになっても可愛らしく、愛嬌がある雌竜だった。


「おいおい、マーサ。雄にサービスするなんて、俺はまっぴらだぜ。ごめんな、マーサ。今回は相手する人数が多いからさ、あんま時間かけてらんねぇんだよ」


 ……カイユがマーサの歳になったら、どんな感じなんだろうか?

 俺は歳を重ね皺を得たハニーを想像しようとして……止めた。


「そうだねぇ~。すごい人数になっちまったみたいだから、あたしもさっさと済ませてくれてかまわないよ、ダルフェ。あ! あたしにもお前さんの花をくれるかい? 娘夫婦と孫の分も欲しいし、観客席にいる友達の分も欲しいんだ」


 笑みを深くし、そう言ったマーサに。

 俺は頷き、片眼を瞑って答えた。 


「良いぜ、好きなだけ持ってけよ」

「ありがとう、ダルフェ」


 その後。

 俺は、嬉しそうに整理券を握りながら試合会場に現れる同族達の相手をした。

 せっかく参加してくれたのに相手をする時間がすげぇ短くて申しわけなかったが、武闘会後の舞踏会の開始時間に間に合わせるため(あっちの会場を準備してくれてる奴等の苦労を考えると、遅れるのも抵抗があったしなぁ~)、次々とこなしていった。


「お? お前、ガンズの息子か!? でかくなったな~」

「ダルフェさん、お久しぶりです! 両親の分も欲しいんで、三輪ください!」

「お前もかよ!? ま、いいけどね」


 久しぶりに会う同族達と言葉を交わし、相手の花を落とし、ベビーピンクの花を手渡した。

 エキザリに花をやってから、マーサだけでなくその後の全員が俺の花を希望し。

 皆が数輪ずつ、持ち帰ったため。

 俺の身体を飾っていたベビーピンクの薔薇は。


「……ん?」


 時間の経過と共に。

 いつの間にか。

 右の耳に挿した一輪と。

 左胸の一輪だけに、なっていたので。

 模造刀を鞘にしまいつつ、後方へと顔を向け。

 預けた太刀を持って、無言で俺を見ていた母さんへと声をかけた。


「かあ……陛下! ちょっと小休憩いれて、俺の花を補充してくっ……」




「その必要は無い」



 

 転移で降り立った、その白い影に。

 観衆の意識と視線が吸い寄せられ、会場のざわめきが消え。

 高揚感が霧散し、張り詰めた空気へと変わる。


「お前の相手は、我で最後ゆえ」


 白と金の。

 最強で最凶の存在。


「花はこれで、事足りる」


 俺の、主。

 ヴェルヴァイド。


「……ッ」


 その白い手が、俺へと伸ばされ。 

 右耳に、真珠のような美しい爪を持つ指が触れ……離れ。

 俺の、左胸へと動き。

 花を、摘んだ。


「これで良い」



 旦那は真珠色の髪をかき上げ、耳を出し。

 ベビーピンクの薔薇を挿し、飾った。

 俺と、同じように……。


「……旦那っ、なんであんたがっ……あんたはジリの後でしょうが!?」


 緩やかな曲線を持つ真珠色の長い髪が、吹き抜けた風に揺れ。

 羽織っていた襟高の外套の間から現れた右手には……何も無く。

 旦那は、模造刀を持っていなかった。

 なんで手ぶらなんだ?


「幼生が棄権したゆえ、我で最後なのだ……」


 旦那の言葉を聞き。

 俺は、姫さんの手を引いて旦那の傍らへと歩み寄るカイユへと訊ねた。


「ジリが棄権? ……カイユ、ジリギエはどうしたんだ?」 


 カイユは澄んだ空色の瞳を細め、苦笑した。


「ジリギエはね、電鏡の間で父様と面会したときに怒られて反省なのよ」


 あ。

 そういや舅殿、ジリを叱るって言ってたっけ。


「父様、ジリに再生中の両腕を見せてこう言ったの。"おぢいが腕を無くした時の何百倍も痛くて辛い思いを、お前はカイユとダルフェにさせたんだ”って……」


 カイユは繋いでいた手を放し、姫さんの背をそっと押し。

 もっと旦那の傍に行くように促しながら言った。


「舅殿が……」


 舅殿の、セレスティスのその言葉は。

 俺の胸にも、突き刺さった。

 カイユに出会う前、俺は。


「あの子、泣いたわ」


 俺も、この身を粗末に扱っていて。

 両親を、怒らせて。

 悲しませて、ばかりだったから……。


「すごく、泣いたのよ……ごめんなさいって」


 ジリ、お前は偉いな。

 すぐに謝れたんんだから。

 俺なんて、親に謝ったのはカイユに会ってからだったんだぜ?


「……………今、ジリはどうしてるんだ?」

「それがね、落ち込みが激しかったせいか竜体になってしまったのよ……。まだ人型に戻れていないから、棄権させたのよ……」

「そうか……」


 竜体から人型に戻れないのは。

 精神的なことよりも、急成長したことが原因だと思うが……。

 多分、人型と竜体の変態過程に何かしらの問題が生じ……姫さんのいるここでは、カイユもそうは言えなかったんだろうな。


「……カイユよ」


 俺とカイユにやり取りを、興味なさげに眺めていた旦那が。 

 カイユの名を口にし。

 右手を、向け。


「貸せ」


 と、言った。

 俺はそれを、その言葉を耳にし。


「旦那、もしかしてっ……」


 期待、した。


「はい、ヴェルヴァイド様」


 その期待通りに。

 カイユが腰の愛刀を外し。


「どうぞ、存分にお使い下さいませ」


 旦那へと、手渡した。







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